ゲーム本編:繭シナリオより抜粋(6レス)
長森「復学…つまり元の学校に戻るってことだよ」
朝からオレたちは、そのことを話していた。椎名のことだ。
浩平「椎名の母親が、そう言ったのか」
長森「うん…繭のお母さん、最初から一週間って決めてたらしいんだよ…」
浩平「一週間…だいぶ過ぎてるな」
もう椎名が学校に通いはじめてから、十日以上は経つはずだ。
長森「あんまりに繭が元気に朝でかけるから、後少し、もう少しって延ばしてた
らしいんだよ」
長森「でも、やっぱり繭はいくべき学校が違うから…」
確かにこのままオレたちのクラスに入り浸ってしまうのもよくないことはわかっていた。
その前に、人との繋がりに関心を持っている今のうちに、椎名は復学しておくべきなのだ。
長森「急だよね…」
浩平「あいつ…そんなこと自分から言いださないからなぁ…」
長森「いきなりさよならしなくちゃいけない、こっちの身にもなってほしいよねっ…」
浩平「くそ…イジメてやるぞ、今日一日…」
長森「うん…今日はたくさん遊んであげようよ」
教室へと入ると、さっそく、椎名が七瀬の髪を引っ張ったりして困らせていた。
椎名「みゅーっ」
七瀬「きたわね、保護者っ。なんとかしなさいっ」
浩平「好きにさせてやれ」
七瀬「わあぁっ」
椎名「みゅーっ♪」
七瀬「イタイ、イタイーッ!」
浩平「その痛みだって、最後と思えば可愛いもんだろ」
七瀬「え…? それってどういう…」
七瀬「ってギャーーーッ!」
椎名「みゅーっ、みゅーっ!」
七瀬「離しなさいっ、このぉっ!」
七瀬「はぁっ……ちょっと廊下いきましょっ」
ようやく椎名の手から逃れられた七瀬が、オレをどすどすと廊下まで押してゆく。
七瀬「最後って、どういうことよ」
浩平「そう言ったら、わかりそうなもんだがな」
七瀬「もしかして今日で学校くるの、最後なの、あの子?」
浩平「そういうことだ」
七瀬「そう…」
浩平「なんだ、寂しいか」
七瀬「ばぁか、あれだけ迷惑被ってるのに、寂しいわけないでしょ。逆にせい
せいするわよ」
浩平「そんな奴に限って、最後に抱きついてわんわん泣くのが、定石だけどな」
七瀬「それはドラマの世界だけよ。現実には嫌いな奴はどう転がっても嫌いな
奴なの。」
浩平「そんなもんかね」
浩平「まぁ、報告だけしておいた。後は泣いて引き留めるなりなんなりしてくれ」
七瀬「そうね。一日だけの我慢とわかったら、なんとかキレずに保ちそう」
浩平「おっと、髭のお出ましだ。戻るぞ」
七瀬「うん」
………。
……。
………。
いつもながら昼休みとなると、椎名のやつが、ぽーっと立ちつくしていた。
…最後だから優しくしてやる…
そうだな。これまで厳しくしてきた分、最後ぐらいは優しくしてやらないとな。
浩平「よーし、椎名、今日はオレがおまえの昼飯も買ってきてやるから、待ってろよ」
椎名「うんっ」
オレは椎名を教室に待たせて、ひとり食堂へと向かう。
最後の日くらいは、贅沢も許してやろう。
オレは椎名の大好物である、ハンバーガーを大量に買い込み、それを抱えて
教室に戻る。
浩平「椎名ーっ」
椎名「みゅーっ」
教室に入ったところで呼びかけると、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
浩平「みろ、ハンバーガーたくさん買ってきてやったぞ」
椎名「わぁ♪」
浩平「席いって、食おうな」
オレと椎名はいつものように七瀬の席を陣取り、そしてそこにハンバーガーを
山積みにする。
浩平「よし、食え」
椎名「♪」
すぐさま手にとり、ぱくつく椎名。
オレもそのひとつに手を伸ばす。
浩平「しかし七瀬はどこいった…?」
長森「繭ーっ」
そこへ、長森が現れる。
大きな袋を抱えて。
浩平「あっ…」
長森「あっ…」
浩平「おまえ、まさか…」
長森「あははっ…買ってきちゃったよぉ…」
どさどさと、さらに七瀬の机の上にハンバーガーが盛られる。
椎名「♪〜」
しかし、椎名だけは嬉しそうだった。
長森「うーん…考えることは一緒だったねぇ」
浩平「って、まさか、七瀬もっ…」
教室を見回すと、ちょうど開いたドアから七瀬がこっちを見て、そしてドアを
閉めて去ろうとしているところだった。
オレは席を立ち、後を追う。
浩平「おいおい、んなハンバーガーを大量に抱えてどこにいくつもりだ」
七瀬「返品してくるわっ…」
浩平「食い物ができるか。戻ってこい」
七瀬「………」
浩平「待てっ、崩れるっ、慎重にだ…」
どさどさ。
七瀬が買ってきた分で、さらにハンバーガーの山が高くなる。
あたかも、オレたち四人で、大食らい競争でも始めるのかと思わせる量だ。
浩平「よーい、どんっ!」
七瀬「………」
長森「………」
冗談にもならない。
もぐもぐ。
食べ続けているのは、椎名ひとりだけである。
でも、椎名だってすぐに…
ごくごく。
椎名「うー」
椎名「もー、おなかいっぱい…」
…やっぱり。
でも、今日は三つ食べている。よくやったほうだ。
七瀬「ねぇ、あたしたちってアホっ? マヌケ?」
浩平「そう、自分を卑下するもんじゃない」
長森「そうだよっ。これで繭が喜んでくれたんだったら、それで良かったんじゃないっ」
椎名「あそぼーっ」
浩平「ぐあ……」
七瀬「あたし、食べるわっ」
両手にハンバーガーを持って、ものすごい勢いで食べ始める七瀬。
がつがつがつっ!!
だが、5分ともたない。四つめで限界だ。
七瀬「げふっ……」
長森「そんなっ、無理しなくてもっ」
七瀬「いいのよ、一生でハンバーガー食べるのもこれが最後だって思えば、もう
少しはいけるわ…」
長森「そんなぁっ…」
椎名「うー…たいくつ…」
浩平「よし、椎名、遊ぶか」
椎名「うんっ」
長森「あ、わたしもいくよっ」
七瀬「げふっ……」
ひとりムキになってハンバーガーを食べ続ける七瀬を置いて、オレたちは教室
を後にした。
浩平「椎名、何して遊ぶ?」
椎名「けんぱ」
浩平「よーし、けんぱ、するか」
オレはその答えを予想して、教室から持参してきていたチョークで、廊下に
輪を描いてゆく。
長森「わーっ、そんなとこに描いたらっ」
浩平「大丈夫だって。ちゃんと消しておくから」
オレたちは、チャイムが鳴るまでけんぱをして遊んだ。
こんな遊びだって、椎名が言い出さなければ、することもなかっただろう。
例えば長森とふたりでいて、暇だとして、それでこの遊びをするに至るだろうか。
世の中の、この世代の男女がふたりでいて、いったいどんな確率でこの遊びを
するんだろう。
大抵は、互いの興味を深めるために、話し込んで終わりだろう。
それにも飽きたら、テレビゲームか、金があれば、カラオケ、ボーリング、ビリヤード…。
遊びというものは、誰かがそれを楽しいと感じて成立するものなんだ。
それを痛感する。
椎名「けーん、けーん、ぱっぱーっ」
椎名が汗をかいて、はぁはぁ言いながらも、嬉しそうに跳ねるから楽しい。
オレたちも見ていて楽しい。
一緒に跳んで、楽しい。
でも、それを一番楽しいと思う奴がいなくなったら、もうそれは行われない。
長森とオレのふたりだけじゃ、しない。
それを考えると、オレはどうにもやりきれなくなって、長森の番を抜かして、跳んでしまう。
長森「わぁ、わたしの番だったのにぃっ」
浩平「ばか、ノンキにしてるからだ」
それも長森も同じだったのだろうか。
オレたちは、廊下を歩いてゆく通行人たちからクスクスと失笑を買いながらも、
跳び続けた。
椎名がいなくなったとき、することがなくなるだろう、遊びを。