SS投稿スレ#9

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88『白い微笑』
32/相沢祐一(夢)

「・・・あ、着きますよ」
 少しして、電車が止まった。立ち上がり、ホームに下りる。電車から吐き出された熱風と、反対側から吹く涼しい風。
「で、どう行けば着くんだ?」
「直通バスが出てるみたいですよ」
 栞が壁の案内板を指差した。発車時刻は・・げっ、もうすぐじゃねーか!
「急ぐぞ、栞!」
「はっ、はい!」
 栞の手を引いて、人ごみをすり抜けるように走り出す。駅舎を出ると、目当てのバスはすぐ見つかった・・・が、ドアが閉まろうとしている。待ってくれ!
「・・・はぁ、はぁ、ま、間に合ったな・・・」
「ふぅ、ふぅ・・・そ、そうですね・・・」
 火照った身体を冷ますように、胸元をばたつかせる。栞は胸に手を当てて、呼吸を落ち着かせていた。
 落ち着いてから車内を見回す。家族連れの他に、俺たちと同じようなカップルが多かった。みんな考えることは一緒のようだ。
 やがて、バスが遊園地前に停車する。騒々しさの中で、俺は栞の手を掴んで。
 その時、ふっと、世界が霞んだ気がした。
「祐一さん?」
 栞が俺の顔を覗き込む。俺は、何でもないよ、と首を振って、遊園地の中に入った。
「うわぁ・・・」
 遊園地の中は、楽しい思い出だけをちりばめたような。軽快な音楽と、楽しげな声と。
「さて、何に乗る?」
「コーヒーカップがいいです」
 栞がそれを指差した。定番だな。OK、と俺は頷いた。時間は、たっぷりある。楽しめるだけ、楽しもう。全部、思い出に変えられるように・・・
89『白い微笑』:02/02/11 01:36 ID:CRg78xJj
33/相沢祐一(夢)

 コーヒーカップ、ジェットコースター。メリーゴーランドに、お化け屋敷。時間は、あっという間に過ぎていく。
 そして・・・園内が、ライトの明かりに照らし出される頃。俺と栞は、観覧車に乗っていた。
「綺麗ですね・・・」
「ああ・・・」
 きらびやかな遊園地の灯り。その向こうに見える、街の灯り。宝石のように輝いている。
「今日は、凄く楽しかったです」
「俺もだ」
 栞が笑った。俺も笑う。
 でも、ふっと。その笑顔が、遠くにあるような気がして。手を伸ばしても、届かないくらい・・・
 そんな気がして・・・
「今日だけじゃなくて、また遊びに来ような」
「はい」
 栞の頬に、そっと手を伸ばす。あ・・・と栞が顔を赤らめた。大丈夫だ。栞はちゃんとここにいる。手を伸ばせば、触れられる。
 そのまま、俺はそっと、栞に唇を重ねた。栞の吐息と、栞の温かさを感じて・・・いつもより、少しだけ長いキス。
「・・・祐一さん」
 唇が離れてから、栞が少しだけ頬を膨らませた。
「いきなりなんて、ずるいでよ・・・」
 そう言った栞の身体を、俺は抱き寄せた。
 栞・・・ずっと側にいる。
 抱きしめて、そう囁く・・・
 栞が、頷く・・・
 ぎゅっと。離さないように・・・

 それなのに。
90『白い微笑』:02/02/11 01:37 ID:CRg78xJj
34/相沢祐一(夢)

「祐一さん・・・」
 栞の声が、すっと遠くなって・・・
 俺の腕の中から・・・栞の、温もりが・・・少しずつ、失われて・・・

「栞・・・?」
 呼びかける声。

 届かず。

「・・・さようなら」

 その、言葉が、聞こえた気がして・・・

「・・・栞っ!」

 そこはもう、夢の跡。
 伸ばした手は、虚空を切って・・・
 温もりも、そこにはなくて・・・
 ただ、寒くて。

 とても幸せで、
 とても残酷な夢を、
 また、見ていただけだった・・・
91『白い微笑』:02/02/11 01:39 ID:CRg78xJj
    35/北川潤(1日前)

 家に帰ってきたのは、夕焼けが沈みかけた頃・・・鍵を開けて、寒い家の中に入る。
 そういえば、今日は両親ともいないんだったな・・・オレは戸棚からカップ麺を取り出して、お湯を注いだ。
 誰もいない家の中・・・何だか無性に堪えきれなくなって、オレはステレオの電源を入れた。ラジオから流れてくる音楽と、楽しげなおしゃべり・・・それでも。
 似ていたのだ。ここは。あの場所と。昨日の夜・・・美坂を。虚ろな瞳で、何かを探して、彷徨っていた美坂を見た、あの公園と。
 あの後、オレは眠った美坂をおぶって、あいつの家まで運んだ。何もできるわけがなかった。美坂に対して。オレは・・・
 でも・・・美坂。
(畜生・・・)
 悔しかった。美坂に対して・・・好きな人に対して、何もできない自分の不甲斐なさが。
 出来上がったラーメンをすすっていても、何か・・・もう、空っぽで。
  プルルルルル・・・
 それを不意に打ち消したのは、電話の音。オレは立ち上がる。
 受話器を取った。その向こうからは、沈黙。
 でも、多分解っていた。相手が、誰なのか。

『・・・あたし、どこにいると思う?』

 たった一言だけ。
 それだけの電話。

 でも、それで十分だった。
 オレは家を飛び出した。
92『白い微笑』:02/02/11 01:40 ID:CRg78xJj
    36/北川潤(1日前)

 外は、おあつらえ向きの雪模様。
 音もなく降り積もっていく中を。暗闇に包まれゆく中を。走る。
 目の前には、美坂の影・・・
 もちろん、そこにはない。だけど・・・
 解る気がした。美坂が、どこにいるのか・・・
 走って・・・
 走って・・・

 その場所へ。

 公園へ。

 ・・・でも。
 そこには誰もいなかった。

 美坂・・・
 俺はその名を呼ぶ。
 返事など、返ってこない・・・
 違ったのか?
 ここじゃないのか・・・だったら、どこに?
 俺は、再び走り出す。見当などつくはずもなかった。
 ただ、闇雲に走った。
 どこにいるんだ・・・美坂・・・!
93名無しさんだよもん:02/02/11 01:40 ID:vsbrzptX
     ∧∧    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     (,,  )  < 久しぶりにSS読みに来てみれば
     .(  つ   |  こりゃまた とんだ厨房SSばっかりだなぁ オイ
     | , |    \____________
     U U


 |  まあ せっかくだから感想書いといてやるよ  
 \  ハイハイ 萌えた! 感動した! っとくらぁ  
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

            ∧∧
           (゚Д゚O =3
      ⊆⊂´ ̄  ソ ヤレヤレ


94『白い微笑』:02/02/11 01:40 ID:CRg78xJj
    37/水瀬名雪(2日前)

 とても、痛かった・・・
 投げつけられたものの痛み・・・
 投げつけられた、言葉の痛み・・・
 わたし、また同じこと繰り返してるよ・・・
 全然成長してないね・・・
 あの時・・・ゆきうさぎを壊されてから・・
 同じことをした・・・祐一に。
 わたし、馬鹿だね・・・本当に、馬鹿だね・・・

『何も知らないお前に、全部解ったフリして、全部説明されてたまるかよっ!』
 祐一の言葉・・・
 何も言えなかった。その通りだったから・・・
 何も知らないのに・・・浅はかだった・・・
 祐一のことも、何も考えないで・・・
 ただ、自分のために・・・祐一が苦しんでるのを、見たくなくて・・・
 だから・・・自分のためだけだった・・・
 何も考えていなかった・・・
 馬鹿だよ・・・わたし。
 なんて・・・愚かなんだろう・・・
 こんなんじゃ、香里の親友なんて言えないよね・・・
 祐一・・・香里・・・
 わたし・・・どうすればいいの・・・?
95名無しさんだよもん:02/02/11 01:40 ID:GU36haah
>>「白い微笑」の作者さん
乱入失礼!もう手遅れだけど、sageて下さい!!
96『白い微笑』:02/02/11 01:41 ID:CRg78xJj
    38/美坂香里(1日前)

 どうしようもないほど、今日も、雪だった。
 あたしは、ただ・・・あの場所で。
 黄色い、それを握って・・・佇んでいた。

 一体、何をしようとしたのだろう?
 そんなことも解らなかった。
 ただ・・・気が付いたら、公衆電話の受話器を取っていて。
 ダイヤルしたのは、北川君の番号・・・
 出たのは、北川君本人で。あたしが言ったのは、たった一言。

『あたし、どこにいると思う?』

 ただ、それだけ・・・
 それで、何が変わるというのだろう。
 もう決まっている。
 全ては決まっている。
 あたしが決めた。
 決めた、結論・・・
97『白い微笑』:02/02/11 01:42 ID:CRg78xJj

    39/美坂香里(1日前)

 ぎゅっと。
 もう一度、手の中のそれを握りしめる。

 それは、栞が買ったもの・・・
 鍵のかけられた机の引き出しの中。
 思い出さないように・・・封じ込められていたそれを。
 あたしは・・・見つけてしまった。
 そして・・・泣いた。

 弱かったのは、あたしだけじゃない。
 栞も・・・栞だって。
 でも・・・
 だから、どうだというのだろう?
 それを持ち出して・・・
 いま、こうして。
 何も変わらない・・・
 でも。
 許してくれるよね?
 栞・・・
98『白い微笑』:02/02/11 01:43 ID:CRg78xJj
    40/美坂香里(1日前)

 なら、どうして?
 どうしてあたしは、電話をかけたのだろう?
 まだ・・・まだ、助けられたいのだろうか?
 多分・・・甘えてるだけ・・・
 優しすぎる、みんなに・・・甘えてるだけ。
 首を振って・・・その影をかき消して・・・
 だから、あたしはもう、頼らない。
 相沢君も、北川君も、名雪も。
 自分で決めた。
 北川君・・・
 ばいばい。

 すっと。
 音もなく。

 ただ、銀色のそれが・・・
 あたしの手首の上を動いた・・・

 それだけだった。
99『白い微笑』:02/02/11 01:44 ID:CRg78xJj
    41/相沢祐一(2日前)

「・・・祐一」
 不意に、ドアの向こうから聞こえた声に、俺の意識がこちら側へと戻ってくる。
 名雪か・・・また、晩飯でも置きに来たのか・・・どうせ、食べないけどな・・・
「・・・入るよ」
 何? 俺が少しだけ体を起こすのとほぼ同時に、ドアが、開いた。
「祐一・・・」
 名雪・・・どうして入ってきた? 俺はそう、視線だけで言う。
「・・・祐一、ダメだよ」
 何がだよ・・・
「このままじゃ、ダメだよ」
 何が言いたいんだよ・・・名雪。
「祐一が、いつまでもそうしていたって、何も変わらないよ・・・」
 だから何だって言うんだよ・・・解ってるんだよ、そんなことは・・・
「栞ちゃんは、幸せだったんでしょ・・・?」
 ・・・
「祐一にそんなに大切に思われて・・・幸せだったんだよね・・・?」
 ・・・何なんだよ。
「だったら・・・」
 だったら、何だよ。
「祐一、そのままじゃダメだよ・・・わたしが栞ちゃんだったら、今みたいな祐一、絶対に見たくないよ・・・だから、祐一・・・」
 名雪の足が、一歩・・・俺に向かって、踏み出される・・・
100『白い微笑』:02/02/11 01:45 ID:CRg78xJj
    42/相沢祐一(2日前)

「わたしは、祐一が好きだよ・・・」
 一歩・・・
「栞ちゃんみたいには、想えないかもしれないけど・・・」
 また、一歩・・・
「それでも・・・祐一が好きだから・・・」
 俺の所へ・・・
「だから・・・前を見ようよ・・・」
 近付いて・・・
「そうすれば、きっと・・・栞ちゃんも喜ぶよ・・・」
 俺の身体に・・・
「ね・・・祐一・・・」
 手を、伸ばす・・・

  バサッ!

 手元にあったのは、一冊のコミック・・・
 それを・・・俺は。
 名雪へ、力任せに投げつけていた・・・

「ふざけるなよ・・・」
 尻餅をついた名雪が、俺の方へ視線を向ける。
「お前は何様だよ・・・」
「お前が何を知ってるんだよ!」
「俺や、香里や、栞の、何を知ってるんだよ!」
101『白い微笑』:02/02/11 01:45 ID:CRg78xJj

    43/相沢祐一(2日前)

 名雪の瞳が、一瞬俺に向けられて・・・
「ふざけるなよ・・・」
「同情してるつもりかよ・・・」
「俺を、励ましてるつもりかよ・・・」
 ゆう・・・
 名雪の唇が、微かに震えて・・・
「黙れッ!」
 それは、俺の言葉にかき消される。
「いい加減にしろよ・・・」
「お前は名雪だろ・・・」
「お前は栞じゃない!」
「解ってたまるかよ・・・」
「何も知らないくせに、全部解ったフリして、全部説明されてたまるかよっ!」
 その時、名雪の顔に浮かんだのは・・・
 限りない、絶望・・・
「俺が好きだって?」
「だから何だよ・・・」
「俺は栞がいればよかったんだよ!」
「・・・お前じゃない」
「あの時からちっとも変わってない、残酷なお前なんかじゃない!」
 俺の脳裏に浮かんだ光景・・・
 差し出されたゆきうさぎ・・・
 名雪は、顔を伏せて・・・
102『白い微笑』:02/02/11 01:46 ID:CRg78xJj
    44/相沢祐一(2日前)

「失せろ・・・」
 もう一度、顔を上げる。
「出て行け」
 俺の顔を、じっと見つめて・・・
「この部屋から出て行け! もう、もう二度と俺の前に来るなぁっ!」

 ・・・最低だな、俺。
 再び一人だけになって、俺は息を吐いた。
 名雪の気持ち・・・解っている。
 解っていて、でも、俺は・・・
「栞・・・」
 最低だよな・・・俺。
 でも・・・まだ、これでいいだろ?
 俺は・・・お前が本当に好きだったから・・
 だから・・・まだ・・・
 許してくれよ・・・栞・・・
103『白い微笑』:02/02/11 01:47 ID:CRg78xJj
    45/水瀬名雪(その日)

 不意に、胸のどこかが疼いた。
 甦ったのは、幼い日の思い出・・・
 雪の舞うベンチ。泣いている子供。差し出したゆきうさぎ・・・
 でも、それは、叩き壊されて・・・わたしは・・・
 場面が変わる。
 それは、2日前。祐一の部屋。
 わたしの言葉・・・投げつけられた本・・・祐一の言葉・・・
 残酷だって・・・本当に、そう・・・わたしは・・・

 でも。解っていても・・・
 誰かが、泣いているのを見るのは、嫌だから。
 だから・・・祐一。香里。
 わたしは・・・


 いつから走っていただろう?
 何も考えずに、ただ、走って・・・
 辿り着いた場所は、知らない場所。
 公園。
 人だかり。何かが、あったのだろうか・・・?
 わたしは人の中をかき分けて、その場所へ。

 ・・・行くべきではなかったのかもしれない。
104『白い微笑』:02/02/11 01:48 ID:CRg78xJj
    46/水瀬名雪(その日)

 そこに、あったものは。

 信じられなかった。
 信じたくなかった。

 だって、そこにあったのは。
 チェック柄のストール・・・

 見覚えのある・・・
 そう、栞ちゃんが着けていた・・・
 あのストール・・・
 それが、どうしてここに・・・?

 そして・・・
 そのストールには・・・
 何かがこびりついていた。

 それは・・・何?

 眩暈がした。
 それは・・・
 真っ赤な・・・
105『白い微笑』:02/02/11 01:49 ID:CRg78xJj
    47/相沢祐一(その日)

 俺の意識を呼び戻したのは、無神経な電話の音・・・もう、戻って来たくなかったのに。
 数回のコールで、音は途切れる・・・秋子さんが出たのだろうか・・・
(・・・?)
 不意に、風。・・・風? どこから? ・・・また、窓が開いていた。どうして? 閉まっていたはずなのに・・・
 その時、俺の頭をよぎったもの。形容しがたい、何か。何かが。
 俺は起き上がった。そして・・・何日かぶりに、立ち上がる。
 足がしびれた。重力が定まらない。ベッドの縁に捕まって、身体を安定させる。足に、力が入らない・・・くそっ。
 ふらつきながら、俺は一歩、足を踏み出した。少しずつ・・・感覚が戻ってくる。世界がここにある、俺は・・・多分、ここにいる。
 ドアノブを掴む・・・冷たい。金属の冷たさ・・・雪のそれとは違う。俺はそれを回す。ドアが、軋んだ音を立てて・・・開いた。
 久しぶりに見た、部屋の外・・・廊下。フローリングの床が軋んで・・・俺は、一歩一歩。階段のところで、下にいた、秋子さんと目が合う・・・その顔に映った表情が、俺には識別できない。
 秋子さんが、握っていた受話器が・・・俺の視界に入る。その、先に・・・誰がいるというのだろう。俺は階段を下りる。
 微かに、受話器の向こうから声がした・・・北川? 北川の声だった・・・確かに。
 俺は、呆然としていた秋子さんの手から、受話器を奪い取る。
「・・・もしもし」
 受話器の向こうから、微かに、えっ、と声がした。
『・・・相沢、か?』
106『白い微笑』:02/02/11 01:49 ID:CRg78xJj

    48/相沢祐一(その日)

「ああ・・・」
 驚きと・・・どこか、絶望が混じったような・・・北川の声。何かが、あったのだ。それはもう、疑いようがなかった。
「何か・・・あったのか?」
 我ながら、愚問だと思った。
『・・・』
 北川が沈黙する。微かに、息を吸い込む音。
『・・・美坂が』
 どれほど、北川は沈黙していただろうか。かすれた声が、電気的に歪んで、それでもはっきりと、聞こえた。
『美坂が・・・』

 俺の手から、受話器が、落ちた。
 床に落ちて、無機質な音を立てる。

 受話器の向こうから、北川の声はまだ、していたようだった。
 だが、もはやそれは、
 俺の耳には、届いていなかった・・・
107『白い微笑』:02/02/11 01:50 ID:CRg78xJj
    49/北川潤(その日)

 雪が、殴りつけるように、オレに向かって飛んできていた。
 向かい風。ほとんど吹雪に近い中を、オレは走る。美坂を捜して。
 終わらせない。まだ。
 たとえ、世界がどんなに残酷でも・・・
 君を見つけるから。
(美坂・・・!)
 白の中から。
 きみを。

 ・・・そして。

 公園。
 どうしてここに来たのだろう。
 さっき、ここには来た・・・
 そして、誰もいなかった。
 きっと、今も・・・
 ・・・だけど。
 予感があった。
108『白い微笑』:02/02/11 01:51 ID:CRg78xJj
   50/北川潤(その日)

『・・・られましたか?』

 ・・・?
 誰かの声が聞こえた気がして、オレは振り返る。・・・誰もいない。

『私、笑っていられましたか?』

 誰だ・・・?
 確かに、聞こえた。
 オレは、視線を彷徨わせる。
 その時。

 不意に、雪が止んで。
 彼女が、いた。

『お姉ちゃん・・・』

 彼女は、微かにそう呟いた。
 そして、どこかを指差す。
 その先。

「・・・美坂!」

 美坂が、いた。
109『白い微笑』:02/02/11 01:52 ID:CRg78xJj
    51/北川潤(その日)

「おい、美坂、美坂ッ!」
 美坂は・・・
 黙って。
 噴水の縁に・・・
 もたれるように・・・
 そこで・・・

「美坂、美坂ッ!」
 呼びかける声。
 だけど・・・返事はなくて。
 瞳は、閉じられて・・・

 その顔は・・・でも、確かに美坂で・・・
 静かに・・・眠っているようで・・・

 だけど。
 オレの手を濡らす、この液体は何だろう?
110『白い微笑』:02/02/11 01:53 ID:CRg78xJj
   52/北川潤(その日)

「・・・美坂・・・」

 雪が、別の色に染まっていく・・・
 どんどん・・・どんどん・・・

 揺さぶっても・・・呼びかけても・・・
 もう・・・美坂は・・・
 美坂は・・・

「・・・馬鹿野郎・・・ッ!」
 美坂の頬を、叩いて・・・
 でも、その瞳は・・・
「どうして・・・どうしてっ・・・」
 瞳は・・・開かなくて・・・
「何になるんだよ・・・お前が、いなくなって何が変わるんだよ・・・なんでだよ・・・馬鹿だよ、お前はっ・・・!」
 その胸に、拳を、叩きつけて・・・
 その、上に・・・悲しいほど・・・温かな、雫・・・

「何のためにオレを呼んだんだよ! オレにどうしろって言うんだよ! 1人で、勝手に、勝手に行くんじゃねえよ! どうしてお前はそうなんだよ! オレは・・・オレは・・・ッ!」
 雫が・・・ひとつ。ふたつ。

 そして、もう。
 世界は・・・もう。
111『白い微笑』:02/02/11 01:53 ID:CRg78xJj

    53/相沢祐一(その日)

 世界はガラス玉・・・
 最初に入ったのは小さな罅。
 だけど、そこから、崩れていく・・・
 それを、俺はもう、押しとどめることさえ、できないから・・・


 出会った場所。
 懐かしい夢。
 あの時君が言いかけた言葉。
 それは救いだったのだろうか?
 でも、僕はそれを知らなかった。

 再会した場所。
 2人で、いろいろ話した場所。
 一緒にアイスを食べた場所。
 似顔絵を描いてもらった場所。
 たいせつな・・・ばしょ。

 君と歩いた道。
 人ごみの中を、すり抜けて。
 君の手を離さないように、ぎゅっと掴んで。
 笑って・・・
 通り抜けた場所・・・
112『白い微笑』:02/02/11 01:54 ID:CRg78xJj
    54/相沢祐一(その日)

 約束をした場所。
 拒絶された場所。
 君の背中を見送って・・・
 君と誓いのキスをして・・・
 2人で、いられた瞬間・・・

 抱き合った場所。
 ここで、温もりを感じた。
 大好きな人の温もり。
 失いたくない温もり。
 それは今・・・ここに残っているだろうか?

 そして・・・

 たったこれだけのことしかできなかった。
 どうしてだろう。
 もっと、やりたいことがあったのに。
 行きたい場所があったのに。

 出会ったのが遅すぎたのだろうか?
 だけど、それははじめから決まっていたこと・・・
 どうすることもできなくて・・・
113『白い微笑』:02/02/11 01:55 ID:CRg78xJj
    55/相沢祐一(その日)

『世界は、綺麗だったよ』
 君はドラマが好きだったね。
 夢を見ていたね・・・いつも。
 夢は叶った?
 君の世界は、綺麗だった?

 その中に、僕はいられた?


 それは解らないけれど・・・
 でも。

 僕は強くないから。


 君の所へ、行ってもいいだろう?
114『白い微笑』:02/02/11 01:55 ID:CRg78xJj
    56/相沢祐一(その日)

 君の、もう1人の大切な人も。
 そっちへもう行っているんだろう?
 だから、僕も行くよ。

 もう、嘘はつかないから。
 ずっと、君の側にいるよ・・・


 ほら、雪。

 こんなに綺麗な・・・雪。

 白く微笑んで・・・

 その先はもう、何も見えない。


 僕は、君の所へ。

 幸せでいられるように・・・
115『白い微笑』ラスト:02/02/11 01:56 ID:CRg78xJj
    終焉/水瀬名雪

「ねえ、北川君」
 雪の消えた道。固いアスファルトを踏みしめながら、わたしたちは歩いていた。
「・・・幸せって、何だろう?」
 北川君が肩を竦めた。
「いきなり、難しい問題だな・・・」
「わたし・・・よくわからないよ」
 わたしは空を仰いだ。青く澄んで、どこまでも広がる空。たぶん、この空の向こうには。
 あの時、わたしが言った言葉・・・『幸せだったと思うよ』。わたしはそう言った・・・祐一に。
 じゃあ、祐一は? 祐一は幸せだったのだろうか?
「・・・オレはさ」
 不意に、北川君が口を開いた。
「今、幸せかって聞かれたら、多分違うだろうけど・・・あの頃、あいつらがいた頃、幸せだったかって聞かれたら、迷わず頷くな」
「・・・」
 北川君も、空を仰ぐ。
「同じだと・・・思うぞ。多分・・・」
 その言葉は、空へ。
「オレの勝手な考えだけどな・・・そう思わなきゃ、ちょっと、あんまりだ」
「・・・そうだよね」
 そう、多分それが答えなのだと思った。
 ・・・でも。

「あれ・・・? どうしたんだろう・・・」
 不意に、涙が溢れて・・・止まらなくて・・・

 その時、空から・・・たったひとつだけ、白が。
 そして、その空の向こうで、誰かが・・・微笑んだ気がした。

            『白い微笑』END