130日目
どのくらい時間が経ったか判らない。
数分のようにも、数時間のようにも感じられる。
拘束室はただ白く静かで、何の音かは判らないが、低い妙な音がずっと聞こ
えていた。
頭がおかしくなりそうだ。
私はこんな部屋に何ヶ月も、琴音を一人で置いていたのか?
その時突然、照明が消えた。
辺りが暗闇になってから、さっきから聞こえていた音が私の独り言だったのに
気付いた。
自分の掌も見えない、完全な闇だった。
一切の光が、電子ロックの作動灯も消えている。
期待を込めて扉を押すと、あれだけ強固だった障害があっさり開いた。
拘束室の外も、状況は変わらなかった。
停電時に作動する筈の非常灯も点いておらず、完全な闇の中、どこからか怒号
だけが聞こえてくる。
その中に、一発の銃声も混じった。
何だか判らないけど、琴音の元に行かないと。
手探りで数歩進むと、私を呼ぶ声が聞こえた。
一番聞きたかった声、琴音の声が。
その姿は全く見えないけど、軽い足音は迷わず私の元へ進んでくる。
闇の中に伸ばした手の先に温かい物が触れると、それを抱き寄せた。
この手触り、大きさ、匂い。間違えるはずが無い。琴音だ。
私の琴音がここにいる。確かに生きて存在してくれている。可愛い顔が見れ
ないのが残念だけどここにいる。
確信した後も、強く抱いたり撫で回したりして、琴音の存在を確かめた。
しばらくなすがままになってから、琴音は私の手を取り、傷付いているのに
気付くと腕を掴み、外に出ようと言って歩き出した。
闇の中で一切迷わず、しっかりした足取りで。
どうやっているのか聞くと、手探りで歩いているそうだ。
念動力で手探り!
しばらく歩くと、廊下の向こうから銃声が響き、閃光が断続的に走った。
明らかにこっちを狙っているが、銃弾は私達にかすりもしない。
そして発砲の閃光の中、暗視ゴーグルを付けた警備員の首が真後ろを向く
のが見え、静かになった。
首の骨が砕ける音は、銃声で聞こえなかった。聞きたくも無かったが。
外に出ると、夜の闇は青く薄まっていた。
全てが影で構成された世界でも、琴音の白い肌と銀髪は自ら輝くように
浮かび上がり、私に笑顔を向けてくれる。
季節は初夏でも山奥の明け方は冷えたが、寄り添っていればそれも感じない。
所内は暗くて気付かなかったが、私達の背後には十数人の人影が後を付いて
来ていた。
実験体として監禁されていた超能力者達だ。
彼らは解放された喜びを口にするでもなく、ただ後ろを付いて来ている。
玄関前の敷地を抜けて、威圧するように大きな門を押すと、見かけによらず
軽く開いた。
門をくぐって脱出したという実感を得たのか、手の傷がいきなり疼き始めた。
心配する琴音には無理矢理笑顔を見せたが、脂汗は隠せない。
すると琴音の瞳が急に鋭くなり、研究所の方を見て
潰しちゃいましょう
と言うと同時に、何かが砕ける音が響いた。
音だけが数秒鳴り響いてから、白亜の建造物は上から崩壊し始め、轟音と土煙
の中に消えた。
土煙が晴れると、山中に似合わない4階建て建造物は、言葉通りぺしゃんこ
に潰れていた。
あの巨大な建物が一瞬で・・・
目の前で同僚達が圧死したというのに、気が付くと私は笑っていた。
私の手は自業自得だが、奴らは琴音を殺そうとしたのだ。同情は沸かない。
しかし琴音の力は、私の予想を、人知を遥かに越えていたのだ。
素晴らしい、素晴らし過ぎる!
私は手の痛みも忘れて、琴音を強く抱いた。
ふと、周囲の超能力者が何故言葉を発しないか気付いた。
琴音を恐れているのだ。
同種だというのに、同種だからこそ、助けてくれた感謝より、強大な力への
恐怖が勝っているのだ。
彼らから向けられる視線は、一般人と同じ畏怖のものだった。
しかし琴音は気にしないし、私も気にしない。
世界中の誰もが恐れても、私は琴音を恐れないから。
私は琴音の心も身体も能力も、全てを愛しているから。
冷ややかな視線の中で、私と琴音は満たされた気持ちで抱き合い、唇を重ねた。
完