グランドファイナルの余熱はいまだ冷めやらず、会場の至る所に血戦の残滓がたゆたっている。
参加者達のほとんどは会場に留まって、思い思いの余韻を味わっていた。
――その裏側。
人がほとんどこない会場の死角で、柏木千鶴とリング穴は再び対峙していた。
「覚悟はできていますか?」
千鶴が指先にほんの少し力を込めるだけで、トーナメントの功労者は伝説のなかだけの存在になる。
目前に突き付けられた『死』を前にして、リング穴の表情はなぜか穏やかだった。
「もう――逃げられませんよ」
「私はやるべきことをやった……。それで私を狩るというなら狩って下さい」
「――いい覚悟です」
致命的な殺傷力を持つ千鶴の手が、ゆっくりとリング穴に近づいていく。
穴は目を閉じてその瞬間を待っていたが、何秒待ってもそれが訪れる気配はなかった。
おそるおそる目を開けると、穴のトレードマークである蝶ネクタイをのぞき込む千鶴が目に入る。
「素敵な蝶ネクタイですね。でも、少し曲がってますよ。こういうお仕事は身だしなみが大事です」
リング穴の首もとに手を添えて、千鶴は蝶ネクタイの位置を調整した。
「――これでよし」
「殺さない……んですか?」
「あなたを赦したわけじゃありません。でも、今回のあなたの仕事ぶりには確かに『魂』があった。
ですから今回で二度目――これが最後のチャンスです」
手をゆっくり下ろすと、千鶴は全身の殺気を解いた。
「あなたの熱い魂とそのネクタイに免じて、この場は見逃して差し上げます」
狐につままれたような顔のリング穴に、千鶴は片目を瞑ってみせる。
「私は『偽善者』なんですよ? あなただってそう言ったじゃありませんか」
そう言って、千鶴は穏やかな微笑みを浮かべた。
<続く 1/2>
去ってゆく千鶴の後ろ姿を見送って、リング穴は安堵の息を吐いた。
また、なんとか切り抜けることができたようだ。
(止められるものならとっくにやめてる。こっちだって、試合を盛り上げるのに命張ってるんだから……)
しばらくほとぼりを冷ましてから、また復帰すればいい。
熱くたぎったフレーズをぶつけて、会場に大きなうねりを作り続ける。
こんなに楽しい生きがいは他にない。やめてたまるものか。
千鶴の姿が完全に視界から消えたのを確認してから、彼女自身も身をひるがえす――。
――その刹那。
胸元の蝶ネクタイが花びらのようにバラバラと崩れて、風に舞った。
まるでハサミで切り分けたように、紅い布製の花弁がはらはらと舞い散る。
リング穴の脳裏に、去り際の千鶴のセリフが甦った。
『――そのネクタイに免じて、この場は見逃して差し上げます』
リング穴の額に冷たい汗が伝った。
そして、あの鬼姫はこうも言っていた。『これが最後のチャンスです』と――。
[――リング穴嬢、フルカウント執行猶予で釈放]
〜to be continued〜
<FIN 2/2>
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文章だとさすがに殺れませんでしたわ…
貴様は俺が殺す、その日まで誰にも殺されるな…ってノリでひとつ(w