32/相沢祐一(夢)
「・・・あ、着きますよ」
少しして、電車が止まった。立ち上がり、ホームに下りる。電車から吐き出された熱風と、反対側から吹く涼しい風。
「で、どう行けば着くんだ?」
「直通バスが出てるみたいですよ」
栞が壁の案内板を指差した。発車時刻は・・げっ、もうすぐじゃねーか!
「急ぐぞ、栞!」
「はっ、はい!」
栞の手を引いて、人ごみをすり抜けるように走り出す。駅舎を出ると、目当てのバスはすぐ見つかった・・・が、ドアが閉まろうとしている。待ってくれ!
「・・・はぁ、はぁ、ま、間に合ったな・・・」
「ふぅ、ふぅ・・・そ、そうですね・・・」
火照った身体を冷ますように、胸元をばたつかせる。栞は胸に手を当てて、呼吸を落ち着かせていた。
落ち着いてから車内を見回す。家族連れの他に、俺たちと同じようなカップルが多かった。みんな考えることは一緒のようだ。
やがて、バスが遊園地前に停車する。騒々しさの中で、俺は栞の手を掴んで。
その時、ふっと、世界が霞んだ気がした。
「祐一さん?」
栞が俺の顔を覗き込む。俺は、何でもないよ、と首を振って、遊園地の中に入った。
「うわぁ・・・」
遊園地の中は、楽しい思い出だけをちりばめたような。軽快な音楽と、楽しげな声と。
「さて、何に乗る?」
「コーヒーカップがいいです」
栞がそれを指差した。定番だな。OK、と俺は頷いた。時間は、たっぷりある。楽しめるだけ、楽しもう。全部、思い出に変えられるように・・・
33/相沢祐一(夢)
コーヒーカップ、ジェットコースター。メリーゴーランドに、お化け屋敷。時間は、あっという間に過ぎていく。
そして・・・園内が、ライトの明かりに照らし出される頃。俺と栞は、観覧車に乗っていた。
「綺麗ですね・・・」
「ああ・・・」
きらびやかな遊園地の灯り。その向こうに見える、街の灯り。宝石のように輝いている。
「今日は、凄く楽しかったです」
「俺もだ」
栞が笑った。俺も笑う。
でも、ふっと。その笑顔が、遠くにあるような気がして。手を伸ばしても、届かないくらい・・・
そんな気がして・・・
「今日だけじゃなくて、また遊びに来ような」
「はい」
栞の頬に、そっと手を伸ばす。あ・・・と栞が顔を赤らめた。大丈夫だ。栞はちゃんとここにいる。手を伸ばせば、触れられる。
そのまま、俺はそっと、栞に唇を重ねた。栞の吐息と、栞の温かさを感じて・・・いつもより、少しだけ長いキス。
「・・・祐一さん」
唇が離れてから、栞が少しだけ頬を膨らませた。
「いきなりなんて、ずるいでよ・・・」
そう言った栞の身体を、俺は抱き寄せた。
栞・・・ずっと側にいる。
抱きしめて、そう囁く・・・
栞が、頷く・・・
ぎゅっと。離さないように・・・
それなのに。
34/相沢祐一(夢)
「祐一さん・・・」
栞の声が、すっと遠くなって・・・
俺の腕の中から・・・栞の、温もりが・・・少しずつ、失われて・・・
「栞・・・?」
呼びかける声。
届かず。
「・・・さようなら」
その、言葉が、聞こえた気がして・・・
「・・・栞っ!」
そこはもう、夢の跡。
伸ばした手は、虚空を切って・・・
温もりも、そこにはなくて・・・
ただ、寒くて。
とても幸せで、
とても残酷な夢を、
また、見ていただけだった・・・
35/北川潤(1日前)
家に帰ってきたのは、夕焼けが沈みかけた頃・・・鍵を開けて、寒い家の中に入る。
そういえば、今日は両親ともいないんだったな・・・オレは戸棚からカップ麺を取り出して、お湯を注いだ。
誰もいない家の中・・・何だか無性に堪えきれなくなって、オレはステレオの電源を入れた。ラジオから流れてくる音楽と、楽しげなおしゃべり・・・それでも。
似ていたのだ。ここは。あの場所と。昨日の夜・・・美坂を。虚ろな瞳で、何かを探して、彷徨っていた美坂を見た、あの公園と。
あの後、オレは眠った美坂をおぶって、あいつの家まで運んだ。何もできるわけがなかった。美坂に対して。オレは・・・
でも・・・美坂。
(畜生・・・)
悔しかった。美坂に対して・・・好きな人に対して、何もできない自分の不甲斐なさが。
出来上がったラーメンをすすっていても、何か・・・もう、空っぽで。
プルルルルル・・・
それを不意に打ち消したのは、電話の音。オレは立ち上がる。
受話器を取った。その向こうからは、沈黙。
でも、多分解っていた。相手が、誰なのか。
『・・・あたし、どこにいると思う?』
たった一言だけ。
それだけの電話。
でも、それで十分だった。
オレは家を飛び出した。
36/北川潤(1日前)
外は、おあつらえ向きの雪模様。
音もなく降り積もっていく中を。暗闇に包まれゆく中を。走る。
目の前には、美坂の影・・・
もちろん、そこにはない。だけど・・・
解る気がした。美坂が、どこにいるのか・・・
走って・・・
走って・・・
その場所へ。
公園へ。
・・・でも。
そこには誰もいなかった。
美坂・・・
俺はその名を呼ぶ。
返事など、返ってこない・・・
違ったのか?
ここじゃないのか・・・だったら、どこに?
俺は、再び走り出す。見当などつくはずもなかった。
ただ、闇雲に走った。
どこにいるんだ・・・美坂・・・!
∧∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
(,, ) < 久しぶりにSS読みに来てみれば
.( つ | こりゃまた とんだ厨房SSばっかりだなぁ オイ
| , | \____________
U U
| まあ せっかくだから感想書いといてやるよ
\ ハイハイ 萌えた! 感動した! っとくらぁ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
∧∧
(゚Д゚O =3
⊆⊂´ ̄ ソ ヤレヤレ
37/水瀬名雪(2日前)
とても、痛かった・・・
投げつけられたものの痛み・・・
投げつけられた、言葉の痛み・・・
わたし、また同じこと繰り返してるよ・・・
全然成長してないね・・・
あの時・・・ゆきうさぎを壊されてから・・
同じことをした・・・祐一に。
わたし、馬鹿だね・・・本当に、馬鹿だね・・・
『何も知らないお前に、全部解ったフリして、全部説明されてたまるかよっ!』
祐一の言葉・・・
何も言えなかった。その通りだったから・・・
何も知らないのに・・・浅はかだった・・・
祐一のことも、何も考えないで・・・
ただ、自分のために・・・祐一が苦しんでるのを、見たくなくて・・・
だから・・・自分のためだけだった・・・
何も考えていなかった・・・
馬鹿だよ・・・わたし。
なんて・・・愚かなんだろう・・・
こんなんじゃ、香里の親友なんて言えないよね・・・
祐一・・・香里・・・
わたし・・・どうすればいいの・・・?
>>「白い微笑」の作者さん
乱入失礼!もう手遅れだけど、sageて下さい!!
38/美坂香里(1日前)
どうしようもないほど、今日も、雪だった。
あたしは、ただ・・・あの場所で。
黄色い、それを握って・・・佇んでいた。
一体、何をしようとしたのだろう?
そんなことも解らなかった。
ただ・・・気が付いたら、公衆電話の受話器を取っていて。
ダイヤルしたのは、北川君の番号・・・
出たのは、北川君本人で。あたしが言ったのは、たった一言。
『あたし、どこにいると思う?』
ただ、それだけ・・・
それで、何が変わるというのだろう。
もう決まっている。
全ては決まっている。
あたしが決めた。
決めた、結論・・・
39/美坂香里(1日前)
ぎゅっと。
もう一度、手の中のそれを握りしめる。
それは、栞が買ったもの・・・
鍵のかけられた机の引き出しの中。
思い出さないように・・・封じ込められていたそれを。
あたしは・・・見つけてしまった。
そして・・・泣いた。
弱かったのは、あたしだけじゃない。
栞も・・・栞だって。
でも・・・
だから、どうだというのだろう?
それを持ち出して・・・
いま、こうして。
何も変わらない・・・
でも。
許してくれるよね?
栞・・・
40/美坂香里(1日前)
なら、どうして?
どうしてあたしは、電話をかけたのだろう?
まだ・・・まだ、助けられたいのだろうか?
多分・・・甘えてるだけ・・・
優しすぎる、みんなに・・・甘えてるだけ。
首を振って・・・その影をかき消して・・・
だから、あたしはもう、頼らない。
相沢君も、北川君も、名雪も。
自分で決めた。
北川君・・・
ばいばい。
すっと。
音もなく。
ただ、銀色のそれが・・・
あたしの手首の上を動いた・・・
それだけだった。
41/相沢祐一(2日前)
「・・・祐一」
不意に、ドアの向こうから聞こえた声に、俺の意識がこちら側へと戻ってくる。
名雪か・・・また、晩飯でも置きに来たのか・・・どうせ、食べないけどな・・・
「・・・入るよ」
何? 俺が少しだけ体を起こすのとほぼ同時に、ドアが、開いた。
「祐一・・・」
名雪・・・どうして入ってきた? 俺はそう、視線だけで言う。
「・・・祐一、ダメだよ」
何がだよ・・・
「このままじゃ、ダメだよ」
何が言いたいんだよ・・・名雪。
「祐一が、いつまでもそうしていたって、何も変わらないよ・・・」
だから何だって言うんだよ・・・解ってるんだよ、そんなことは・・・
「栞ちゃんは、幸せだったんでしょ・・・?」
・・・
「祐一にそんなに大切に思われて・・・幸せだったんだよね・・・?」
・・・何なんだよ。
「だったら・・・」
だったら、何だよ。
「祐一、そのままじゃダメだよ・・・わたしが栞ちゃんだったら、今みたいな祐一、絶対に見たくないよ・・・だから、祐一・・・」
名雪の足が、一歩・・・俺に向かって、踏み出される・・・
42/相沢祐一(2日前)
「わたしは、祐一が好きだよ・・・」
一歩・・・
「栞ちゃんみたいには、想えないかもしれないけど・・・」
また、一歩・・・
「それでも・・・祐一が好きだから・・・」
俺の所へ・・・
「だから・・・前を見ようよ・・・」
近付いて・・・
「そうすれば、きっと・・・栞ちゃんも喜ぶよ・・・」
俺の身体に・・・
「ね・・・祐一・・・」
手を、伸ばす・・・
バサッ!
手元にあったのは、一冊のコミック・・・
それを・・・俺は。
名雪へ、力任せに投げつけていた・・・
「ふざけるなよ・・・」
尻餅をついた名雪が、俺の方へ視線を向ける。
「お前は何様だよ・・・」
「お前が何を知ってるんだよ!」
「俺や、香里や、栞の、何を知ってるんだよ!」
43/相沢祐一(2日前)
名雪の瞳が、一瞬俺に向けられて・・・
「ふざけるなよ・・・」
「同情してるつもりかよ・・・」
「俺を、励ましてるつもりかよ・・・」
ゆう・・・
名雪の唇が、微かに震えて・・・
「黙れッ!」
それは、俺の言葉にかき消される。
「いい加減にしろよ・・・」
「お前は名雪だろ・・・」
「お前は栞じゃない!」
「解ってたまるかよ・・・」
「何も知らないくせに、全部解ったフリして、全部説明されてたまるかよっ!」
その時、名雪の顔に浮かんだのは・・・
限りない、絶望・・・
「俺が好きだって?」
「だから何だよ・・・」
「俺は栞がいればよかったんだよ!」
「・・・お前じゃない」
「あの時からちっとも変わってない、残酷なお前なんかじゃない!」
俺の脳裏に浮かんだ光景・・・
差し出されたゆきうさぎ・・・
名雪は、顔を伏せて・・・
44/相沢祐一(2日前)
「失せろ・・・」
もう一度、顔を上げる。
「出て行け」
俺の顔を、じっと見つめて・・・
「この部屋から出て行け! もう、もう二度と俺の前に来るなぁっ!」
・・・最低だな、俺。
再び一人だけになって、俺は息を吐いた。
名雪の気持ち・・・解っている。
解っていて、でも、俺は・・・
「栞・・・」
最低だよな・・・俺。
でも・・・まだ、これでいいだろ?
俺は・・・お前が本当に好きだったから・・
だから・・・まだ・・・
許してくれよ・・・栞・・・
45/水瀬名雪(その日)
不意に、胸のどこかが疼いた。
甦ったのは、幼い日の思い出・・・
雪の舞うベンチ。泣いている子供。差し出したゆきうさぎ・・・
でも、それは、叩き壊されて・・・わたしは・・・
場面が変わる。
それは、2日前。祐一の部屋。
わたしの言葉・・・投げつけられた本・・・祐一の言葉・・・
残酷だって・・・本当に、そう・・・わたしは・・・
でも。解っていても・・・
誰かが、泣いているのを見るのは、嫌だから。
だから・・・祐一。香里。
わたしは・・・
いつから走っていただろう?
何も考えずに、ただ、走って・・・
辿り着いた場所は、知らない場所。
公園。
人だかり。何かが、あったのだろうか・・・?
わたしは人の中をかき分けて、その場所へ。
・・・行くべきではなかったのかもしれない。
46/水瀬名雪(その日)
そこに、あったものは。
信じられなかった。
信じたくなかった。
だって、そこにあったのは。
チェック柄のストール・・・
見覚えのある・・・
そう、栞ちゃんが着けていた・・・
あのストール・・・
それが、どうしてここに・・・?
そして・・・
そのストールには・・・
何かがこびりついていた。
それは・・・何?
眩暈がした。
それは・・・
真っ赤な・・・
47/相沢祐一(その日)
俺の意識を呼び戻したのは、無神経な電話の音・・・もう、戻って来たくなかったのに。
数回のコールで、音は途切れる・・・秋子さんが出たのだろうか・・・
(・・・?)
不意に、風。・・・風? どこから? ・・・また、窓が開いていた。どうして? 閉まっていたはずなのに・・・
その時、俺の頭をよぎったもの。形容しがたい、何か。何かが。
俺は起き上がった。そして・・・何日かぶりに、立ち上がる。
足がしびれた。重力が定まらない。ベッドの縁に捕まって、身体を安定させる。足に、力が入らない・・・くそっ。
ふらつきながら、俺は一歩、足を踏み出した。少しずつ・・・感覚が戻ってくる。世界がここにある、俺は・・・多分、ここにいる。
ドアノブを掴む・・・冷たい。金属の冷たさ・・・雪のそれとは違う。俺はそれを回す。ドアが、軋んだ音を立てて・・・開いた。
久しぶりに見た、部屋の外・・・廊下。フローリングの床が軋んで・・・俺は、一歩一歩。階段のところで、下にいた、秋子さんと目が合う・・・その顔に映った表情が、俺には識別できない。
秋子さんが、握っていた受話器が・・・俺の視界に入る。その、先に・・・誰がいるというのだろう。俺は階段を下りる。
微かに、受話器の向こうから声がした・・・北川? 北川の声だった・・・確かに。
俺は、呆然としていた秋子さんの手から、受話器を奪い取る。
「・・・もしもし」
受話器の向こうから、微かに、えっ、と声がした。
『・・・相沢、か?』
48/相沢祐一(その日)
「ああ・・・」
驚きと・・・どこか、絶望が混じったような・・・北川の声。何かが、あったのだ。それはもう、疑いようがなかった。
「何か・・・あったのか?」
我ながら、愚問だと思った。
『・・・』
北川が沈黙する。微かに、息を吸い込む音。
『・・・美坂が』
どれほど、北川は沈黙していただろうか。かすれた声が、電気的に歪んで、それでもはっきりと、聞こえた。
『美坂が・・・』
俺の手から、受話器が、落ちた。
床に落ちて、無機質な音を立てる。
受話器の向こうから、北川の声はまだ、していたようだった。
だが、もはやそれは、
俺の耳には、届いていなかった・・・
49/北川潤(その日)
雪が、殴りつけるように、オレに向かって飛んできていた。
向かい風。ほとんど吹雪に近い中を、オレは走る。美坂を捜して。
終わらせない。まだ。
たとえ、世界がどんなに残酷でも・・・
君を見つけるから。
(美坂・・・!)
白の中から。
きみを。
・・・そして。
公園。
どうしてここに来たのだろう。
さっき、ここには来た・・・
そして、誰もいなかった。
きっと、今も・・・
・・・だけど。
予感があった。
50/北川潤(その日)
『・・・られましたか?』
・・・?
誰かの声が聞こえた気がして、オレは振り返る。・・・誰もいない。
『私、笑っていられましたか?』
誰だ・・・?
確かに、聞こえた。
オレは、視線を彷徨わせる。
その時。
不意に、雪が止んで。
彼女が、いた。
『お姉ちゃん・・・』
彼女は、微かにそう呟いた。
そして、どこかを指差す。
その先。
「・・・美坂!」
美坂が、いた。
51/北川潤(その日)
「おい、美坂、美坂ッ!」
美坂は・・・
黙って。
噴水の縁に・・・
もたれるように・・・
そこで・・・
「美坂、美坂ッ!」
呼びかける声。
だけど・・・返事はなくて。
瞳は、閉じられて・・・
その顔は・・・でも、確かに美坂で・・・
静かに・・・眠っているようで・・・
だけど。
オレの手を濡らす、この液体は何だろう?
52/北川潤(その日)
「・・・美坂・・・」
雪が、別の色に染まっていく・・・
どんどん・・・どんどん・・・
揺さぶっても・・・呼びかけても・・・
もう・・・美坂は・・・
美坂は・・・
「・・・馬鹿野郎・・・ッ!」
美坂の頬を、叩いて・・・
でも、その瞳は・・・
「どうして・・・どうしてっ・・・」
瞳は・・・開かなくて・・・
「何になるんだよ・・・お前が、いなくなって何が変わるんだよ・・・なんでだよ・・・馬鹿だよ、お前はっ・・・!」
その胸に、拳を、叩きつけて・・・
その、上に・・・悲しいほど・・・温かな、雫・・・
「何のためにオレを呼んだんだよ! オレにどうしろって言うんだよ! 1人で、勝手に、勝手に行くんじゃねえよ! どうしてお前はそうなんだよ! オレは・・・オレは・・・ッ!」
雫が・・・ひとつ。ふたつ。
そして、もう。
世界は・・・もう。
53/相沢祐一(その日)
世界はガラス玉・・・
最初に入ったのは小さな罅。
だけど、そこから、崩れていく・・・
それを、俺はもう、押しとどめることさえ、できないから・・・
出会った場所。
懐かしい夢。
あの時君が言いかけた言葉。
それは救いだったのだろうか?
でも、僕はそれを知らなかった。
再会した場所。
2人で、いろいろ話した場所。
一緒にアイスを食べた場所。
似顔絵を描いてもらった場所。
たいせつな・・・ばしょ。
君と歩いた道。
人ごみの中を、すり抜けて。
君の手を離さないように、ぎゅっと掴んで。
笑って・・・
通り抜けた場所・・・
54/相沢祐一(その日)
約束をした場所。
拒絶された場所。
君の背中を見送って・・・
君と誓いのキスをして・・・
2人で、いられた瞬間・・・
抱き合った場所。
ここで、温もりを感じた。
大好きな人の温もり。
失いたくない温もり。
それは今・・・ここに残っているだろうか?
そして・・・
たったこれだけのことしかできなかった。
どうしてだろう。
もっと、やりたいことがあったのに。
行きたい場所があったのに。
出会ったのが遅すぎたのだろうか?
だけど、それははじめから決まっていたこと・・・
どうすることもできなくて・・・
55/相沢祐一(その日)
『世界は、綺麗だったよ』
君はドラマが好きだったね。
夢を見ていたね・・・いつも。
夢は叶った?
君の世界は、綺麗だった?
その中に、僕はいられた?
それは解らないけれど・・・
でも。
僕は強くないから。
君の所へ、行ってもいいだろう?
56/相沢祐一(その日)
君の、もう1人の大切な人も。
そっちへもう行っているんだろう?
だから、僕も行くよ。
もう、嘘はつかないから。
ずっと、君の側にいるよ・・・
ほら、雪。
こんなに綺麗な・・・雪。
白く微笑んで・・・
その先はもう、何も見えない。
僕は、君の所へ。
幸せでいられるように・・・
終焉/水瀬名雪
「ねえ、北川君」
雪の消えた道。固いアスファルトを踏みしめながら、わたしたちは歩いていた。
「・・・幸せって、何だろう?」
北川君が肩を竦めた。
「いきなり、難しい問題だな・・・」
「わたし・・・よくわからないよ」
わたしは空を仰いだ。青く澄んで、どこまでも広がる空。たぶん、この空の向こうには。
あの時、わたしが言った言葉・・・『幸せだったと思うよ』。わたしはそう言った・・・祐一に。
じゃあ、祐一は? 祐一は幸せだったのだろうか?
「・・・オレはさ」
不意に、北川君が口を開いた。
「今、幸せかって聞かれたら、多分違うだろうけど・・・あの頃、あいつらがいた頃、幸せだったかって聞かれたら、迷わず頷くな」
「・・・」
北川君も、空を仰ぐ。
「同じだと・・・思うぞ。多分・・・」
その言葉は、空へ。
「オレの勝手な考えだけどな・・・そう思わなきゃ、ちょっと、あんまりだ」
「・・・そうだよね」
そう、多分それが答えなのだと思った。
・・・でも。
「あれ・・・? どうしたんだろう・・・」
不意に、涙が溢れて・・・止まらなくて・・・
その時、空から・・・たったひとつだけ、白が。
そして、その空の向こうで、誰かが・・・微笑んだ気がした。
『白い微笑』END