La La 星が今運命を描くYO♪ 緒方理奈 3rd Stage

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691Gentle Weeps (1/4)
「ファイナルアンサーが、出たようです……」
今まさに最終結果を発表しようとしているリング穴Joeの声は、心なしか震えていた。

しばしの間をおいて、
「ただいまの試合の結果は、679対446で……、」
不気味な静寂に支配されたトーナメント会場内に、彼女のアナウンスが――
「勝者、緒方理奈!!!」
凛と響き渡った。

その瞬間、

轟!
観客たちの声が会場全体を揺るがせた。 歓喜。 驚愕。 あるいは熱狂。
一人一人の声にこめられたあらゆる感情は会場の熱気の中で混ざり合い、
ひとつの混沌となった。

緒方理奈は、目を大きく見開いたまま呆然と立ちつくし、
水瀬秋子は、そっと目を閉じて静かにたたずんでいた。

やがて、怒号に混じって会場のあちこちからわき上がってきた拍手の音が大きくなり、
混沌はいつしか、両者への惜しみない賞賛へと変わっていった。 数え切れないほどの
投票者が、支援者が、観客が、敵味方の区別なく、持てる想いの全てをこめて二人の
ヒロインを讃えた。

だがその歓声と拍手は、何の前触れもなく、
――どさっ
突然止まった。

音を立てたのは、今まで自らの体を支えていた力を失って地面にまっすぐ落ちた
緒方理奈の両膝だった。
692Gentle Weeps (2/4):02/03/01 03:46 ID:nir4Davh
崩れ落ちた理奈の姿は、揺るぎようのない自信を持って臨んだ戦いにまさかの
敗北を喫した競技者のそれに酷似していた。
だが理奈を跪かせたものは、敗北による絶望感でもなければ勝利による満足感でも
激戦を終えた後の疲労による脱力感でもなかった。
彼女は、会場内に渦巻いた賞賛の響きを認識したまさにそのとき、『それ』の
想像を絶する多さ、大きさ、そして重さを知覚し、為す術もなくくずおれたのだ。

「リング穴さん」
耳鳴りのように響く会場内のどよめきに今まで身を泳がせていた理奈は、秋子の
まっすぐで淀みのない声を耳にして、ぴくんと身をふるわせた。
「ちょっとお願いしたいことがあるんですけど…」
秋子はリング穴に近くに寄るように促し、彼女にそっと耳打ちした。
「大至急、お願いしますね」
「は、はい…!」
秋子の天使の微笑みと共になされた懇願は、その理由の説明を必要とされることなく
直ちに受理された。
「すみません、……さんからの……、……秒後に…、…………」
理奈はリング穴が通信用のヘッドマイクに何かを囁く姿を視界に認めたが、それは
彼女の前にそっと近づいてきた秋子によってたちまち意識の外に追いやられた。

「緒方さん」
未だ心の居場所を定められない理奈の目線に合わせるように両膝をついた秋子は、
自分の家族を愛しむときとまったく同じ気持ちをこめて彼女に呼びかけた。
その一声は、理奈の心に渦巻いていた動揺をたちまち消し去った。
「…あ」と目を丸くする理奈。
秋子は理奈の心の変化を読みとって笑み、こう続けた。

「それが、あなたの持っているものですよ」

再び理奈の身体が震えた。
693Gentle Weeps (3/4):02/03/01 03:47 ID:nir4Davh
秋子が理奈に伝えた短い言葉は、彼女がゆっくりと浮かべた『愛』そのものを
体現しているかのような表情とひとつになって理奈の心を打ち、全てを氷解させた。

「あ…、秋子、さん……」
彼女が持っているもの。
それは、『想い』の集まり。

「よく、ここまで辿り着きましたね」
彼女を、彼女の世界を愛し、それゆえに圧倒的な物量と種類の支援を投下してきた
数多くの人間たちの熱い想いの集まり。 さまざまな『愛』の集合体。

「わたし…、わたし……」
全てを知った、いや、『再確認』した理奈は、その事実を前にして自らの感情が一気に
体中を駆けめぐるのを感じた。 そんな彼女をわが娘のように見守る秋子。
対照的な心境の二人は、膝をついた同じ姿勢で、お互いを見つめ合っていた。

やがて、秋子の両腕が軽く開かれる。 それは、来るものの全てを優しく受け止めて
静めるための体勢。 すなわち、『来るもの』を『受容する』ということ。
それを悟った理奈をそれでもなお縛っていた最後の理性は、次の一言を聞いて――、

「おいで」

全てを解き放った。
694Gentle Weeps (4/4):02/03/01 03:49 ID:nir4Davh
――――!!!!!

理奈が秋子に文字通り体当たりしたと同時に発したはずの号泣は、突如会場内に
大音響で鳴り響いた音楽によって完全にかき消された。

「そっか…、そういうことだったのか……」
多くの人の心臓をはね上げるような音の中、そう小さくつぶやいたのはリング穴。

『今から30秒後に、緒方さんの歌“SOUND OF DESTINY”を、音が割れない程度の
大音量で会場内に流していただけませんか?』

彼女は秋子からの依頼内容が意味するところを理解し、目を潤ませた。彼女が
マイクの電源を切り、腕で涙を拭いつつすすり泣きを始めるまでに、さほど時間は
かからなかった。

試合舞台の真ん中で人目をはばからずに泣いている少女の持ち歌は、会場内の
すべてのスピーカーから放たれ、人々の心に溶け込んだ。 彼女たちを観客席から
見守る者たちも、その光景の示すものをおぼろげながらも感じ取り、ある者は彼女
たちに感謝の言葉を贈り、ある者はただただ涙し、嗚咽した。

やがて、勢いよく駆けまわる音の合間を縫って、再び拍手が柔らかく響きわたって
いった。 その拍手とそれらに込められた想いは、互いの体温を感じながら抱擁を
交わしている理奈と秋子のみならず、全ての人々に優しい涙を促し、彼らの心を
温かく満たしていった。