SS統合スレ♯8

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508不定期連載
祐一・美汐夫妻シリーズ
第一話「月曜の朝」
>>138-140

第二話「Baby Face」

祐一を送り出した後、美汐は軽く自分の朝食を取り、片付けや掃除など、実に手際よく済ませた。
夕食の準備をするまではまだだいぶ時間がある。
いつもなら本を読んだり編み物をしたりとゆったり過ごす時間なのだが、
今日はなんだかそわそわと落ち着かない。
窓の外、今にも泣き出しそうな空に目をやり、
「今日も雨……か」
と、もう一度つぶやいた。
「あの人は今日もいるのかな……」
祐一には言わなかったが、美汐は今日、ものみの丘へ行こうと思っていた。

──話は3日前に遡る。

その日もやはり雨が降っていた。
509不定期連載:02/01/24 01:39 ID:zKghiDYo
近所のスーパーの前ではいつものように奥様方が買い物袋をぶら下げて立ち話に興じている。
美汐が会釈をして中に入ろうとすると、
「あら、相沢さんとこのお嬢さん」
と、お隣りの奥さんから声をかけられた。

「お嬢さん」というのが美汐のあだ名のようになっている。
祐一なんかは「若く見られることはいいことじゃないか」と言うのだが、
美汐本人は幼く見られるのを気にしていたりする。
かと言って、祐一にいつもからかわれて「おばさん」と呼ばれるのもやはり気にしている。
美汐心は複雑なのだ。

「ねえ、聞いた?」
あいさつもそこそこに彼女はいきなり話し始めた。
どうやら買い物は後回しになりそうだ。
美汐は立ち話に参加する覚悟を決めた。
正直、他人の噂話とかはあまり興味ないのだけれど……と思った次の瞬間、美汐は耳を疑った。

「ものみの丘にね、出るんですって。幽霊が」

ものみの丘?それは、まさか、ひょっとして……
あの子たちの顔が浮かぶ。
幽霊でも何でも、もし会えるものなら会いたい。
はやる気持ちを抑えながら、美汐は次の言葉を待った。

「なんでも、雨の日に傘もささずに暗ーい顔した、男の幽霊が現れるんですって」

男の……
美汐はがっくりと肩を落とした。
たとえその話が本当だったとしても、自分の知ってる二人の妖孤では……ない……
510不定期連載:02/01/24 01:40 ID:zKghiDYo
その後も真に迫った目撃談は続き、この世のものとは思えないほどの美男子だっただの、
この雨もその幽霊の仕業に違いないだの、だんだん尾ひれが付き始めたようだが、美汐の耳には入らない。
突然現れた一縷の望みはあっけなく破れ、現実を再び思い知らされたような気がしていた。
あの子たちはもういない。
もう二度と会えないのだ。
何度も何度も納得したはずなのに、また胸が痛む。
それは美汐がまだあの子たちのことを忘れてはいない証拠だった……

「そうそう、それでね……」
「うっそー?」
再び井戸端会議に花が咲く。
「それでは私、買い物がありますので……」
美汐は必死に笑顔を取りつくろってそう言うと、一人輪を抜けた。

買い物をしながらも心は落ち着かない。
同じ物を二つ買っていたことにレジの前まで来て気がつき、慌てて戻しに行く。
深くため息をついた。

「どうした、美汐?何か元気ないな」
「え?」
普段通りに振舞っているつもりだったが、祐一にはなぜかわかってしまうようだ。
それでも美汐は、
「そんなことありませんよ」
と笑ってみせた。
「そっか」
と言ったきり、祐一はそれ以上何も聞かなかった。
が、その日の祐一はいつにもまして優しかった。
心の中で「ありがとう」と何度も繰り返し、美汐は少しだけ、その優しさに甘えることにした……