オレは日経新聞のとある小さな見出しに目を留める。
『来栖川エレクトロニクス、
HMX13型「セリオタイプ」のサテライトサービスを
来季にも停止』
「シィィィィーーーーットッ!!!!」
なんてこった。
kurusugawaSOFTがセリオのサポートを停止してから
早半年。
ついに衛星まで止められてしまうとは。
あぁ、なんつーかすっげぇ無念だ…
HMX13「セリオ」。
オレの愛機で11年来の付き合いだ。
今でこそサブマシンとして現役を退いているが、
なかなか使えるヤツで今でも重宝している。
愛着、という意味では一番深いかもしれない。
当時、最新型としてデビューしたときの衝撃は忘れられない。
初期型は高くて手を出せなかったが、
高性能かつ安定した動作、
様々なサービスに夢をふくらませたものだ。
一般ユーザーにも手が出せるようになったセリオの廉価型の販売には、
それはもう行列ができた。
オレも欲しかったけど売り切れてて買えなかったんだよなぁ…
しばらく経ってささやかなブームが起こった。
『自作HMX』。
実はオレもそのクチでHMXに手を出したんだ。
そんときの初挑戦が何を隠そう「セリオ」だった。
自作パーツを値段から性能まで自分で調べて、
出来あがるであろうマシンに夢をふくらませすぎては妥協してw
あんときは何も知らなかったからな。
今考えりゃ酷いもんだったが、
ショップにいろんなパーツを見に行ったり、
購入予定のパーツを書き出してみたり、
そんなことが楽しくてしょうがなかったよ。
読みもしないのに本もたくさん買ったしなw
それでも「セリオ」は性能重視のHMXだったから
かなり金がかかったし、
内部のレイアウトも複雑で
組み上げるまで時間がかかった。
少しづつ、コツコツやって何とか完成した。
すっごくワクワクした。
一通りシステムをインストールしてスタートキー。
「動いてくれぇ〜」って祈ったよw
コンソールに出た「system start」って文字が懐かしいなぁ。
「…チィ〜〜〜……」
オレは立って動いてみる。
「…チィ〜〜〜……チィッ…キュィ…」
おお〜!見てる見てるっ、オレを見てる!!
安物のアイボールだったからさ、
カメラのたてる音が聞こえてきちゃてw
それがまた嬉しくてさ〜!!
初挑戦だったし、正直不安だったから。
だけどすっごく安定してて。
その後結局サブマシンを買うまで
システム 入れ直さなかったよ。
音声は初めから割とこだわってた。
初心者のくせに高いパーツ買ったしな。
どうしても「1/Fゆらぎ」を出したくて何度も調整した。
まわりの知り合いにも評判が良くて、
いろんなところに連れまわしたな…
セリオはサテライトサービスもすごく充実してた。
オレはすぐにサービス加入しなかったので、
しばらくの間はスタンドアローン、
ようするにデフォルトの機能だけだったけど、
加入したときには世界が広がった。
セリオの汎用性の高さに驚いたよ。
今ではローコスト 量産型の「マルチ」でもサテライトサービスが受けられるけど、
あの時はほんと、もったいないことをしたなって思った。
そんなもんだから周りには
「おまえ、セリオ持ってるのにまだ入ってないのかよ。はやく入れって」
なんて薦めてた。自分もすぐ入らなかったくせになw
特に素晴らしかったのは
ユーザー同士の独自のネットワークが発達してたことだ。
しばらく時が経ってkurusugawaSOFTが、
参考程度の一部のソースコードを公開し、直後にフリーの開発ツールを配布した。
それまでにもフリーソフトとかあったけど
その日を境に様々なソフトが多くのユーザーによって開発された。
非常に便利なソフトがフリーだったり、お遊びソフトなんかも出たり。
「セリオと新婚気分♪」なんていう地雷も踏んだしなw
…あの時はセリオ無しの生活なんて考えられなかったな…
そんなオレも今ではたくさん勉強して いろいろくわしくなって。
何気にディープなユーザーだ。
あの時のセリオは、
いろいろ手を加え、
何度もシステムを入れなおして、
ほとんど別物になってる。
…だからこそ愛着が沸くんだろうな。
確かに最新のHMXは性能が良い。
あの時に比べればコストもかなり押さえてる。
発売と同時に一般ユーザーが手に入れられるくらいだ。
複雑な構造をしている上に何種類ものシステムを
インストールしなければならなかったセリオに比べ、
今時のは初心者にも安心の代物だ。
だけどな、オレから言わせてもらえば、
セリオは非常に安定性が高いし、
システムもバックアップさえ取ってしまえば入れ直しもそんなに手間じゃない。
現行のシステムは追加する機能によっては0から再インストールが必要だったり、
実際は細かい設定がバックアップしづらくて、正直好みじゃない。
…今のユーザーにはそれがわからないんだろうな。
会社から帰宅すると
セリオがオレを出迎えた。
「おかえりなさいませ。」
セリオはそれだけを言うと
静かにオレを見ていた。
妻は出かけているらしい。
メインマシンは会社に置いてきたから、
今はセリオとオレだけだ。
「…ただいま。」
「着替えを用意いたします。」
待っていたかにそう言うと、セリオはオレの鞄を持ってその場を離れた。
セリオはオレが帰ってくるまで、 ただじっと、
オレの帰りを待っていたのだろう。
…そういえばここ数年。コイツを連れて出かけてなかったな…
…すっかり旧型になってしまったから。
部屋に入ると、セリオはオレの部屋着を広げていた。
上着を預けるとハンガーにかけ、綺麗にしわを伸ばしてクローゼットに収めた。
「…ごめんな、セリオ。もうオマエには新しい機能を追加してやれないかも知れない。」
「そうですか。…では今ある機能を最大限に活用いたします。」
セリオはそう言った。
「旦那さま、夕飯になさいますか?それともお風呂になさいますか?」
「…メシにするよ。」
「かしこまりました。」
今度、休暇が取れたらコイツをつれて出かけよう。
コイツを肴に、話のわかるヤツと酒を飲もう。
あの時のコイツを、いっぱい自慢しよう。
オレは去来する様々な思いを込めて、セリオにこう言った。
「セリオ。今度オマエのバックアップを、いっしょに整理しような。」
「…はい。旦那さま。」
おわり