SS投稿スレ#9

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57みゆう ◆MIYUciEM
「よぉ、椎名、どうしたんだ?」

椎名は、不器用にリボンの結ばれた箱を体の後ろに持っていた。
隠しているつもりで、全然隠れていないのが、また、こいつのかわいいところ
だ。

「う〜」

「なんだ、何か俺に渡したいものがあるのか」

そういうと、やっと、その物を、背中から大事そうに取り出し、俺に差し出し
た。

「これ、俺がもらっていいのか?」

「みゅ〜っ♪」

ははぁ、そういうことか。
俺は日曜日のことを思い出した。

俺がソファーでテレビを見ながら、ゆっくりしていると、どたどたと、廊下を
椎名があがりこむ音が聞こえた。

「椎名、どうしたんだ?」

「う〜。ゆきこさん・・・。」

「何だ?俺に用じゃなくて、由起子さんに用なのか?」
58みゆう ◆MIYUciEM :02/02/05 01:27 ID:d3A1mSev
「チョコレートのつくりかた習いにきたんだもぉん」

「は?」

そう思ったとき、もうすぐバレンタインだったことを思い出した。
そして、由起子さんは、お菓子つくりが上手だったからな。

「でも、ふつー、そういうことは、本人に言ったらだめじゃないのか?」

「うー。違うもぉん。こーへーにはあげないもん」

そんなやりとりのあと、由起子さんと椎名は、台所にこもって、なにやらがちゃ
がちゃやっていたっけ。
俺が覗こうとすると、噛み付きそうな勢いで、うーって、うなられもしたな。
結局、俺にくれるんだな。本当にわかりやすくて、かわいいやつだ。

「ああ、サンキュな。椎名」

そういって、頭を撫でてやる。
椎名は目を細くして、気持ちよさそうにしている。

「ところで、おなかもすいてきたことだし・・・」

「ほぇ?」

「あけてもいいか?」

「うー」
59み ◆MIYUciEM :02/02/05 01:30 ID:d3A1mSev
どうもここであけて食べるという案は気に入らないようだ。
だが、くまさんクッキーだろうが、なんだろうが、食べ物はすぐに食べてしま
わないと気がすまないのが俺の性格だ。
そこで、俺は言った。

「椎名、一緒に食べようぜ。」

「うー・・・・・うん。」

しばらく考えた後に、椎名はうなずいてくれた。
なんだかんだ言っても、甘いもの好きだからな。
そして、不器用な包装をぺりぺりと剥がしていく。

その中には、悲しいくらいぶかっこうなハート型のチョコが一つ入っていた。
う・・。これはさすがに・・・・。俺は一瞬凍りついた。
やばい。その引きつった表情を、椎名に見られてしまった。
こいつは、言葉よりも、表情で人間の感情を読み取るところがあるからな・・・。
案の定、椎名はもう、泣き出しそうだ。でも、泣くのをこらえて、なにかつぶやいている。
俺が耳を近づけるとこう聞こえた。

「・・もぉん・・・。がんばったんだもぉん・・」

小さな声で呪文のようにそう繰り返す。
その時、俺は自分の浅はかさがわかり、唇をかみ締めて悔やんだ。

あの日曜日、台所から何度も聞こえてきた、物が落ちる音、みゅーっ!という
叫び声、由起子さんのなだめる声・・・。
そう、椎名は文字通り、全力でがんばった。
その成果に対し、俺はあまりにひどい態度をとってしまった。
60みゆう ◆MIYUciEM :02/02/05 01:30 ID:d3A1mSev
悔やんでもくやみきれない。
俺はその場でチョコレートを一口かじり、言った。

「味はまずますだ。椎名、よくがんばったな」

けれども、俺の言葉は今の椎名には届かなかった。
ただ、地面を見つめ、泣くのを必死で堪えている。
俺はその場にかがみ、目線を合わせた。
そして、口移しで、チョコレートを食べさせてやった。
チョコレート味の口付けは、なにか懐かしい味がした。

「ほら、おいしいだろう。一緒に食べるって約束したじゃないか」

そう言うと、椎名は顔を上げ、最高に素敵な表情をみせてくれた。

「椎名、ありがとうな。それと、ごめんな」

そういって、もう一度、今度はチョコレートの味のしない、大人の味の長い口
付けを交わす。
仲直りの口付け、感謝の口付け。そして、なによりも愛情をこめた口付けを。

椎名の大人への旅はまだまだ続いていく。ダメでしょうがない彼女だけど、案
外俺のほうがずっとダメなのかもしれないな。
今日みたいに百点満点とはいかなくても、せいぜい30点くらいでも、それが
がんばった結果ならいいじゃないか。
たとえ30点でもチョコレートを自分で作ってくれた気持ち、日曜日に一日か
けてがんばってくれた気持ち。大切にしたい。
だから、一歩一歩一緒に進んでいきたい。
こいつと一緒に、いつまでも・・・。