最萌トーナメント支援用SSスレッド#2

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5つきのひと
◆秋子さん支援SS=告白=  プロローグ◆
 街外れの小さな教会。
 雪を被ったままの、大きな樅の木。
 隣接するミッション系の学校から聞こえる賛美歌。
「……」
 その古びた、枯れた蔦に覆われた壁の前で、私はいつの間にか、歩みを止めていた。
 何かを見ようと、何かを聞こうと。
 何も見えないことを知っていて、何も聞こえないことを覚悟しているのに――その場に立ち尽くしていた。

「お母さん、何してるの? 早く行かないと日が暮れちゃうよ?」
「『卵1パック98円お一人様2パック限定』が売り切れちゃいますよ、秋子さん?」
「あ…ごめんなさいね」
 私の名前を呼ぶその子たちのほうに振り返る。
 でも、一方の――男の子のほうの顔だけは、まともに見ることができない。
「どうしたんですか、俺の顔になんかついてます?」
「目と鼻と口だよ」
「名雪は黙ってろ」
「うー…」
「…いいえ、何でもありませんから」

 …懺悔は聞いてもらえないけど。
 でも私は決めた。
 ずっと胸のうちに秘めていたこの思い。
 それを成就しよう、と。
6つきのひと:02/02/28 12:08 ID:u62nRovs
◆告白(1/7)◆
「名雪…起きてる?」
「…くー」
 やはり、というか安らかな寝息のみが返事だった。
「入るわよ…?」
 私は眠っている娘に何を打ち明けようというのだろう。
 いや、眠っているからこそできる…「ためにする」告白なのだ。
 こんな恥ずかしいことを実の娘に知られて、軽蔑されたくはなかった。
 だってこの子は…ずっと私と二人で暮らしてきたんですもの。
 これからも。私が変わってしまった後でも。…一緒に暮らしていかなければならないんですもの。
 ベッドで眠っている名雪を前に、私は座る。
 普段は朝起こすのに手を焼いているけれども、今日だけは都合良く感じる。
 …もしかしたらこの子は、今私を救うために。そのために、寝起きが悪く生まれついたのかも知れない。
「名雪…」
「…くー」
 幸せそうに寝返りを打つ。
 起きる気配は――心配する必要があるかと言われれば否定するが――ない。
「お母さんはね」
 遂に私は思いを言葉にする。
 死ぬまで秘めなければならない思い。卑劣で破廉恥で、いびつな愛の形を…。

「祐一さんのことが好きなの」
7つきのひと:02/02/28 12:08 ID:u62nRovs
◆告白(2/7)◆
「くー…」
 名雪の反応を見る。…変化はない。ずっと眠り続けている。
 私は一つ、胸を撫で下ろす。けれど試練はこれからなのだ。
「私が祐一さんのことを好きになったのは…名雪が祐一さんのことを好きになる、ずっとずっと前…」
「その頃は、あなたも生まれていなかったのよ」

 私はあの夏のことを思い出す。
「あれは…姉が就職して、この街を出て行った年の夏」
「お盆に姉は初めてこの街に戻ってきた」
「その時、姉は一人のひとを連れて帰って来たの」
「…『彼と、今度結婚するの』って」

「くー…」
 名雪の寝返りに私ははっとする。
 でも、私は思う。この子が起きていてくれたら、と。
 私の昔語りを聞いていて、そして意見してくれたら。
 思いの中では、過ちは罪じゃない。
 けれど、過った思いが形になった時――十字架を背負わなければならない。
 それを止めることができるのは…あなたしかいない。

 私は告白を続けることにしよう。
「姉が連れてきた婚約者は、祐一さんのお父さんだったの」

「彼は照れながら水瀬家の敷居をまたいだ」
「両親とも、彼を歓迎した」
「でも、私だけは…私だけは、心から姉の婚約を祝うことができなかった」
「私は彼に一目惚れしてしまっていたから」
8つきのひと:02/02/28 12:10 ID:u62nRovs
◆告白(3/7)◆
「くー…」
 もう名雪の寝返りに動揺している場合ではなかった。
 私は軽い興奮を覚えていた。目眩を伴う高揚感だった。
「それは初恋だった。…生まれて初めて、男性というものを意識した瞬間だった」

 私はあの時の新鮮な気持ちを思い出す。
 今でも体が震え、そして暖かくなる。…体の芯が、何かを欲する。
「私は何によって満たされるべきなのかを知らないまま…ただ、可愛い『妹』として、兄となるべき人とじゃれ合うように、仲良くした」
「でもね…やがて私も気付いてしまったのよ」
「あの人が欲しい、っていうことに」

「けれど、それは許されないこと」
「私は切ない思いを胸に、その夏を過ごした」
「…たった一度の冒険を最後に」

 私は目をつむり、あの時のことをしっかりと思い出しながら名雪に語り掛ける。
 自分に正直でいることしか、私は救われないと思ったから。
「姉はすっかり油断をしている、と思った。彼のよい『妹』になってくれる、と私のことを値踏みしていた」
「私はそれが悔しかったから…」
「彼を誘惑したの」
「不意にキスを仕掛けた時の彼の驚いた顔と言ったらなかったわ」
「もちろん彼は嫌がった。けれど、私はそれでも迫った」
「もつれ合ううちに、ようやく彼は私を受け入れてくれた…」
「姉の目を盗んでの二人の密会は、彼の滞在中、ずっと続いた」
「私は初めて男性を知った」
「私は初めて女性になった」
「私は初めて…」
「…初めてのことばかりの夏は、過ぎ去った」
9つきのひと:02/02/28 12:11 ID:u62nRovs
◆告白(4/7)◆
「やがて、秋も深まるころ…姉から一通の手紙が届いた」
「結婚の日取りと式場が決まった、という知らせだった」
「私はそれを恨めしい思いで眺めていた」
「…どうしようもないことなのに」

「冬のある日。…雪の降る中で、姉の結婚式は行なわれた」
「その日、私はどこで何をしていたのか…覚えていない」
「ただ、悲しかっただけ」

 名雪の布団を掛け直す。
「すぐに私も社会人になった」
「結婚を考える時期になっていた」
「結婚を、幸せになる手段だと言うのなら。…私の相手はあの人以外には考えられない…」
「でも、ここは小さな地方都市。女が一人、いつまでも独身でいるわけにもいかなかった」
「私は両親に薦められるまま、お見合いをして…そして結婚をした」
「愛のない結婚だった」
 …私はこの言葉にどれだけの罪悪感を覚えなければならないか。
 娘の顔を見ながら、このような言葉を吐くことのできる私というのは、一体どういう存在なのか。
 …これから、それをこの子に語り掛けることにしよう。

「私が結婚を決意したのは、姉夫婦に子供ができた、と聞いたからだった」
「もちろん、結婚したくらいなのだから、そういうことはあって当然なのだけど…。でも、私は割り切れなかった」
「姉が彼の子供を宿した、なんて…」
「嫌な言い方をすると、私は自分の体を汚してしまいたかった」
「少しでも彼に、私と同じ気分になって欲しくてね」
「…それが、結婚を決意した直接の原因だった」
10つきのひと:02/02/28 12:11 ID:u62nRovs
◆告白(5/7)◆
「やがて…姉は祐一を産んだ。実家にも戻らず、全て都会でお産を済ませた」
「…きっと、彼が私と再会するのを嫌ったのだろう」
「その頃にはもう、私のお腹の中にも子供がいたのだから」

「そして…あなたが生まれたのよ、名雪」
 私はその安らかな寝顔を覗き込んだ。
「…くー…」
「あなたが生まれた時、不思議だったけれど、どうしようもなく嬉しくなったの」
「これが…母親というものなのかしら?」
「愛のない結婚だったのに。復讐と取られても仕方のない妊娠だったのに」
「でも。…あなたの天使のような微笑みと、懸命に握り返してくる手のひらを見ていたら」
「この子は幸せにしなきゃ、って思えたの」
「この子が幸せなら、私も幸せ、って思えたの…」
 言い訳なんかじゃない。
 私は本当にそう思ってるんだから…ね?

「それなのに、あなたのお父さんと離婚してしまったことは、あなたが一番非難すべきことでしょう」
「あなたのお父さんの前で、私はいつも卑屈になっていた」
「…彼に申し訳なかったから。何もかも」
「どうしても心の中にあった『隙間』を埋められなかったから」
「…あの人でないと駄目だったから」
「そんな私に愛想を尽かして、離婚を申し出るのも当然の結果だった」
「私は困った」
「…あなたを幸せにしないと行けないのに」
「片親にしてしまう不幸。私は経験していないけど、でもよく聞く話」
「私は、あなたと一緒に生きていく覚悟を強く胸に秘めた」
「…許してもらえないでしょうけど」
11つきのひと:02/02/28 12:12 ID:u62nRovs
◆告白(6/7)◆
「姉はあなたを連れて実家に帰った私を、手紙で笑った」
「私は何も言い返さなかった」
「…だって。言えないもの。ね?」
「くー…」
 名雪の寝息をこの子の返事だと思い、私はさらに告白を続けなければならない。

「また夏が来たの。情熱を知ってから、何度目かの夏」
「姉夫婦が初めて祐一を実家に連れてきた、新しい夏」
「私とあの人はすれ違うだけだったけれど…」
「姉の何気ない一言に、私は動揺した」
『この子の顔立ち、パパに似てるでしょ?』
「…本当にその通りだと思ったから」
「その子の顔を見続けているうちに、私は深い穴に落ち込んでいくような…そんな気分に襲われた」
「目眩の中で、私の思考はとんでもない結論を導き出していた」
「――この子を、あの人の代わりにしたい、と」

「その子の名前は祐一。あなたも好きになった人」
「くー…」
「だから名雪。あなたが祐一さんを失った七年前。あなたの悲しみを知った時、私は思った」
「血は争えないものだ、って」

 私の告白は遂に核心に至った。
「けれどね」
「七年前、あの冬。私の脳裏に悪魔のような考えが浮かんだの」
「甥と叔母には無理なことだけど…」
「祐一さんと、名雪。…いとこ同士なら結婚させられる…って」
「私はあなたを最も恥ずべき存在に仕立てようと考えた」
「あなたには、私のために…」
12つきのひと:02/02/28 12:13 ID:u62nRovs
◆告白(7/7)◆
「私と祐一さんが結ばれるために」
「祐一さんと結婚してもらおう、と」

「姉夫婦が転勤が多いことは当然、知っていた」
「そのチャンスを待った」
「それが、この冬」
「やっと届いた、姉からの連絡」
『祐一を預かってほしいんだけど…』
「何をためらうことがある?」
「私が発した言葉はただ一言」
「了承、と――」

「思ったとおり、あなたは祐一さんに夢中になってくれた」
「でも、ここから先はあなたには譲れないの」
「今夜、私は祐一さんを…」
「ずっと待っていたんですもの、この時を」
「ごめんね、名雪…」

 私はその場を後にした。
 心が晴れたわけではない。
 ただ、ずっと持ち続けていた覚悟が…固まっただけのことだ。


「……」
「…うー」
「お母さん…ずるいよ。そんなこと言われたらわたし…。わたし、お母さんのこと好きだから…」
(完)