最萌トーナメント支援用SSスレッド

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 私はHM−13。名前は頂いていません。強いて言うなら、『人形』と呼ばれることが多いです。
 私は今、戦場にいます。
 いえ、今だけではありません。メモリーに残っている記憶は、全て戦場のものです。
 私のマスターは、余計な記憶やプログラムを排除して、代わりに戦闘プログラムをインストールしたと言っていました。
 だから私は、戦場に立ちます。
 人を殺すために。

 この時期、戦争にロボットが投入されることは、珍しいことではなかった。
 人的被害の損耗を防ぎ、恐怖に怯えることもなく、命令には絶対服従。
 銃器の取り扱いもインストール済みで、下手な新兵よりはよっぽど役に立つ。 
 しかし、戦場という一瞬の判断が生死を分ける場所では、些細な理由であっさり破壊されることも多い。
 こくこくと変わる戦況。天候や足場の変化。爆風等によるセンサー機能の低下。流れ弾。
 あまりにも雑多な状況が流れ込んでくるために、処理機能が追いつかない。
 結果、フリーズした瞬間を狙い撃ち。そんなことが多々あった。
 そうなると、命の値段が水一杯よりも安いような国では、『コストに見合わない』ためにロボット達は姿を消す。
 そんな戦場に、HM−13はいた。
「おい、人形。あの陣地にいるヤツ全員、蹴散らしてこい」
「了解しました」
 自殺行為に等しい命令に、HM−13は顔色一つ変えずに頷き、銃弾飛び交う砲火の中に身を躍らせる。
 強化されたセンサーが捉えた情報をもとに、状況を分析。
 こちらの陣地を挟むように掘られた二つの塹壕。左手の方が僅かに近い。銃弾の数と熱源から、それぞれに7〜8名の兵士がいると推測。
 予測された火線を避けるようにルート設定。そこを時折フェイントを交えながら駆ける。
 合間に、塹壕から頭を出した兵士を正確に射抜く。破裂した赤い液体が、塹壕に降り注ぐ。
 狂ったように放たれる反撃の銃弾が肩を掠めるが、彼女は表情一つ変えない。
 投げられた手榴弾を、空中で撃ち落とす。
 爆発を煙幕代わりにし、最後の10メートルほどを一気に跳躍。塹壕を跳び越えた。
 後ろに降り立った無機質な破壊の女神に、兵士達はただ凍り付いた。
 跳んでいる間に、彼女のライフルはセミオートになっている。
 哀れな兵士達が祈りを上げるヒマもなく、銃声が呻りを上げる。返り血が彼女の美しい顔を、凄惨に彩る。
 もう一つの塹壕から、恐怖に駆られた若兵が逃げ出した。その背中にまず一発。
 蜘蛛の子を散らすように逃げ出した残りの兵士達に、彼女と彼女の主人達で、十字砲火を浴びせた。
 僅か一分で、動く敵兵はいなくなった。
「よくやったぞ、人形」
「ありがとうございます」
 彼女は表情を変えず、そう答えた。
 彼女のマスターは、傭兵だった。
 マスターを含む5名のグループに、HM−13が一体。僅か一小隊規模だが、華々しい戦果をあげ続けている。
 彼らが『人形』と蔑むHM−13の活躍によって。
 男達は占領した陣地で焚き火を囲み、祝杯を挙げていた。
「まったく人形様々だよなぁ。ほとんどなにもしないで、俺たちゃ英雄だ」
「おいおい、なに言っているんだ。俺はあいつの大切なご主人様だぜ。俺がいなきゃ、あいつはただの鉄くずだ」
「そういうことにしておいてやるよ」
 下卑た笑いが響く。男達が勝利の美酒に酔っている間、HM−13は黙々と、野営の準備をしていた。
「おい、人形。こっちに来い」
 傭兵の一人が彼女を呼んだ。相当酔っているらしく、足取りがおぼつかない。
「野営の準備中です。申し訳ありませんが、後にしていただけませんか?」
「人形が口答えしてんじゃねえよっ! お前の役目は人間様にご奉仕することだろう?」
 前髪を思い切り掴まれたまま、セリオは静かに聞く。
「……マスター、よろしいですか?」
「手早く終わらせろよ」
「了解しました」
 どっと笑いが起きる。
 酔った男は舌打ちし、乱暴に彼女の手を引くと、半ば崩れた家の中へと彼女を引きずり込んだ。
 HM−13は男に奉仕しながら、流れ込んでくる粗野な声を聞いていた。
「お前もいい拾いもんしたよな。あれ、来栖川の最新型だろ」
「まぁな。とあるお屋敷を襲ったときの戦利品さ。
 違法改造してあるから、サテライトサービスは使えねぇが、お前よりは役に立つ」
 とある屋敷。そこに自分はいたのか。
 初めて聞く自分のルーツだったが、規制されたAIは、なんの感慨も抱かない。
「おまけに夜の方もばっちりときたもんだ」
「俺はどうもな……あの無表情が気にくわねぇ。奉仕させる分にはいいんだけどよ」
 別の声も話に加わった。 
「しょうがねぇだろ。生の女なんかいないんだから。それとも男の味の方がいいのか?」
「いーや。男よりは、人形でも女の方がいいね」
 自分は人形。男達に奉仕し、死地に飛び込み、銃弾を振りまく人形。
 ただマスターの命令に頷くだけ。
 それが機械としての自分の存在意義であるのなら、なにも悩む必要はない。
 ただ、なにかが自分には足りない。そんな空虚が胸にあった。

 数日後、彼らはゲリラの巣窟と化した村を、襲撃する仕事を受けた。
 だが事前に情報は漏れていたらしく、村は厳戒態勢だった。
 明滅する古いサーチライトが暗い地面を照らし、その下にはびっしりと地雷が埋まっている。
「おい、どうする?」
「……道を開けるしかないだろ。おい、人形」
「はい」
「お前のセンサーで、地雷の位置は分かるか?」
「30メートル内ならば、可能です」
「よし、俺たちが援護する。俺たちが安全に通れるだけの道を造れ」
「了解しました」
 HM−13は無造作に歩み始める。サーチライトが彼女を闇に浮かび上がらせた。
 村は静まりかえっている。が、張りつめた緊張感が、彼女を凝視していた。
 銃を一丁構えただけの彼女が、なにをするのかと。 
 彼女は地雷原の手前でぴたりと止まり、銃を上げた。
 ダン! ドオンッ!
 銃声と爆音が同時に響く。
 彼女は地雷に向け、正確に銃弾を叩き込む。
 銃声と爆音の合奏は、切れ目なく続く。
 爆風の収まらぬ中、ゆっくりと歩を進め、精密機械の動きで地雷を破壊してゆく。
 幅はきっちりと5メートル。その道を、無人の荒野を行くがごとく、彼女は歩を進める。
 爆風に顔をしかめることも、目をつぶることもなく。
 それはどこか異常な光景だった。
 誰もが凍り付いたように動かない。
 長い時間が経ち、爆音が止み、粉塵が風に流される。
 月の光の中に、HM−13が浮かび上がる。
「終わりました、マスター」
 その声が、引き金となった。
 怒号が静寂を切り裂いた。
 彼女を挟んで激しく銃弾が飛び交う。
 傭兵達はジープに乗って、彼女の造った道を突き進みながら、グレネードやライフルを撃ち込む。
 村側からも、旧式銃や、手榴弾などが飛ぶ。
 飛び交う火線の中で、HM−13は突っ立っていた。
 いくつか銃弾が彼女を掠めたが、気にしない風だった。 
「なにやってる人形! この村の連中、皆殺しにしろっ!」
「了解しました」
 彼女は身を翻し、村へと飛び込んだ。
 三十分ほどが経過した。
 HM−13は返り血と炎と、月の光を浴びて立っている。
 村人の幾人かは取り逃がしたが、大半は死亡して、後は残党を狩るだけだ。
「……」
 鋭敏な彼女の耳に、微かな息づかいが聞こえた。
 まだ火の手の上がっていない、小さな小屋。その中に誰かが残っている。
 彼女は壁に身を寄せ、扉を開く。
 銃声が3発、狂ったように響いて、誰もいない空間を突き抜けていった。
 それが止むのを待って、彼女は中に転がりながら飛び込み、跳ね起きて、銃を構える。
「わ、わあっ!」
 彼女の動きが急に止まった。
 弾の切れた銃の引き金を、カチカチと何度も引いているのは、年端もいかない子供だった。
 えらく薄汚れ、男か女かの区別も付かない。怯えた目に涙をいっぱいためて、体を震わせている。
「……こ、来ないでっ! 来ないでよぉっ!」
「――」
 なぜか彼女は撃てなかった。
 ずっと前に、どこかで会ったような気がする。
 今まで殺してきたたくさんの人々。その中にこの顔があったのだろうか。
 検索しても、データにはヒットしない。違う、違う、違う――。
 そうじゃない。もっと深いところ、もっと遠いところから、この記憶は来ている。
 だけどなぜか引き出せない。
『皆殺しにしろ』
 強制的にシステムに介入する、マスターの命令。
 しかし、それよりももっと強い衝動が、銃を床に置かせる。
「大丈夫です」
 戦場には似つかわしくない、優しい声が出た。
 子供はむずかるように首を振る。
「私は……敵ではありません」
 あれだけたくさん殺しておいて、これだけの血を浴びておいて、自分はなにを言っているのだろう。
 わけがわからなかった。自分が壊れてしまったのかと思った。
 だけどこの子を助けたいと思う心は真実だった。
 あまりに唐突で、理不尽な衝動だった。
 沈黙の後、か細く震える返事が、ようやく返る。
「本当……?」
「…………………はい」
 長い逡巡の後、彼女はようやく答えた。
 おずおずと子供が手を伸ばす。その手が、彼女の手と触れあおうとしたとき。
「なにをしている?」
 扉からさし込む月の光が、遮られた。HM−13は、ゆっくりと振り向く。
 彼女の主人が、銃を構えて立っていた。
「俺はお前に、なんて言った?」
「――村人を……皆殺しにしろと、おっしゃいました」
 びく、と子供が震えた。
「なら、なんでそのガキは生きているんだ?」
「……分かりません。殺せないのです。殺したくないのです。どうしてでしょうか?」
「……俺が知るか」
 男は銃を子供に向けた。
「待って下さい」
 HM−13がその前に立ちはだかる。
「どけ」
「だめです。お願いです。殺さないでください……」
 機械が発したとは思えない、必死な願い。銃を握る男の手を掴んで、子供から逸らす。
 男はつまらなそうにため息を吐いた。
「……いかれやがったか」
 左手で銃を抜き、HM−13の顔に押し当て、引き金を引いた。
 くぐもった破砕音が響いた。
 金属の体が、弾かれたように飛び、倒れる。
 右目の部分にぽっかりと穴が穿たれ、銀のフレームに火花が散っていた。
「お、お姉ちゃん……」
 オイルが涙のように流れた。
「ちっ……。ガキ、てめぇのせいだぞ」
 再度、狙いを付ける。だが。
 ギ……。
 HM−13は体を軋ませながら体を起こし、子供をかばって両手を広げた。
 左腕は、途中までしか上がらなかった。
「そんな小汚いガキを守ってどうするつもりだ、ええ?」
「……分かりません」
「おい、どうした?」
 騒ぎを聞きつけて、他の傭兵達も集まってきた。
「いかれやがった。まとめて始末する」
「いいのかよ。ばらして売るだけでも結構な……」
「どうせ拾いもんだ。十分役には立ったさ」
 不意に男が顔を歪め、嘲るように笑った。
「……ああ、どこかで見たと思ったら、あの時と同じか。今度はちゃんと、前のご主人様のところへ送ってやるよ」
 前のご主人様。
 その単語が、昨日とは違う強さで胸を打った。
 それの意味を確認している間に、雨のような激しさで、銃弾が襲いかかった。
 HM−13の体が本人の意思とは無関係に踊る。
 体に穴があき、左腕が脱落し、人工皮膚が千切れ飛ぶ。
 ふらつき、反転して膝を突いた先に、怯える子供の眼差しがあった。
「大丈夫……」
 半分砕けた顔に笑顔を浮かべ、子供を胸に掻き抱いた。
 小さな爆発が、右の脇腹を深く抉った。
 完全に動きが止まったのを見て、ようやく男達は銃を下ろす。
「……ちっ」
「どうした、ご主人様? やっぱり人形でも名残惜しいか?」
「馬鹿言うな。ただこれからは面倒になるって思っただけだ」
「ああ、人形は人形なりに役に立ったからな。まぁこいつのおかげでたんまり稼げたわけだし。新しい人形でも買えばいいじゃねぇか」
「てめぇらも金出せよ」
 ギ……。
 男達が一斉に銃を構える。  
 内部機器が露出し、銃創が醜く穿たれたHM−13の下に、怯えた瞳があった。
「驚いたな。このガキ、生きてやがる」
「あれだけぶち込んだのに、大した悪運だな。……一分早いか遅いかの違いだけどな」
「ヒッ……」
 ゴリ、と銃口が子供の眉間に押しつけられた。
「あばよ」
 引き金を引く指に力が掛かったその時、止まっていたはずのHM−13が、男の手を掴んだ。
 オイルと弾痕で黒くすすけた顔の中で、半ば閉ざされた瞳が、強い意志の光を放っていた。
「な……は、離せっ! 人形っ!」
「違います……」
 HM−13は、うつむいたまま呟いた。記憶の中の声が、彼女の名を叫んでいた。
「私の名は……<<セリオ>>です」
 ごき、と鈍い音がした。
「う、うがああああっ!」
 叫ぶ男の喉に、手刀を叩き込む。金属が露出した指は、容易く男の喉を突き破った。
「うわああっ!」
 怯えた男達の銃火が、再度HM−13を襲う。
 だが、無数の銃弾も、男達の悲鳴も、彼女を止めることはできない。
 彼女は男達の目を潰し、骨を砕き、喉を切り裂く。跳ね返った血が、子供の頬にへばりついた。
 最後に立っていた男の喉から、ずるりと手首を引き抜く。
 男と同時に、HM−13も倒れた。
 乾いた大地に血まみれのパーツが散らばった。
 ……子供が泣いている。
 ひび割れた視界いっぱいに映る、子供の泣き顔。
 どこかで見た光景。いつか体験した出来事。
 ずっと、ずっと昔に……。
 そう、あれは……。
 私が初めてメイドロボとして働いた家だ。
 年老いた旦那様と、奥様と、その孫娘。
 初めて目覚めた私に、旦那様は「この子の母親になってあげて欲しい」といった。
 旦那様の足の影に隠れていた、幼い女の子に手を差し出す。
 おずおずと伸ばされた手が、そっと私の指に触れた。
 こうして私は母親になった。

 いつも、転んだり、ドジをしたりしては泣いている子だった。
 だけど涙を拭き、頭を撫でると、すぐに笑顔になった。
 なにかしでかしては、素直に謝り、また忘れたように同じようなことを繰り返す。
 なぜか、とても懐かしい気がした。
 きっと、私の心の中にある源記憶とでも言うべきもの。その中に、彼女の姿があったのだと思う。
 多分、私以外のHM−13でも同じように感じたはずだ。
 この記憶はきっと、私たち全ての姉、HMX−13のものだと思うから――。

 家事に加え、その子の面倒も見なくてはならないため、めまぐるしい忙しさだった。
 だけどとても楽しかった。
 その子の笑顔が、私にも幸せを分けてくれた。
 私はその子の母であり、姉であり、友達であり、なによりも家族だった。
 ほぼ三年、そんな日々が続いた。
 それが終わったのは、ひどく雨の強い日。昼間だというのに外は真っ暗で、風と雨が、激しく窓を叩いていた。
 私は居間で童話を読んで聞かせていた。私がページを捲る度に、その瞳は期待に輝き、恐怖に震え、感動に潤む。
 旦那様と奥様も、その光景を楽しそうに見ていた。
 不意に電気が消えた。
 銃声。窓ガラスが割れ、風雨が吹き込んでくる。同時に黒ずくめの男達が入り込んできた。
 銃を向けた男達の前で、わたしは旦那様達をかばうように両手を広げた。
 轟音と衝撃が私の腹部を襲い、抜けていった。
 悲鳴が上がった。
 仰向けに倒れた私の視界に、涙でくしゃくしゃになった顔が映る。
 機能の低下したセンサーに、ノイズ混じりの声が届く。
「やだ……死んじゃやだ……、死んじゃやだよ……」
 泣いている……。泣かないでください。あなたの涙を見ると、私も悲しくなります。泣かないでください……。
 私はいつものように手を伸ばし、髪を撫でた。
「セリオ……っ!」
 同時に赤いものが世界を染め、全ての音が消えた。
 それが私の見た、最後の光景だった。そのはずだった。
「おねえ……ちゃん?」
 ああ……私はまた、この子を泣かせてしまった。ごめんなさい。私はあなたを泣かせてはいけないのに。
 家族だから。母親だから。そう、命令されたから。
 そうじゃない。私は……あなたが好きだから。
 だから、泣かないでください。
 私はいつものように、そっと手を伸ばす。優しく髪に触れ、頭を撫でる。
 私にとって、上書きされた命令よりも、この子の笑顔の方がずっと大事だった。
「痛いの? 大丈夫? ねぇ、平気なの?」
 痛みは感じない。だけど、満足に動く部分はほとんどなかった。
 それでも私は身を起こし、「大丈夫です」と告げた。
「お姉ちゃん、ロボット……?」
「はい……。HM−13と言います」
「えいちえむ……?」
「……セリオとお呼びください」
「セリオ?」
「はい」
「……セリオ。うん。私はね、メルティ。でもみんな、メルって呼ぶの」
 私は、そう……驚くべきことに、と言うのも矛盾しているが、生まれて初めて驚いた。
 それは偶然だろう。偶然だけど……名前こそ違ったが、その愛称はあの子と同じだったのだ。
 数年ぶりに、私はその名を呼んだ。
「……メル」
「うん」
 メルは笑った。そして、瞳を不安に曇らせる。
「あの……お父さんとお母さんは?」
「……」
 ――どうすればいいのだろう? どう伝えればいい?
 私が殺しましたと言えばいいのだろうか?
 血に濡れている私の手。放ってきた何発もの凶弾。無数の奪った命。
 その全てが私の罪だった。償う方法なんて分からない。あるはずがない。
 この子が真実を知れば、私を憎むだろう。私を壊すかもしれない。いや……むしろそうして当然だった。
「どうしたの、セリオ……?」
 マスターを失った私には、他人の命令を尊重する義務がある。
 そして私の自律回路は……『伝えなくてはいけない』と判断していた。
「メル、私は……」
 その時音が聞こえた。
 はるか遠くから近づいてくる駆動音。方角も照らし合わせて判断すると、90.62%の確率で本隊の到着だ。
 ……逃げなくては。
 違う。守らなくてはいけない。
 彼らはゲリラの子供を生かしておかないだろうし、私をそのままにしておくこともない。
「メル……すみません。少しだけ、目をつぶっていてくれませんか?」
「セリオ?」
「お願いします……」
「……うん」
 私は目を閉じたメルを抱え上げ、村の南門……襲撃した側とは、反対方向の出口に向かう。
 子供の体重さえ、今の私の体には大きな負担だった。砕けそうになる足を引きずって歩く。
「ねぇ……どこ行くの、セリオ……」
「……もう少しです」
 門のところでメルを下ろし、真っ直ぐ前を向かせる。
「セリオ……?」
「振り向かないでください」
 朝の光が昇りはじめ、うっすらと道を照らしている。
 もしも……もしも生き延びた村人がいたとしたら、この道を通ったはずだ。
「……いいですか、この道に沿って歩いてください。
 そうすれば、2時間くらいで隣の村に着きます。行ったことはありませんか?」
「うん、あるけど……」
「では、そうしてください」
「で、でも、セリオは!? お父さんとお母さんは!?」
 返答につまる。けど……私にはこう言うしかなかった。
「お父さんとお母さんは、理由があって、先にそちらへ行っています。私は用事を済ませてから、すぐに追いかけますから」
「でも……」
「大丈夫です。私はそのことを伝えるために、ここに残ったのですから」
 優しくメルの頭を撫でる。ふわりとした柔らかい感触。すごく懐かしく……そして、最後の。
「だから、行って下さい。大丈夫です。メルなら、一人でいけますよね?」
「うん……分かった。待ってるから、待ってるからね!」
「はい……」
 私は微笑みながら手を振り、メルを見送る。
 メルは途中で何度も振り返りながら、夜道を歩いていった。
 そして、メルの姿が完全に夜の闇に消えた頃……。
 音が、近づいてきていた。
 私は最低だ。
 ご主人様を守りきれず、嘘までつく、最低のメイドロボだ。
 命令だからという理由で、なにも考えずに人の命を奪い、あげくに仮にもマスターと呼んだものを手に掛けた。
 こんなメイドロボ、壊れて朽ち果ててしまえばいい。
 ――だけど、あの子だけは。せめてあの子だけは、生き延びさせたい。
 私の罪は許されないけれど、あの子を守るために、残りの命を懸けるくらいのことはしてもいいはずだ。
 もう誰も殺さずに、そして嘘もつかずに。
 方法なんて分からないけれど……あの子が逃げる時間だけは、稼いでみせる。
 それがきっと、私の命がここまで残された、たった一つの理由だから。
 もう二度とやり直せない、あの暖かい時間を最後の記憶に。
 私は、メルとは逆の方角に向け、歩いていった。

「セリオ……?」
 遠くでメルが振り返った。
 わけもなく立ちつくし、村の方角を見る。
 だけど再び前を向き、朝の日差しが照らしはじめた、白い道を駆けていった。