最萌トーナメント支援用SSスレッド

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97日々のいとまに・・・1/10

キュ・・・キュ・・・
「暇だ」
「暇だね・・・」
冬の淡い光にキラキラと反射する喫茶店「エコーズ」のフローリング。
そろそろ正午にさしかかる時刻なのに開店から一度もその床に足跡がつく事は無かった。
結局、一族集会に出席する店長の代わりを任された俺と彰は汚れてもいない皿を磨いて午前中を終えてしまった。
「そろそろお昼にしようか」
「そうだな。じゃあ、彰が先でいいよ」
「うん、ありがと。奥の調理場にいるからお客がきたら呼んでね」
エプロン姿の彰はそうにっこりと微笑むと静かに奥へと消えていった。すると・・・
98日々のいとまに・・・2/10:02/01/24 21:22 ID:v7t1nDA3

カランカラ〜ン・・・
まるで彰と入れ替わるように入り口のベルが鳴った。本日一人目の客だ。
「あ、いらっしゃいませ」
「冬弥」
「なんだ、はるかか・・・」
「うん、遊びにきた」
「ここ座るね」
「だめ」
「あはは」
何事もなかったようにカウンター席につくはるか。
相変わらずはるかはぬかに釘って感じだ。
「だれ?」
奥の調理室から彰がひょっこりと顔を出す。
「あ、はるか」
「ん」
「そうそう、またシフォンケーキ作ってみたんだけど、どう? はるか食べてみる?」
「ん、じゃあ砂糖」
「え・・・」
「待て、はるかまた飛んでる」
「・・・・・・・・・」
「あ、そうか」
「彰のケーキ食べるから紅茶がほしい。だから、その砂糖をちょうだい」
「あいよ。彰、ティーパック買って来い」
「えー寒いからやだよ」
「こんなやつに高い葉使う必要ないって」
「どうせ味なんてわからないんだから」
「あはは」
そこで、はるかが笑うなよ・・・
99日々のいとまに・・・3/10:02/01/24 21:23 ID:v7t1nDA3

「・・・・・・・・・」
もっくらもっくら・・・
実にはるからしいスローモーな動き咀嚼されていくケーキ。
「どう?」
「ん、ふつう」 
「ふつう、ってまた?」
「だろ」
「別に高い金払って食べるものでもないって感じだよな」
「うん、そんな感じ」
そういって、またフォークを口に運び
「あはは、ふつうだ」
ほがらかに批評。そして、つられるように俺も食べてみる。
「うん、ふつうふつう。ここまでふつうなのもそうめったにないよな」
「ん、そうだね」
そうんなことを言いつつ、またケーキにフォークを伸ばそうとすると
「もういいよ・・・」
あ、彰がへこんだ。さすがに悪ノリしすぎたか。
仕方ない少しぐらいフォローしてやるか。
そう思った矢先・・・
「あ、でもこれはこれで芸術なのかも」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
閑散とした喫茶店にはるかの呟きが走った。
「もっくら、もっくら・・・」
「・・・・・・・・・」
「僕、もう帰る・・・」
100日々のいとまに・・・4/10:02/01/24 21:24 ID:v7t1nDA3

カランカラ〜ン・・・
「あれ? 彰いっちゃった、せっかく褒めたのに」
「あのな・・・」
「ったくど〜すんだよ店番ひとりになっちまたぞ」
いや、別にひとりでも余裕なんだけどさ・・・
「大丈夫、彰はすぐ帰ってくるよ。ほら」
言われるままにはるかの視線の先を追うとそこには確かに彰のシルエットが写っていた。
カランカラ〜ン・・・
「・・・・・・・・・」
「なるほど、エプロンか」
前掛け姿の彰が仏頂面をして手ぶらのまま店の中へと入ってくる。
なんつーか、マヌケな格好である。
「帰る・・・」
前垂れを手早く解きその場で180度ターンをする彰。
「ん」
しかしフォークをくわえたはるかの腕がその機先を制する。
その先には食べかけの琥珀色の物体。彰のケーキだ。
「ん」
ずいずいっと皿を前に出すはるか。
「まーいいから食ってみ、自分の作ったのを客観的に見つめるのも大切だぞ」
「なんだよ、それ・・・」
ぶつくさ言いながら、一口サイズに切り取られたかけらをぽいっと口に投げる。
「・・・・・・・・・」
「どうだ?」
「ふつう・・・」
「だろ」
そういって俺も手ごろな塊を口に運ぶ。
101日々のいとまに・・・5/10:02/01/24 21:24 ID:v7t1nDA3

「おかわり」
と、その時視界の端にいたはるかがするりとカウンターのこちら側に身を乗りだし、
ケーキ本体が乗った大皿を掴んだ。
「あ、ずるいぞはるか。そう簡単に食わせてたまるか」
俺もその片側を掴み、二人はカウンターを挟んで大皿を引きあう。
「んがががががが・・・」
「ん・・・ん・・・」
はるかと言えども男の力には敵わないらしく皿が徐々にこちら側へと引き寄せれてゆく。
「ほら冬弥、お皿が苦しんでる。離したほうが真のケーキの母だと思うよ」
「その手には乗らん」
そんな熱戦を訝しげに見つめる彰。
「なんで?」
「彰のケーキがふつうだから」
視線をあくまでもケーキに向けたまま呟くはるか。
「いや、だからなんで?」
「あのな・・・。はるか、もっと他に言い方があるだろ」
「いくら食っても彰のケーキは飽きがこないんだよ」
「うん、それ。彰のケーキはおいしくないんだけどおいしい」
「なんだよそれ・・・」
そう、ぼやきつつも破顔する彰。
「彰、手伝って」
「あ、うん・・・」
「ずりーぞ、はるか」
「早い者勝ち」
102日々のいとまに・・・6/10:02/01/24 21:25 ID:v7t1nDA3

カランカラ〜ン・・・
「あ、いらっしゃいませ」
「あっ、冬弥く・・・」
絶句する由綺。そりゃまあいい年した連中が喫茶店で皿を取り合ってたら当然だ。
「ん、由綺手伝って」
「そりゃないだろ」
「早い者勝ち」
「それはさっき聞いた!」
「えっ・・・えっ・・・」
いまいち状況が飲み込めずはるかと俺を交互に見返す由綺。
「由綺、とりあえずこっちに来てくれ」
「う、うん」
言われるままに由綺はぱたぱたとカウンターのこちら側へと回りこむ。
「冬弥君、私何をすれば・・・」
「話はこのケーキを食べてからだ」
「わ、わかった」
少しずつはるか側へと引きよされる大皿からケーキを適量小皿に移し、それを口の中へと入れる。
「ど、どうだ・・・」
ぷるぷると体を震わせ由綺に視線を投げる。
由綺はしばらくの間、瞳を閉じその小さな口でもってゆっくり味わっていた。
カウンター越しに皿を引きあう若者三人とその傍ら直立不動の姿勢でケーキを咀嚼するアイドル。
何かが間違っている喫茶店だ。
「家庭的な味だね」
「ナイスな感想だ」
「つーことで由綺、引っ張ってくれ」
「うん、よくわからないけどわかったよ。私、頑張るね」
103日々のいとまに・・・7/10:02/01/24 21:26 ID:v7t1nDA3

「どうだ、はるかこれで二対二だぞ・・・って、なに片手で食べてるんだよ」
「ん」
口元についたクリームを親指ですくうはるかがこちらを向く。
いつのまにか皿のケーキは三分の一に減っていた。
「てめ、はるか!」
「冬弥・・・口あけて」
「あん?」
ぐしゃ!
素っ頓狂な声をあげた口に残りのケーキが捻り込まれる。
もちろん平均的な俺の口には入りきらずその多くが、というよりほとんど全部が俺の顔へとぶちまけられる。
「僕のケーキ・・・」
「あはは、冬弥真っ白」
「は・る・か・・・て・め・え・・・」
大根をおろせるほど体が小刻みに震える俺の体。
「冬弥、脳溢血を起こすから急に怒らないほうがいいと思うよ」
「さてと、コレからいくか・・・」
「ん、彰お願い」
皿から手を離し、そそくさと彰の背へと逃げ込むはるか。
「えっ、えっ、えっ?」
べちゃ!
「うわ」
戸惑う彰にマロンケーキが直撃した。
「冬弥・・・それ売り物」
「知るか!!」
ぼこっ
今度はショートケーキのイチゴが彰の頬に刺さる。
くぃ・・・くぃ・・・
「と、冬弥君・・・」
俺のエプロンを泣きそうな顔で引っ張る由綺。
104日々のいとまに・・・8/10:02/01/24 21:26 ID:v7t1nDA3

「ほら、由綺も投げろ」
冷蔵庫から取り出した誕生日用5号ショートケーキをばかっと半分に割って由綺に手渡す。
「わ、わ、わ・・・」
「投擲!」
「は、はい」
ぶおん
中空を舞う白い悪魔。
「彰、右」
「う、うん」
ぼふ!
「わぷ」
絶妙なコンビネーションでそれをかわすはるか。
「次!」
「はい!」
ぶーん
今度はきりきりと錐揉みしつつ先程より大きな弧を描くバースデーケーキ。
「彰、ジャンプ」
「うん!」
ぼむ!
「く・・・なかなかやるな」
「彰、このまま奥の調理室へ」
彰の顔にへばりついた誕生日専用の家をちゃっかり頬張りつつ、はるかは彰を盾に奥の調理場へと逃げ込む。
105日々のいとまに・・・8/10:02/01/24 21:27 ID:v7t1nDA3

「逃がすか! 由綺来い」
硬く由綺の手を握り締め、はるかの後を追う。
「はぁ、はぁ・・・冬弥君」
「なんだ?」
「なんだか、高校時代に戻ったみたいだね」
少し頬を紅潮させながら由綺は笑いかける。
そこにはフィルターを通したようないつもの遠い笑顔ではなく、俺達の知っている由綺本来の笑顔があった。
「ああ、そうだな」
俺も由綺と同じように無邪気に微笑む。そのとき・・・
ごっ!
「あ」
なにかとてつもなく硬いものが俺の口を直撃した。
「と、冬弥君大丈夫?」
「は、歯がぁぁぁぁーーー!」
「はるか、やっぱり砥石はまずいと思うんだ」
「ん」
瞳を少し脇にそらし呟く彰。つーか投げたのお前だろ。
「ひゃ、ひゃるかぁぁぁーーー!」
「!」
「!」
「あはは、冬弥おもしろい顔」
俺の顔を見て驚愕する二人と対照的にいつものほんわかとした笑みを浮かべるはるか。
そして、彰と由綺もそれにつられたようにくすくすと声を震わせる。
鏡を見ると前歯が一本は根こそぎ、もう片方は半分欠けていた。
「ぷっ・・・誰だよこれ」
そのあまりに間の抜けた顔に俺は思わず吹き出してしまった。
俺は笑いながら余ったシフォンケーキの生クリームを雪玉のようにはるかの顔に投げつけた。
真っ白に染まるはるか。はるかも笑いながらクリームを投げる。脇に逸れ由綺に当るはるかのパイ。
その報復とばかりに由綺の投げたパイははるかの彰ガードで弾かれる。そして、彰も生クリームを投げる。
106日々のいとまに・・・10/10:02/01/24 21:28 ID:v7t1nDA3

はるかは笑った。
俺も彰も由綺も、みんなバカみたいに笑った。
俺達四人は子供のように無邪気にパイを投げあい、顔が真っ白になってもなお笑って、
生クリームに染まる喫茶店を狂ったようにくるくる踊り続けた。
そして、めくられる純白の生クリームに彩られた俺達のホワイトアルバム。
俺の周りには由綺や彰やはるかがいて、みんなでこうしてバカをやって、
本日閉店の札をかけて笑い声をBGMに全員でモップをかけて、ちょっと遅いアフタヌーンティーを取る。
俺達のアルバムの空白にはそんなページがめくられ続けるだろう。
きっとこれからも・・・。


                                      (おわる)