私達は街角の喫茶店の一席にいた
二人の前にはイチゴサンデーが一つ
あまりに大きすぎて名雪には食べられそうもなかった
名雪は背を伸ばして頂上のイチゴをスプーンにすくうと、そのまま口に運んだ
あなたがいた頃にはうまく使えなかったスプーンも、上手に使えるようになっていた。
「おいしい?名雪……」
「うん!」
それにしても、名雪のイチゴ好きは大したもんだな。
「えぇ、そうね……」
将来、イチゴ星人の嫁にでもなるつもりじゃないのか?
「そんなこと言わないで……」
何言ってるんだ、名雪は俺の子供じゃないだろ?
「えぇ、違うわ……」
俺とお前の子だ、名雪は
「そう、あなたと私の……子」
目の前にいるはずの名雪の姿がだんだん霞んでくる
「それなのに……それなのに……」
情けなかった
「あなたとの……大切な……この子と……」
身勝手な考えしかできなかった自分を
「私は……私は……」
そして
「どうして……どうして……」
あなたとの約束を忘れていた自分を
「……あなたぁ〜!」
あなたとの別れのときでも出なかった涙が、そのとき初めて溢れだした
しばらくして、名雪の泣き声が聞こえてきた
それから私は決めた
この子の前では笑顔でいようと
あなたがいなくても寂しがらないように
あなたがいなくても良く育ってくれるように
それがあなたと交わした最後の約束だから
『秋子、名雪をしっかり頼むぞ』
トン、トン、トン、トン
階段を降りてくる足音がする。
片手にカゴをさげた家主だ。そのカゴの中には洗濯物がぎっしりと詰まっている。
家主はそのままリビングに入ると同時に、玄関から元気な声が聞こえて来た。
「ただいまぁ〜」
「あら、おかえり名雪」
「ふ〜、今日はずいぶん暖かかったから、いっぱい汗をかいちゃった」
「そう、それじゃシャワーを早く浴びてすっきりしてきなさい」
「うん、そうするよ」
バタバタバタッと浴室に向かう少女。
家主はそんな彼女を眺めていると、何かを思い出したらしく、浴室のドアを開けようとする少女に尋ねた。
「ねぇ、名雪。シャワー浴びた後に時間空いている?」
「うん、空いているけど」
「じゃあ、お父さんのお墓参りにつき合ってもらおうかな」
「えっ……」
「ダメ?」
「うぅん、そうじゃないけど……何だか急だなって」
「今日はお天気がとってもいいから、お父さんも喜んでくれると思って。
……そうだっ、祐一さんもご一緒にいかがですか?」
「えっ、俺なんかついていっても……」
「いいんです。祐一さんはもうこの水瀬家の一員なんですから。
……それに、お父さんに名雪には素敵な彼氏ができたって報告したいし……」
「!?」
「わっ、お母さん、恥ずかしいこと言ってるよっ!」
「そ、そ、そうですよ、お、俺と名雪はそんな……」
「あら、誰も名雪が祐一さんと……だなんて言ってませんけど?」
あっけにとられる約二名。
「そ、そ、そうですよね。俺が名雪とだなんて……
ははははははははっ……はぁ……」
「……うー、お母さんの意地悪ぅ〜」
少女の小さな非難に、悪戯っぽく舌を出して応える家主だった。
ねぇ、あなた
「祐一、ちゃんと持ってくれた?」
私があなたのそばへゆくのは
「持ったぞ。マッチと新聞紙と般若心経だな」
ずっと、ずっと、先のことになるでしょうけど
「般若心経、って祐一読めるの?」
きっと、あなたなら
「あれ、お母さん。何を見ているの?」
返事一つで済ませてしまうでしょうね
「うん……空をね、眺めていたの。本当に気持ちがいい青空だから……」
了承……って
「ねぇ、お母さん」
「なぁに?名雪」
「帰りにね、三人でイチゴサンデーを食べない?」
「了承」
広がるのは空、雲一つない澄みきった青空。