19世紀。まだアメリカ西部が、フロンティアと呼ばれていた時代。
西日が乾いた大地を赤く染める。
ゴールド・ラッシュが沈静化し、緩慢に寂れてゆく、どこにでもあるような小さな街。そこに一台の馬車が止まった。
「兄ちゃん、ついたぜ」
「あ、どうも」
荷物を積まれた馬車の荷台から、青年が身を起こした。
胸に輝く星形のバッジは、保安官の証。そのわりにはどこか頼りない雰囲気が漂っているが……。
「どうもありがとうございました」
「ああ。代わりと言っちゃなんだが、一つ頼まれてくれねぇか? 手紙を届けて欲しいんだ」
「いいですよ。ここまで乗せてもらいましたし」
「頼んだぜ。じゃあな」
馬車の走り去る音を聞きながら、青年――藤井冬弥は、宛名に目を落とした。
「えっと……『WHITE ALBUM』? 町の人に聞けば分かるかな」
冬弥は街に入っていった。
「藤井冬弥です。よろしくお願いします」
まずは着任の挨拶にと、保安官事務所にやってきた冬弥。
びし、と背筋を伸ばせて敬礼する冬弥に、彼の上官、緒方英二は苦笑を漏らした。
「まぁ、そう固くなるな、青年。よろしく頼むよ」
「は、はい」
「ここは結構気のいい街さ。そんなに肩肘張っていると、笑われるぞ。
そうだな……もう陽も落ちる。今日は青年の着任祝いといこうか?」
「はぁ……」
「おいおい、そんな顔するなよ。やばい店ってわけじゃないから。きっと青年も気にいると思うぞ」
英二は気安く冬弥の肩を叩いて、事務所を出る。
「あの……仕事の方はいいんですか?」
「ああ。こうしておけば平気、平気」
扉にかかった札を回すと、そこには『本日閉店』と書かれていた。
暗い店の一角だけにランプが灯り、小さなステージに立つ少女を浮かび上がらせた。
ピンク色の、長いクラシックドレス。
数カ所にフリルと刺繍が施された可愛らしいものだが、それを着る少女はいささか勝ち気で大人びた雰囲気。
薄くルージュを塗った唇がほころび、からかうような声が流れた。
「お集まりの紳士淑女の皆様」
どっと笑いが起こる。もちろん笑うのは紳士淑女とはかけ離れた、むさ苦しい荒くれ者達。
小さな酒場は彼らでいっぱいになり、酒を飲み交わしながら開幕を待つ。
「今夜も私のステージに来てくれてありがとう。
当酒場……『WHITE ALBUM』の誇る歌姫。緒方理奈があなた方にささやかな慰めと癒しを。
そして小さな祝福と慈しみを込めて歌います。曲は、『SOUND OF DESTINY』」
彼女を取り巻く小さな楽団が音楽を奏で出す。
素朴な弦楽器と管楽器から、心が浮き立つようなメロディーが響きだす。
それに重ね、理奈が甘やかな声で歌い始めた。
『愛という……形ないもの――』
「ほら青年、こっちだ」
「あ、はい。あれ……?」
英二に案内された、どこにでもあるような小さな酒場。
白く塗った看板には『WHITE ALBUM』と書かれている。
扉を押すと、カランカランと小さな音が立つが、誰も振り向きもしない。
観客達の目は、淡い光の中で幻想のように踊る、小さな歌姫に見惚れていた。
そしてそれは、冬弥も同じだった。
小さなステージだから、動きはあまりない。だが手を差し伸べたり、くるっと回ったりするしぐさが、目を惹きつける。
そしてなによりも、伸びる歌声――。
トーンの高い声が、軽やかな音楽に乗って、耳に届く。
甘く優しく、心に響く歌声が。
『踊りながら行こう……どこまでも』
理奈が一礼すると同時に、拍手と甲高い指笛、荒っぽい讃辞の声が巻起こる。
「それじゃ、次のステージまで、ゆっくり待っていてね」
理奈が舞台を降りると、ランプに次々と火が灯り、男達は歓談を肴に酒を煽る。
「よし、青年。俺たちも座るか……どうした、青年?」
「あ、いえ……ちょっと、ぼーっとしちゃって」
「青年もあの歌姫がお気に入りかい?」
「い、いや! そういうわけじゃ!」
「ははは。隠すな隠すな。よし、じゃあ紹介してやるから、ついてこい」
英二はさっさと酒場の奥に歩いてゆく。途中、何度も客達が英二に声をかける。
よほど信頼が厚いのか、それとも顔が広いのか……おそらくその両方だろう。
英二はカウンターの空いていた席に座り、隣を冬弥に勧める。
バーテンがさっそく注文を取りに来る。
「英二さん。お疲れさまです」
「ああ。こいつ、俺の部下だから、よくしてやってくれ」
「分かりました。よろしくお願いします」
「あ、はい。こちらこそ」
グラスを二つ置いて、バーテンは下がる。
「それじゃ、青年の着任祝いに、乾杯」
「はい。これからよろしくお願いします」
「そう固くなるなって」
グラスが触れあい、軽い音を立てる。
冬弥は一口飲んで、喉を滑り落ちる冷たさと、胃を焼くような熱さに咳き込んだ。
「けほっ、けほっ」
「ははは。青年にはまだ早かったか? だけどこれくらい、軽く飲み干せるようにならないと、やっていけないぞ」
「はぁ……」
「お、そうだ。おい。理奈のやつ、こっちに呼んでくれないか?」
セリフの後半はバーテンにかけられたものだ。
「理奈のやつ……って、知り合いなんですか?」
「おいおい。俺の名字、言っていなかったか?」
「緒方さん……ですよね?」
「そしてあの歌姫は?」
「理奈ちゃんとしか聞いてませんが」
「ん……そうだったか?」
「兄さん! 仕事はどうしたのよ!」
あのドレス姿のまま、だけど笑顔の代わりに怒った顔を乗せて、かの歌姫が現れた。
「え……兄さん?」
「今日は俺に後輩ができたから、見せびらかそうと思ってな」
「あのねぇ……仮にも街を守る保安官が、そんなことでいいの?」
「平気だって。それより……青年が居心地悪そうなんだが」
「あ……あら、ごめんなさい」
理奈はようやく、兄の後ろに控えている、気弱そうな青年に気づいた。
「いえ……」
理奈は小さく咳払いをして、
「ちょっと恥ずかしいとこを見せちゃったわね。私は緒方理奈。この酒場で歌っているの。
さっきのステージは見てくれた?」
「はい。藤井冬弥です。あの……とても、綺麗でした」
歌声と、姿と。耳と目と、その双方に残響がある。
ただ素直な感想を口にしただけだが、理奈は顔を赤らませ、冬弥も自分の言ったことに気づいて、赤くなる。
理奈はごまかすように笑って、
「……ありがと。良かったら、これからひいきにしてね。それから敬語はやめてね。堅苦しいから」
「は、はい」
「はい?」
「あ……うん、わかった。そうだ。これ、預かってきたんだ」
冬弥が手紙を差し出す。受け取った理奈は宛名を確かめ……眉を顰めた。
「また親父からか?」
「そ。どうせ中身も知れているけど……」
中に入っていたのは手紙と、男の姿が描かれた絵。
「なんですか?」
冬弥が聞くと、理奈は肩をすくめた。
「身を固めろってうるさいのよ……父さん。うっわーーー。趣味悪いわね……」
「どれどれ、見せて見ろ」
英二が理奈から絵を受け取り、冬弥も覗き込んだ。
そこには……なかなか個性的な男が描かれていた。
「インパクトはあるな」
「ありすぎよ! 兄さんと同じような丸メガネに変なフレーム。人を見下すような視線に、にやついた口元。
それに、この狂気じみた目つきは、絶対世界征服とか企んでいるわよっ!」
ひどい言われようだが、確かに、理奈の言うことも分からないでもない。
「おいおい。俺のメガネも趣味が悪いのか?」
「……ちょっとね」
「はぁ……お兄ちゃん悲しいよ」
落ち込んだ兄の肩を軽く叩き、「冬弥くんはどう思う? この人」と、いきなり振る。
「え? うん、俺は男だけど……ちょっと。メガネはともかく、結婚するとなるとね」
「でしょ?」
理奈が嬉しそうに微笑む。思った以上に柔らかい、少女らしい笑みに、一瞬見とれた。
肩から流れ落ちた髪から、なにか花の香りがした。
「それじゃ、そろそろ次のステージがあるから」
「うん。がんばって」
「ありがと」
理奈は最後にウインクを残し、店の奥へと消えた。
残り香だけが、あたりに漂っていた。
「どうだ、なかなか美人だろ。気は強いが、ああ見えて意外にかわいいところも……」
「兄さん! 聞こえてるわよっ!」
英二は苦笑いし、冬弥にだけ聞こえるように囁く。
「……短気なのは見た目通りだ」
緒方理奈on Stageの第二幕。
スローなバラードが、あの細い体のどこから、と思うほど豊かな声量によって歌い上げられる。
寂しげなメロディーが男達の心に、夜の闇に染みこんでゆく。
遠い故郷を、そこに置いてきた人を想う、悲しい歌。
理奈は静かに、囁くようなため息で、歌を終える。
讃える拍手も、静かに鳴り響く。
冬弥もノスタルジックな想いに囚われ、小さく拍手した。
「いい歌ですね……」
「そうか? まぁ、あまり誉めるな。図に乗ってしまう」
「理奈ちゃんがですか?」
英二はグラスを煽り、上手そうに飲み干す。
「……いや、俺が」
「は?」
「あの歌作ったの、俺なんだぜ。正確には、理奈の歌う歌、全部だな」
「…………は?」
「青年。ひょっとして、耳が遠いか?」
冬弥はブルブルと首を振る。しかし……聞いた歌のどちらも、英二のイメージからはかけ離れていた。
あの甘い歌と寂しげな歌。それを作ったのが目の前にいる、どこかさえない男の作詞作曲とは……。
「信じられん、って顔だな?」
「い、いえ」
「隠すなよ。まぁ、気持ちは分かる。ところが残念なことに、本当なんだなこれが……」
保安官兼・作詞作曲家。更に聞くと、この酒場も人に任せてはいるが、彼名義のものだという。
「色々才能があると、大変でな。体が3つぐらい欲しいよ」
お互いに笑ったときだった。
グラスの割れる、綺麗だが煩わしい音が、楽曲を遮る。
「……なんのまね?」
一瞬にして沈黙した場を、理奈の冷たい声が滑っていった。
「いいから、つまんねぇ歌なんかやめて、つきあえって言っているんだよ」
ひどく酔っている粗暴な男が、理奈の腕を掴んでいた。
理奈は痛みに顔をしかめるが、周りの男達はにやにや笑っているだけで、助けようとしない。
それをいいことに、男は強引に理奈を抱き寄せようとした。その時、
「……やめろっ!」
「……おいおい」
立ち上がったのは冬弥で、呆れているのは英二だ。
「なんだぁ、てめぇは?」
「この街の保安官だ」
時ならぬヒーローの出現に、酒場が沸き立つ。
だがすっかりショー扱いだ。男達は無責任にはやし立て、拍手を送る。
おもしろくないのは、すっかり悪役にされた酔っぱらいだ。
「恰好つけてるんじゃねえよっ!」
銃に手を掛けた。冬弥も一瞬反応するが、腕が動かない。男が銃を抜き、冬弥に向けようとした瞬間――。
理奈がスカートを跳ね上げた。一瞬男の目がそこに釘付けになる。
くるぶしから太腿にかけて、美しい曲線を描く素足がさらされる。
太腿にはガンベルト。中にはデリンジャー。
それを理奈は目にも止まらぬ早さで抜くと、男の眉間に当てた。
「悪いけど、うちの店で銃撃戦は困るわね」
理奈は不敵に笑い、男から銃を取り上げ、手の中で回した。
一斉に巻き起こる拍手と歓声。そしてぽかんとする冬弥。
英二が冬弥の肩を叩く。
「みんなこれが見たくて待っていたって事さ。格好良かったぞ、青年。だが銃の腕は、もう少し磨こうな」
冬弥は赤くなって、頭をかきながら椅子に座った。
理奈はくすりと笑うと、動きを止めたままの男から、財布を抜き取る。
「それじゃ、お勘定。それと……私のさわり料は、高いわよ」
理奈は全額抜き出すと「お帰りはあちらよ」と、優雅に示した。
周囲の嘲笑を受けながら、男は追い出される。
「またの起こしを」
理奈がいたずらっぽく声を掛け、更に大きな笑いが起きた。
「それじゃ、臨時収入が入ったことだし。これでみんな飲みましょうか」
再び拍手と歓声。新しい酒が男達に回される。
その騒ぎを縫って、理奈が冬弥の席に近づいた。
「……えっと、冬弥くんだったわよね。さっきはありがと」
「いや……俺、なにもできなかったし」
「それでもね、スカートの中を覗くだけの、スケベ親父よりは全然ましよ。これはお礼」
理奈は素早く冬弥の頬にキスすると、ウインクしてカウンター裏に姿を消した。
「おお、役得だな。青年」
「か、からかわないでください!」
理奈が触れた唇の熱が、頬に残っている。
冬弥はごまかすようにグラスを煽り……熱さにやられて咳き込んだ。
そしてステージは終わり、観客達が退出してゆく。
そこで冬弥は、今夜の宿が決まってないことを思い出した。
「あの……俺は今晩、どうすればいいんです?」
「ああ、そうだったな。落ち着く場所が決まるまで、うちに泊まればいい」
「はい。御世話になります……って、まさか。うちって……ここですか?」
英二はにやりと笑って肯定する。となると、当然あの歌姫と、一つ屋根の下と言うことに……。
「理奈には手を出すなよ。一応、保護者なんでな」
あれだけの銃捌きを見せられたら、嫌もおうもない。
「それと……宿代までは取らんが、一宿一飯の恩義ぐらい、感じてくれるよな?」
「え?」
ぽん、と雑巾とモップが渡された。
「はぁ……」
テーブルの上を片付け、床にモップをかける。あまりにも保安官らしくない行動に、ため息の一つも出ようと言うものだ。
「なにやってんだかなぁ……」
「あら。手伝ってくれてるの?」
ラフな服に着替えた理奈が、同じようにモップを手にしていた。
ドレスに比べれば、はるかに地味で、実用的な服装だ。
だけど、彼女が持つ、周囲を明るくするような華やかな雰囲気は、一片たりとも損なわれてはいなかった。
酔っているせいだろうか。星のような輝きを放っているようにも見える。
長いようで、短い夜が明けた。
少し頭が痛むが、顔を洗うと大分さっぱりした。
「おはよう」
「あ、おはよう……」
そして完全に目が覚めた。昨日と同じドレス姿。
だけど背中には巨大なライフルを背負い、腰にはガンベルトを二重に交差して巻き付けている。
もちろんそれぞれには、鈍い光沢を放つ銃が収まっている。
「どうしたの……その格好」
「戦争が始まるみたい」
「戦争!?」
言っていることは物騒だが、口調は楽しそうだった。
「そう……。この酒場と、私をかけた戦争がね」
「どういうこと?」
「それは……」
轟音が、朝の空気を引き裂いた。続いて振動が大地を揺るがす。
「なんだっ!?」
窓を開け放つと、酒場の正面に広がる大通りの向こう、街の入り口に異様な集団がいた。
左右には、縦に長い男と横に太い男。先ほどの轟音は彼らが携えた大砲が引き起こしたものだろう。
そして中央に立つのは、どこかで見たような丸メガネの男……。
「あれって……確か?」
理奈は苦々しげな顔をして、こめかみに指を当てた。
「そう……。父さんが選んだ、私のお見合いの相手」
「ふはははははははっ!」
街の皆さんの安眠を妨害する、狂気じみた笑い声。
「緒方理奈嬢! わが輩の名は久品仏大志。そう。君の婚約者だ!
君の父上は悲しんでおられる! おとなしく吾輩と共に来れば、君の幸せな一生を保証しよう!」
その癇に障る声を聞いて、理奈は窓から身を乗り出した。
「誰が私の婚約者ですって!? 私の恋人は私が選ぶわっ! とっとと帰りなさいっ!」
「おお、マイスイートハニー。照れることはない。さぁ、吾輩と手を携え、世界征服の道を歩もう!」
「冗談じゃないわよっ!」
理奈は本気で切れると、ライフルを構えた。銃声が三度響く。
だが、あわてふためく縦横コンビとは対照的に、大志は頬をかすめる銃弾に、ピクリともしない。
「ふぅん……度胸はあるじゃない」
「あなたは少々おてんばがすぎるようだ」
一階から騒ぎを眺めている英二が、うんうんと頷く。
大志が手を上げると、即座に縦横が大砲の準備をする。先ほどの射撃結果から角度を調整し……。
「撃ていっ!」
手を振り下ろすと同時に、砲弾が放たれた。
「まずいっ! 冬弥くんっ!」
「うわあっ!」
砲弾は店の一階と二階の境目あたりに命中し、冬弥が泊まっていた部屋を、半壊させた。
「ふははははっ! 降伏するなら今のうちだぞ! 吾輩も鬼ではない。おとなしく武装解除に応じれば……」
「冗談っ!」
粉塵の中から理奈の声と同時に、細長いものが飛んできた。先端には小さな火花。
「だ、ダイナマイトでおじゃるーっ!」
「逃げるんだなーーっ!」
縦横二人は見かけに似合わぬ素早さで左右に散った。
ダイナマイトは回転しながら見事に大砲の筒に入り、
傍らに置いてあった大砲射出用の火薬と共に誘爆し、爆風が街の一角を包み込む。
「やったぁっ♪」
「ちょっとやり過ぎなんじゃあ……」
と、冬弥の心配する声を吹き飛ばす、高らかな笑い声。
「ふははははっ! やるな、緒方理奈嬢! だがこの吾輩を、その程度でやれると思ったか!?」
あの爆発を、無傷どころか汚れ一つない姿で切り抜けた大志が、身を低くして走ってくる。
「無理矢理にでも、連れ帰らせていただく!」
「はっ! やれるものなら……」
理奈は腰溜めにライフルを構えた。
「やってごらんなさいよ!」
連続で放たれる銃弾を、大志は俊敏なステップで左右に躱す。
そして自らも二丁拳銃を両手に構え、威嚇射撃をしてくる。
「ちっ……」
一階に下りた理奈は、入り口の陰に隠れ、時折頭を出しては散発的な射撃を繰り返す。
だがその程度では、大志の足は止まらない。駆けてきた勢いのまま突っ込んできて、回転しながら、店の中に入り込んだ。
「とうっ!」
すれ違いざま、理奈のライフルを蹴り飛ばす。
「くっ!」
体勢が崩れ、ぺたんと腰をついた。理奈が銃を抜くより速く、大志が体勢を立て直し、銃弾を放った。
理奈の真上、シャンデリア――円形の木の台に、ろうそくをいくつか立てるだけのものだが――に向けて。
シャンデリアが落下する。理奈はまだ動けない。
「理奈ちゃんっ!」
壁の花になっていた冬弥が、理奈を突き飛ばした。
「うわあっ!」
「冬弥くんっ!」
もちろん代わりにシャンデリアの下敷きだ。
「よくもっ!」
「ふっ。戦いに犠牲は付きものっ!」
理奈が銃を抜いた。だがすでに抜いている大志の方が速い。
銃声が2発重なって響き、理奈が両腰から抜いた銃は、くるくると宙を舞っていた。
「くっ……」
「ふ……吾輩の勝ちだな」
理奈はおとなしく両手を上げ、立ちあがった。そして不敵に笑う。
「それはどうかしら?」
宙を舞っていた銃が、吸い込まれるように冬弥の手に収まった。
「なに!?」
「こいつはサービスよ!」
理奈がスカートを跳ね上げると同時に、銃声が2発、遅れて1発。
静寂の中を、硝煙の匂いがたなびく。
「ふ…………見事」
大志の銃が、重い音を立てて地面に転がった。ついで、大志の体も地に倒れ伏す。
「ふぅ……あなた、悪くなかったわよ。……性格以外は」
いたずらっぽくお見合い相手に笑みを渡し、シャンデリアの下から冬弥を引っ張り出す。
「大丈夫?」
「うん……ちょっと腰が痛いけど」
「ふふっ。ナイス・ショット、冬弥くん」
「いや……、なんか情けなかったな、俺」
「十分助けになったわよ♪ でも、次はもうちょっと格好良く助けてよね」
慰めるように、冬弥の肩を理奈が叩く。
「期待しているからね」
「あ……理奈ちゃ……」
もう一度、冬弥にお礼をしようと近づいたとき……。
「いやぁ、いい話だ」
カウンターの影から、英二が姿を現した。慌てて離れる理奈と冬弥。
「に、兄さん! 見てただけっ!?」
「おいしいところをさらっちゃ悪いからね」
英二は上手そうにタバコの煙を吐いた。
「おいしいところを邪魔したんでしょ!」
「いやいや。俺は最初っからいたって。ほら、彼がおてんばっていったときに……」
「そういう問題じゃないでしょっ!」
「だから俺はだな……」
「……っ!」
「……」
小さく鳴り始める『SOUND OF DESTINY』に合わせて、スタッフロールが流れる。
気の短い観客達があらかた立ち上がり、出ていったところで……。
黒い背景が丸く開いて、理奈が顔を出す。
「結局兄さんはおいしいところを持っていくのよね……」
そして引っ込んだ。
〜 FIN 〜