いけない…。
いつもなら、じゃれつかれて困った顔をするのは由綺の方なのに。
今日は私の方が雰囲気に呑まれてしまいそうだった。
たしかに、今日の由綺はおかしい。
でも、よく考えてみると、本当におかしいのは私の方ではないのか。
なんで、この手を振りほどいて由綺のジョークを笑い飛ばさないんだろう。
なんで、首にまわされた腕がこんなに心地良いんだろう。
なんで。
「ん………」
今度は触れあうだけでは済まなかった。
馬鹿みたいに棒立ちでいた私の唇は、湿った温かさでしっかりとふさがれていた。
由綺の匂いがする。柔らかい髪の感触がある。
秒針の音がうるさいぐらい響く部屋には、私と由綺の二人しかいない。
つう、と。二つの唇が糸を引いて離れた。
自分の顔が、もうどうしようもないくらいに紅潮しているのが分かる。
「理奈ちゃんだって寂しいんだよね」
「………」
「私は冬弥君を信じてるし、理奈ちゃんだって緒方さんを信じたい。でも、寂しいんだよね…」
由綺の手が、私の髪をかき分けて首にまわされた。
お互いの顔がひと目で判るくらいに紅潮して、わずかに息も乱れている。
「それで…私、思ったの。だったら、こうすればいいんだって」
私の目を見ながら、今度はゆっくりと、由綺が顔を近づけてくる。
さっきから常識の警報装置は鳴りっぱなしだった。
顔をそむければそれで終わる。手を振りほどけば解放される。
でも…、今度もだめだった。
<続く5/8>
――唇が重なってから何秒ぐらい経っただろう。
背中にまわされた右手が、背骨のラインに沿ってすべり降りてきた。
あわてて身をよじろうとすると、巧妙に絡められた左手で動きが封じられている。
由綺の右手は何度か背中を上下したあと、するりとステージ衣装の下に潜り込んだ。
「んんっ…!」
唇を合わせたままで、由綺の手が素肌の上を這い回る。
ときどきブラのバンドをくぐって、なめらかに指先が出入りしていた。
「ん…」
頭の芯がしびれるように重くなっていく。
やがて、パチンという音でブラのホックが外れたのが判った。
そうして、由綺はようやく私の唇を解放する。
「ふふ、理奈ちゃん…可愛い」
私は冷たいリノリウムの床にへたり込んでしまった。足に力が入らない。
「ねえ、由綺…もう……やめて」
「大丈夫。私に任せて…ね?」
抵抗する気力が徐々に霧散していくのが判る。
それと引き替えるように、脳髄がしびれるような感覚はどんどん強くなっていた。
立て膝をついた由綺が、床に座り込んだ私から服を取り去っていく。
ステージ衣装は、普通の服とはボタンの位置も構造もまるで違う。
慣れない人は、着方も脱ぎ方も見当が付かないかも知れない。他人の服ならなおさらだ。
でも、さすがに由綺は手際がよかった。
続けざまにボタンが弾けて、マジックテープが引き剥がされる。
「お願い…。これ以上は…だめ」
私の懇願に対して、由綺は柔らかく微笑んだだけだった。
頬に軽く口づけされた後、とうとうストッキングの下に指先がすべり込んでくる。
<続く6/8>
おへそから下に向かって、細い指がゆっくりと下りてきた。
「ちゃんと手入れしてあるね。私たちは、特に気を付けなきゃいけないもんね」
耳たぶを甘噛みしながら、由綺がささやく。
何度か焦らすようにショーツのなかを迂回してから、由綺はその場所に指を掛けた。
「はぁう…」
霞のかかった意識の底から、思わず声が漏れた。
信じられないくらい熱く湿った粘膜が、由綺の指をあさましく濡らしているのが分かる。
「ほら…。理奈ちゃんのカラダが、気持ちいいって言ってるよ」
しばらく動かしてから、由綺は濡れた指を私の目の前にかざしてみせた。
思わず目をそらした私の前で、その指を一本ずつ口に含んでいく。
「んふ…理奈ちゃんの味がする」
流し目でつぶやく仕草は、ぞくっとするほど蠱惑的だった。
「今度は、私も気持ちよくして欲しいな…」
由綺は視線をこちらに向けたままスカートを脱ぎ捨て、両足からストッキングを抜き取ってしまった。
そのまま私の手をつかんで、自分のショーツのなかへと誘う。
私はもう、なすがままだった。
「ね…熱いでしょ? 理奈ちゃんのこと見てたら、私もこんなになっちゃった…」
甘く、あくまでも甘く…。
鼻にかかった由綺の声が、私を完璧にコントロールしていた。
よく手入れされた下腹部を通って、まるでリモコンで操作されたみたいに手を差し入れていく。
くちゅり…。
その部分は指の腹に吸い付くように濡れていて、火傷しそうなほどに熱かった。
「あっ……いいよ……理奈ちゃん」
耳にかかる由綺の吐息が熱い。
季節を忘れた粉雪みたいに、私の理性はもう跡形もなく溶け去っていた。
<続く7/8>