284 :
黒い鳥:
一羽の鳥が空を舞っていた。
シルエットを見ることができたなら、人はそれを烏だと考えただろう――赤い瞳と漆黒の翼持つ鳩など、いるはずもないのだから。
くるり、くるり。鳥は地上にあるはずの何かを探すように、大きく旋回しつつ位置を移す。
何度も何度も旋回を繰り返し、やがて地平に見間違いようもない妖しい塔が見えてきたその時。
「――ヨウヤク、ミツカッタカ」
人などいないはずの空に、邪悪で貪欲な、しかしどこかしらほっとしたような声が響き――――鳥はまっしぐらに塔の方角へと飛び去っていった。
「テイコクメ、ヒトヅカイノアライ。ワレラハ、ツカイマデハ ナイノダゾ」
そんな呟きを遺して。
ただまっすぐ、秘宝塔の村へと。
285 :
黒い鳥:02/01/18 16:42 ID:FZmaLe7G
「見張りがいるな。村人の格好してるが、身のこなしは手練れの兵士の動きだ」
『いっぱいいるの』
「十人はいたな」
木陰から秘宝塔の周囲を伺っていた南と澪が、音を立てないよう慎重に戻ってきてそう告げた。
「お疲れさま。危ない目には、あいませんでした?」
「ああ。あいつら、後ろから逆に監視されてるとはさすがに思ってないみたいだから」
背後を振り返り、送り狼が尾けてきていないかどうかを確認して南が言う。
『今度は変態さんはいなかったの』
一方、澪は健太郎が見たら泣きそうなことをスケッチブックに書き付けた。
彼女にとって、帝国と変態さんは同じレベルの脅威らしい。
澪も年頃の娘だから当然だろう。くすっと笑って、茜は「お疲れさま」と澪の頭を軽く撫でてやる。
286 :
黒い鳥:02/01/18 16:43 ID:FZmaLe7G
(危ない目、か……)
そして、今後のことに思いを馳せた。
魔術アカデミーからの依頼は、王立特務部隊の監視であって協力ではない。
だが、このまま彼らの危地を看過しても良いものだろうか。
村落を占拠するという暴挙に出た帝国軍のことだ、無関係な人々の巻き添えを出すことも厭わないだろう。
……とはいえ、秘密にしている自分の任務の関係で、澪を危険に晒すことは絶対に避けたい……
ぞわり。逡巡する茜の背筋に不意の悪寒。
はっとして周囲を見渡し、その周囲に何もいないことを確認して頭上を見上げる。
――その視線の先に、黒い鳥。
何の変哲もないように見える黒い鳥。
先ほどの悪寒はすでにどこにもない。ただ、どこでも同じ青空だけが、頭上に広がっている。
(……気のせい……?)
『茜さん、なにか怖いの』
呆然と見上げるくい、くいっと袖を引く感覚。
我に帰り、傍ら見れば澪も青ざめた様子で同じ鳥を見上げていた。
魔術の素養のない南だけが、不審げに二人の様子と上空とを見交わしている。
287 :
黒い鳥:02/01/18 16:46 ID:FZmaLe7G
(やっぱり、気のせいじゃない……)
考えて見れば、あの破壊神を軍神として信奉している帝国軍が展開しているのだ。
その従僕たる存在が付近にいても、不思議ではない。
もし仮に『彼ら』が帝国軍と共にやって来ているのだとしたら、この場所の危険度はさらに跳ね上がるだろう――――
滅多に見せない緊迫した面もちで、茜は二人に向き直る。
「澪、南さん。良く聞いて――」
「ただ今帝都より書状を受け取った。大帝陛下は非常に気を揉んでおられる」
村の一角、村長所有の大きな納屋の中。
三十人ほどの村人の前で、村娘が訓辞を行っているというのは何かの冗談の構図でしかない。
「この作戦は、確かに帝国の興廃に直結するようなものではない。しかし、間違いなく帝国の威信は掛かってるわ。
秘宝という名の付くもの、何一つ共和国の手に委ねるようなことはあってはならない!」
ピンと跳ねた髪型が特徴の村娘、その肩に先ほどの黒い鳩。
鳥の赤い瞳は居並ぶ村人を睥睨し、その瞳を見返す村人の視線は畏怖と尊崇の念に満ちている。
まるで、神の御使いを前にしたかのように。
288 :
黒い鳥:02/01/18 16:47 ID:FZmaLe7G
「橋を焼き落とした岡田隊も、間もなくこちらに合流するとの伝令があった」
松本は見つからなかったけどね、と心の中で付け加える。
今頃どうしてるんだろう、無事だと良いけど……あの娘、腕はともかくお馬鹿だから、ちょっと心配だな……ああ、今はそんなことよりきちんと集中しなくちゃ。
「……敵に支援はなく、我々の優位は確定されたと言っていい。
正しき秘宝は正しき帝国の元にあってこそはじめて、正しき活用がなされる。これは正義の執行なのだ!
敵地での活動ではあるが、我らには軍神のご加護がある。勝利を信じよ、敗北と死を恐れるな!
レザミア帝国に栄えあれ! ダリエリ陛下に栄えあれ!」
同僚の身への不安と慣れないことへの緊張もあって、全般的にやや棒読み気味ではあったが。
村娘、否、帝国軍銃士吉井は訓辞を締めくくる。
『レザミア帝国に栄えあれ! ダリエリ陛下に栄えあれ!』
兵たちの唱和。
拳を胸に打ち付ける低い音。
それらを見やる鳥、ランタンの炎に照らし出されたそのシルエットは、まるで悪魔のようなかたちをしていた――――
【茜、澪、明義:秘宝塔の近くに潜伏中】
【岡田隊:レフキーから辺境に通じる橋を焼き落としてもうすぐ合流?】
【吉井隊:村人に成り済ましてます】
【黒い鳩:一応正体不明】
「前門の塔、後門の狼」(
>>41-43)からの続きになります。
帝国の名前と宗教、勝手に決めちゃいました(w
レザミアはおわかりかと思いますが、レザムの変形です。
茜が二人に話す内容はお任せです〜