「ふぅ…」
A.M.3:00
晩秋の月の光に照らされた静かな部屋に溜息が響く。
リビングのソファーに勢い良く身を預ける。
「今日も疲れたわね。」
誰に向けるということでもなく呟く。
まるで今日の仕事をかみしめるように。
由綺はまだ兄さんと頑張っているんだ…
そう思うと、何かよく分からない感情がわき起こる。
焦りなのか、嫉妬なのか、あるいは別の感情なのか…
「馬鹿馬鹿しい。そんなことを考えても仕方ないじゃない。」
口に出して否定しても無意味だった。
螺旋する思考は私の意志から解き放たれたかのように、あいかわらず
首をもたげたまま。とても嫌だった。
由綺はまだ兄さんと頑張っているんだ…
最近は一人でいることが多くなった。
周りには大勢の人がいる。兄さんだっている。いつも一緒に。
だけどそれはあくまで仕事。緒方理奈と仕事をしているだけ。
だから私はいつも一人。
一人きりでスタジオを離れ、一人きりの部屋に戻り、一人きりで寝る。
そう、まるで存在しないかのようにひっそりと、私はいる。
私は本当にこれで幸せなの?
これが私の望んでいたものなの?
人から賞賛され、スポットライトを浴びる毎日。それは限られた人間
だけが享受できる特権。多くの人が望み、果たせない極上の特権。
それはわかっている。
だけど、そのどこに私はいるの?
わかっている。全部最初からわかっていた。
だからこそ、私はするべきことをする。
それは、誰でもない自分が選んだ道だから。
でも…、でも、少しくらい安らぎが欲しい。
それは我が儘なことなのかしら?。
贅沢な望みなのかしら?。
兄さんは由綺に夢中。
あの娘の才能が兄さんを虜にしている。
だから、それは仕方がないこと。
だけど、私が安らげる場所は消えてしまった。
兄さんの中にいた私は彼女に追い出されてしまったから。
他愛もない話を気兼ねなく話せる、下らない愚痴さえも言える、些細な
ことでも共に分かち合える…。
−でも、彼は?−
いけない!一体何を考えているのよ!
私に話しかけてきた人がいた。
煌びやかな衣装など、まるで目に入らないかのように、私に話しかけて
くれる人が。そんなことは長い間なかったかのように、その時は思えた。
だから、ただただ嬉しかった。
だけど、だけど……
「寝ちゃってたのね…」
着替えようとして、自分が泣いていたことに気が付いた。
理由はすぐに分かった。
それは、彼が、冬弥君が手の届かないところにいるから…。
何故なら、他の人のものだから…。