茜戦では支援できなかったので、ブロック決勝用に。
2回戦で投下した支援の続きですので、先にそちらを書かせて
下さい。既出でごめんなさい。
(3/3)、つづけて新規のやつ(4/4)です。
『こんにちわ、なの』
「……こんにちは、澪さん」
澪さんと偶然会ったのは、いつもの空き地へ向かう途中だった。
『どこへ行くの?』
「……いつものところです」
『今日は寒いの、ずっと立っていると風邪ひいちゃうかもなの』
「大丈夫です、慣れてますから」
澪さんは、いつものように無邪気に、“話かけて”くる。
『どうしていつもあそこに居るの?』
そして無邪気に―――無神経に、そう聞いてくる。
澪さんと知り合いになったのは、“あの人”がまだこの世界にいた頃だった。
最初はただ挨拶を交わすだけの間柄だったけれど、次第に親しくするように
なり。
そして“あの人”が消えてからも、その関係は続いている。
素直で、無垢で、純粋で。
私は、上月澪というこの少女が……
大嫌いだった。
空き地へ向かう私の後を、ずっとついてくる澪さん。
「ついてこないで」
そう言いたくなるのを我慢する。
無神経さに苛立つ。
この気持ちを直接ぶつけることができたら、どんなにか楽になることだろう。
……わかっている。
そんなのが、ただの八つ当たりだということくらい。
だけど苛立つ気持ちが消えるわけではない。
澪さんは、人の心に土足で踏み込んでくる。
何事にも前向きで、一生懸命が故に。
あの人もそうだった。あの人も、しつこいくらいに私に付きまとって、私の
心に入り込んできた。
澪さんは、あの人に似ているのだ。
姿形ではなく、その内面が。あまりにも、似ているのだ。
だからこそ、大嫌いだった。
澪さんと“話し”ていると、あの人を思い出すから。
今は居ない、帰ってくるかどうかわからないあの人を、思い出してしまうから。
あの人がもう居ないことを、思い知らされてしまうから。
「澪さん、あなたは……」
『なになに?』
言いかけて、躊躇う。
聞いてどうするというのだ。
だが、私の口は躊躇う私の意思に反して、言葉を紡いだ。
「この世界が好きですか?」
『え?』
「答えてください、あなたは、この世界が好きですか?」
唐突な問いだったのだろう、澪さんはしばらくきょとんとした顔をし。
そして、“言った”。
『大好き、なの』
ああ。
やっぱり、聞くのではなかった。聞くべきではなかった。
答えなど、わかりきっていた。
彼女ならきっとそう言うだろう。そして、あの人もきっと同じ事を言うに
違いないのだ。
だから私は……
この子が、大嫌いなのだ。
『とっても、大好きなの』
続けてそう書いた澪さん。
不意に、私は嚇っとした。
「どうしてですか! どうしてそんなこと笑顔で言えるんですか!」
頭の中が真っ白……ううん、真っ赤になって。
「あなたは喋れないでしょう!? 生きていくの、辛いでしょう!?」
自分が、いま何を口走っているのかも分からぬままに。
「なのに、どうして!」
私は、人として最低の言葉を澪さんにぶつけていた。
叫んだ後、少し冷静になって。
自分の言ったこと、口に出してしまったことがどれだけ酷いことかわかって。
自己嫌悪に押し潰されそうだった。
澪さんに申し訳なくて、自分が情けなくて。
このまま、消えてしまいたかった。
『茜さんは、この世界が嫌いなの?』
だから、澪さんがそうスケッチブックに書いて見せた言葉に、気付くのが遅
れた。
「え……?」
『答えて』
『茜さんは、この世界が嫌いなの?』
あんな醜い言葉をぶつけた私に。
どうしてあなたは笑顔でそんなことが聞けるの……?
「わ、私は……」
「嫌いです」「こんな世界、あの人のいないこんな世界、大嫌いです」
私は、すぐさまそう口に出すつもりで
――言えなかった。
あの人のいた、この世界。
あの人と心を、身体を重ね合わせたこの世界。
私がこの世界を嫌いになってしまったら、あの人はどこに帰ってくればいいの
だろうか。
何も言えなくなってしまった私に、澪さんは微笑みながらスケッチブックに
ペンを走らせた。
『生きていくのは、つらいの』
『この世界は、優しくはないから』
『でも、それでも』
『私はこの世界が大好きなの』
笑顔で、笑顔のままで。
澪さんは、泣いていた。
「あっ……」
とめどなく溢れる涙を拭わぬままに。
それでも笑顔で、澪さんはペンを走らせ続ける。
『だから茜さんも、嫌いにならないで』
『この世界を嫌いにならないで』
「あっ、ああっ……」
『この世界は、優しくないけど』
『きっと、悪いことばかりじゃないの』
「ああっ、あうぅ……」
『ね?』
「う、あ……うっ…うあああぁぁぁ!」
気付けば。
私は澪さんを抱きしめ、泣き叫んでいた。
この世界は、優しくはない。
あの人自身を、皆の記憶に残ったあの人を、そして澪さんの声を。
この世界は、全て奪い去っていった。
私はこの世界を好きにはなれない。
あの人のいないこの世界。
私はこの世界を嫌いにはなれない。
あの人のいたこの世界。そして、いつか帰ってくるであろうこの世界。
私と同じように、ううん、きっともっと辛い十字架を背負っているであろう
澪さん。それでもこの世界を好きだと胸を張って言える澪さん。
強い人だ。こんなところまで、あの人にそっくり。
「澪さん」
『はいなの』
「私と、友達になってくれますか?」
澪さんはしばらくきょとんしていたが、やがてにっこり笑ってスケッチブック
にこう書いた。
『ずっと前から友達なの』
「はい、友達ですよね」
『茜さん、変なこと言うの』
「そうですね、変です、私」
お互いに涙でぐちゃぐちゃになった顔で、笑いあう。
私はきっといつか、この世界を好きになれると思う。
優しくはない、この世界を。