葉鍵板最萌トーナメントブロック決勝Round143!!
ある日曜日の事。
吉井は気晴らしにちょっとしたサイクリングを楽しんでいた。
せっかくの晴天だし、たまにはこういうのも良いかな、という発想の元ペダルを
漕ぎ出してみた。
元々滅多にこんな事はしないので、乗っている自転車は段の切り替えも付いていない
古めのママチャリだったりするのだが、これでも結構楽しめたりする。
大きめの公園に行き当たった。住宅街に面した道を離れ、ハンドルをそちらに向ける。
普段見慣れない景色を見、心地よい風を堪能したのでそろそろ帰ろうかと思った矢先、
がたごとっ、という異音とともにペダルが空回りを起こす。
「う、うそ!?」
スタンドを立てて、状況把握・・・多分チェーンが外れたのだろう。
チェーンカバーで覆われているので中の様子は判らない。
結構家から離れた場所まで来てしまっているから、今から帰るとなるとかなりの
労力を伴いそうだ。
「どうしよ・・・」
ここに自転車を放置していくのも躊躇われる。家に一台しかない自転車だし。
あたしはこういうメカニックな事は素人で判らないし、当然直す事もできない。
打開策はないかと知恵を巡らせていたその時、背後でキッ、っという音がした。
そこには緑の髪をした女性がいた。
スポーティな印象を受ける、しなやかなスタイル。
彼女も自転車に乗っていたのだけど、
あたしの乗っている自転車とは格が全然違う。
確か、MTBって言うんだっけ。一台ウン十万もする高級自転車。
すたすたとこちらに寄ってきて自転車のペダルを回してみたりする。
しかし、そこからはカラカラという音しか聞こえてこない。
「+ドライバがいるね」
あ、もしかしてこの人、自転車を直してくれるつもりなのかな?
「あの・・・良いんですか?」
「ん」
「・・・ありがとうございます、あたし近くの家でドライバ借りてきます」
ちょっと時間が掛かってしまったが、近所の家でドライバを借りることが出来た。
走って戻るとその女性は自分の自転車に乗って手持ちぶさたにしている。
「遅くなっちゃってすみません、借りてきました!」
乱れた息を整えてその女性に駆け寄る。
しかし、その人のリアクションが返ってこない。
「・・・あの?」
「自転車、もう直ってるよ」
え? と思ってペダルを回してみる・・・ちゃんと後輪が付いて回ってる。
道具もないのに何で直せたんだろう?
「あそこに自転車屋さんがあったから、持っていった」
指差した方向(−あたしが走ってきたのと逆方向−)には確かに店があった。
・・・何で気付かなかったんだろう。
「あの・・・有り難うございました。おいくら掛かりました?」
掛かったであろうお金を払おうとお財布を取り出す。
「今日は天気がいいから無料サービス」
「はい?」
「今ならチョコサービス付き」
女性はポケットからチョコが入っているらしき箱を取り出し、あたしに向けてくる。
・・・いくら何でもそれは申し訳ないと思う。
「いえ、そう言う訳には・・・」
「チョコは嫌い?」
「嫌いじゃないですけど・・・」
「じゃ一緒に食べよ」
「でも、悪いですし」
「私のチョコは食べられない?」
流石にそう言われてしまうと貰わないといけない気がする。
「あの・・・じゃ頂きます」
掛かったであろう自転車修理代を払おうと思ったけれども、
この人・・・はるかさんと名乗った・・・は
「貰いたい気分じゃない」と言って受け取ってくれなかった。
どうしても何かお返しを、と思っていた時にウーロン茶一本という代替案を提示されたので
とりあえずそれに同意する。
今は2人、ベンチに腰掛けて茶をすすっている。
何となく間が空いてしまったので何度かはるかさんに話しかけているのだけど。
「あの・・・良い自転車乗ってますね」
「そうかな」
「そうですよ」
「だったら、そうだね」
「そうじゃないんですか?」
「そうなんだよ、きっと」
・・・はるかさんと話しているとこんなよく判らない会話になってしまう。
変わった人だな、と思った。
「貴方は、サイクリング好き?」
今まで話しかけていてばかりだったので、突然問われてちょっと慌ててしまった。
「え、えっと・・・どうなんだろ。実はサイクリングしたのって凄く久しぶりなんです」
「ふーん」
「はるかさんは好きなんですか、サイクリング」
「好きだよ」
そうだと思った。こんなに良い自転車乗ってるんだもんね。これでこの自転車が倉庫に
入ったままだったら自転車が可哀想だ。
「例えて言うなら「メッセンジャー」の映画に主役で出たいくらい好き」
・・・どんな例えよ、それ。矢部っちファン?
「ああ、いたいた・・はるか、置いていくなよ・・・」
自転車を押してハーハー吐息を切らせながら、男の人が近づいてくる。
どうやらはるかさんの知り合いの人らしい・・・もしかしたら恋人かも。
「冬弥が遅いからだよ」
「だから買い物終わるまで待っててくれって・・・あ、こんにちは」
あたしの姿が目にとまって男の人が声を掛けてくる。
「こんにちは」
男の人が不思議そうな目で見てる。何で一緒にいるんだろうって思ってるんだろうな。
「はるかが迷惑掛けなかったか?」
「あたし、さっきはるかさんに自転車が壊れたところを助けて貰っちゃったんです」
「何もしてないよ、この子とデートしてただけ」
な、何でデートとか言うかなぁ、この人。
「あはは、赤くなってる」
「はるか、人をからかうのもいい加減にしろよ」
やっぱり仲が良いみたいだね、この人達。
「じゃ、そろそろ行くね」
はるかさんが横のゴミ箱に飲み終えたお茶の缶を捨てると椅子から立ち上がった。
「今日は本当に有り難うございました」
「ん」
背中を向けて手だけをこちらに振る。同じく、会釈してついていく男の人。
自転車にまたがって走り去っていく、はるかさん。
・・・その姿が遠ざかっていくかと思ったとき、はるかさんがくるりと振り返った。
「サイクリング、面白いと思うよ」
「え?」
「そしたら、また会おうね」
今度こそ立ち去っていく、はるかさん。
「・・・うん、また機会があったらそうするよ」
傾きつつある日差しの中、吉井は2人の姿が見えなくなるまで見送るのだった。