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724詩子さん ◆SHIIko2U
みさきさん支援二次小説、
『月光』 全15レスに収まるくらい。かな?


●序章 仄かに蒼い光の庭で

 ゆっくりと風が流れている。
 広い、中庭全体を。
 1月の夕陽は早く沈み、
 空にはすでに黄色い満月。
 その姿は黄色いのに、
 その光はなぜ蒼いのか。
 とても不思議なその現象。
 でも、その光すら、
 その不思議な現象すら感じられない彼女。
 それなのに、瞳はまっすぐその方向へ。
 まるで見えているかのように。
 その瞳の中は、今の空のように漆黒の闇、
 あるはずの満月の姿は映っていない。
 なにも見えていない。
 なにも見ることができない。
 それなのに、それなのに、
 なぜ、普通にいられるのだろうか。
 どうして、あれほど強く生きていられるのだろうか…


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725詩子さん ◆SHIIko2U :02/02/26 05:07 ID:CHEDacsO
●第1章 14番目の月、風の中

「はいっ、今日の練習はこれまで!」
「おつかれさまでしたー!」
 大きな声で挨拶をして、今日の演劇部の練習は終わりを告げる。
 わたしは部員たちと片づけをしながら、横目でみさきの様子を伺い見る。
 窓際で遠くの深い紺色の空を見上げている。
「みさき、よかったら台本を片付けるの手伝ってくれないかしら?」
「うん、わかったよ、雪ちゃん」
 わたしのお願いに、みさきは笑顔を向けて、机へと向かおうとする。
 少しだけなびく髪、漂う優しい香り。
 でも、わたしは見逃さなかった。
 その、漆黒の瞳が少しだけ揺れていることを。
「みさき?」
 思わずその背中に声をかけてしまうけど、
 みさきは全く気にした風もなく、台本の片づけを続けていた。
 わたしも気のせいかと思いながら、部員たちと片づけを続けていた。

「みさき、おまたせ」
「うん」
 最後に部室の鍵を閉め、その鍵を返すのは部長のわたしの役目。
 部員が全員が帰ってしまったあとになるので、どうしても遅くなってしまう。
 それでも、いつも、みさきはわたしのことを待っていてくれる。
 みさきのそういう優しさが、わたしは好きだ。
 ふたり並んで、すっかり人のいなくなった廊下を歩いてゆく。


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726詩子さん ◆SHIIko2U :02/02/26 05:07 ID:CHEDacsO
 玄関を出ると、少し強めの風がわたしたちの体を包む。
 その風はわたしたちを包み、通り抜けてゆくと、校門へと、遠く、帰ってゆく。
 その風の冷たさに、わたしも、みさきも、少しだけ震えてしまう。
「今日も寒いね、雪ちゃん」
「そうね、まだこんな日が続くのかしらね」
 小さく溜息をついて空を見上げる。
 深い、群青の空、所々に雲が浮かぶ。
 その雲を照らしているのは天頂のあたりに浮かぶ黄色い月。
 満月まで後わずかの、ほとんどまん丸な月だった。
 そのまま視線をおろして、自分の手を広げて眺めてみると、
 月の光に照らされた、蒼白い手がわたしの目の中に入ってきた。
 わたしはただぼぉっと、その手を眺めている。
 吹いてくる風も気にならないくらい、ずっと。
「…雪ちゃん?」
「え? あ、ご、ごめん…」
 心配そうなみさきの声が耳の中に入ってくる。
 わたしは正気に戻ってみさきに返事をする。
「雪ちゃん、ぼぉっとしてたでしょう?」
 少しだけ意地悪そうな顔をしてみさきはあたしに質問をしてくる。
 わたしは小さく笑って、
「みさきじゃあるまいし、ぼぉっとなんてしてないわよ」
 そう、返事をする。


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727詩子さん ◆SHIIko2U :02/02/26 05:07 ID:CHEDacsO
「あっ、雪ちゃん、ひどいよ…」
「ふふっ、本当はね、なんとなく空を見ていたのよ」
「空?」
「そう、そら…」
 わたしとみさき、同時に空へと顔を向ける。
 先ほどと変わらず、早い雲の流れと丸い月。
「ほぅ…」
 わたしは小さく溜息をついてしまう。
 みさきも視線を空へ向けたまま、ただ、静かにたたずんでいた。
「雪ちゃん…」
 空へと視線を投げたまま、みさきの声、さっきより少し小さい声があたしを呼ぶ。
「どうしたの?」
 わたしの声も空へと向かう。
 風の勢いはまだ止まらない。
 その風の中、みさきの言葉が紡がれる。
「今日は満月なの?」
「今日はまだね。明日かな」
「そうなんだ…」
 その言葉を風に紛らせて、みさきは空を見つづけていた。
 わたしは、その何かを含んだみさきの言葉が気にかかり、その横顔をじっと見つめる。
 月の光を映さないその瞳、それは、
 さっき部室で見たときと一緒、少し潤んでかすかに揺れていた。


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728詩子さん ◆SHIIko2U :02/02/26 05:07 ID:CHEDacsO
●第2章 満月、かごの中の鳥
「それでは、今日はこれで終わりにしましょう!」
「おつかれさまでしたー!」
 夜8時、今日も部活が終了の時を迎える。
 小道具を片付けてゆく子、衣装をチェックする子、
 わたしは台本と資料を持って、本棚へと近づいていった。
 本棚の横には、昨日と同じように窓から空を眺めているみさきがいた。
「みさき、そろそろ終わるから待っててね」
「うん…」
 少しだけ、含みを持たせて返事をするみさき。
 わたしは少しだけ首をかしげて話を続ける。
「みさき? なにかあった?」
「え? ううん、べつに」
「…みさき? 嘘つくのはやめなさい」
「大丈夫だって、ほら、雪ちゃんは部長さんなんだから仕事しないとだめだよ」
「ごまかさないのっ!」
 わたしのその声に、部室の中が一瞬ざわめく。
 部員の子がみんな、わたしとみさきの様子を見ている、いぶかしげに。
「ほら、雪ちゃんが仕事しないから、みんな困ってるよ」
 みさきはごまかすようにそれだけを言うと、再び窓から空を見上げる。
 わたしは仕方なく片付けを続けていった。
 部室の中も先ほどの片付けの喧騒が戻っていた。


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729詩子さん ◆SHIIko2U :02/02/26 05:08 ID:CHEDacsO
「みさき、おまたせ」
「うん、おかえりなさい」
 職員室を出て、そこで待つみさきにわたしは声をかける。
 みさきは笑顔でわたしを出迎えてくれる。
 わたしたちふたり、蛍光灯だけに照らされた廊下を歩いてゆく。
 交わした挨拶のあとは、なにも話さずに、静かにただふたりだけで。
 ふたつの足音だけが廊下に響き渡っていた。
「雪ちゃん…」
 やがて、下へと降りる階段へと到着したときの事、
 みさきがわたしの名前を呼ぶ、小さく、そして、弱々しく。
「どうしたの? みさき」
 わたしもつられて小さな声で返事をする。
「屋上、行ってみたいんだけどいいかな?」
「屋上!?」
 思わずわたしは素っ頓狂な声をあげてしまう。
 屋上は、この学校の中でみさきの一番のお気に入りの場所。
 でも、放課後の夕焼けの頃ならまだしも、
 こんな時間ではいくらなんでも危なさすぎる。
 夜、山のほうから吹いてくる風はいきなり強さが変わることもある。
 ひとつ強い風が吹いて柵のそばでバランスを崩したりしたら…
 あまりに恐ろしい考えが頭の中に浮かび、わたしは瞳を閉じる。


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730詩子さん ◆SHIIko2U :02/02/26 05:09 ID:hP0dH/VW
「だめよ、あぶないじゃない。行かせられないわ」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないわよ! 突然強い風が吹いたりしたら…」
「雪ちゃん、お願い!」
「…みさき?」
 みさきにしてはいつもより強い口調、
 懇願するような真摯な瞳、
 こんなみさきを見るのは初めてだった。
 なにがみさきをそんなにも駆り立てるのだろうか。
 なんでみさきはそんなに真剣なのだろうか。
 そんなみさきを見てしまったわたしは、
「…わかったわ。でも、お願い、無理はしないで」
 みさきのお願いを許さざるをえない。
「うん、ありがとう」
 笑顔に戻ったみさきはわたしの手を探し当て、きゅっと握ると、
 そのままわたしの手を引っ張り、階段をゆっくりと上ってゆく。
 確実に、一歩一歩、踏みしめて。
 まるでそれは、鳥かごから抜け出そうとする鳥のように、
 空へと還ろうとする天使のように、
 ただ、一心に。
 わたしは、離れまいと、彼女の手を強く握っていた。
 離したら、このままひとり、彼女が飛び立ってしまいそうだったから。
 このままひとり、どこかへ行ってしまいそうだったから。


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731詩子さん ◆SHIIko2U :02/02/26 05:10 ID:hP0dH/VW
●第3章 満月、悲しい希望

「がたんっ」
 大きな音を響かせて、ゆっくりと屋上への扉が開かれてゆく。
 開かれるとともに、月あかり、蒼い光が階段へと差し込んでくる。
 みさきはわたしの手を握ったまま屋上へと踊り出た。

「風、強くないね」
「ええ、そうね」
 穏やかな風が、みさきとわたしの髪を揺らしてゆく。
 みさきはわたしの手を離して、柵へと近づいてゆく。
「み、み、みさきっ! あぶないわよっ!」
「大丈夫だよ。ほんと、心配性なんだから」
 笑顔でそれだけを言うと、再び柵の向こうへと視線を向ける。
 わたしもみさきの横に並んで同じ方向を眺める。
 真っ暗な中、月明かりが遠くの山々を照らしている。
 穏やかな、優しい風は、わたしたちのほほを撫でて、
 ゆっくりと後ろへと流れてゆく。

「雪ちゃん、ちょっと変なこと聞いていいかな?」
「体重とスリーサイズ、そして色恋沙汰の話以外ならいいわよ」
「色恋沙汰の話は興味あるけど、今はそれ以外のことだよ」
 そこで言葉を区切って、みさきは小さく溜息をつく。
 少しだけ迷っている感じが横顔から受けて見える。
 わたしは黙ってみさきの言葉を待つ。
 小さく、ゆっくり震えるくちびるを見ながら。


8/15
732詩子さん ◆SHIIko2U :02/02/26 05:10 ID:hP0dH/VW
「お月様、どんな色しているかな?」
「お月様の色…?」
 その言葉を聞いて、わたしは顔を天へと上げる。
 まん丸の満月、ウサギの姿もはっきりと見える。
「どうかな?」
 少しだけ心配そうにみさきは再び口を開く。
「そうね、黄色かな」
「黄色なの?」
「うん、少しだけ灰色に近い黄色よ」
「そうなんだ」
 みさきもゆっくりと頭を上げて天頂へと視線を向ける。
 狙い済ましたように、その視線は月を向いている。
 けれども、その瞳には、映っているはずの満月の姿はない。
 ただ、漆黒の闇が広がるだけ。


9/15
733詩子さん ◆SHIIko2U :02/02/26 05:10 ID:hP0dH/VW
「もうひとついいかな?」
「ええ、いいわよ」
 その、わたしの声に、みさきは視線をわたしへと戻す。
 でも、視線は、少しだけずれて、胸のリボンのあたり。
 その視線のまま、みさきの口は開かれる。
「私、いまどんな色してるかな? 周り、今、どんな色、してるかな?」
 ちょっとだけ心配そうに、それでいて懇願するように、みさきはわたしに尋ねてくる。
 その質問を受けて、わたしはみさきの姿をしっかりと見据える。
 黄色い月、その月の光に照らされたみさきの姿は、蒼い色で覆われている。
 冷たくみえて暖か差を感じさせる、少し寂しげな、仄かな色。
 みさきだけじゃない、わたしも、そして、屋上も、
 遠く、雪をかぶった白い山並みも、
 みんな、みんな、月明かりで蒼く染まっていた。
「みんな、蒼い色をしているわよ」
「ほんとう!?」
「え、ええ、わたしが嘘ついているように聞こえる?」
 思いもよらないほど元気な返事に私は少しどもってしまう。
 でも、気にした風もなく、みさきの言葉は続いてゆく。
「だって…信じられなかったから…」
「なーに? あたしの言うことが信じられないっていうの?」
「あっ、ごめんね。雪ちゃんのことは信じているよ、でもね…」
 ぽつりと、そこで言葉を区切って、みさきは再び遠くの山へと視線を向ける。
 少しだけ強くなってきた風、わたしはみさきにさっきより少し近づいて、
 遠くの山並みを眺めていた。
 みさきの言葉が始まるのを待ちながら。


10/15
734詩子さん ◆SHIIko2U :02/02/26 05:11 ID:hP0dH/VW
●第4章 満月、伝える人

「先週、図書館行ったよね?」
「ええ。そういえば、一生懸命なにかの本を読んでいたわね」
 先週金曜日のお昼休み、食事の後、わたしとみさきで図書室へ行った。
 みさきは書架で本をじっくり探して、一冊の本を選び出す。
 そして、先に演劇の本を読んでいたわたしの横に並んで読み始めた。
 文字がひとつも書いていない本、指先で読んでゆく。
 ずっと、集中をとぎらせる事もなく、休み時間終了のチャイムにも気づかないほどに。
「あの本、なんだったの?」
「うん、目の見えなくなっちゃった女の子の話だよ」
「そうだったの」
 幼いころ、光を失ってから、みさきは時々似た境遇の話が書いてある本を読んでいた。
『私が困った時どうしたらいいか、教えてくれるんだよ。
 でも、本当に失ったことがない人の話には、見当違いなこともあるんだけどね』
 図書館で借りた本を胸に抱いてそう話してくれたのはもう2年以上前だったか。
「その本の中にね、お月様のことが書いてあったんだよ」
「お月様のこと?」
「うん、そうだよ」
 少しだけ視線を上へ、月がいるその方向へと向ける。
 やはり、きっちりと瞳は満月の方向を向いているその瞳。
 わたしも同じようにその月へと視線を投げる。


11/15
735詩子さん ◆SHIIko2U :02/02/26 05:11 ID:hP0dH/VW
「『空にはすでに黄色い満月。
  その姿は黄色いのに、
  その光はなぜ蒼いのか』
 そういう風にその本には書いてあったの。
 そんな話聞いたことないから、本当かどうか、確かめたかったんだよ。
 月も、その光も、全部黄色いと思っていたから。
 ごめんねつきあわせちゃって」
 みさきはこっちを向いて小さくぺこりと謝る。
 わたしは思わずその体を抱き締めてしまった。
「ゆ、雪ちゃん?」
「お願い、謝ったりしないで、お願いだから」
 少し冷えてきたみさきの体、その冷たさがわたしへと移ってくる。
 だんだんとぬくもりを帯びてくるみさきの体。
 みさきはただ、わたしに抱かれたままじっとしていた。
「ううん、雪ちゃん、ありがとう、私、雪ちゃんのおかげでまたひとつ新しいことを知ることができたよ」
 みさきの優しい声、緩やかな風の流れに乗って、わたしの耳に届いてくる。
「わたし、ひとりでがんばろうと思うんだけど、時々は雪ちゃんのこと、頼っちゃってもいいよね?」
 その言葉に、わたしは首を上げてみさきの顔を覗き込む。
「当然じゃない、わたしでよければいつでも使って」
「うん、ありがとう」
 わたしはしばらくみさきの体を抱き締めていた。
 みさきの手は、優しくわたしの髪を撫でていてくれた。
 その暖かさに、わたしはしばらく漂っていた。
 穏やかな風に、わたしとみさきの髪をやさしく揺らしながら。


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736詩子さん ◆SHIIko2U :02/02/26 05:11 ID:hP0dH/VW
●最終章 満月、わたしたちの輝く季節へ
「そろそろ、かえろうか?」
「うん」
 腕時計を確かめるともう9時半を回ったところ。
 さすがにこれ以上ここにいたら怒られてしまう。
 みさきも家の人が心配しているはずだ。

 まずわたしが階段へと続く扉を開けて静かに中に入る。
 次にみさきが入ってくるはずだけど、扉を開けたままたたずんでいる。
「みさき? どうしたの?」
「うん、最後にもう一度だけ」
 みさきの瞳は満月の方向へ。
 見えていないはずなのに、きちっと視線は変わらずに。
 10秒ほどそれ見て、みさきはゆっくりとこちらに戻ってくる。
「もういい?」
 その顔を見つめながら尋ねる。
「うん、満月の時の風の匂い、風の流れ、暖かさ、たくさん感じたから」
「そう、それじゃいきましょう」
 そして、ゆっくりと、見つからないようにわたしたちは学校を抜け出して、
 無事、帰宅の途へつくことができた。

 みさきの家の前、玄関先、
「また一緒に見ようね」
 そう言っていたみさきの表情、月の光の、蒼さを漂わせたその表情は、
 とても印象深い、嬉しそうな表情だった。


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