470 :
無題:
一昨日、千鶴姉が死んだ。
梓は窮屈な礼服に身を包んで家の入り口で参列者達の受付をやっていた。
「この度はなんと申して良いやら.............」
見たこともない人達が何人も千鶴姉の葬式に来た。
『いい加減受付にも慣れてきたかな? 』
初音は、足立さんの奥さんが一緒にいてくれているから大丈夫。
『あの子は見た目よりずっと強い子だから』
楓は無表情に参列者に挨拶をして回っている。
『元々無愛想なのが幸いしたみたいだ』
それでも梓は知っている。
楓が昨日の夜一晩中泣きあかした事を。
梓や初音に見られないよう一人で静かに。
何にしてもやる事があるってのは良いことだと思う。忙しいと泣いている暇もないから。
初音は料理をする足立夫人の手伝いをしていた。
「えっと..........お塩はこっちで...........」
『あれ? お塩ってこっちの棚じゃなかったかしら?』
『わあっ! そっちはお砂糖だよ! こっちこっち! 』
『あ...............もう遅いかも.............てへっ』
「千鶴お姉ちゃん.................ぐすっ...........う.....ううっ........」
初音はその場に崩れ落ちてしまった。
「初音ちゃん! 」
足立夫人が駆け寄るが初音の涙は止まらなかった。
471 :
無題:02/02/11 22:34 ID:TqAD8iAG
楓が現場にたどり着いたときには全ては終わっていた。
結局最後の最後は自分一人で決着を付ける。とても.............とても千鶴らしいと思った。
「一人で何もかも背負って................どんなに辛くても私達の前では笑って見せて.........家長、会長、二つの仮面を被って必死に私達を守って..............」
鬼の宿命、それに付随するいくつもの不条理を何もかも受け止めてたった一人で戦ってきた千鶴。
「私は.............ただ見ているだけだった..............見ているしかできなかった」
中学の頃、初めて鬼の血に覚醒した楓。
それと気が付いて、ものの十分もしない内に千鶴が目の前に現れた。
『楓! あなたまさか! 』
そう言って学校に飛び込んできた千鶴の姿を楓は今も覚えている。
「全身汗だく、自慢の長髪もぐちゃぐちゃで.............それに体育授業の真っ最中だったのね、運動着にブルマ、何故か手にはバットを持ってた。」
後で聞いた話だとソフトボールをやってて丁度バッターだったとか。
そんな格好のまま町中を走ってきたかと思うと不意におかしくなって.............
「鬼の不安もどっかいっちゃって、つい吹き出しちゃったんだっけ」
『もう! 笑い事じゃないのよ! 』
『だって.....ふふっ........千鶴姉さん..........山姥みたい』
『がーん! 』
『ご、ごめんなさい..........でも.........おかしくって』
口とお腹を押さえている楓を千鶴は黙って抱きしめてくれた。
『..........大丈夫、恐くないわよ...........私がついてるから...........』
「私、あれ聞いて泣いちゃったんだっけ」
あんなに暖かい抱擁は..............もう二度と..............
楓は自分の体を抱きしめた。
「うっ.............千鶴姉さん..............」