【Under the Mask of Darkness】
希望を持ってはいけない。
――それは最後の瞬間に判断を曇らせることになる。
私は心を凍らせていなければいけない。
――どれほど辛くても、他の誰かに頼ることはできないのだから。
私が会長室で慣れない職務をこなしている間に、窓から見える景色はいつの間にか深緑の色を濃くしていた。
近辺の山が覆い尽くすような青に染まると、この鶴来屋旅館にも本格的な夏が訪れる。
亡くなった叔父様も、こうしてこの部屋から季節の移ろいを見ていたのだろう。
あの人は、こんなささいな風情が大好きだった。
どんなに忙しい生活のなかでも、楽しむことを忘れない人だった。
早くに父を亡くした私たち姉妹は、そんな叔父様にずいぶんと元気づけられたものだ。
でも、もうあの人はいない。
私はブラインドを勢いよく引き下ろして、会長室をのっぺりした四角い箱に変えてしまった。
いまの私にとって、季節の変化は単に摩耗していく年月の表象でしかない。
ふと気が付くと、時計の針は大きく回っていた。
いまだにお飾りの会長職である私は、忙しいとも言えるし、そうでないとも言える。
対外的な予定がない今日のような場合は、このまま定時に帰っても何も支障はないだろう。
客観的に見て、会長の私はその程度の存在なのだ。
それなのに、私の手はぐずぐずと書類の整理を続けている。
十分か二十分だけ帰宅を先延ばしにして、心の整理をしようとしている。
家に帰るのが怖い。
あの面影に会うのが怖かった。
<続く 1/3>