みさきさん支援二次小説、
『月光』 全15レスに収まるくらい。かな?
●序章 仄かに蒼い光の庭で
ゆっくりと風が流れている。
広い、中庭全体を。
1月の夕陽は早く沈み、
空にはすでに黄色い満月。
その姿は黄色いのに、
その光はなぜ蒼いのか。
とても不思議なその現象。
でも、その光すら、
その不思議な現象すら感じられない彼女。
それなのに、瞳はまっすぐその方向へ。
まるで見えているかのように。
その瞳の中は、今の空のように漆黒の闇、
あるはずの満月の姿は映っていない。
なにも見えていない。
なにも見ることができない。
それなのに、それなのに、
なぜ、普通にいられるのだろうか。
どうして、あれほど強く生きていられるのだろうか…
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●第1章 14番目の月、風の中
「はいっ、今日の練習はこれまで!」
「おつかれさまでしたー!」
大きな声で挨拶をして、今日の演劇部の練習は終わりを告げる。
わたしは部員たちと片づけをしながら、横目でみさきの様子を伺い見る。
窓際で遠くの深い紺色の空を見上げている。
「みさき、よかったら台本を片付けるの手伝ってくれないかしら?」
「うん、わかったよ、雪ちゃん」
わたしのお願いに、みさきは笑顔を向けて、机へと向かおうとする。
少しだけなびく髪、漂う優しい香り。
でも、わたしは見逃さなかった。
その、漆黒の瞳が少しだけ揺れていることを。
「みさき?」
思わずその背中に声をかけてしまうけど、
みさきは全く気にした風もなく、台本の片づけを続けていた。
わたしも気のせいかと思いながら、部員たちと片づけを続けていた。
「みさき、おまたせ」
「うん」
最後に部室の鍵を閉め、その鍵を返すのは部長のわたしの役目。
部員が全員が帰ってしまったあとになるので、どうしても遅くなってしまう。
それでも、いつも、みさきはわたしのことを待っていてくれる。
みさきのそういう優しさが、わたしは好きだ。
ふたり並んで、すっかり人のいなくなった廊下を歩いてゆく。
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玄関を出ると、少し強めの風がわたしたちの体を包む。
その風はわたしたちを包み、通り抜けてゆくと、校門へと、遠く、帰ってゆく。
その風の冷たさに、わたしも、みさきも、少しだけ震えてしまう。
「今日も寒いね、雪ちゃん」
「そうね、まだこんな日が続くのかしらね」
小さく溜息をついて空を見上げる。
深い、群青の空、所々に雲が浮かぶ。
その雲を照らしているのは天頂のあたりに浮かぶ黄色い月。
満月まで後わずかの、ほとんどまん丸な月だった。
そのまま視線をおろして、自分の手を広げて眺めてみると、
月の光に照らされた、蒼白い手がわたしの目の中に入ってきた。
わたしはただぼぉっと、その手を眺めている。
吹いてくる風も気にならないくらい、ずっと。
「…雪ちゃん?」
「え? あ、ご、ごめん…」
心配そうなみさきの声が耳の中に入ってくる。
わたしは正気に戻ってみさきに返事をする。
「雪ちゃん、ぼぉっとしてたでしょう?」
少しだけ意地悪そうな顔をしてみさきはあたしに質問をしてくる。
わたしは小さく笑って、
「みさきじゃあるまいし、ぼぉっとなんてしてないわよ」
そう、返事をする。
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「あっ、雪ちゃん、ひどいよ…」
「ふふっ、本当はね、なんとなく空を見ていたのよ」
「空?」
「そう、そら…」
わたしとみさき、同時に空へと顔を向ける。
先ほどと変わらず、早い雲の流れと丸い月。
「ほぅ…」
わたしは小さく溜息をついてしまう。
みさきも視線を空へ向けたまま、ただ、静かにたたずんでいた。
「雪ちゃん…」
空へと視線を投げたまま、みさきの声、さっきより少し小さい声があたしを呼ぶ。
「どうしたの?」
わたしの声も空へと向かう。
風の勢いはまだ止まらない。
その風の中、みさきの言葉が紡がれる。
「今日は満月なの?」
「今日はまだね。明日かな」
「そうなんだ…」
その言葉を風に紛らせて、みさきは空を見つづけていた。
わたしは、その何かを含んだみさきの言葉が気にかかり、その横顔をじっと見つめる。
月の光を映さないその瞳、それは、
さっき部室で見たときと一緒、少し潤んでかすかに揺れていた。
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●第2章 満月、かごの中の鳥
「それでは、今日はこれで終わりにしましょう!」
「おつかれさまでしたー!」
夜8時、今日も部活が終了の時を迎える。
小道具を片付けてゆく子、衣装をチェックする子、
わたしは台本と資料を持って、本棚へと近づいていった。
本棚の横には、昨日と同じように窓から空を眺めているみさきがいた。
「みさき、そろそろ終わるから待っててね」
「うん…」
少しだけ、含みを持たせて返事をするみさき。
わたしは少しだけ首をかしげて話を続ける。
「みさき? なにかあった?」
「え? ううん、べつに」
「…みさき? 嘘つくのはやめなさい」
「大丈夫だって、ほら、雪ちゃんは部長さんなんだから仕事しないとだめだよ」
「ごまかさないのっ!」
わたしのその声に、部室の中が一瞬ざわめく。
部員の子がみんな、わたしとみさきの様子を見ている、いぶかしげに。
「ほら、雪ちゃんが仕事しないから、みんな困ってるよ」
みさきはごまかすようにそれだけを言うと、再び窓から空を見上げる。
わたしは仕方なく片付けを続けていった。
部室の中も先ほどの片付けの喧騒が戻っていた。
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「みさき、おまたせ」
「うん、おかえりなさい」
職員室を出て、そこで待つみさきにわたしは声をかける。
みさきは笑顔でわたしを出迎えてくれる。
わたしたちふたり、蛍光灯だけに照らされた廊下を歩いてゆく。
交わした挨拶のあとは、なにも話さずに、静かにただふたりだけで。
ふたつの足音だけが廊下に響き渡っていた。
「雪ちゃん…」
やがて、下へと降りる階段へと到着したときの事、
みさきがわたしの名前を呼ぶ、小さく、そして、弱々しく。
「どうしたの? みさき」
わたしもつられて小さな声で返事をする。
「屋上、行ってみたいんだけどいいかな?」
「屋上!?」
思わずわたしは素っ頓狂な声をあげてしまう。
屋上は、この学校の中でみさきの一番のお気に入りの場所。
でも、放課後の夕焼けの頃ならまだしも、
こんな時間ではいくらなんでも危なさすぎる。
夜、山のほうから吹いてくる風はいきなり強さが変わることもある。
ひとつ強い風が吹いて柵のそばでバランスを崩したりしたら…
あまりに恐ろしい考えが頭の中に浮かび、わたしは瞳を閉じる。
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「だめよ、あぶないじゃない。行かせられないわ」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないわよ! 突然強い風が吹いたりしたら…」
「雪ちゃん、お願い!」
「…みさき?」
みさきにしてはいつもより強い口調、
懇願するような真摯な瞳、
こんなみさきを見るのは初めてだった。
なにがみさきをそんなにも駆り立てるのだろうか。
なんでみさきはそんなに真剣なのだろうか。
そんなみさきを見てしまったわたしは、
「…わかったわ。でも、お願い、無理はしないで」
みさきのお願いを許さざるをえない。
「うん、ありがとう」
笑顔に戻ったみさきはわたしの手を探し当て、きゅっと握ると、
そのままわたしの手を引っ張り、階段をゆっくりと上ってゆく。
確実に、一歩一歩、踏みしめて。
まるでそれは、鳥かごから抜け出そうとする鳥のように、
空へと還ろうとする天使のように、
ただ、一心に。
わたしは、離れまいと、彼女の手を強く握っていた。
離したら、このままひとり、彼女が飛び立ってしまいそうだったから。
このままひとり、どこかへ行ってしまいそうだったから。
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●第3章 満月、悲しい希望
「がたんっ」
大きな音を響かせて、ゆっくりと屋上への扉が開かれてゆく。
開かれるとともに、月あかり、蒼い光が階段へと差し込んでくる。
みさきはわたしの手を握ったまま屋上へと踊り出た。
「風、強くないね」
「ええ、そうね」
穏やかな風が、みさきとわたしの髪を揺らしてゆく。
みさきはわたしの手を離して、柵へと近づいてゆく。
「み、み、みさきっ! あぶないわよっ!」
「大丈夫だよ。ほんと、心配性なんだから」
笑顔でそれだけを言うと、再び柵の向こうへと視線を向ける。
わたしもみさきの横に並んで同じ方向を眺める。
真っ暗な中、月明かりが遠くの山々を照らしている。
穏やかな、優しい風は、わたしたちのほほを撫でて、
ゆっくりと後ろへと流れてゆく。
「雪ちゃん、ちょっと変なこと聞いていいかな?」
「体重とスリーサイズ、そして色恋沙汰の話以外ならいいわよ」
「色恋沙汰の話は興味あるけど、今はそれ以外のことだよ」
そこで言葉を区切って、みさきは小さく溜息をつく。
少しだけ迷っている感じが横顔から受けて見える。
わたしは黙ってみさきの言葉を待つ。
小さく、ゆっくり震えるくちびるを見ながら。
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「お月様、どんな色しているかな?」
「お月様の色…?」
その言葉を聞いて、わたしは顔を天へと上げる。
まん丸の満月、ウサギの姿もはっきりと見える。
「どうかな?」
少しだけ心配そうにみさきは再び口を開く。
「そうね、黄色かな」
「黄色なの?」
「うん、少しだけ灰色に近い黄色よ」
「そうなんだ」
みさきもゆっくりと頭を上げて天頂へと視線を向ける。
狙い済ましたように、その視線は月を向いている。
けれども、その瞳には、映っているはずの満月の姿はない。
ただ、漆黒の闇が広がるだけ。
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「もうひとついいかな?」
「ええ、いいわよ」
その、わたしの声に、みさきは視線をわたしへと戻す。
でも、視線は、少しだけずれて、胸のリボンのあたり。
その視線のまま、みさきの口は開かれる。
「私、いまどんな色してるかな? 周り、今、どんな色、してるかな?」
ちょっとだけ心配そうに、それでいて懇願するように、みさきはわたしに尋ねてくる。
その質問を受けて、わたしはみさきの姿をしっかりと見据える。
黄色い月、その月の光に照らされたみさきの姿は、蒼い色で覆われている。
冷たくみえて暖か差を感じさせる、少し寂しげな、仄かな色。
みさきだけじゃない、わたしも、そして、屋上も、
遠く、雪をかぶった白い山並みも、
みんな、みんな、月明かりで蒼く染まっていた。
「みんな、蒼い色をしているわよ」
「ほんとう!?」
「え、ええ、わたしが嘘ついているように聞こえる?」
思いもよらないほど元気な返事に私は少しどもってしまう。
でも、気にした風もなく、みさきの言葉は続いてゆく。
「だって…信じられなかったから…」
「なーに? あたしの言うことが信じられないっていうの?」
「あっ、ごめんね。雪ちゃんのことは信じているよ、でもね…」
ぽつりと、そこで言葉を区切って、みさきは再び遠くの山へと視線を向ける。
少しだけ強くなってきた風、わたしはみさきにさっきより少し近づいて、
遠くの山並みを眺めていた。
みさきの言葉が始まるのを待ちながら。
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●第4章 満月、伝える人
「先週、図書館行ったよね?」
「ええ。そういえば、一生懸命なにかの本を読んでいたわね」
先週金曜日のお昼休み、食事の後、わたしとみさきで図書室へ行った。
みさきは書架で本をじっくり探して、一冊の本を選び出す。
そして、先に演劇の本を読んでいたわたしの横に並んで読み始めた。
文字がひとつも書いていない本、指先で読んでゆく。
ずっと、集中をとぎらせる事もなく、休み時間終了のチャイムにも気づかないほどに。
「あの本、なんだったの?」
「うん、目の見えなくなっちゃった女の子の話だよ」
「そうだったの」
幼いころ、光を失ってから、みさきは時々似た境遇の話が書いてある本を読んでいた。
『私が困った時どうしたらいいか、教えてくれるんだよ。
でも、本当に失ったことがない人の話には、見当違いなこともあるんだけどね』
図書館で借りた本を胸に抱いてそう話してくれたのはもう2年以上前だったか。
「その本の中にね、お月様のことが書いてあったんだよ」
「お月様のこと?」
「うん、そうだよ」
少しだけ視線を上へ、月がいるその方向へと向ける。
やはり、きっちりと瞳は満月の方向を向いているその瞳。
わたしも同じようにその月へと視線を投げる。
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「『空にはすでに黄色い満月。
その姿は黄色いのに、
その光はなぜ蒼いのか』
そういう風にその本には書いてあったの。
そんな話聞いたことないから、本当かどうか、確かめたかったんだよ。
月も、その光も、全部黄色いと思っていたから。
ごめんねつきあわせちゃって」
みさきはこっちを向いて小さくぺこりと謝る。
わたしは思わずその体を抱き締めてしまった。
「ゆ、雪ちゃん?」
「お願い、謝ったりしないで、お願いだから」
少し冷えてきたみさきの体、その冷たさがわたしへと移ってくる。
だんだんとぬくもりを帯びてくるみさきの体。
みさきはただ、わたしに抱かれたままじっとしていた。
「ううん、雪ちゃん、ありがとう、私、雪ちゃんのおかげでまたひとつ新しいことを知ることができたよ」
みさきの優しい声、緩やかな風の流れに乗って、わたしの耳に届いてくる。
「わたし、ひとりでがんばろうと思うんだけど、時々は雪ちゃんのこと、頼っちゃってもいいよね?」
その言葉に、わたしは首を上げてみさきの顔を覗き込む。
「当然じゃない、わたしでよければいつでも使って」
「うん、ありがとう」
わたしはしばらくみさきの体を抱き締めていた。
みさきの手は、優しくわたしの髪を撫でていてくれた。
その暖かさに、わたしはしばらく漂っていた。
穏やかな風に、わたしとみさきの髪をやさしく揺らしながら。
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●最終章 満月、わたしたちの輝く季節へ
「そろそろ、かえろうか?」
「うん」
腕時計を確かめるともう9時半を回ったところ。
さすがにこれ以上ここにいたら怒られてしまう。
みさきも家の人が心配しているはずだ。
まずわたしが階段へと続く扉を開けて静かに中に入る。
次にみさきが入ってくるはずだけど、扉を開けたままたたずんでいる。
「みさき? どうしたの?」
「うん、最後にもう一度だけ」
みさきの瞳は満月の方向へ。
見えていないはずなのに、きちっと視線は変わらずに。
10秒ほどそれ見て、みさきはゆっくりとこちらに戻ってくる。
「もういい?」
その顔を見つめながら尋ねる。
「うん、満月の時の風の匂い、風の流れ、暖かさ、たくさん感じたから」
「そう、それじゃいきましょう」
そして、ゆっくりと、見つからないようにわたしたちは学校を抜け出して、
無事、帰宅の途へつくことができた。
みさきの家の前、玄関先、
「また一緒に見ようね」
そう言っていたみさきの表情、月の光の、蒼さを漂わせたその表情は、
とても印象深い、嬉しそうな表情だった。
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