ある日曜日。あたしは物思いに耽りながら、喫茶店で紅茶に口を付けていた。
話があるから、と松本からこの喫茶店で待ち合わせする約束をしていたのだけど、
まだ来ない。
松本から携帯に「ごめん、もうちょっとでそっちに行く」というメールが入って
10分経つ。どちらかというと時間にはルーズな松本だったけど、また遅刻か・・・。
呼び出しておいて遅刻するなんて。来たら文句の一つも言ってやらないと。
時計を確認すると、来ると言っていた時間から20分ほど経ってしまっている。
・・・それにしても、とひとりごちる。
直接会って話したい事って何だろう?
まさか、恋の悩みとか。可能性は・・・無いとは言い切れないな。
もしそうだとしたら、相手は誰だろう?
思案して真っ先に思い浮かんだのは、よりにもよって自分が好意を寄せている
男の子の顔だった。
急に顔が熱くなってくる。と共に不安な気持ちも頭をもたげてくる。
松本が恋のライバル?もしそんな事になったらヤだな・・・。
そうなったら勝てないだろうな・・・なんだかんだ言って松本可愛いし。
あたしなんて・・・。
カランカラン、と喫茶店のドアについているベルが来客を告げる。
自分の思考を中断させると、そこには小さく手を振りながらこっちに向かって
歩いてくる松本の姿があった。今は夏。松本は汗だくになっている。
どうやらここまで走ってきたらしい。
「吉井ごめんねー、待った?」
「松本、遅いよー」
「えへへー、ごめんねー。
・・・どうしたの?何か顔が赤いけど」
松本に言われてみて、自分の顔が火照っている事に改めて気が付いた。
「えっ、べ、別に何でもないよ?さっき私もここまで走ってきたからだよきっと」
「?」
言ってしまって気付いた。あたし、汗かいてないや。しまった。
一瞬不思議そうな顔をした松本だったが、すぐにさっきと同じ表情に戻る。
どうやら適当に思いついた理由で納得してくれたみたい。
・・・あ、でもその理由じゃ松本の遅刻に何も言えないや。
松本は自分の向かいに座って、
水を持ってきたウエイトレスにアイスミルクティとショートケーキを注文する。
「早速だけど。で、何なの?会って話したい事って」
「あ、うん、その事なんだけどさー・・・」
松本はあたしにこっそりと耳打ちしてくる。ごにょごにょ。
「イベントのキャラクター役ぅ!?」
「しーっ、吉井声でかいよ〜」
自分の声が思ったより大きかったのであわてて口を塞ぎ、周りを見渡す。
とりあえず今の声で他の人から注目されるような事は無かったみたい。
以前、この夏休みの間に岡田と松本とあたし3人でどこかアルバイトしようかと
いう話が出ていたのだけど、そのアルバイト先の候補がなかなか思い浮かばず
とりあえず保留になっていた。そこに松本がそのアイデアを持って登場。
・・・それにしても、何でこんな変わったバイト先を選んだんだろう?
あたしが思いあたって聞いた疑問に松本が答える。
「一番の魅力はやっぱり働いている時間の割にバイトの時間給が高いから、って感じ?」
確かに、他の飲食店とかのアルバイトの時間給に比べて1.5倍は高い。
でも、高いって事はそれだけ大変だって事じゃ・・・。
「あと、家から近いって事もあるしー」
もしもし?近いのは松本の家だけなんですけど。
「それに、もう一つ理由があるんだ」
松本は手元のバックからは本、表紙を見るに、
多分演じる予定であるアニメキャラクターの設定資料集らしい・・・
を取り出し、ペラペラとページをめくりつつ、
「世の中には偶然ってのがあるものよね〜」
その手を止めて、あたしにやって欲しいと思われるキャラクターを指差した。
そこにはあたしと同じ髪色&髪型を持った女の子の姿。
「ね?吉井と見た目そっくりなキャラクターだと思わない?」
ね?って言われても・・・。
「他の2人のキャラクターも髪の色とかだいたい同じで、
岡田の髪を下ろせば、ほらあたし達3人と同じ姿。本当に凄い偶然!」
松本、舞い上がってるよ・・・でも、松本に言われてみるとその通り。
「でも第一、岡田が納得しないでしょ。そういうのに興味なさそうだし」
「岡田にはすでにOK貰ったよ?」
えっ!?本当に?
松本は岡田がやるであろうキャラクターを指さして、
「最初は絶対やらないって言ってたんだけどー。
『この役は岡田、貴方にしか出来ない!』って言ったら、何か急にOKしてくれた」
岡田・・・いくら何でも単純すぎるよ・・・。
結局、断ろうとあれこれ言ってみたんだけど、断り切れなかった。
最後の最後に、
「・・・ねぇ、この松本の一生のお願い、みんなで良い思い出作ろうよ!」
松本はぎゅっと目を閉じて、自分の目の前でパン、と手を合わせる。
これが松本の何度目の一生のお願い事だったか忘れてしまったけれど、
今までこの決め台詞が飛び出た時に、あたしは断わりきった試しがない。
「・・・ダメ?」
片目だけをあけて、あたしの様子を伺ってくる松本。
「・・・仕方ないなぁ・・・」
こうなったら最後まで付き合わないと駄目だよね。一蓮托生。
だってあたし達、友達だもの。
で、あたしは今その百貨店の、アトラクションショーの控え室にいる。
そして、鏡の前でその姿に頭を抱えていた。
セーラー服を基調にしたバトルコスチューム。色は髪の色と同じ紫を基調としている。
でもスカートの丈が異様に短い。
子供向けというよりも、『大きいお兄さん』が喜びそうな。
これが学生服なら先生に見つかって大目玉は確実。
アルバイトの面接に3人して受かった後、2日間の研修を受けて今ここにいる。
研修の時にもう何度かこの衣装は着ているけれど・・・
この格好で舞台に立たなきゃいけないかと思うと、顔から火が出そうだ。
「吉井〜準備できた〜? あーっ、可愛い〜☆」
様子を見に来た松本が黄色い声をあげて飛びついてくる。
「可愛い〜可愛い〜赤くなっているところがまた可愛いな〜☆」
とか言ってすりすりしてくる。やめてよ、恥ずかしいんだってば・・・。
ちなみに、松本の衣装もベースが黄色なだけで形はほとんど同じ。
・・・松本は恥ずかしくないんだろうか?
控え室の入口で様子をうかがっていた岡田は、青が基調になっている。
揃いも揃って、凄くカラフルだな。とか思ってしまったり。
「吉井ー、もうすぐ時間だからそろそろ行くよ。松本、いつまでもくっついてるな!」
「あ、うん今行く」
そう声を掛けて不安で仕方ない気持ちを押さえつつ、
簡易舞台のある、百貨店の屋上へ向かうために、岡田、松本と共に控え室を後にした。
話の内容は、定番のなんたら戦隊とかのヒーロー物とほとんど変わらない、
そして上演時間は15分間と、あまり長くない。
それ故、あまり内容も濃くない。
初めて舞台に立った時には、緊張で足の震えが止まらなかったけど、
あたし達みたいなただの女子高生でも出来る事に安堵感を覚えた。
・・・夏が過ぎゆくのは早いもので。
10:00上演、13:00上演の部が終わって、後は16:00上演を演じれば、
夏期アルバイトは全日程終了になる。
もう何度も同じ事を繰り返していると、だんだん舞台の上にいるのも自信がついてきた。
それとも、怖いとか、羞恥心等の感情が鈍感になってきてしまっているだけだろうか。
それよりも、この仕事の最大の天敵は暑さだった。
今年の夏は特に高温の日が多くて、時には脱水症状になりかけた事もあった。
でも、3人誰も最後まで休む事なく、今日までやってこれた。
お互いがお互いを励まし合った結果だと思う。
今は、舞台の袖で3回目の出番待ちをしている。
今舞台の上では悪役の人と戦闘員の人達が、見に来ている子供を人質に取っている最中。
「よ〜しお前達はこれから戦闘員としてこき使ってやるからな〜」
「みんな、最後まであきらめちゃだめだよ!大声で呼べば、
お姉ちゃん達はきっと来てくれるよ!
会場のみんなっ!大きな声でお姉ちゃん達を呼んでみよう!」
お姉さんと悪人達とのお決まりの台詞が飛び交っている・・・もうすぐ出番だ。
「よし、松本、吉井。最後の舞台も頑張ろう」
「うん、頑張ろう」
「おー、がんばろー」
岡田と松本、あたしと声を掛け合って。あたし達3人は舞台に飛び出していった。
スポットライトがこっちに向けて照らされる。BGMと、歓声が一斉に高まる。
まずは舞台に出たら、戦闘員の人がこっちに来る。それを右、左、右に避けて舞台の
反対側へ。ここまでは問題なくクリア。
そこに戦闘員の1人が手に持った武器・・・鉄製の刃の付いていない小鎌に似た
ようなもの・・・を振りかざして突っ込んでくる。
戦闘員達は、アニメで必ずこの武器を持っているのだけど、
こんなものでも当たったら痛いから避けていく順番だけは間違うな、
と研修での指南してくれた人から何度も指摘されている。
右に避けて相手が躓くように足を出すと、爆転に失敗したような格好で派手に転んでくれる。
何度見ても、痛そう・・・。
「良い子のみんな、お姉ちゃん達が戦っている今のうちにお父さん、お母さんの所へ!」
舞台のお姉さんがそう告げると、一斉に子供達は舞台から両親がいるだろう場所へ
走り去っていく。
その姿の目で追っていると、観客席の一番先頭に横柄な態度で陣取っている、
オレはチンピラです、と名刺を付けているような男が視界に入った。
横にその男の子供がいるようだけど、その子供は隣の席の子供にちょっかいを出している。
しかしそれを男は咎めもせず・・・にやけた顔であたしをじろじろと見ている。
背中を寒気が走った。
三人組の登場決め台詞(とは言ってもアテレコがあるのであたし達は口パクだけど)の後。
悪役の人が独白モードになっている間、こちらは舞台の上で傍観する形になってしまう。
この後、悪役の人が本気になって、さっきの戦闘員のお兄さん達が戻ってきて、
最後のシーンまで戦闘が続く予定。
・・・さっきの男が気になって、ちらっとそっちをみやると・・・
まだじろじろあたしの方を見てる・・・本当に気持ち悪い・・・。
舞台にまた意識を集中させようと視線を戻そうとしたその瞬間・・・
今この姿を一番見られたくない人の顔が視界に入った気がした。
驚いてもう一度観客席側に視線を移す。
ここは百貨店の屋上、あまり広くないので、すぐに全体が見渡せてしまう。
そして観客席の向こう側に藤田くんと佐藤くんが並んで歩いているのを、
見つけてしまった。
視線を戻そうとしても、藤田くんからそらすことができない。
舞台の上にいることで少々早まっていた心拍が急に跳ね上がる。
・・・神様お願い!こっちに気づかないで!
なのに神様は意地悪で。
藤田くんは、こっちを振り返ってしまった・・・
・・・お願い!こっちに来ないで!
でも、藤田くんと佐藤くん、こっちに、近づいてくる・・・。
BGMの曲調が急に変わった。
藤田くんが、こっち、見てる・・・。
藤田くんが、佐藤くんと、こっち見てる・・・。
藤田くんが、佐藤くんと、楽しそうに、話ながら、こっち見てる・・・。
藤田くんが、藤田くんが、藤田くんが、藤田くんが、
頭の中、真っ白・・・。
「吉井、吉井ってばッ」
横合いから呼ぶ声がする。あ、松本?何?
松本はあたしの体が向いている方向を指さす。
そこには、予定を狂わされて戸惑っている戦闘員の姿があった。
戦闘員が登場したら、あたしは避けながら舞台の反対まで移動しないといけないのに。
しまった!動かなきゃ!
混乱した頭のまま、慌てて舞台の反対側へ駆け出す。
最初の人を右に避け・・・右じゃないッ!
しかし、すでに右へステップを踏んだ体を元に戻すことができない。
戦闘員が振るう武器が眼前に迫ってくる・・・。
ビリィィィィッ。
下にぐっと引っ張られたけど・・・あれ?痛くない。
「悪い!」
小声で目の前の戦闘員の人が謝った。何げに自分の胸元を見ると、
武器によってセーラー服が首元から破れ、下着が顔を覗かせている。
ぼぅっとした頭で、くるりと観客席を見回す。みんな見てる。みんな。
・・・・・・・・・慌てて、胸を押さえてうずくまる。
「嫌ァァァーッッッ!」
その悲鳴で、屋上全体が凍り付いた。
「・・・よくもやってくれたわね!」
時間の止まった会場の中で、最初に行動を起こしたのは岡田だった。
あたしの服を破った戦闘員の人の腕を捻り上げ、投げ飛ばす。
さっきの詫びも兼ねてなのか、それとも演技無しだったのか。
その人は今までの戦闘員の人の中で最高に派手にぶっ飛び、
ついでに舞台からもんどり打って落ちた。
「早く怪我したこの子を安全な所へ!」「え、あ・・・判った!」
そう叫んで、さっきまでと同じように岡田は戦闘員を一人ずつ倒していく演技を続ける。
このハプニングも実は予定のうちだったんですよ、と言いたげに。
岡田、有り難う、ナイスフォロー。
丁度横にいた松本はあたしの手を取って舞台裏へ連れて行こうとする。
その手にすがって立ち上がろうとしたけど、足腰がガクガク震えて力が入らない。
初めてやってしまった大きい失敗のせいか、
どうやら腰が抜けてしまっているらしい・・・。松本に動けない旨を首を振って伝える。
その様子を見て取ったからなのかどうか、突然観客席からヤジが飛んだ。
「おいおい、姉ちゃんよー。この前のテレビでやってたそのシーン、
胸元破られたまま戦ってたやんけ。逃げんと一緒に戦えや」
さっき、あたしをいやらしい目で見ていたあの男だ。
「少々見せたって減るもんやなし、ちったぁ頑張らんかい」
さっきと同じいやらしい顔をしたまま。
「・・・あんたねっ!何様のつもりよ!」
我慢が出来なくなったらしい岡田は、演技を放り出して男に詰め寄ろうとする。
「俺ら忙しい時間をさいて見てやってる客じゃ。
・・・何や客に向かってその口の利き方。
痛い目にあいたいんか、オォ?いっぺんシメたろかァ!!」
その迫力に流石の岡田も出そうとしていた足がびくりと止まる。
せっかく元に戻りそうな会場の空気が、またさっきの最悪な状態に戻ってしまった。
男は懐からタバコの箱を取り出して一本口にくわえ、空になったらしいその箱を
片手でくしゃっと潰す。
「何しとんねん。あんたらそれでもプロか?もうちょっとワシら楽しませてくれや」
あたし達プロなんかじゃない・・・。
もう一度立とうとする。けど、やっぱり腰に力が入らない。
「耳悪いんかぁ?・・・聞こえてへんのかコラ!」
反応が無くて苛立ったらしい男は、あたしに向かって持っていたタバコの箱を振りかぶる。
物理的には当たっても痛くないと思うけど、
それはきっとハンマーで殴られる以上に痛いだろう。心に。
突然目の前が暗くなる、見ると誰かの足が立った。タバコの箱はその右足に当たって落ちる。
見上げたそこには。あの人の顔。あたしの大好きな、藤田くんの顔があった。
藤田くんがしゃがみ込んだかと思うと、急にあたしの体がふわりと浮き上がった。
一瞬どうなったのかよく判らなかったけれど
・・・あたし、ひょっとして藤田くんに抱き上げられてる?
「おいおい、何やてめぇは・・・」
男は抗議の声を上げる。
藤田くんは、その男の方を見た。
「・・・ッ。チッ・・・こんなん見てられっか! おら、行くぞ!」
男は、ぶつくさ言いながら自分の横にいた子供の手を引いて屋上から去っていった。
あたしの位置からじゃみえないけれど、藤田くんは多分男を睨み付けたらしい。
そしてそのままあたしをお姫様だっこしたまま、
舞台を降りてゆく連れて行ってくれる。
「・・・藤田・・・くん?」
「あー、すまん。どうしてもほっておけなかった。控え室どこだ?」
「あ、この一階下のエレベータ横・・・」
松本の前も通り過ぎていく。
破れた胸元を押さえる。
ドキドキ。ドキドキ。服の上からでも心臓が激しく高鳴っているのが判る。
心音が藤田くんに聞こえるかも・・・ああ、どうしよう。
あたしを藤田くんに控え室まで連れて行ってくれた後、
藤田くんは、頑張れよ、と一声掛けてすぐにどこかへ行ってしまった。
控え室で心が落ち着くまで少し休憩した後、すぐに予備の服を探す。
それはすぐに見つかった。慌てて着替える。
急いで舞台まで戻った時は、戦闘員の人が全員倒されて、
悪役の人が悪あがきで秘密兵器を使い、岡田と松本を苦しめているシーン。
本当の筋書きではこの秘密兵器は途中で故障してしまう予定だったけれど、
あたしがその秘密兵器を横取りしながら登場、というアドリブで
舞台に戻ることが出来た。
あれから控え室で上の人に怒られたり、色々あって1時間以上経過してしまった。
「藤田くんにお礼が言いたかったけど、もう帰っちゃってるだろうな・・・」
とため息をついたあたしの手を引っ張って走り出したのは、松本だった。
「最初から諦めてたらダメだよー。自分のやる事は何でも叶う、
くらいの気持ちでいかないとダメだよー!」
そして、今あたし達3人は百貨店の中を走り回っていた。
「はぁ、はぁ、ここ、にも、いない、みたい」
「はぁ、はぁ、もう、全階、見て、回っちゃった、よー」
「後は、まだ、いってない、所って、あったっけ、はぁ、はぁ」
8階フロアから1階フロア、そして、地下駐車場までくまなく探したのに、藤田くんは
見つける事ができなかった。
帰っちゃったのかな、やっぱり。
さっき、助けてくれたあの場所でお礼行っておけば良かった・・・あっ!
その時、三人全員が同じ事を思ったらしい。
見事に声がかぶった。
「「「屋上!」」」
果たして、すっかり人気が無くなった屋上に、藤田くんと佐藤くんはいた。
夕焼けで赤く染まる街並みを、フェンス越しに見ていた。
まずは荒れた息を整える。
急に呼びかけると驚かせるかなと思って、そっと、近づいていく。
「でも、驚いたよ。僕は浩之は絶対あかりだと思ってた。まさか吉井さんだったなんて」
急に佐藤くんから自分の名前が出てきたのでドキリとして立ち止まる。
「んー、まぁな。でも、あかりは幼なじみ、だからこそそれ以上の気になれないんだ」
「そうなんだ・・・」
「俺も気持ちが整理出来なくて困っていたんだ。だけど、今日の事で判った気がする。
吉井があいつに言われるままになっていた時、じっとしていられなかった。
そばにいって吉井を守ってやりたかった。
あの場に吉井がいなかったら、間違いなく俺はあいつを殴り倒していた。
それくらい腹が立ったんだ。
で、あれからちょっと考えた。何であんなに腹が立ったのか。
・・・で、たどり着いた結論が」
「うん」
2人の間にしばらく沈黙が流れる。
「俺はやっぱり吉井の事が、好き、なんだと思う」
・・・・・。
ちょっとの間、息をすることすら忘れていた。
今、今、藤田くんは何て・・・?
「良かったねぇ吉井!」
後ろからトン、と背中を押されて、その勢いで数歩よろめいてしまう。
立ち止まった時には、松本の声に気付いてこっちを向いた藤田くんと数歩の距離しかなかった。
藤田くんの顔は、しまった聞かれたか、って言いたげな顔をしていたけど、
「えーと、・・・まぁ、そういう事だ」
と言って、頬を指でぽりぽりと掻く。藤田くんの照れ隠ししている時の癖だ。
何となく赤らんでいるのは・・・夕日のせいじゃないよね?
「・・・あの・・・さっきは助けてくれて・・・有り難う・・・えっと、あたし・・・」
目の前が唐突に揺らいでくる。
「・・・凄く・・・凄く嬉しいよ・・・」
その涙は自分で止めようとしても一向に止まらず。
ただぼろぼろと泣いているあたしを。
藤田くんは、やさしく抱きしめてくれた。
あたしを包んでくれているその手と胸が、とても暖かく、優しい。
松本があたしの手を取って言った時の言葉が蘇る。
『最初から諦めてたらダメだよー。自分のやる事は何でも叶う、
くらいの気持ちでいかないとダメだよー!』
あたし、藤田くんの事、あたしの手に届くような人じゃないって諦めてた。
でも、松本の言う通りだった。
諦めちゃダメだったよ。
今日はとても大変だったけど。でも。
今あたしは、最高に幸せだった。
<終>