もしも、ひとつだけ願い事が叶うなら――
――貴女は何を願うの?
「……佐祐理は」
羽の少女に私は言う。
「いいえ――わたしは、ただ……ずっと一緒に居たかったんです」
本当の想いを――
口に出してはいけない言葉を――
――白く途切れる息と共に吐き出してしまう。
丘を駆ける夢だった。
手をつないで思いの限り走るのだ。
水鉄砲。駄菓子。くじも引こうか?
小さなポケットにたくさん詰め込んでしまおう。
――ほら、運動神経いいでしょう?
聞こえてる?
わたしの声が聞こえてる?
そうか……じゃあ、お願いしてもいい?
「お姉ちゃんって呼んでくれる?」
ねえ、一弥……。
――え? はい、分かってます。
誰かが相槌を打っている。
知っている声。
――もちろんです。が、一弥だってもう子供ではないんですよ。
会話が弾んでいるのだろうか口調は穏やかだ。
――うーん、一弥もそっちの方がいい?
この世界は眩しい。
本当にそう……佐祐理にはこの光景はあまりにも眩く映った。
朝食のひと時。
家族全員がテーブルに付いている。
有り得ないことだ。
佐祐理はそこに居てはいけない。
ここは本当の世界じゃない。
だけど――
ボクが願いを叶えてあげるよ。
これがわたしの望みだったのだろう。
抵抗は空しかった。
「――というわけで、名雪とは単なる従兄弟なんだよ」
「……え?」
そうやって声を上げると祐一君は不思議そうに私を見てきた。
多少、上目遣いに覗き込まれる。
「……もしかして、聞いてなかったの?」
「あ、いえ……ごめんなさい。何でしたっけ?」
わたしは少しだけ体を引いた。
このままでは唇が触れ合いそうだったから気恥ずかしい。
ちょっと目線を漂わせる。
どうやらここは中庭らしかった。
「まあ、いいよ。それより佐祐理さんが考えてることを当ててみせようか?」
わたしが口をぱくぱくさせている間に祐一君は言う。
「一弥のことだろう?」
「……?」
わたしは首を傾げてしまった。
祐一君とこういう話をするのは不自然極まりない。
(……あれ? どうして不自然なの?)
また首を傾げてしまう。
祐一君と出会ったのは病院に連れて行った一弥がきっかけだった。
それ以来、祐一君にはこうして相談に乗ってもらっている。
じゃあ、わたしはこう言うべきなのだろう。
「はぇー、よく分かりましたね?」
「佐祐理さんのことなら何でも分かるよ」
祐一君が笑顔で頷いてくれる。
「受験のことなんですけど、一弥は本番に弱いタイプですから……姉としては心配です」
「ははっ、大丈夫だって。佐祐理さんは心配性だよ」
「……そうでしょうか?」
「うん。そうそう」
祐一君がそう言ってくれたのでわたしも『そういうものかもしれない』と思った。
わたしが家から近いこの高校を受けたのは一弥のことが心配で離れたくなかったからだ。
もちろん一弥はもっともっと上の進学校を目指している。
一弥の幸せがわたしの幸せだったからこれで良い。
(それに……)
わたしはちらっと祐一君を見る。
「うん?」
祐一君もわたしを見ていた。
「どうしたの?」
「いえ、何でもないです」
相沢祐一。彼と同じ学校で良かったと思う。
こうしている時間が楽しいから。
今のわたしが抱えている疑問なんて小さなことだろう。
「そうだ。佐祐理さん。放課後ひま?」
「はい、生徒会の方はもう大丈夫だと思います」
「じゃあ、久瀬のやつに呼び出される心配もないわけか」
「早く独立してくれたらいいんですけど……」
「本当、元生徒会長だとしても佐祐理さんに頼り過ぎだよ」
「あははーっ、仕方のない人たちです。おちおち祐一さんとデートも出来ませんね」
「…………祐一さん?」
突然、祐一君は顔を顰めてしまう。そして腕を組んでわたしを見つめた。
「どうしたんですか、祐一さん?」
「あ、いや……何でもないよ。ちょっと疲れてるのかも……」
「大丈夫ですか?」
「うん。何となく今日の佐祐理さんいつもと……ごめん、今の忘れて」
「は、はあ……」
わたしは曖昧に返事をしていた。
もしも、願いが叶うなら――
「祐一さんは何を願いますか?」
途切れえることのない時間を余すことなく使う。
今も祐一君と一緒にいる。一弥だっている。
これ以上、わたしに望むなんて何もない。
「叶うって……本当に叶うのそれ?」
「はい、どんな願いもです」
祐一君は顎に手をやって空を見上げるように目を漂わせている。
わたしも同じように空を見つめた。
青い空。夢のような色。
昼下がりの午後には相応しい陽光。
冷たい風も今は気持ちいい。
「別にないなー」
「ふぇ?」
「だって佐祐理さんが居てくれたら充分じゃないか」
「祐一さん……」
思わず祐一君を抱きしめたくなる。
二人は一緒だから。
ずっとずっと離れないって誓ったから。
そのはずだから。
「さて、そろそろ戻ろうか?」
「はい、そうですね」
もう昼休みも終わるのでわたしたちはお弁当箱を片付け始める。
何気ない時間。
退屈で代わり映えしないけど……。
わたしは幸せだった。
だから――
何かが足りないなんて今のわたしには分からなかった。
……何なのだろう?
胸がちくちくと痛んだ。
……これは夢?
……誰の夢?
……わたしの夢?
――夢≠ニは希望≠ネの?
誰かがいない。
そこにいて当たり前の人が居てくれない。
これは、矛盾?
もし一弥が生きていたら、彼女とは出会えなかった?
……彼女って誰?
わたしが大切なのは……。
いつまでも、ずっと大切にしたかったものは……。
本当に……何だったのだろう?
「どうしたの佐祐理さん?」
「あの子……」
わたしの前に現れた少女は手首に怪我をしていた。
でも、平然とした顔で歩いている。
「うん? 佐祐理さんの知り合い?」
「え? いえ、そういうのじゃなくて……」
どうしてだろう胸を締め付けられる。
渡り廊下。階段。水道。少女は蛇口を捻って手を洗い出した。
傷口に染みるのだろう顔がほんの少しだけ引きつる。
冬の冷たい水だ。当然だろう。
「…………」
無表情でいた少女の顔をわたしはとてもよく知っていた。
でも、どこで……?
「……あっ」
そうしている間に、少女はハンカチも持っていないのかそのまま手も拭かずに立ち去っていく。
わたしのすぐ隣を横切っていく。
お互い他人のままで……。
だから挨拶もない。
「……思い出しました、あの子のこと」
「え? 誰なの?」
「川澄さんです。生徒会では有名人なんですよ」
あれ? わたしは何を言ってるの?
「夜の校舎に侵入して窓ガラスを割っているということらしいんです」
「うん? そういうやつなんだ」
「はい、川澄さんは悪い子なんでわたしも困っています」
――いやだ。
悪い子≠セなんて言ってはいけない気がする。
川澄さんのことを誤解している。
でも、思い出せない。
川澄さんの名前すらわたしには分からなかった。
わたしたちは中庭にいたので気付かなかったのだが、今日は野犬が現れたらしかった。
で、先生方や生徒会も動いたのだが、場を収束させたのは川澄さんらしい。
向かってくる野犬をスッコプの一振りでやっつけたということだ。
面目を潰されたと久瀬さんは言っていた。
わたしは川澄さんの怪我の理由はそれだと思い至った。
つまりは――
野犬と喧嘩をした代償なのだろう。
野蛮だと思う。
手を噛まれるなんてナンセンスだ。
わたしが抱いていた川澄さんへの厚意はその時、簡単に消えうせた。
まるで、忘れることを望んでいるかのように……。
流れるように時間は過ぎていた。
六時間目も終わりわたしは待ち合わせをしていた正門に向かう。
でも、中々、祐一君は来てくれない。
わたしは少しいじけてしまう。
「ごめん、今日、掃除当番だったの忘れてた」
駆け足で息を切らせる祐一君にわたしは「遅いよ」と拗ねてみせる。
でも、やっぱり……待っていて良かったと思える瞬間。
どこに行くのかも決めないで気ままに商店街を散歩する。
夕闇の街は真っ赤に染まっていた。
目に留まったのはゲームセンターだった。
こういう場所に行くのは祐一君と一緒の時だけだ。
「あははーっ、楽しいですねー」
「……佐祐理さん、強すぎ」
影法師がどこまでも長く伸びていた午後のこと。
少し疲れたと言って百花屋さんに寄る。
そこには見知った顔。
「あら、相沢くん、デートかしら?」
「……う、どうして香里と名雪がここに?」
「珍しいことじゃないでしょう?」
「まあ、そうだが。どうして名雪は膨れてるんだ?」
「うー、いいもん。たくさんイチゴサンデー追加するんだおー」
「もちろん、相沢くんのおごりね」
「や、やめてくれー」
「あははーっ」
何気ない偶然に感謝した日の出来事。
そして、夜の訪れ。
申し合わせていたように雪が舞い降りていた。
イルミネーションに飾られた街。
わたしは祐一君にそっと寄り添った。
この温もりを離したくない。
この笑顔を独り占めにしたい。
何に変えても……。
何に変えても……。
祐一君の側にいるのはわたしでいたい。
誰にも譲れない。
噴水。公園。弾ける飛沫を背景にわたしは祐一君に向かって背伸びをした。
目もそっと閉じる。
柔らかい感触。
舌も絡み合う。
粘膜同士の触れ合い。
嬉しいはずなのに……。
待ち望んでいた瞬間のはずなのに……。
何故か……背徳的な後悔をわたしは覚えていた。
そして、涙が零れ落ちた。
「あ……ん……」
腰を下ろして押し寄せてくる快感に身を委ねた。
こうすることが自然だと思えた。お互いにしっかりと抱きしめ合う。
秘所に擦れ合うのは互いの性器で貪るように食い込み合っていた。
「はぅん……くふぅ……うん、いいです……すごく、いい」
はだけた制服から乳房が覗いている。
桜のように淡い色付きの先端を咥えられてわたしは喘いだ。
公園の奥まで風が吹く。
火照った体には丁度いいくらい。
「――え?」
下腹部から祐一君のものが取り出される。
わたしは潤んだ瞳で祐一君を見た。
『足りないの』と『やめないで』と懇願した。
切なくなって涙も出てしまう。
「大丈夫だって。ちょっと穴を変えようと思っただけだよ」
「ふぇ?」
「佐祐理さん、四つん這いになってくれる?」
腰をよじらせてつつもわたしは祐一君の言い付け通りに地面に手とひざを付いた。
「こう、ですか?」
「うーん、もうちょっとお尻を上げてくれると嬉しい、かな?」
「はい、分かりました……」
言う間にも割れ目からは厭らしい液体が留めなく出ている。
お漏らしたみたいにべちょべちょだった。
「行くよ、佐祐理さん」
「早く、早く……もう抜いちゃ嫌ですよ?」
祐一君がスカートをめくってわたしを責め立てる。
「ひぃ!」
そこはお尻の穴だった。
「ほら、どう? 佐祐理さん? どう? 良いだろう? こっちの方が良いだろう?」
「……ふぇー、わ、分かりません」
先ほどまでわたしのオマ○コに突き刺さっていた祐一君のモノなので、
潤滑油になる液体は充分すぎるほどに纏わり付いていた。
御腹が何度も何度も掻き回される。
オマ○コでいかされそうになっていたのだ。
スイッチはすぐに入った。
「あん……あんあんあんあん、いい……祐一さん、壊れちゃいそうです」
「ははは、良いよ、佐祐理さん。すごく締まるよ。佐祐理さんのアナルはサイコーだ」
「もっと責めて……いいの。イキたいです……祐一さん、わたしをいかせてっ!」
甘い息が漏れた。
不安なことを忘れるようにこの獣の行為に没頭した。
「どうする? 人が来たらどう思う? 今の佐祐理さんを見たらどう思う?」
「い、意地悪なこと言わないで……アン、ください……」
言葉を吐き出すのが先か喘ぎ声を出すのが先か。
頭の中が白く、霞んでいく。
もっと奥の深い所にペニスが挿って来るようにわたしも腰を動かし始めた。
祐一君に味わってほしい。わたしのすべてを奪ってほしい。
「佐祐理さんのリボンとか見てると、犬みたいだよ」
「……犬? ……わたしは犬なんですか?」
「うん、リボンが耳みたいだ。かわいいよ、佐祐理さん。鳴いてみてよ」
「……わんっ。あ、うん……わんっ、わん。わん、わんわん……わふゅう……」
「ははは、いいよ。でも、いくら犬でも尻までは犯してないよ。佐祐理さんは犬畜生以下の変態だ!」
理性なんてそこにはない。
白痴のように歓喜の声を喘ぎつつげる雌がいるだけだった。
快感が迫るほどに背中が弓状に反っていく。
「ほらよ!」
「ひゃあうっー!」
そこに祐一君の不意打ちが来てわたしは絶頂した。
だらしなく地面に倒れこんでしまう。
まだ夜の営みは終わらない。
お尻の穴がひくひくと痙攣していたのも束の間、祐一君のモノをわたしは咥え込んだ。
初めは舐めるように丁寧に口付けをする。先の尿道を舌先でほじる。
「んっ。んむっ。ちゃぷ。ぺちゃぺちゃ。くちゅ。くちゅ」
「あの佐祐理さんが俺のモノを咥えてる、か。この上なく愉快だね」
「あははーっ、気持ちいいですか祐一さん?」
「うん。でも、もっと口を窄めてくれたらもっと良くなるよ」
「はい、祐一さんの言う通りにします」
祐一君のを咥えていたらわたしの秘所も疼いて来た。
わたしは余った片方の手で自分で慰める。もう一方の手はしっかりと祐一君のをしごいていた。
祐一君はわたしのそんな仕草を見て可笑しそうに苦笑した。
「佐祐理さんがこんなにも厭らしいなんて思わなかったよ」
はだけた制服から取り出すように祐一君はわたしの胸に手を伸ばして揉み始めた。
見え隠れしている乳房はワンピースの制服に乳首が擦れて気持ちよかった。
わたしは秘所に這わしていた手を思い切って差し込んだ。
一本の指でもきつきつだった。ここに祐一君のアレが入るなんて信じられないほどだ。
でも、全然足りなくて、二本、三本と増やしていく。
「はぅ!」
「ほら、自分ばかり喘いでないで、しっかり舌も使ってよ」
「は、はい……ちゅぱちゅぱ。くちゅちゅ……」
口は唾液で満たされ、秘裂は愛液で満たされ、頭の中は快楽で満たされた。
「――祐一さん、下さい!」
わたしは更なる快楽を求めた。またいきたくなっていた。
ううん、まだ今日は祐一君に下の口には精液を放ってもらってない。
指なんかじゃあ我慢できない。
「ははは、何が欲しいのか言ってみろよ」
「祐一さんの……お……おちん……」
「俺の何だよ? はっきりと聞こえるように言ってくれないと分かんないよ」
恥ずかしくて耳まで真っ赤になるけど、わたしは言った。
「ゆ、祐一さんのおちんちんを、わたしの厭らしいオマ○コに入れてください!」
「はぅん。あふぅん。あん。もっと……もっと突いて……」
祐一君に跨るようにわたしは腰を振っていた。
騎乗位と言うやつだ。わたしが腰を上げると祐一君が逃すまいと下から突き上げられる。
また下がっていくと快楽を得ようとわたしは腰を上げた。
何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返される痴態も双方限界が近づいてきていた。
「佐祐理さん、俺、もう……」
「はぁ、はぁ、来て……わたしの膣内に出していいですから……」
汗も弾けて、夜の公園に喘ぎ声が木霊して、感極まった声も響いて、
ずちゅりとおちんちんとおま○こがお互いを溶かしあう。
何もかも忘れて、
何もかもがどうでも良くなって、
何が大切だったかなんてもう思い出せなくて、
「祐一さん、もうだめー!」
「佐祐理さん、出すよ」
二人は本当に人間らしく欲望の海に心を溶かし込んでいた。
波のように襲ってくる快感。また絶頂を迎える。
くちゅりと祐一君のモノが取り出されて、そこから白い液体が溢れ出してくる。
妊娠するかもしれない。
でも、祐一君との子供なら全然構いはしない。
早いか遅いかの違いだろう。
もう、祐一君と離れられないと思う。
一緒じゃないとわたしは駄目になると思う。
――この人だ。
わたしは……倉田佐祐理はもう決めたのだ。
ずっとこの人と居よう。一緒に生きよう。祐一君とならそれが出来るから。
「祐一さん、好きです。大好きです」
「俺もだよ、佐祐理さん」
絶対に祐一君のことは離さない。
……夢。
……夢を見ている。
この夢の色は何だろう?
青色?
赤色?
緑色?
夢は真っ白なキャンパスで自由自在に自分の思った通りに描くことができた。
これは誰の夢?
ボクの夢じゃない夢が彷徨っている。
本当にいいの?
後悔はしない?
夢はただひとつのボクにとっての希望なんだ。
貴女がもしも祐一君にとって大切な人ならボクはこの夢を叶えてあげる。
何を望むの?
何をしたい?
たったひとつの願い事はボクに与えられた希望という名のプレゼント。
惜しむことなんてしない。
最後にボクはひとつの夢を叶える。
そして、終わる。
「あ……」
わたしはふと思い焦がれて泣いてしまった。
「佐祐理は、とんでもないことを……」
視界が歪んだ。
辺りの風景はぐにゃぐにゃだった。
望んだのは普通の幸せ。
私は誰かを幸せにしたら自分も幸せになれるのだと信じていた。
「祐一さん、佐祐理は……佐祐理は……」
手首を怪我した少女。
出会いの正門。
犬さんに手を噛まされるということ。
『あの……手じゃなくて、佐祐理のお弁当を食べさせて……』
どうして忘れていたんだろう。
あの子のことを。
「ごめんなさい。祐一さん……佐祐理は舞を裏切れません」
「……佐祐理さん?」
「祐一さんのこと好きです。本当に大好きです。でも……」
首を傾げる祐一さんに私は尚、言い募った。
「でも……舞と祐一さんが幸せそうに佐祐理のお弁当を食べてくれる方がもっと嬉しいんです」
夜の公園は形を変えていく。
これは夢。
佐祐理の望んだ罪深い幻想。
「祐一さんも舞のことが好きなんですよね?」
「……まい?」
今は分からなくても良かった。
私は向かう。
祐一さんの制止の声も振り切って駆け出した。
夜の校舎へと――
私を待っていたのは、
この仮初の世界でしか生きられない。
悲しい命。
「一弥?」
『うん。そうだよ』
佐祐理の知っていた時のままの一弥がそこにいた。
幼い頃の姿で私を見ている。
一弥の成長した姿を私は知らなかったので今まで出て来れなかったのだろう。
でも、もうこの世界のカラクリに私は気づいていた。
『ぼくのこときらい?』
何て質問をしてくれるのだろう。
『……姉さんは、舞とか言うやつの方がいいの?』
「そんなこと……」
『ぼくを望んでよ。舞なんてどうでもいいじゃないか!』
「佐祐理は、舞のことも一弥のことも大切に――」
『うそだ! じゃあ、どうしてぼくを消えていこうとしてるんだ!』
言う通り一弥の体は透け始めていた。
夢が覚めるから?
「じゃあ姉さんは、どうしたらいいの?」
『夢を見てればいい! この幸せな夢を見てくれたらいい!』
私は選んでしまうのだろうか?
舞と一弥を選べるのだろうか?
「姉さんにはどちらも選べないよ!」
『……うそだ。舞の方が大切なんだ。そうなんでしょう?』
「言わないで! もう何も言わないで!」
『いいよ。じゃあ、どちらも選ばなくてもいいよ』
「……え?」
『その代わり死んでよ。姉さんが死んでくれたらぼくと一緒だ。ずっと居られるよ』
手首が痛んだ。
空虚だった頃に付けた傷が疼いていた。
大量の血がふき出した。
絶望に手首を切ってしまった時のように血が流れ出した。
私は死を受け入れようとした。
祐一さんと結ばれたいと思った罪だ。
有りもしない日常を望んだ罰だ。
「うん、いいよ」
途端に視界が暗くなって何も見えなくなった。
今は夜なのだ。当然だろう。
私は冷たい廊下に倒れ込んで行った。
頭から落ちて首が折れ曲がる。
『ふふふっ』
その声はもう一弥のものでは無くなっていた。
小さな女の子の声だった。
ウサギの耳飾りを付けた女の子が私を見下ろしている。
「……まい?」
『早く、落ちてたら良かったのに……』
――もしも、願いが叶うなら――
落ちていく意識の中で私はあるものを見つけていた。
昨日、祐一さんと買ったアリクイのぬいぐるみが血溜まりの中に倒れていた。
「誕生日、おめでとう……」
もう、目覚めない。
どこか遠くで舞の気配がした。
祐一さんの声も聞こえた。
――私は大丈夫だと答えていた。
こんな佐祐理だから傷つくことは当たり前なのだ、と。
夢を見ていた。
とても仲の良い姉弟の夢だった。
姉は誰よりも弟のことを想っていた。
弟もそんな姉のことが大好きだった。
朝の起きた時、挨拶を交わして……。
二人で一緒に川原で水遊びをして……。
悪戯に時間を過ごして……。
最後には手をつないで夕闇の中を帰っていく。
いつまでもそんな幸せな日々が繰り返されるという……。
二人の姉弟はそう信じているという……。
……悲しい夢だった。
もしも、ひとつだけ願い事が叶うなら――
――貴女は何を願うの?
「佐祐理は……」
羽の少女に私は言う。
もしも、まだ願うことが許されるというなら私は祈るのだろう。
「佐祐理の願いは……」
『佐祐理、邪魔かな?』
『……邪魔』
でも、それでも――
佐祐理は願う。
『口に出して言えよ』
『……私は佐祐理のことが好き……』
「舞と祐一さんと一緒に……」
ただ、もう――
夢は終わりを告げていた。
「ボクの願いは……」
<FIN>