284 :
琉一:
リネット支援SS『幾千の未来を越えて』
そして私は、一人きりになった。
狭い洞窟に逃げ込み、荒く乱れた呼吸を、必死に整える。
一番奥のくぼみに入り込んでも、入り口からは、
夜を切り裂く炎が見える。鬼を狩る怒号が聞こえる。
私はただ、震えながら、暴虐の嵐が治まるのを待つしかなかった。
それが終わるのは、私の命が尽きたときだと知ってはいても。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
私はただ、姉さん達の思いを叶えたいだけだった。
エディフェル、リズエル、アズエル。
3人の姉が追いかけた、共存という名の理想。
だけどその思いは踏みにじられた。
3人の死という、一番起こって欲しくなかった現実をもって。
「我々優れた種族であるエルクゥが、なぜひ弱な獲物である人間と共存などせねばならない?」
それが一族の大多数を占めた主張だった。
それなら……それなら、人が、私たちと互角に戦える強さを持ったなら?
私はそう考えた。そして、与えてしまった。
ヨークの中に収められたエルクゥの武器。
これらがあれば、力は劣っても、数で勝る人間達は、戦えるだろう。
そうすれば、一族も共存を考えるだろう。そう、安易に考えた。
そして……それが新たな悲劇の幕を開けた。
285 :
琉一:02/01/18 05:33 ID:AFCMlsHi
姉さんの思い人であった次郎衛門なら、分かってくれると思っていた。
私たちは共に歩めると……そう言ったエディフェルの言葉が、伝わると思っていた。
だけど、私たちは人をたくさん殺しすぎていた。
ようやく持った共存のための話し合いの場で、私たちはだまし討ちにあった。
大量に伏せられた兵達が、私たちの武器を持って襲いかかってくる。
次々に傷つき、倒れてゆく同胞達。なのに私は、なにもできない。
信じたくない現実から目を逸らし、逃げて、震えているだけだ。
私は笑って死んでいったエディフェルの、
苦悩の内に死んでいったリズエルとアズエルの死に顔を思いだし、
自分もああなるのだと、恐怖に凍り付き、涙を流した。
次々に消えてゆく同胞達の命が、悲しみと恨みが、胸に痛いほど響いた。
ガサリ。
入り口の方から、音がした。
誰かが入ってくる。足音が近づく。体が強ばる。息が詰まる。恐怖に震える。
いやだ。殺される。殺される殺される。いやだ。殺され…姉さんみたいに。殺され、引き裂かれ、焼かれて、壊される……いやだイヤだ嫌だイヤだ………姉さん、どうして、姉さんは人を信じようなんて思えたの!?
血に濡れた刀が、月の光を弾いた。
「ひっ」
でも……その刀には、見覚えがあった。
姉さんの刀だ……。
なら、この人は……そう、知っている。
先ほど会ったばかりの、この人は……。
真っ先に私の父に斬りかかったこの人は……。
286 :
琉一:02/01/18 05:33 ID:AFCMlsHi
「次郎衛門……」
次郎衛門は少し戸惑いながらも、得心がいったというように、呟いた。
「確か、お前は……エディフェルの妹の……」
「リネット、です……」
「そうだ……エディフェルの面影がある」
「私も……殺すの?」
「……」
次郎衛門は、刀を手放す。がらんと音を立てて、血塗れた刀が地面に転がった。
「ふ……なぜだろうな。エディフェルの仇と、多くの人を殺めた復讐だと、そう思って刀を振るった。
非道を尽くした奴らを裏切ることに、良心の呵責など感じることはないと思っていた。
なのに……なぜ、俺はこんなにも空しい? なぜ、俺はこんなにも……悲しいんだ?」
次郎衛門は力無く膝をつく。
私たち一族の返り血で汚れている次郎衛門の体。
どうしてだろう? 私はこの人が小さく震えている姿を、どうしても憎めなかった。
この人は、多分、父様を殺したのに……。
そう思い、憎もうとしたはずなのに、私は、この人を抱きしめていた。
私の腕の中で嗚咽するこの人の背中を撫で、共に泣いた。
流した涙のわけは違ったかもしれない。
だけど、確かにその時、私たちは悲しみを共有していた。
287 :
琉一:02/01/18 05:34 ID:AFCMlsHi
それからずっと、私は次郎衛門と共にいた。
エルクゥであることを隠し、彼の妻として、一緒に生きていた。
私たちはいつの間にか、笑いあえるようにさえなっていた。
そして、いつしか私は、この人を愛していた。
過去の痛みを忘れさえすれば、それは幸せな日々だったと思う。
だけど、それでも彼は夢の中で、時折エディフェルの名を呼ぶ。
回避できなかった悲劇。救えなかった思い人。
姉さんは笑って死んでいったのに、その笑顔さえ、彼の心を苛む。
私では癒せない。ずっと、ずっと。たとえ、命尽きるまで側にいても。
ただ、共に泣くことしかできない。
あの時と同じように、すれ違った悲しみを抱いたまま。
もしも……もしも、エディフェルよりも早く、あなたに出会えていたなら、
あなたは私を選んでくれたのだろうか?
いつの日か命尽き、輪廻を越え、巡り会うことができたなら……私を選んでくれるだろうか?
いつの日か……ずっと、未来の話だとしても……。
288 :
琉一:02/01/18 05:34 ID:AFCMlsHi
そして、時は流れ……。
「あれ、初音ちゃん、寝ちゃっているよ」
「あら、こんなところで寝ていちゃ、風邪をひいちゃうわ。起きなさい、初音」
「ああ、いいよ、千鶴さん。起こしちゃかわいそうだ。俺が部屋まで運ぶから」
「それじゃ、お願いしますね」
俺はそっと初音ちゃんの体を抱きかかえた。
初音ちゃんは無意識に、ぎゅっと俺のシャツを掴み、すがりつく。
「どんな夢、見ているのかな……?」
「耕一お兄ちゃん……」
初音ちゃんが、タイミング良く呟く。
かわいいいとこへの愛おしさが溢れて、抱きしめてあげたくなるが、さすがに自重した。
初音ちゃんは俺の腕の中で、安らかな寝息を立てている。
「ん……?」
初音ちゃんの頬に、涙が一粒光り、すっと零れた。
「初音ちゃん……?」
だけど、初音ちゃんの寝顔は、不思議なほど穏やかで、微かに微笑んでさえいた。
そう、いつかきっと……。
星々が滅ぶほどの未来だとしても、出会う世界が違っても、幾千の生を生まれ変わろうとも、
私はいつかあなたと再び巡り合い、思いを遂げたい……。