葉鍵板最萌トーナメント2回戦Round104!!

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737柏木千鶴SS「試合前夜」
 帰り道――。千鶴さんは、もう一度だけ振り返って水門の方を仰ぎ見た。
 玲瓏な月明かりのなかで、冷たく澄んだ冬の風が木々の梢を鳴らしている。
「私は、この水門を決して忘れません」
 冷たい光を受けて、整った横顔が浮かび上がっていた。
 改めて、千鶴さんは綺麗だと思う。
 でも、その横顔はちょっとだけ泣きそうに見えた。
「…忘れません。ここで耕一さんに助けられたことも、自分が取り返しのつかない馬鹿なことをしようとしたことも」
 あのときの千鶴さんは一人だった。
 一人きりで、理不尽な運命に押しつぶされそうになっていた。
 でも、いまは俺が支えてやれる。
「千鶴さんは悪くないよ…」
 俺は頼りなげにたたずんでいる千鶴さんを、そっと抱き寄せた。
 あのとき、いまと同じ数歩の距離を、俺たちは埋めることができなかった。
「私は…幸せです。もうあんな思いをしなくて済むことが分かったから…」
 四姉妹の頼れる長姉で、颯爽とした鶴来屋の美人会長で、由緒ある柏木家の当主様――。
 そんな“立場”を脱ぎ捨てた千鶴さんは、誰よりも傷つきやすい甘えたがりだ。
「あの場所で、私を抱きしめてくれた腕が夢ではないことを知っているから…」
 俺は抱きしめた。千鶴さんが寂しくないように、しっかりと。

「そろそろ戻ろうか。今度こそ梓がかんしゃく起こしそうだし」
「ふふ、そうですね」
 冷たく澄んだ月明かりの下を、固く凍った地面を踏みながら屋敷へと帰る。
 玄関の戸を開けると、『きっとお姉ちゃん達だよ』『やれやれやっと帰ったか』なんて声が聞こえた。
 続いて、ぱたぱたとこっちに駆けてくるスリッパの音がする。
 俺と千鶴さんは顔を見合わせて笑いあった。
 もう辛いことなんて何もない。
 明日の試合は、たぶん楽しくやれるだろう。勝ち負けなんか問題じゃない。
「がんばろうね。千鶴さん」
「はい、耕一さん」
<FIN 3/3>