654 :
オガタリーナ入場:
ステージの幕が上がるまで、あと数分ほどに迫っていた。
上がっていく会場のボルテージが、舞台の裏にまで伝わってくる。
それがどんなイベントであっても、理奈は会場が弾ける寸前のこの空気が好きだった。
今日のイベントは『試合』形式――。
当事者が望むにしても望まないにしても、試合は無情に結果を出すだろう。
それは仕方ない。好きか嫌いかは別として、理奈はそういう世界には慣れている。
だが、今はこの場に立てることがただ嬉しかった。
重要なのは緒方理奈として舞台に立ち、最後まで緒方理奈で居続けることだ。
舞台を降りるその瞬間、胸を張っていられるかどうか。
「私、ずっと応援してるからね」
激励に駆けつけてきた由綺が、緊張の表情で理奈の手を取っていた。
まるで、自分が試合に出るような緊張ぶりがおかしい。
今日は由綺だけでなく、付き添いの弥生、プロデューサーの英二、そして冬弥も来ている。
ふと思いついて、理奈はいたずらっぽい笑みを由綺に向けた。
「せっかく今をときめく森川由綺が来てくれたんだから、入場だけ一緒にやらない?」
「…え?」
由綺は助けを求めるように、だらしなく壁に寄りかかっているプロデューサーの方を見る。
英二の方は、“まあ、いいんじゃない?”とばかりに肩をすくめて見せた。
「決まりね。急ぎましょ、由綺」
「え? え?」
「冬弥君! 由綺、借りていくわね」
苦笑してうなずく冬弥。
幕が開くまで、もうあまり時間がない。
由綺の手を引っぱって、理奈は入場口の段を駆け上がった。
そして――。
<緒方理奈 入場>