葉鍵板最萌トーナメント2回戦Round104!!

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734柏木千鶴SS「試合前夜」
「と、とにかく…あんまりモタモタするなよな。耕一もだぞ!」
 マンガの悪役みたいな捨てぜりふと共に、梓はきびすを返して逃げ出した。
 おー、さすが運動部員。速い速い。
 見る見る小さくなる背中に感心していると、隣の凍てつく波動はいつの間にか消えていた。
「梓もずいぶん成長したんですよ」
 妹の後ろ姿を見送りながら、千鶴さんは何ごともなかったかのように穏やかに微笑んでいる。
 まあ、さっき梓を退散させたときも笑顔といえば笑顔だったんだけど…。
「あの子も、柏木の血をゆっくり自分のものにしつつあります。いまのように、同族の気配を察するのもそうです」
「千鶴さん、ちょっとだけ…本気で怒ってなかった?」
「………てへっ」
 その間が怖いんだって…。俺も気を付けよう。

 和んだ雰囲気のなかで、千鶴さんは何でもない口調で話を継ぐ。
「梓だけではありません。楓も、初音も…。みんな自分の血と向き合えるでしょう」
 月影を背にして、細身のシルエットがこちらに向き直った。
 顔は…逆光になっている。
「笑って…。今度こそ笑って向き合えると思うんです。耕一さんが…居てくれるなら」
 抑えた声の端々から、万感の思いがあふれていた。
 きっと、いろんなことを思い出してるんだろう。
「だから、約束してくれますか? 今度は…」
「ああ、約束するよ」
 俺も千鶴さんも、“何を”約束するとは言わなかった。
 一度でもじゅうぶんなのに、この姉妹は二度同じ体験をした。
 だから、もう絶対に繰り返さない。それだけだ。
 俺は自分の意志でそうすることができるんだから。
「…もう、戻りましょうか。あまり耕一さんを独り占めしてると、妹たちに悪いですし」
 冗談めかしていたずらっぽく笑う千鶴さんに、俺は黙ってうなずいた。
<続く 2/3>