559 :
琉一:
初音支援SS『よくあるシチュエーション:耕一家の食卓』
その日は珍しく、俺のアパートへ初音ちゃんが遊びに来ていた。
「帰ったら、お姉ちゃん達がちょっと恐いなー」
なんて言っていたが、初音ちゃんなら大丈夫だろう。
梓が来る、なんて事になっていたら、きっと千鶴さんが放っておかないに違いない。
そしていつの間にか準備をすませた楓ちゃんが続き、
仕方ないなぁと保護者の初音ちゃんもついてくる光景が目に浮かぶ。
その後は、お定まりの大混戦が続き、俺のアパートは倒壊に追い込まれるだろうことは、想像に難くない。
そして――初音ちゃんはエプロンをつけて、台所で小気味よい包丁の音を響かせている。
だんだんと漂ってくる料理の匂いが、嫌がおうにも食欲をそそる。
「もうちょっと待っててね」
見透かしたように、初音ちゃんが振り向いた。
「うん。おとなしく待ってるからさ、慌てなくていいよ」
「うんっ」
初音ちゃんは再び料理に取りかかった。
不思議なことに、いつもの服にエプロンをつけただけで、かわいさが増しているような気がする。
自分の家で、初音ちゃんが手料理を作ってくれるという、ちょっと違ったシチュエーションも、
初音ちゃんの魅力を引き立てているのかもしれない。
包丁の音と共に、ぴょこぴょこ動く触覚が微笑ましい。
560 :
琉一:02/01/18 14:53 ID:5xMLvdbd
「なんだかさぁ」
「ん、なに?」
「新婚さんみたいでいいよね」
だたん! と、勢いよく包丁がまな板に叩きつけられる。
「お、お兄ちゃんっ! 変なこと言わないでっ」
振り向いた初音ちゃんの顔は真っ赤になっていた。
「ごめん、ごめん。ちょっと思っただけだったんだけど……」
「もう……あいた」
「どうしたの?」
初音ちゃんの指に、小さな血の球が浮いていた。
「あ……ごめん。俺が変なこと言ったから」
「ううん、大丈夫。ちょっと切れただけだし、すぐ止まるよ」
「とりあえず、消毒な」
「え?」
俺は初音ちゃんの手を取ると、小さな傷口に唇を当てた。
「お、お兄ちゃ……」
慌てて離れようとする初音ちゃんの手を強く掴んで、傷口を吸い、舌でなぞる。
「んっ……」
ピクリと震える初音ちゃんの反応を可愛く思いながら、俺は唇を離した。
初音ちゃんは首まで真っ赤にしたまま、固まっている。
俺は差し出されたままの指に、手早くバンドエイドを巻き付けた。
561 :
琉一:02/01/18 14:53 ID:5xMLvdbd
「はい」
「え……? な、なに、お兄ちゃん?」
「終わったよ」
「あ……う、うん」
と、まだぎこちない初音ちゃんの後ろで、鍋がかたかた鳴り出した。
「あっ! やだ、吹きこぼれちゃうっ!」
それを合図に呪縛の解けた初音ちゃんは、また忙しく働き始める。
さっきのことを思い出さないようにと、仕事に没頭する様が、非常に微笑ましい。
「じゃ、がんばってね」
「う、うん……」
これ以上近くにいると、またプレッシャーでミスするかもしれないし。
俺は居間に戻り、テレビを見ている振りをしながら、こっそり台所を盗み見る。
時々、作業の合間に、初音ちゃんがバンドエイドをじっと見つめていた。
「はい、お待たせしましたー」
「待ってました!」
俺は拍手で料理の到着を迎える。
「もう、大げさだよ」
「いや、腹が減っているのに、いい匂いだけかがされてさ。どれだけこっそりつまみ食いしてやろうと思ったことか」
「もう……だいたい、お兄ちゃんが変な……」
「変な……なに?」
「……なんでもない」
再び耳まで赤くした初音ちゃんが、顔をそらした。
初々しい反応をおかずの一つに加えて、俺は昼食にありついた。
「いただきます」