七瀬は、闇の中を歩いていた。
「えいえん」の呪縛を破る事は、実はそれ程難しい事ではない。
何故なら「えいえん」は、それを望む者、あるいは適格者の元へしか現れないからだ。
もっとはっきり言えば、素質の無い人間には、「えいえん」はただの夢でしかない。
だがもし、素質と、それを望む意思があれば、話は変わってくる。
例えば、舞。
「えいえん」は舞を核として展開され、みさおはその端っこを使い、七瀬達を包み込んだ。
だが所詮、舞の為に用意された「えいえん」は、余所者でしかない七瀬達を束縛し得ない。
だからこそ、七瀬は簡単に「えいえん」の呪縛から抜け出せたのだ。
他の人間も、外部からの刺激で簡単に目覚めるはずだ。
だが、舞はそうはいかない。
舞本人が「えいえん」を否定し、現実への帰還を望まない限り、「えいえん」は文字通り、永遠に舞をその中に取り込んだままだ。
あいつと同じく、舞に「えいえん」の素質があった事は驚くべき事だが、今は他の事を先に片付けなければいけない。
「………さて、他の奴らはどこに行ったのかしらね」
七瀬はきょろきょろと辺りを見回す。
今七瀬がいるのは、言わば「えいえん」と現実世界の狭間のような所なのだ。
その時、遥か彼方に、きらきらと光るものが見えた。そして、微かに聞こえる戦いの音も。
「あっちね」
七瀬は何も無い地面を蹴ると、猛スピードで走り出した。
不本意ながら、ルミラは苦戦を強いられていた。
みさおが精神だけの存在である事はわかっていたが、それに対処する方法が見当たらないのだ。
本体でも近くにあれば、すぐさまそれを破壊すれば済むのだが、「えいえん」の中ではそれも無理な話だ。
切り札のひとつ、虎の子のソウルイーターも、通じなければただの宝石である。
「月の雫を束ね、我が敵を射抜け……月霊弓!」
ルミラの手に重なるように、巨大な弓のビジョンが現れ、そこから光の矢が放たれる。
だが、霊体を破壊する光の矢も、すべてみさおの身体をすり抜け、傷1つ与える事はできない。
「くっ……やっぱ、この程度の術じゃ効かないか……」
ルミラは舌打ちし、再び間隔を置いて、みさおと対峙する。
一方のみさおは、ひとりにこにことしているだけで、何か攻撃を仕掛けてくる様子も無い。
「ったく、やりにくいったらありゃしないわ……んっ?」
不意に、この場に訪れる者の気配を感じ取り、ルミラは視線を向けた。
闇の彼方から、見覚えのあるツインテールが見えてくる。
『七瀬!!』
健太郎とルミラ、二人の声が重なった。
「あ、なーんだ、出てきちゃったんだ、詰まらないの」
七瀬を見て、みさおは口を尖らせ、初めて不満そうな顔になる。
「健太郎、ルミラ、大丈夫? ……それから、何やってるの?」
「何って、こいつを倒そうと……」
七瀬の呆れたような声に、ルミラが反発するが、当の彼女は首を振るだけだ。
「あのみさおは、ただの影。本体を攻撃しない限り、無限に再生する情報端末でしかないわ。相手にするだけ時間の無駄よ」
「あははは、バレちゃった。じゃ、もういいね……最後の遊びを、始めようっと」
みさおは悪びれもせずそう言って、けらけらと笑った。
ずうん、と突き上げるような衝撃が、舞達を襲った。
「なっ、何、どうしたの!?」
「じ、地震か?」
慌てる志保と浩之を尻目に、舞はがたがたと震えながら、佐祐理の身体にしがみ付いた。
「怖い……怖いよ…」
「大丈夫、佐祐理が守ってあげるから」
『ねぇ舞、出て行っちゃうなんて嘘だよね? えいえんに私と一緒にいるんだよね?』
地響きのようなみさおの声が、空から降って来る。その声に、舞はびくん、と身体を振るわせた。
『返さないよ……舞は、私だけのお友達なんだから!!』
次の瞬間、巨大な手が舞を地面に引きずり込んでいた。
「あ………ま、舞っ!!」
「佐祐理さん、危ないっ!!」
地割れに飛び込もうとする佐祐理を、慌てて浩之が抱き止める。
「放してぇっ、舞が、舞があああぁぁぁっ!!」
「ちょっ、佐祐理さん、暴れないでっ……」
半狂乱になる佐祐理に、つかつかと志保が歩み寄る。
「お、おい志保……」
「落ち着きなさいよっ」
パンっ………と、志保の平手が、佐祐理の頬を打った。
打たれた頬を押さえ、佐祐理は呆然と志保を見返す。
「いーい、『えいえん』の中では、強い意志を持つ事が、何より大切なの。舞は大丈夫、助ける方法はあるわ」
凛とした声に、佐祐理は暴れるのを止め……こくん、と頷いた。
「何て事を……!!」
ルミラは、凄まじい目つきでみさおを睨みつけた。
みさおの手には、たった今捕まえた舞が、小さな球体となって収まっている。
この空間に浮かぶ球体は、ひとつの世界。
その中のひとつ、舞が居た球体に手を突っ込み、みさおは強引に彼女を引っ張り出したのだ。
「七瀬、あれは……」
「間違いない、舞の魂よ……実力行使に出るなんて、随分とらしくないわね」
舌打ちでもしたそうな口調で、七瀬が吐き捨てた。
そんな二人の視線を余裕で受け流し、みさおは満面の笑みで、舞の入っている小さな球体に、頬擦りする。
『舞が泣いてる……一人ぼっちで泣いてるよ……でも、大丈夫、すぐにみさおが、お友達になってあげるからね』
暗闇の中、舞は独りで震えていた。周りには誰もいない。
せっかく友達になれた佐祐理も、いなくなってしまった。
また、あの塔の中と同じ。一人ぼっちで膝を抱え、舞は静かに泣き始めた。
「寂しい……独りは嫌…………」
頬を伝う涙が、舞の膝を濡らしていく。
「佐祐理……佐祐理に会いたい」
震える身体に重なり、もう一人の「まい」……あの魔物……が、そっと後ろから抱きしめた。
『会いたいなら、呼んでみよう』
「……でも」
その時、遥か遠くから、微かな歌が舞の耳に届く。
それは、佐祐理の声だった。
『ほら……みんなも、舞を呼んでるよ』
そう言って、「まい」は静かに微笑んだ。
志保の歌声に合わせ、佐祐理は必死で舞に呼びかけていた。
志保のように呪歌を奏でるでもなく、ただ、ひたすらに自分の想いをさらけ出す歌。
舞を大切に思う気持ちを、ただそれだけを歌に込め、佐祐理は声を張り上げていた。
その歌に志保の歌が重なり、美しい音色となって何処までも響いていく。
そしていつしか低音のハミングが、その歌に混じる。浩之だ。
(舞……舞……あなたは独りじゃない……独りにはさせない!!)
「………この歌は!?」
ルミラがハッと顔を上げ、続いて七瀬が、健太郎が驚きの表情に変わる。
「志保の……ううん、それだけじゃない、佐祐理や浩之の声も一緒よ!」
七瀬は喜びの声をあげ、すぐさま、同じように歌い始めた。
一瞬、ルミラは躊躇うが、すぐにソプラノが旋律に加わる。そして、健太郎も。
ただ一人、みさおだけが、憎悪に歪んだ表情で、球体の中の佐祐理を睨みつける。
「……歌が、聞こえる」
闇の中、舞はぽつりと呟いた。
『行こう、舞……佐祐理の元へ。冒険に、行くんでしょう?』
「まい」が、そっと舞の背中を押した。
「そっか……私は、独りじゃなかった……いつも、あなたがいた」
「まい」はバイバイ、と手を振る。笑顔を浮かべ、ウサギの耳を揺らしながら。
そして、舞は大きく身体を伸ばし……全ての呪縛を断ち切っていた。
『ダメ……行かせない』
自分の手の中から抜け出そうとする舞を、みさおが掴もうとする。
だが、その腕を押さえる者がいた。
『………!』
ウサギの耳を付けた「まい」が、みさおを羽交い絞めにしていた。
「まい」だけではない。紅い色をしたウサギたち全員が何処からともなく現れ、みさおの邪魔をしていた。
「これは……!」
今まで敵対していた、「まい」……魔物と、ウサギ達が、みさおを攻撃している。
その光景に、ルミラも七瀬も、呆然としていた。
『えいえんが……えいえんが消えちゃうよ……!』
みさおが悲しげに絶叫し、身を捩る。
その腕を押さえながら、「まい」はルミラの、そして七瀬の方に、目を向けた。
『舞を………お願いね』
「……そう……あなたが、舞の母親の…………」
眩いばかりの光が、全てを覆い尽くす。
「舞!!」
「佐祐理!!」
佐祐理の胸元に、舞が飛び込んでいく。
舞の身体は、もう幼い少女ではなくなっていた。
佐祐理と同じくらいに成長した少女が、佐祐理の胸の中で、子供のように泣きじゃくる。
その光景を、嬉しそうに見やり……「まい」は、光の中に消えていった。
最後に………頑張ってね、という言葉を残して。
【舞、えいえんを克服。大人バージョンへ】
【えいえん、消滅】
勝手に整合を取らせて頂きました。
これで一応、複線らしい複線はフォローできたと思います。
ひょっとしたら、まだ残っているものがあるかもしれませんが……
その後の展開は、他の書き手の皆様にお任せしますです、はい。
僕は、空を見上げた。誰かが、僕に何かを言った気がしたからだ。
でも…多分、空耳だったのだろう。空は、やっぱり何時もの空だった。
視線を降ろすと、後ろに意識を向ける。
…まだ、いる…何を、企んでいるのだろう。
「祐介君、どうしたの?さっきから、ぼうっとして」
「え…いや。なんでもないよ」
咄嗟に、詩子さんに返事をする。でも、すぐ後にこう思った。
話してしまった方がいいかもしれない。
少なくても、詩子さんは僕などよりよっぽど荒事に向いている。
どうしたものか、と、思っていると。
後方の、気配が消えた。
「……?」
さりげなく、後ろを見てみる。姿は…見当たらない。
あきらめた?…いや、決め付けるのは、危険だろう。
仕方ない…僕は力を使う事にした。仕方ないと、力を使ってしまう自分に嫌悪しながら。
パチ、パチッ。
電気の粒が弾け、世界に拡散していく。
膨大な世界の情報が、僕の中に飛び込んでくる。
そのうち必要のないものを極力切り捨てながら、僕は彼を探した。
「おい、あんた、どうしたんだ?」
突然手を離され、棒立ちになった男…斎藤の姿に、祐一は怪訝そうにする。
「斎藤さん?」
だが、斎藤は応えない。否、応えられなかった。
――――まさか、これは…精神支配か!?
瞬時に意識をニュートラルに保ち、支配から逃れようとする。
だが、それは、斎藤の抵抗を嘲笑うかのように、易々と体中を犯していく。
皮膚を、体の内側からなぞられるかのような感覚に吐き気を覚えながら、意識の片隅で思う。
――――こんな事を出来る人間が…いるわけがない。
だが、これは現実だ。
「おいおい、何の冗談だよ。悪いが、俺は取り込み中なんだぜ」
「あ、ちょっと!…斎藤さん、どうしたんですか?」
――――どうしたもこうしたもねぇだろ…
内心で悪態付く。
こいつらは、世界を犯されていることに気付いていない。
あの、みすぼらしい、優男に、
住んでいる世界のあらゆる法則を支配されている事に気付いていない――――
斎藤の額から脂汗が滲んだ。
それは虚しい行為でしかないのかもしれない。
それでも、斎藤は意味のない精神制御を続けた。
…いた。でも、一人じゃない。
三人いた。男が二人に女性が一人。その誰もが、僕などより余程強い。
と、そこで。僕はふと違和感を感じた。
余程注意していなければ気付かなかっただろう、ほんの僅かな濁り。
何だろう…今まで、こんな事なかったのに。
なにか、あるのだろうか?
僕は、もう少し詳しく調べてみようと思った。
チリ、チリチリチリ…
「ううッ…」
突然、観鈴という女の子が、表情を歪める。
「観鈴、どうしたんや?さっきから、様子がヘンやで?」
「わからない…でも、何だろう…気持ち悪い」
………。もしかして、この子…
僕は、力を抑えた。すると、女の子の表情は和らぐ。
「?…あれ?」
「なんや!?どっか具合悪いんか!?」
「うん…悪かったんだけど、急に治っちった。にはは」
にぱッ、と笑う。やっぱり…僕の力に反応しているんだ。
僕の力に反応する事が出来る人、か…そういった存在も、いるんだな。
そんな事を考えながら、僕は市外を歩いていく。
自警団の本部まで、後少し。
【祐介 無意識の内に三人を牽制】
と、言うわけで『祐介の世界』をお送りします。
祐介の力をまたほんの少し、出してみました。
まあ、それだけといえばそれだけの話です。
時は、夕暮れ。
所は寂れた旧道の、細い切通し。
目も眩む高みを誇る、左右の崖から、何かが降って来る。
地面を紅く染めているのは、僅かに射し込む夕陽の光だけではない。
「……なめくさりおって、ボケが」
騎影は切り立つ絶壁の上で、最後の死体を崖下へ蹴り出すと-----女の声で、そう言った。
彼女、すなわち由宇の指揮する商隊は、時間の都合で裏街道を選択したために、山賊に襲撃された。
しかし地形から危険は予測済みであり、山賊たちが囮の馬車に岩を落とした頃には、すでに由宇たちが
背後に回っていたのである。
……あとは、文字通り突き落とすように、一方的な虐殺を繰り広げたのみだ。
彼女は汗の染みた長髪をほどくと、風がそれを弄ぶのに任せたまま、眼鏡を軽く叩いて遠くを眺めた。
足下の細道を南へ辿ると、大街道----レフキー街道----だ。
更に、そのまま東へ頭を巡らすと、王都レフキーが見える。
(ふむ……あと一日か、二日ってとこやな)
そう呟きながら、再び眼鏡を軽く叩くと、降って沸いたかのように木々が視界を埋め尽くし、王都は視線の
彼方に消えてしまった。
* * *
崖の下。ある者は壊れた馬車を修復し、ある者は火を消すために土をかけている。
襲撃を受けた商隊で、ほぼ必ず目にすることのできる光景だ。
しかし、このクルス商隊においては、それ以上に恐ろしいものを見ることができる。
ばきん ぼきん
ぶち、ぶちん ずる、じゅるるる……
なにかの、硬い音。
それは、骨の砕ける音。
続く軟らかい音は、筋肉や、内臓の裂ける音。
そして何かを-----血を、啜る音。
-----竜が、人や馬を喰らう音だ。
「賞金首は喰わすなよー。 此処からなら腐らんから、満額貰えるでえ」
先ほどの騎影が、周囲に呼びかける。
もちろん由宇の竜も、鞍の下で残酷な食事にいそしんでいる。
「解ってますよ隊長、”馬の尻も駄目やでー”、でしょう?」
「レフキー街道に出たら、馬肉で酒盛りといきますか」
わははと笑いながら、周囲の男たちが応える。
彼らにとっては、とくに珍しいことでもないのだろう、乗り竜たちの不気味な宴に怯むこともない。
「当たり前やないか、生で食うても美味いようなとこ、がつがつ喰わせてたまるかい」
「えげつないですなあ」
「猪名川隊長も黙ってたら可愛いのに、だいなしですぜ」
竜は、全部で六匹。走竜と言われるが、馬より少し大きいだけの爬虫類にすぎない。
しかし、馬とは比べ物にならない瞬発力と凶暴性から、一部の戦闘組織で採用されている。
「やかましわ!アンタら、そこへなおり。今日の働きに免じて、特別にウチの竜のエサにしたるわ」
「ええー!? ちっとも免じてないじゃないですか!!」
走竜は、食餌の量と種類の問題から、個人レベルで飼うことは不可能に近い。
しかし、何しろ騎手同士が争っている最中に、相手の戦馬を喰い殺してしまうほどの戦力があるため、
クルス商会のような資金の潤沢な大商隊にのみ許された、特別な兵種であると言えるだろう。
* * *
ふたたび動き始めた商隊を警護するため、走竜が荷馬車の脇を前後に駆け抜けていく。
「ところで隊長。レフキーまで、あとどれくらいですかい? さっき、見てたんでしょう?」
「ああ、天気が保てば、明日の午後にはレフキー街道に出る。そしたら街まで一日かからんで」
そんな会話をしながら、商隊の先頭からうしろへ巡回する。
長蛇の列を横目で見ながら、彼女たちが最後尾へ到達したとき、横から声をかけられた。
「-----晴れるよ」
いかにも魔術師然とした、華奢で茫洋とした雰囲気の少女が馬に乗っていた。
安全を求め、金を払って商隊に同行する、客人である。
当然の話だが、列の先頭近くでしていた会話を、最後尾で聞けるはずがない。
そうした特殊技能を、他人は”魔法”と考える。
「ああ、瑠璃子さんか。得意の、”風の声”か?」
風の精霊とは、違うのだけれど。
そう何度か説明したが-----常人に解ってもらえるものでもない。
「晴れた日は、よく届くから……」
どこかに虚ろさを残したまま、小さく笑って、瑠璃子と呼ばれた少女は答えた。
”風読み”として受け入れられるのならば。
理解できぬ力の持ち主として忌み嫌われるより、余程いい……。
【猪名川由宇:クルス商隊隊長。遠見の眼鏡所持】
【月島瑠璃子:商隊に身をよせる魔法使い? 電波の力は、表向き隠しています】
【クルス商隊:レフキーまで、あと二日程度】
毎度、挽歌でございます。
「クルス商隊」をお送りいたします。
電波の力、どうやら本編とほぼ同じオゾム電気パルスのようですね。
瑠璃子さんの天気予報も、新種の特殊能力ではなく、単に誰かが「いい天気だなあ」と思って
いるのを、多数受信した結果です。
本編の瑠璃子さんって、そうして無作為に情報を得るのが、好きだったんでしょうかね……?
473 :
名無しさんだよもん:02/02/02 21:16 ID:Rt8uh675
メンテage
状況の説明を受けたとき、最初に岡田が見せた反応は大きくため息をもらすことだった。
その次に、無言のまま納屋の壁にもたれかかり、しばらく黙って吉井を見つめる。
冷たい眼差しは、そのまま吉井の傍らの少女へと移る。そしてわざとらしい咳払い。
……無言のまま行われたそれら一連の仕草は、自分に対する批判の意思表明として考えるべきなのだろう。
長いつきあいのことだ、吉井にとってはわかりきっていた反応ではある。だから続いてようやく岡田の口から出た問いも、やはり予想の範疇の言葉だ。
「……で? どうして生かしてるの?」
(うぅ、これだ。やっぱりだ。この娘からどんな反応が帰ってくるかはわかってたけど、やっぱり実際そんな反応返されると胃にくるなぁ)
……判りきっているからと言って、ダメージを受けないかというとそうでもないわけで。
岡田の冷たい視線の先にいるのは、先ほど捕らえた物言わぬ少女。
毒蛇に睨まれた蛙のように、その視線に射すくめられて震える彼女を背中に庇い、吉井はため息混じりに胃のあたりを抑えた。
「それは……」
予想していた質問だから、当然回答も準備しているが、多少のためらいが吉井を少し口篭もらせる。一人で放っておくのも可哀想だったから、とはさすがに言えないから、口にするのは(軍人として)まっとうな理由のほうだ。
「他にも仲間がいるみたいだから、牽制になればと思って」
「ふぅん。でも、捕虜にするだけの価値があったわけ? 見たところ、魔術師じゃない。捕らえたときに、隠れて首を刎ねておいたほうが後腐れがなくて良かったと思うけど……」
多少後ろめたいところがあるものだから、吉井の説明はどうにも歯切れが悪くなる。もちろんそれで岡田が納得するわけもなく、彼女の不信の態度は変わらない。
「聞いた話じゃ、なにも喋らないんでしょ? なら、情報源としても生かしてる価値はないんじゃないの?」
冷然と言い放つ岡田はひとつ、根本的な勘違いをしている。
澪は喋らないのではなく、喋ることができないのだ
……最も、たとえ澪に言葉を話すことができたとしても、彼女が茜たちのことを帝国軍に告げることはなかっただろうが。
そして仮にそれを知ったとしても、岡田にとって澪の価値が極めて低いものであることに変わりない。
殺気を隠そうともせずつかつかと歩み寄る岡田に不安を感じ、吉井は衣服の下に隠したダガーの感触を確かめる。
そして、次の瞬間その不安が正しかったことを知った。
「――まぁ、そうね。今からでも、遅くないんだけど」
「岡田!?」
澪の傍らまで近づいた岡田が死の宣告を行うのと、サーベルの鞘走る音、そして金属の撃ち合う甲高い音が続けざまに響く。
澪の喉笛目掛けて閃いたサーベルは、毛髪を幾本か散らしたところで辛うじて吉井のダガーに食いとめられた。
ぐいと力を込めてサーベルを押し返し、澪を抱いたまま間合いを広げる。
「岡田! いったい何を考えて……!!」
「あんたこそ何を考えてるのよ、吉井」
気を失ってしまったのかだらりと脱力した少女の体を抱きかかえ、吉井は抜き放ったサーベルを収めもせず怒鳴る。
岡田はそれにひるみもしない。まだ警戒をゆるめない吉井に、平然として空いた間合い分を歩み寄る。
そして耳元に囁いたその声に、多少の怒気が篭っていた。
(わかってるでしょ? あたしたちは今回敵地で極秘の作戦行動なのよ?)
(それは、わかってるよ。でも……)
(わかってるなら、わざわざ厄介ごと抱えこんでどうするのよ!? この娘は魔術師よ? どんな連絡手段を持ってるかわからない。イレギュラーは取り除くのが常識じゃない)
(それは……その)
(村人にしたってそうよ。始末しておけば、監視の兵を割く必要もないのに……)
(……それは、死体の始末に困るから……隠さないといけないじゃない、ほら)
続けざまの岡田の追求に、守る吉井の弁明は極めて歯切れが悪い。
いつものことだ。どうもこの娘は、この種の任務になると『良識』というヤツが働いて非情になりきれないのだ。
長年の付き合いで、彼女のその性格はよく把握しているつもりだったのだが。
(それがわかってて、村の占拠を任せたあたしの判断ミスみたいね……)
彼女にこの種の行動を納得させるには、とにかく先に行動して事後承諾させるしかないのだ。
多少、自嘲気味の笑みを浮かべて、今度は岡田がため息をつく番だった。
(あのね。あたしは少なくとも、あんたや松本、それに兵達と生きて国に帰りたいと思ってるのよ。任務の達成ももちろんだけど)
(……うん)
(通報を受けた共和国軍に捕捉されて全滅、なんてまっぴら。だから、そのへんをさ、吉井も察してよ……)
(……うん、わかってるんだけどね……)
わかってはいても、変えられないのだろう。三銃士と称される自分たちの中で、吉井は一番穏健で、良識的……ということは、悪く言ってしまえば度胸がない。
すっかり首をうなだれた彼女に、岡田は苦笑して「もう良いわよ」と軽く肩を叩く。
こうなってはもはや、捕虜の処分は無理だ。吉井はあくまで同意しないだろうし、時間的にも何時秘宝塔から連中が出てくるか判らない。
今更、仕掛けを考え直すというのは無理な話だ。
となると、捕虜の有効な使い方を考えるというのが一番建設的なのだが。
(……うーん。と言ってもねえ? さて、実際どうしようか?)
二度目のため息が、岡田の口から漏れる。
顎に手を当てて、視線を宙にさ迷わせ……不意ににんまりと笑みを浮かべる。
――その視線の先、納屋の軒先に聳える大きな杉の枝の一歩運から、いつの間にかあの黒い鳥がこちらを見下ろしていた。
「吉井。その娘をそこに寝かせて」
「え?」
「良いから、早く」
「う、うん……」
岡田の指示を受け、なんだかわからないままに吉井は澪の体を地に横たえた。
その間に岡田は鳥の直下まで進み出ると、恭しく、しかしどこか茶化したように腰を折る。
「御使いよ。ひとつ、お力を貸していただけますか?」
「……ツマラヌコトデナケレバ、イイダロウ……」
「きっとお気に召すと思いますよ」
あからさまに気乗りしない様子の鳥に、岡田は澪に気取られないよう小さくその願いの内容を囁いた。
「……フム」
岡田の提案に、鳥は即答せず少し返答までに間を空ける。
自分を見つめる真紅の硝子玉のように無機質な鳥の瞳から、その感情を窺い知ることはできない。
だが岡田は必ず、この御使いが自分の提案を良しとすることを確信していた。
この邪悪な存在が、この類の願いを拒むわけがない。
やがて返ってきた黒鳥の答えは、果たして岡田の期待を裏切らない。
「……イイダロウ。ナカナカユカイナテイアンダ」
そう告げるや否や大きく翼をはためかせ、黒い鳥が止まり木から岡田の右腕へと飛び移った。
彼女は薄く冷たい笑みを漏らし、腕に止まった鳥を抱きかかえるようにして胸元へと寄せる。
「ありがとうございます。では、早速に……」
抱きかかえた鳥を、丁重に横たわる澪の胸の上に乗せる。
意識を失いながら、危険の存在を感知したのか。澪のに顔は苦しげな表情が浮かんでいた。
それを目にして、岡田は唇の端を笑う形にゆがめる。
「あんたは幸運なのよ。意識のあるまま、体を乗っ取られる感覚を体験しなくて済むんだから」
嘲るように呟いて、岡田は後方へとすっと身を引いた。
この時には、吉井もその意図に気付いている。気付いたところで反対もできず、ただ憐憫を篭めて澪を見下ろすばかりだったが。
そして二人がある程度後ろへ下がった時、澪の小さな胸の上に乗った鳥が、突如として"弾けた"
弾け、広がり、たちまちの内に黒い霧と化す。瞬時に澪の体を包み込む。
いや。変異し、包み込むだけに止まらない。
目から、鼻から、耳から、口から。身体のありとあらゆる開口部から、黒い霧は澪の体内へと入り込んでいく。
すべては瞬く間に起きたこと。
……怪鳥変じた黒い靄が、すべて澪の体内に入り込むまでわずか五秒と掛からない。
ぐったりとしていた彼女が、何事もなかったかのように身を起こすまでにそれからさらに十秒。
おのれの体の感覚を確かめるように、腕を伸ばし、右の手に握り拳を何度か作り、一通り四肢を動かしてから岡田たちへと向き直る。
その顔に浮かんだ笑みは、元の彼女が決して浮かべようはずもない邪なもの。
その口から流れ出たのは、元の彼女がとうの昔に失ってしまった声。
「……さて。これから我はなにをすれば良いのかな……?」
【岡田・吉井】坂神様ご一行歓迎準備中
【澪】 黒い鳥に体を乗っ取られる
>>438-440よりのリレーです。
……長すぎるなぁ、我ながら。
三人しか出てない、っていうか事実上二人しか出てないのに(汗
文章力をもっと向上させたひ……
岡田は岡田で、ハカサバのポスト御堂化計画から逆走モードだったり……(ぉ
まず最初に感じたのは、石造りの床の、ざらざらとした冷たい感触だった。
「うっ……く」
僅かに声をあげ、七瀬は身体を起こす。
瞬時に状況を判断する能力も、冒険をするものにとっては、必要不可欠なものだ。
「ここは、さっきの塔の中……そうか、えいえんから脱出できたんだ」
七瀬はあぐらを組み、大きく溜め息をついた。
周りを見ると、志保や蝉丸、ルミラ達も気付いたようだ。
「はぁ……何とかなったわね」
志保は肩をすくめ、こちらに目をやった。その視線の意味に、七瀬も苦笑を返す。
「っつつ……なんだ、塔の中じゃねーか」
「そーよヒロ。何とか舞を連れ戻せたみたいね」
そう言って、視線を舞の方に向けた志保は、目を見開いた。
「う……ここは?」
「塔の中…」
目を覚ました佐祐理に、ぽそ、と彼女が答える。
佐祐理は一瞬、呆然と彼女を見やり………掠れた声で囁いた。
「まさか、舞……?」
「そう、みたい」
そこには、16,7ほどに成長した、舞の姿があった。
来ていた服は破れてしまい、全裸のまま不思議そうに立ち上がって、自分の身体を見下ろす。
「………はっ!」
生まれたままの姿の舞を、穴の開くほど眺めていた浩之を、志保はものも言わずに張り倒した。
「いでで……」
「男ども、全員回れ右っ!! 七瀬!」
志保の言葉よりも早く、七瀬は自分のマントで舞の身体を包んでやっていた。
「いってーっ、くそ、思いっきり殴りやがって……」
殴られた所を押さえ、浩之はぶつくさ言いながら舞に背を向ける。
そして、蝉丸と健太郎がそれに倣った。
「佐祐理、私……」
「……舞、何も言わないで……」
そっと舞の体温を感じながら、佐祐理は安堵の涙を零していた。
ルミラは苦笑しながら、埃を叩いて立ち上がる。
「これからどうするの、二人とも」
「……冒険者に、なろうと思っています」
「私は、佐祐理についていく」
そんな二人の返答を聞いて、ルミラは呆れたように肩をすくめた。
「箱入りのお嬢さんと、塔に篭っていた半人前で冒険? 笑わせないでよ」
辛らつなルミラの台詞に、佐祐理は口をつぐんだ。
確かに彼女の言う通り、今回の事件で、自分の無力さは嫌というほど味わっていた。
自分だけでも足手まといでしかないのに、世間知らずの舞を連れて行けば、それはなおさらだろう。
かといって、今更自分の家には帰りたくなかった。
「……冒険者になるにしても、準備ってものが必要でしょ。取り合えず、レフキーに戻るしかないわ」
暗い顔をする佐祐理に、舞も心配そうに寄りそう。
「佐祐理、大丈夫?」
「うん……平気ですよ、舞」
身体は大人になっても、舞の心は子供のままだ。自分がしっかりしなければいけないのに……
「差し当たっては、志保の家にでも匿ってもらうといいんじゃない?」
「……って、何であたしの家!?」
いきなりルミラに名前を出され、志保は素っ頓狂な声を出した。
「だって、宿ならすぐこの子の父親に、嗅ぎ付けられちゃうでしょ……とくれば、貴女の家しか残ってないじゃない」
「………マジで?」
志保は思わず、自分の指で問題を数え始めた。
「……ルミラ、あんたは」
「私は宿住まいだし、本拠はこっちには無いもの。あなただって知ってるでしょ」
「……蝉丸、彩」
「彼女たちを、王宮で保護するというのであれば……」
「……七瀬、健太郎」
「あたし達は、決まった家なんか持ってないって」
「……ヒロは当然ダメ、と」
「おい、なんで駄目なんだよ」
いきなり否定され、むっとした浩之が志保に突っかかるが、逆に冷たい視線を浴びせられただけだった。
「独身の野郎の家に、世間知らずの女の子二人を、泊まらせられるわけないでしょ……常識無いわね」
「くっ……志保に諭されるとは……俺一生の屈辱」
悔しがる浩之を置いて、志保は溜め息混じりに佐祐理と舞に手を伸ばした。
「そーいう事みたいだから、しばらく一緒に暮らす事になるわねー」
「……ごめんなさい、長岡さん。佐祐理のために……」
「いいっていいって……このむっつりスケベの野獣のトコに置いておくより、あたしが面倒見てた方が、気が楽だしね」
「むしろ、掃除に洗濯、料理と、佐祐理さんに面倒見てもらう方じゃ……ぐっ!」
志保につま先を踏まれ、浩之は言葉を飲み込んだ。
「取り合えず、舞の服をどうにかしなきゃねー」
「佐祐理の荷物の中に、替えの服がありますけど、サイズが合うかどうか…」
思わず話し込む二人を、ルミラが遮った。
「貴女達、とにかく地上に上がらない? ここ、かび臭くて……お肌が荒れちゃうわ」
ルミラの意見は、全員一致で承諾された。
出口に向かう帰り道の中で、ふと浩之は、最後尾を歩く志保に尋ねた。
「……ところで志保、お前、えいえんの中で、何を見たんだ?」
「な、何よ、藪から棒に……」
舞の成長と共に、壁一面のウサギ達も姿を消していた。ただ、陰鬱な灰色の石壁が広がっているだけだ。
「……別に、大した事じゃないって」
「大した事無いわけないだろ、大体お前、俺のえいえんを覗いてて、自分だけ言わないってのはなぁ……」
「学校よ」
「……え?」
志保は溜め息と共に、苦い笑みを浮かべて見せた。
「どこかの知らない、モンスターも戦いも無い平和な世界。そこではあたしは、ただの普通の高校生で。
あんたとは中学以来の喧嘩友達。学校行って、馬鹿やって、普通の暮らしをしてた、ただの夢よ」
まるで、遠い過去を懐かしむような、手に入らないものを羨望するような、そんな見た事も無い志保の表情に、
浩之は言葉を失っていた。
「……そうだ、ルミラ、あんたから貰った宝石、呪いつきだったわよ! 何とかしてよねー」
少しわざとらしく、志保が話を変える。
「そう言えば志保、お前頭に面白いものがついてるな……気付いてたんだが、言いそびれてたんだ」
「ごめんなさいね、志保。急いでたから、呪い除去が上手くいって無かったみたい」
その時、突然蝉丸が叫んでいた。
「外に出たぞ!!」
思わず全員が顔を見合わせ、我先にと外に飛び出していく。
「太陽よーーっ、生きて見られるとは思わなかったわ!」
「…まったくだ。日の傾きからすると、今ちょうど昼を少し回ったぐらいか……」
そうして、最後に舞と佐祐理が外に出てくる。その瞬間、僅かに舞が躊躇った。
「大丈夫、舞……」
佐祐理の言葉に、舞は意を決して、光の当たる世界へ、塔の外へ、第一歩を踏み出していた。
「……おめでとう、舞……!」
「いやー、そう言えばお腹減ったわね。よく考えたら、昨日の夜から何も食べて無かったわ」
「そう言えば、俺も腹減った……」
申し合わせたように、志保と浩之の腹が、同時に鳴った。
そのあまりのタイミングのよさに、思わず全員が笑ってしまった。
「どうする? 村で何か食事を取るか、ここでキャンプをするか」
「暖かいのがいいから、<<村>>に一票」
「俺も浩之に賛成だ。せっかく村が近くにあるんだしな」
彼らの談笑を、ぼんやり見ていた佐祐理は、ふと横にいる舞が震えているのがわかった。
「舞?」
「……佐祐理、私は怖い……佐祐理のおかげで、初めて私は外に出れた」
そう言いながら、舞は目を細め、太陽を、緑の木々を、そして爽やかな空に目をやった。
子供の頃に失い、そして今、再び目にする事が出来た、塔の外の世界。
「でも、また同じ事を繰り返して、佐祐理に迷惑を掛けてしまうかもしれない……
道ばたで泣いてしまうかもしれない……ご飯を食べてたら、不意に泣き出してしまうかもしれない」
舞の手が震えているのを感じ、佐祐理はしっかりと握り返した。
「また、炎に追われる事になるかもしれない…誰かに石をぶつけられるかもしれない……それでも」
それでも、私の横に居てくれる………?
囁くような舞の声に、佐祐理は静かに吐息をついていた。
「……舞、私、わかったんです」
舞の手に、そっとあの白い宝石……『秘宝』を握らせ、佐祐理はにっこりと微笑む。
「大事な人と一緒に居たいと思う気持ちは、頭じゃなく、心で感じるものだって……」
いまだ、人の心に怯える舞を見て、佐祐理は強く心に誓っていた
決して舞を独りにしないと……一弥の二の舞は、決してさせない事を。
相変わらず長いです…。
【塔から脱出】
【舞、佐祐理は、この後志保の家に居候の予定】
【舞に『秘宝』は返される】
【一同、何も知らずに村へ】
精進精進。
塔から村へと続くけもの道。
新鮮な風が頬をすりぬけ、足もとの野花がゆらゆらと会釈する。
薄暗く息苦しい塔から出られたことで、一向の誰もが爽快な笑みを浮かべていた。
……ただひとりを除いては。
「彩、顔色が悪いぞ。傷が痛むのか?」
「……いえ…ケガは…たいしたこと…ないです……少し考え事を…」
「考え事?」
「…はい……向こうの世界で見た……えいえんのことを…」
「ああ、あれか…」
蝉丸と彩には"えいえんの世界"というものがどんなものか理解できなかった。
見たことも聞いたこともない現象……
背の高い草を木の棒でたたきながら一行の先頭を歩いている志保が言うには、
『あれはその人が望む世界を創りだし、その世界に引きずり込んでしまう精神攻撃のようなものらしいのよね。
よく"神隠し"なんてのがあるじゃない? 子供が突然消えちゃうっていうアレ。アレも一種のえいえんなのかもね〜』
人が望む世界を創る術…みんなそれぞれ、自分が望んでいる世界を見たことだろう…
蝉丸は、他の者が望むものがどんなものかなど、知りたくもなかった。
…しかし、隣をちょこちょこと歩いている少女が見た幻影のことが…少しだけ気になっていた。
「彩は何を見たんだ?」
「……お父さん…」
「父親?」
意外だった。
年頃の娘が望むもの…
それが父親というありきたりな存在だったことが、蝉丸には不思議でならなかった。
「彩にはいないのか?」
「……お父さんと…お母さんは…わたしが…小さい頃…ガレーティアに…務めていたそうです…」
「…ガレーティア? …そうか、あそこか」
ガレーティア…知らないものはいないと言われるほど有名な名前。
そして…地図からも抹消された血塗られた歴史のひとつ。
かつて、共和国が魔術から魔術を生み出す永久機関の開発のために創設した魔術研究所・ガレーティア。
国中から著名な魔術師が集まり、"魔術炉"と呼ばれる機関を開発した。
それは、魔力を燃焼させ、さらに大きな魔力を生成するという技術だったが…
ガレーティア近郊は今となっては魔力汚染によって様々な魔物やモンスター、悪魔の住まう呪われた地となっている。
当時、研究員として従事していた魔術師は述べ50人…生存者などいるわけがなかった。
「辛かったか?」
「………いえ……昔のことだったから…」
「そうか…お前は強いな。それでこそ誇り高き特務部隊員だ」
こみ上げる感情を振り払うかのように、蝉丸は彩の頭をぐりぐりと撫でた。
「……そういえば…蝉丸さんは…どんな世界を見たんですか?」
「なっ!?」
蝉丸が見た幻影…
それは蝉丸自身にとって最も理解し難く、決して人には言えないものであった。
「見ていない! 俺は何も見ていないぞ!」
「……でも―――――」
「こ、こっちを見るなっ!」
「……はい…」
一行から離れた間を詰めるため、蝉丸は駆け出す。
彩はがっくりと肩を落とし、ちょこちょこと蝉丸の背中を追った。
(3行空けでお願いします…)
「そういえば蝉丸さんは、舞の秘宝を狙ってたんですよね?」
「くっ…」
佐祐理の空気の読めない問いに舞がピクリと反応する。
秘宝をぎゅっと抱きかかえ、蝉丸を睨みつける。
「舞、睨んじゃダメですよ?」
「わかった。睨まない」
「…ごめんなさい……お仕事…だったから…」
「任務でしょ? んで、まだ狙ってるワケ?」
志保がいぶかしげな顔をして蝉丸と彩…両人の顔を見つめる。
「その娘の母親の声しか聞こえん宝玉など、秘宝とは言えん。俺達は、もっと強大な力を秘めた秘宝を求めている」
腕を組み、志保の問いを真っ向から否定する蝉丸。
「……わたしは…もうたくさん…もらいましたから…」
リュックから古ぼけた本を取り出してそう告げる彩。
「さすがはお役人さん、気前がいいねぇ…王立…えーと…なんだったっけ?」
「王立騎士団特務部隊…よ? ま、ヒロみたいな一般人が知らないのも無理ないけど」
「…るせーな、講釈はいいから詳しく教えろよ」
「共和国の軍事機関・王立騎士団の中でもエリートクラスのみが入隊を許される女王直属の特殊部隊よ。
昔は暗殺部隊としてそのテの要人に恐れられていたみたいだけど、平和になった今じゃ護衛任務や秘宝探索が主任務らしいわ」
「へぇ…すげーんだなぁ」
志保の説明を聞いて健太郎が感嘆の声をあげる。
「ふん、まぁな」「……いえ…そんなこと…」
「でも、全然統率が取れてないわね」
七瀬が意地悪そうな笑みを浮かべて蝉丸と彩を見比べる。
「むっ…こら彩、俺に合わせろ」
「……ごめんなさい…」
どこか抜けてる二人のやりとりを見て、皆の顔から笑みがこぼれた。
(またまた3行空けでお願いします…)
「おお! 村だぞみんなぁ! サッサと飯食いに行こうぜぇ!」
「ちょっと待ちなさいよっ!」
ぐいっ!
七瀬は浮かれて丘を駆け下りる健太郎の襟首を引っ掴んだ。
「ぐえっ! な、何するんだよ…」
ゲホゲホと咽ながら健太郎は七瀬を見上げる。
「アンタ…本っっっっっ当にバカね。帝国軍が来ていることをもう忘れたの!?」
「え? そうだっけ」
「何っ! そんなバカな…ここは共和国領だぞ!?」
「どうやら、帝国はそんなことも分からないバカみたいね」
「目的は秘宝かしら?向こうは完璧な偽装だと思ってるみたいだけど、
こうもツッコミどころ満載だと逆にどこからツッコんでいいか悩むわね」
「……志保さんもルミラさんも……辛口ですね…」
ルミラの言う通り、偽装とはいってもお粗末なもので、演技のほうはまるでなっていない。
この世のどこに剣を携え、意味もなく外をうろつく村人がいるだろうか…
しかも、村人同士が鉢合わせするたびにバカ正直に敬礼までしている。
誰がどう見てもバレバレである。
「長岡」
「志保でいいわよ、"ちゃん"付けで呼べばさらにチャーミングよ?」
「…志保、先程…特務部隊のことを話していたが、補足してもいいか?」
「ええ、どーぞ」
「平和になった今でも、我々は時として命懸けで戦うことがある」
「…ちょっとアンタ、それってもしかして―――――」
「女王陛下の民を愛する御心に則り、村を奪還するっ! 彩っ! 俺に続けっ!!」
「…は、はいっ!」
「だから待ちなさいって!」
ぐいっ! ぐいっ!
ゲホゲホと咽る蝉丸と彩。
「村を救いたい気持ちは分かるけど、まずは作戦を立てるのが先でしょ?」
七瀬は子供を叱るような口調で二人に言い聞かせた。
【 秘宝塔組 村奪還に向け、作戦会議 】
【 帝国軍 バレバレ 】
話もろくに書かず、人間関係のまとめも遅いアフォな1です。
ええと…なんかダラダラしてシマリのない文になってしまいました…
いつも通り、今後の展開は次の書き手さんにお任せです。
煮るなり焼くなりご自由に(w
――そこは、闇が質量をもっているかの様な、世界。
そこに、一人の女の子が膝を抱えて座っていた。
そこは、暗く、何も無く、”孤独”という意味を体現したかの様な世界――
「やぁ、みさおちゃん」
そこに一人の男の子が現われた。人懐っこい笑顔で。
「…………ひのかみくん」
女の子――折原みさお――は顔を上げて、その声に応えた。
――それは、やるせない気持ちを抑えた、笑顔だった。
「……その呼び方は止してくれよ。僕はシュンで……いいよ」
と言って、男の子――氷上シュン――は立ち止まった。
「……失敗、しちゃったよ。どうして、みんな、えいえんを拒むんだろうね……?」
そう言って、折原みさおは顔を膝に沈めた。氷上シュンはそれを見ていた。
――否。見ていることしか出来なかった。
氷上シュンは思い返す。この、目の前で、孤独の世界に一人で居た、少女との出会いを。
彼――氷上シュン――の家にはある一つの『秘宝』が伝わっていた。
共和国成立に欠かせぬ役割を果たしたにも関わらず、後の王家に呪われた『秘宝』と噂され、最初の王家の血筋が途絶える直前に、王家の独断で外部には気付かれないように氷上家に保管、管理を一任された品。
当時、唯の田舎の名家だった氷上家に極秘に伝わったこの話を断る理由もなく、その『秘宝』は、現代――氷上シュン――が当主となるまで氷上家に保管、管理されていた。
しかし、それが災いしてかどうかは判らないが、その後に共和国に即位した者も子孫が栄える事は無かった。
その頃から、氷上の血筋は有能な者を輩出させる代わりに、短命になっていった。もちろん、氷上の名が世界に知れ渡る前に。
ある者は病魔に。またある者は精神を壊し、天寿を果たす事無く、死に絶えた。
それが遺伝的なモノか、又は氷上の家に共和国成立後に託された『秘宝』のせいかは判らない。
そして、氷上シュンは幼い頃に、父親から――狂い、自らの喉笛を掻き切り絶命した男の――当主の座を貰い受けた。
それから、シュンは気ままに暮らした。幼い時から原因不明の病魔に侵されていて、何時、死ぬか判らないと医者に宣告されても、ただ起きて、眠って時を過ごす。そんな生活を続けていた。
――氷上シュンにはその世界だけで充分だった。木の葉が擦れる音や日が沈む光景を見るだけで充分だった。
彼――氷上シュン――の生活に終わりを告げたのが、戦役――大庭詠美が女王に即位する直前に起きた、大戦――だった。
戦争で一番酷い目にあうのは何時だって弱者だ。この時の戦で彼の家は――すっかり衰退していたが――名目共に消失した。
そして、彼は己の魔力に目覚めた。
――切っ掛けは笑えるくらい定番で。そして彼は、『秘宝』を手に入れ、自分だけの世界の想像に成功した。
こうして……絶える直前の王家から極秘裏に氷上家に託された、呪いの秘宝。持つ者に力の狂気を与え、手にする者に神念の槍を与え、振るう度に軌跡を熾す『秘宝』――緋槍ゲイボルク――は誰にも知られる事無く、氷上シュンの手に渡った。
それでも、レフキーの歴史では、王家の断絶の危機の中で突如消えた、幻の秘宝。持つ者に悲しみの運命を与え、手にする者に信念の槍を与え、振るう度に奇跡を興す『秘宝』――悲愴ゲイボルク――として伝わり、主に悲恋の逸話が多く残っている。
この秘宝が氷上家の運命を狂わせたのかは判らない。唯、火を冠するこの槍が、”ヒカミ”という名だけで氷上の家に保管される事になったのは、事実だった。
そして、それから少しの時が流れ、シュンは自分と似たような世界を持つ者に出会う。――それが折原みさお。目の前の少女であった。
次に、氷上シュンは折原みさおの事を想った。
折原みさおに出来る事は、対象の意識、記憶から世界を創造でき、任意の範囲でその世界へと対象者以外の人間を連れて行く事が出来る。しかし、自分の創った世界以外の空間干渉は出来ないらしい。そして、再構築も出来ない。
氷上シュンに出来る事は、自己の世界の創造のみ。自分以外の人間を創造した世界へと連れて行く事は出来ない。そのかわり、自分以外の世界に干渉でき、自己の世界に溶け込む時に、任意に指定した人間以外の全ての人はシュンとの出会いを忘れてしまう。
……もちろん、これは氷上シュン自身の推論でしかないのだけれど。
折原みさおは最初”この世界”の事を”えいえんの世界”と呼んでいた。
それは何なのかな? というシュンの質問にみさおは嬉しそうに答えた。
――『盟約』に結ばれた、男女がえいえんに楽しい記憶を旅出来る、そんな夢の様な世界。
折原みさおの住んでいた地方に伝わるお伽話。そして、自分に出来る事がそれに似ているからそう呼んでいる、とみさおは言った。
その顔は……夢見る少女だった。その時シュンはこう思っていた。
『待ってる人がいないなら、そんな世界も悪く無いかな』
そして、みさおが最初に創造した世界がこの……暗闇、孤独の世界だった。
それは折原みさお自身の意識、記憶から創造した世界。
……シュンとみさおは自分達の世界の違いを確認したアト、自らの生い立ちを話し合った。お互いにそれを一心に聞いていた。
それは、絆を求める行為だったのかも、知れない。
彼女――折原みさお――は生れた時から原因不明の病魔に侵されていた。物心がついた時からベッドで寝たきり、家から出た事など数回しかなかった。
彼女には兄がいた。その兄が、彼女にその”お伽話”を教えてくた。その、彼女の記憶している兄の顔は何時も、悲しみにくれ、泣いている顔だった。
それから、数年後、尤も時間の感覚も狂っていて、正確には判らないが、病状が一気に悪化、そして、気付いてしまったのだ。彼女自身の器に合わぬ強力な魔力を持って生れ、それが外に漏れない様に無意識に、己の体内に溜め込んでいた事を。――その結果が、原因不明の病。
そして、生きる為には魔力を開放するしか無かった。そして、折原みさおはお伽話のような世界を創造する。しかし、彼女には楽しい思い出など皆無。故にその世界には”己が楽しい思い出の一つも持てなかった”という孤独だけが残った。
一方、現実では、残ったのは突然患者が消えたベッドのみ。医者は家族になんて言ったのだろうか? 大体想像はつくが。そして兄は妹の死に目にも会えず時を過ごす事になる。
それから、彼女はその孤独の世界で、独りで時を過ごす。後に彼女と似た世界を持つ男の子と出会うまで。
――これがシュンとみさおとの邂逅だった。
「この世の中がえいえんに満たされればいいのにね……」
シュンの回想はみさおの声に中断された。シュンが知る限りみさおがえいえんを発動させたのは今回で三回目だ。一回目は彼女自身。二回目はみさおの兄が傷心中に、幼い時に交した盟約が発動する寸前。……みさおはお伽話を信じているらしい。
そして、今回……塔で一人ぼっちで暮らしていた少女の為に。
「僕の世界を共有できたら……みさおちゃんには悲しい想いをさせなくてすむんだけどね……」
「いいんだよ。シュンくんに会えただけで私は嬉しかったから」
――その言葉に報えない自分が、情けない。まだ、彼女に何もしてやれてない自分は、慰めの言葉すらかける資格が無い。もう既に、シュンのせかいは出来ている。その上に氷上シュンの記憶からみさおの魔力で世界を創造する事はできない。
それはシュンの魔力によって創造した世界の方が格上だからかも知れない。――さすが、何処かの団体さんに”Sランク”なんて位置付けされているだけのことはある。と、シュンは自嘲気味に笑った。
「これからどうするのさ? みさおちゃんは」
「えいえんを発動させちゃったから少し、疲れちゃったよ。ちょっと眠るね」
そう言って、みさおは孤独の世界で眠りに付いた。常に溢れる魔力を消費する為に、この世界に居つづけなければならない。この、世界に。そしてこの世界には時の経過が無い。つまりは彼女は成長すら出来ないのだ。
「みさおちゃん……お休み」
そして、シュンは自分の創造した世界に移動した――やる事があるからだ――その世界は、草原が何処までも広がっていて、いつも風が草を撫でている。しかし、そこにはシュン以外のイキモノは存在しなかった。
(初めて、絆を求めた存在、か……)
シュンは思う。くだらない戦争で自分の生活が狂ったのは別にどうてもいい。しかし、それで苦しんだのはおよそ関係無い、民なのだと。
そして、シュンは自分の出来る事を思い浮かべる。それは可能性を増やす事。シュンには時間がない。
どうか、……みさおには幸せな記憶を。 それには、秘めた力を持つ『秘宝』が必要かも知れない。
その為に、自分に近い世界と異質の力を持つ者と出会い、自分の記録を残す事でシュン自身にも判らない可能性を引き出せる組織と接触した。そして、不思議な――自分と似た雰囲気を持つ――少年。
しかし、シュンには不安があった。緋槍の呪い。けれども、シュンはこの緋愴を手放そうとはしなかった。
こんな、”呪い”とかいう不確実なものに自分の想いが負ける訳が無い、と思うし、それに、力も、いるからだ。
――シュンは待ち続ける。彼が託した可能性という名の、時の流れを。
(僕の想いは……まだ…………届かないのかな?)
しかし、彼は気付かない。抱きしめてあげるだけで、彼女は充分だという事に――。
【折原みさお/自分のせかいにひきこもり】
【氷上シュン/何かを待ってる/歴史に消えた秘宝を所持。秘宝自体の能力不明】
最後の一文何気にヤヴァイな……
そして氷上くんがホ○からロリ○ンに(;´Д`)
冗談はさておき、微妙なお話でしたね……
氷上くんの神秘性が死んでしまった……しかし彼も人間だしねぇ……
それと、あのままみさお放置では何時えいえんに連れて行かれるか判ったものではなかったので。
それにえいえんを語るなら彼も必要だろうし……。ってゆーか、ドラクエみたいに『悪は問答無用でぶっ潰す』的な話のほうが似合うのかな?
アト、秘宝の名前ですがやっぱり葉鍵に関係してる方がいいですかね? ちょっと思いつかなかったです(汗)
魔力というより、超能力に近いかな? とか思いつつ、ドラクエみたいに『悪は問答無用でぶっ潰す』的な話のほうが似合うのかな? とか疑問に思ったり。
変なところがあったら、指摘お願いします。
>497
アホさらしてスマソ。
499 :
貧乏くじ:02/02/05 00:01 ID:Xm7NPswe
「さてと、どうしましょっか?」
取り合えず、村から少し離れた森の中で車座になりながら、一同は対策を練っていた。
「帝国が動いたとなると、下手をすれば国際問題になりかねん」
顔をしかめ、そう言ったのは蝉丸だ。
「特に、特務部隊である俺たちの素性がばれたり、捕らえられでもすれば、事は戦争にまでなりかねん」
「さっき、独りで突っ込もうとした人間の台詞じゃないわね」
ルミラの冷たい突っ込みに、蝉丸の頬に一筋の汗が流れる。
「と、とにかく、ここは慎重に事を運ぶしかないが……彩、圧倒的に戦力差が有る場合、取るべき作戦はなんだとおもう?」
これは、意見を求められているというより、彩の知識をテストされているといった感が強かった。
「はい……最も有効な作戦は、退却、もしくは援軍を呼ぶ事ではないでしょうか」
「んな消極的な……」
「いや、それが正しい」
呆れたような声をあげた浩之に、蝉丸は逆に生真面目に首を振った。
「これは、すでに一個人の問題ではない。我々に求められているのは、勝利ではないんだ。
奴らの目的が何かわからない以上、下手に動くわけにもいかん。何より、民間人の避難が先決だ」
「けどさ、こっちには魔族のルミラとか、歌の使える志保とか、戦闘力には事欠かないじゃねーか」
あくまで積極策を唱えようとする浩之に、志保は大きく溜め息をついた。
「どうせあんたの事だから、あたしに精神操作系の『歌』でも使わせる気なんでしょ」
「何か問題でもあるのか?」
あっけらかんと言う浩之に、志保は今度こそ深刻な溜め息をついた。
黙ってしまった志保に代わり、彩が浩之に説明にはいる。
「あの、浩之さん、確かに『歌姫』によるバックアップは、多人数同士の戦闘において、非常に強力な支援になります。
……ですが、『歌姫』は、決してどこか特定の陣営に、属してはならないと決まっているんです」
「はっきり言えばね、『歌姫』は中立なの。国家に有利不利な行動は、しちゃ駄目なのよ。
だから、建前上、あたし達は暗殺もされないし、帝国に監禁されて、無理やり歌わされもしないって事」
500 :
貧乏くじ:02/02/05 00:01 ID:Xm7NPswe
「……じゃあ、ルミラは?」
「私が何で、人間なんかの争いに荷担しなきゃいけないの? 魔族が関わっているでなし」
「…問題は、奴らの目的だ」
再び話の主導権を握り、蝉丸が声を潜める。
「軍事的に何のメリットも無いこの村を占拠するからには、それなりの理由があってしかるべきだろう」
「それなんだけど、多分秘宝じゃないの?」
ここで志保が、ようやく「塔」に来る道中で、帝国軍を見た事を話して聞かせた。
「秘宝……か。しかし、帝国と共和国の関係は、良くはないが悪くもない……言ってみれば小康状態だ」
「そこをあえて突付くからには、それなりの理由があると?」
彩と蝉丸は、そろって腕を組み、うーんと唸ってしまった。
「そんなに深く考える必要、ないんじゃねーの?」
「……どういう意味だ、浩之?」
気楽そうな浩之の言葉に、蝉丸は眉をぴくっと上げる。
「ようは、蝉丸さん達と同じ……貧乏くじを引かされたって事じゃないか?」
「……………貧乏くじ」
その意味を理解してか、蝉丸の顔がずーんと暗くなった。
特務機関といえば聞こえはいいが、その正体は『女王様のわがまま処理係』である。
今回の任務も、秘宝探査の名目ではあるが、実体は女王のアイディアを呼び覚ます為のものなのだ。
もちろん、詠美の魔力を押さえ込める秘宝があれば、当然それを持ち帰る事が先決とされる。
蝉丸が、あえて舞から秘宝を奪おうとしなかったのも、ここが原因であった。
はっきり言えば、舞の秘宝が魔力を封じるたぐいのものでない以上、何が何でも持ち帰る必要はないのである。
もちろん、この内情は中枢しか知らない極秘事項なのだが、さすがに特務部隊だけあって、蝉丸は知っていた。
「なるほど、秘宝は欲しいし、面子もある。だが、場所は共和国で、いざこざを起こしたくない……」
「だから、切り捨てやすい辺境の兵を、極秘裏に配置するつもりだったんでしょ……」
ルミラの言葉は、確かに理に適っていた。
501 :
貧乏くじ:02/02/05 00:03 ID:Xm7NPswe
「それがなんだって、あんな軍隊率いてるんだ?」
「それがわかれば、苦労しないわよ……」
突然志保が、ふにゃりと地面に倒れ伏した。
「ヒローあたしお腹減ったー」
「……そう言えば、俺も腹減ったな……」
「……あたしも」
「俺も…」
一同のやる気がすっかり抜けてるのを見て、蝉丸は渋い顔をする。
「しかもなんか、お尻がむずむずする……うにゃっ?」
「そ、それよりも志保、お前ヒゲ生えてるぞ……」
志保に、尻尾とヒゲが生えた。
「…………」
ひょこり、とスカートを持ち上げ、ゆらゆらと揺れる尻尾に、思わず男性陣の目が釘付けになる。
「……そう言えば、すっかり忘れてたけど、志保ってば呪われてたんだっけ」
だが、当の志保は、ぽかんとした顔のまま、ふんふんと樹に顔を擦りつけ始めた。
「って志保!?」
さらに、いきなりその辺の樹で爪を研ぎ始めた志保に、誰もがびびる。
「えいえんの中にいた事で、志保の呪いに悪影響を及ぼしたと……そう考えるのが自然ね」
「って、冷静に分析している場合か!? 行動まで猫化してるぞ!?」
かりかり、と樹を引っ掻いていた志保は、唐突に我に帰った。
「…………あれ、あたし今なにしてた?」
「深く考えない方が、お前の為だぞ」
何やら腑に落ちない顔をしながらも、志保は再び座り込む。どうやら、ヒゲと尻尾には気付いていないらしい。
「………どうやら、マジで悠長な事言ってられないみたいね……志保のためにも」
厳かなルミラの声に、誰もが(志保除く)重々しく頷いていた。
【一同、森の中で作戦会議】
【志保、呪い進行……人間的尊厳の崩壊まで、あとわずか】
相変わらず駆け足な進行ですいません。
誤字脱字抜け伏線ミス、指摘よろしくお願いします。
503 :
故郷よ:02/02/05 12:20 ID:a/5MzLnV
「あの村へ…行くの?」
蝉丸達が作戦会議を行っている中で、突然舞が口を開いた。
作戦会議の内容は、半分以上理解していない舞だったが、ニュアンスだけは伝わっていた。
「いや。それを今、話あっているんだが。」
「………。」
「舞は、行きたくないの?」
佐祐理が控えめに舞に尋ねる。
「………。」
「そっか。そうだよね…。」
考えてみれば当然だ。
舞にとって見れば、あの村は自分を迫害し続け、10年以上も塔の中に閉じ込め、間接的にしろ最愛の母を奪った村なのだ。
しばしの間、一同は黙り込んでしまった。
「…よし!ではこうしよう。」
蝉丸が沈黙を破り、舞と佐祐理を指してこう言った。
「俺達はもう少しここに残って、相手の数や魔導師がいるかどうかなどを把握してから、帝国と相対するかどうかを検討する。
君達二人にはこれから女王陛下へ応援要請の文書を書くから、モアでそれをレフキーまで届けてもらおう。」
「おっ、ナイスアイデア。」
「蝉丸さん…。」
佐祐理は蝉丸の暖かい心遣いに感謝した。
504 :
故郷よ:02/02/05 12:21 ID:a/5MzLnV
「そうと決まれば文書を……おい、誰か書くもの持ってないか?」
「書くもの…書くもの…。」
全員が自分のポケットやら荷物やらを漁る中、
「私、持ってますよ。」
と、セリオが懐からペンを取り出した。
「お、ありがたい。」
「これは塗れている紙にも文字がかけるという、クルス商会の新製品なんですよ。先っぽに極小の金属のボールが付いていて…」
「ほぅ、そいつは便利だな。便利なのはわかったから、とりあえず早く貸してくれ。」
「銀貨一枚です。」
「…金を取るのか。しかし、高いな?」
「新製品ですから。」
「……いいだろう。」
蝉丸は鎧の中から、がまぐちを取り出した。
「あっ…金貨が一枚も入ってない。」
「うるさい。」
がまぐちを覗き込んだ彩を小突きながら、セリオに銀貨一枚を支払う。
「よし、と……今度は紙が無いな。」
「私、持ってますよ。」
そう言ってセリオが、今度は紙の束を取り出した。
「お、ありがたい。」
「これは水を弾いて強度も高い、クルス商会の新製品なんですよ。全面に特殊なコーティングを施しており…」
「…いくらだ?」
「銀貨一枚です。」
「高いな!?」
「新製品ですから。」
「……いいだろう。」
蝉丸は、また渋々がまぐちを開いた。
「あっ…変な商品券がたくさん入ってる。」
「うるさい。」
今度は彩を蹴飛ばして、セリオに銀貨一枚を支払った。
505 :
故郷よ:02/02/05 12:23 ID:a/5MzLnV
「舞……。」
そんなやり取りの中、佐祐理は一人考え込んでいる舞を心配そうに見つめた。
今、彼女は葛藤しているのだろう。自分を拒絶した村を恨む気持ちと、心配する気持ちがせめぎあっているに違いない。
「よしっ、書けたぞ!あとはこれをこうして…と。」
蝉丸ができあがった文書に、リフキーの紋章入りのシールを貼り付けた。
「これで完璧だ。では、君達はこれを女王陛下に届けてくれ。」
「………。」
手のひらの手紙をじっと見つめたまま、舞は動けなかった。
「どうした?」
「村の人は………殺されるの?」
「そんな事は…いや、軍隊だから何をするかわからないが…」
言葉を濁す蝉丸に、胸がずきりと痛んだ。
「では、頼んだぞ。本作戦の命運は君達の肩にかかっている。」
「あっ…そのセリフ、かっこいいですね。」
「はっはっは、早い者勝ちだ。」
「あんた達って…」
さっきから漫才を繰り広げる蝉丸と彩に、七瀬が呆れ声を上げた。
「ではーっ」
そう言ってモアで出発した佐祐理と舞の背中を見送りながら、浩之が今気がついたかの様に叫んだ。
「お、おい!俺は!?」
「モアは三羽だけだ。一羽は何かあった時のために、ここに残しておく。」
「そんなぁ。」
「あーら、ヒロ。大の男が、か弱い乙女達を残して、一人だけとんずらしようって言うの?」
「誰がか弱い乙女だよ!お前等皆、化け物みてぇなもんじゃねぇか。」
「すみやかに同意。」
うんうんと頷きあう浩之と健太郎が、か弱い乙女達にのされるのに数秒とかからなかった。
506 :
故郷よ:02/02/05 12:27 ID:a/5MzLnV
チャッチャッチャッというモアの足音に揺られながら、舞はまだ迷っていた。
自分と母を迫害した村、それでも自分の故郷である村、その村が自分のせいで、もしかしたら炎に包まれるかもしれない。
(あれから何年経ってのだろう…)
村の人達はまだ元気だろうか?石を投げてきたあの子は、もう村を出て街に行ったのだろうか?
一人で良く、回る歯車を眺めていたあの水車小屋はまだ残っているのだろうか?不意に郷愁の感にとらわれる。
その村全体が、いわば人質状態――。
しかし自分が行った所で何ができるだろう?
村を取り囲んでいるのは、怖い軍隊だという。
自分の中にあったちからも、塔を出てからはうまく働かなくなってしまった。
「舞……ほんとにこれでいいの?」
「………。」
佐祐理の問いに、舞は答える事ができなかった。
【川澄舞&倉田佐祐理:蝉丸の応援要請の文書を詠美に届けるためモアで出発】
【小道具:ボールペン、あぶら紙、レフキーシール】
蝉丸と彩と十話近く名前すら出てこなかったセリオがパーになってるけど、次から何事も無かったかの様にどうぞ(^^;
あとイジケ舞…(´・ω・`)ショボーン