882 :
琉一:
だめ……もう帰れない。ひとりぼっちだったあの頃には、もう帰れない。
こんな寂しい場所で、一人で練習して、一人で強くなっていくなんて、もうできない。 暖かい場所を知ってしまった今は、もう、戻れない。
それは弱さなの? わたしは弱くなってしまったの? だからもう、一人で強くなっていけないの?
自分への疑問が脳に渦巻く。
それでもよかった。
たとえそれが弱さでも、あの温もりをもう一度失うことに比べたら……。
「先輩っ……先輩っ……先輩……っ!!」
叫んでも、泣いても、返ってくる言葉はない。
「私は、もう先輩と一緒じゃなきゃ、強くなれない…………」
はっきりと分かってしまった。
自分が浩之のことをどう思っているか。なにを求めているか。
答えを聞かないといけない。
想いを伝えないといけない。
そうでないと、これから先、自分は強くなっていけない。
そして……残酷な答えが返ってきたら、自分はどうすればいいんだろう。
『大丈夫、葵ちゃんは強いっ!』
そう言ってくれたときの、あの人の顔が浮かんだ。
自分の中のなにかを、決定的に変えてくれた言葉。
その力は、あの時の言葉のなかに、本当に自分を信じてくれる、強い想いを感じたからこそ生まれた。
自分を真っ直ぐ見つめてくれる、瞳の奥にのぞいた……。
「先輩……信じて、いいの……?」
そう、恐る恐る訪ねながらも、サンドバックの上の拳は、きゅ、と握られた。