SS統合スレ♯8

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19遠い記憶 1
 もう少しで秋も終わり。
 保育園のお庭にある木はどれも、葉っぱが落ちちゃってる。
「未来(みき)ちゃ〜ん、護(まもる)く〜ん」
 お昼休みにお砂場で遊んでいると、晴子先生が来て、わたしと幼馴染の護くんに
話し掛けてきた。
「どや、明日のお休み、先生のお家にお泊りにきぃへんか?」
 晴子先生の事は大好きだったから、わたしは二つ返事でそれに頷いた。
 護くんもそうだった。
「あ、一応、お父さんかお母さんには言っておくんやで? 先生の方からも電話は
するけど」
 それにまた頷くと晴子先生は「よっしゃ!」と言って、笑った。
 その笑顔が、大好きだった。
 何故だか、懐かしい気がした。
「ほな、明日はごちそう用意してまっとるで〜」
 晴子先生は気を良くしたのか、踊るような足取りで園舎の方へ歩いていった。
 それを、護くんは複雑な表情で観ていた。
 なんでだろう?
 何か、気になる事でもあるのかな?
「護くん、どうしたの?」
 ずっと、へんな顔をしている護くんにそう尋ねた。
 すると護くんは慌てて、わたしを見る。
「いや、なんでもないんだ。未来は気にしなくていい」
 護くんがそう言ったなら、わたしは気にしない。
 ずっと、護くんはわたしを守ってきてくれたから。
 ちょっと前、夏の終わりごろにいじめっ子に大事な髪留めを取られた時も。
 ずっと、その前からも。
 そして多分、これからも。
20遠い記憶 2:02/01/05 22:35 ID:Ei9a202B
 次の日、わたしと護くんは神尾、と書かれた表札がある家の前にいた。
「ここ、だよね?」
 とわたしが尋ねると、護くんは何故かは知らないけど、懐かしそうな目でその
家を見て、頷いた。
 少し気になったけど、護くんが何も言わないって事はわたしが気にしなくても
いい事なんだろう。そう思った。
「晴子先生〜!」
 二人で声を揃えて晴子先生を呼んだ。
 このお家にはインターホンがないみたいだから。
 呼ぶとすぐに晴子先生が家の前に出てきた。
「おー、よう来たな。まあ入りや」
 晴子先生が玄関の戸を開けて、手招きする。
 わたしたちはそれについていくように、家の中に入った。
「おじゃましまーす」
 二人で声を揃えてそう言うと、晴子先生はにっこりと笑った。
「そうや、いい挨拶やな」
 そしてわたし達を部屋の中に入れてくれた。
 入った部屋はどうやら居間のようだった。
 でも、なによりも居間の片隅にあるお仏壇が気になった。
 そこにはわたしなんかよりうんと年上のお姉ちゃんがピースサインをしている
写真があった。
 わたしのお家も、おばあちゃんが死んで、お仏壇におばあちゃんの写真が飾ら
れているから、すぐにわかった。
 ああ、あのお姉ちゃん、死んじゃったんだなって。
 なんでかは知らないけど、心がずきん、と痛んだ。
 胸の中で、熱いものがぐるぐると回った。
 耐え切れなくなって視線をそのお仏壇からそらすと、護くんがわたしをまた、
複雑な表情で見ていた。
 何時の間にか、わたしはまたその写真に視線を戻した。
21遠い記憶 3:02/01/05 22:36 ID:Ei9a202B
「なんや・・・・・・ああ、その写真の子な、先生の子供やねん」
 晴子先生がお台所のほうから缶ジュースを持ってくると、そういった。
「もう、死んでしもたけど、先生の大事な一人娘やねん」
 まるで何かを抱きしめるかのように、優しく晴子先生が呟いた。
 また、ずきん、と心が痛くなった。
「っと、あかんあかん。気が滅入ってまうな。ほら、ジュースでも飲み」
 晴子先生がわたしたちに缶ジュースを差し出す。
「わぁっ、ありがとう」
 受け取り、すぐさまプルタブを開けようとしたけれど、わたしには開けられな
かった。
 困り果てていると、それを横目で見ていた護くんが片手で器用に開けてくれた。
「なんや、護くんはまるでお姫様を守るナイトみたいやなぁ」
 晴子先生がその様子を見て、笑うと護くんは照れたようにジュースを飲んだ。
 なんだか、急にわたしも恥ずかしくなって、さっきの心の痛みを忘れてしまった。
 晴子先生はそんなわたしたちを見てまた笑って、言った。
「それじゃ、何してあそぼか?」
「かくれんぼ!」
 わたしはすぐにそれに答えた。
「かくれんぼか、ええで。じゃ、先生が鬼や」
 にっこりと先生が笑って、そして急に数を数えだした。
「い〜ち、に〜い」
「わっ、晴子先生早いっ」
 慌てて立ち上がり、わたしと護くんは今までいたお部屋から飛び出した。
「どこに隠れようかな・・・・・・」
 わたしは辺りを見回しながら、晴子先生のお家のどんどん奥へ歩いた。
「こっち、お風呂場かな・・・・・・あ、やっぱり」
 どんどん、奥へ奥へと歩いた。まるで最初から全部知っているかのように。
「ここ・・・・・・」
 吸い込まれるように、わたしはそのお部屋に入った。
 とたんに頭にズキッとした痛みが走った。
22遠い記憶 4:02/01/05 22:37 ID:Ei9a202B
 お部屋の中には怪獣・・・・・・ううん、恐竜のぬいぐるみがいっぱいだった。
 そして並べられたぬいぐるみの中に一つだけ、古そうなお人形があった。
 それを抱きかかえるように手にとる。
 手にとって抱きしめた後、もう一度部屋を見回した。
「わたし・・・・・・ここ、知ってる」
 素直に、そう思った。
 とたんにまた頭に痛みが走る。
 古い何かを掘り起こすように。
『観鈴、今日からここがあんたのお部屋やで』
 急に、知ってる人の声が聞こえた。
『なんや、また学校で癇癪おこしてもうたんかいな・・・・・・』
 これも・・・・・・知ってる。
『観鈴っ俺だっ』
 この男の人の声も・・・・・・知ってる。
『俺がずっと、笑わせ続けるからっ!』
 知ってる。
『カァー』
 からすの鳴き声・・・・・・知ってる。
『観鈴っどこが痛いんやっ!?』
 知ってる。
『そやな・・・・・・そしたら、明日は海までお散歩や』
 これも・・・・・・知ってる。
『観鈴っ! 何でやっ!? 何でうち置いて、逝ってしもうたんやっ!?』
 頭にまた、痛みが走った。
 それはどんどん大きくなり、わたしを壊してしまいそうだった。
「いや、いやぁっ!!!」
 叫んだ瞬間、いろんな光景が頭の中で生まれた。
 そして、わたしは全てを理解した。
23遠い記憶 5:02/01/05 22:37 ID:Ei9a202B
「ずっと、笑わせ続けるっていっただろ」
 気がつくと、わたしは護くん、ううん、往人さんに抱きかかえられていた。
「往人・・・・・・さん」
「思い出してしまったんだな・・・・・・」
 往人さんが頭を振りながら、ため息をつく。
「わたし、空の女の子に会って・・・・・・そして・・・・・・」
「ああ、お前は星の記憶を受け継いだんだ。立派にな」
 往人さんがそういってわたしの頭を撫でてくれた。
 その身体はまだ、小学校にも上がっていない幼いものだったけれど、間違
いなく往人さんだった。
「でも・・・・・・なんで往人さんは覚えてるの?」
「ああ、俺もわからん。まあ、これも俺の家に伝わる力の一つかもな」
 全て、思い出した。
 星の記憶を受け継いで、わたしは本当の人間として生まれ変わったのだ。
 その際に、今までの記憶を失った。
 お母さんとの幸せな記憶も。
「保育園児のフリをするのも疲れるが・・・・・・まあ、お前のそばに居たいから
な。ガマンだ」
 往人さんはそういって、笑った。
 つられてわたしも笑う。
「にはは・・・・・・」
 わたしがそう笑うと、往人さんがまた笑った。
「ああ・・・・・・その笑い声、久しぶりに聴いたよ・・・・・・」
 笑っている往人さんの目の端には、光る物があった。
24遠い記憶 6:02/01/05 22:38 ID:Ei9a202B
 ズキッと頭に痛みが走った。
「痛っ」
 たまらずそう声を上げると、往人さんがわたしの頭を抱えた。
「やっぱりな・・・・・・。俺はまだ法術で生まれ変わっているから大丈夫だが、
お前は普通に生まれ変わったんだ。人間二人の記憶は脳が耐えられない」
 往人さんがわたしの頭を抱えたまま、そう言った。
「わたし、どうなるの?」
「多分、お前の古い記憶はまた忘れてしまう。そしてまた、『未来』になる」
 少し悲しそうに、往人さんが呟く。
 その声に、わたしは気を落とした。
「・・・・・・には・・・・・・は、しょうがない・・・・・・よね」
「・・・・・・そうだな。それに・・・・・・お前はもう『未来』なんだ。今更『観鈴』
には・・・・・・』
 往人さんの言いたい事はわたしにもわかった。
 もう、『未来』として生まれ変わったわたしには、産んでくれたお父さんも
お母さんもいる。
 もう、『未来』として生きてしまっている。
 だから・・・・・・『観鈴』として、お母さんの所には戻れない。
 でも・・・・・・でも!
「往人さん、どれくらいでわたし、『未来』になっちゃうのかな?」
「・・・・・・持って今晩」
 往人さんがそう言って、わたしを抱きしめた。
「今晩だけ・・・・・・、最後にうんと甘えたらいい」
 往人さんは耳元でそう呟いて、笑った。
 わたしもそれに頷いた。
25遠い記憶 7:02/01/05 22:40 ID:Ei9a202B
 その晩、わたしは久しぶりの『我が家』を満喫した。
「わっ、すごいお料理っ」
「ふふふふ〜、先生な、一生懸命お料理したんやで。お腹一杯食べや」
 お母さんと一緒にご飯を食べて・・・・・・。
「なんや〜、護くんもいけずやな〜。一人でお風呂に入るなんて」
「多分、恥ずかしいんだと思う・・・わっ、目にシャンプーの泡がっ」
 お母さんと一緒にお風呂に入って・・・・・・。
「やった。またわたしの勝ち」
「未来ちゃんはほんまトランプ強いな〜、先生知らんかったわ」
 いっしょにトランプで遊んで・・・・・・そして・・・・・・。
 縁側にわたしと往人さんが座って、星空を眺めていた。
 今、お母さんはお母さんのお部屋にわたしと往人さんの布団を敷いている。
「どうだった?」
 往人さんがそう尋ねる。
「うん・・・・・・、お母さんはやっぱり、お母さんだった」
「なんだそら」
 呆れたように、往人さんがため息をついた。
「でもね・・・・・・」
 わたしがそう切り出すと、往人さんの目が真剣になる。
「最後に・・・・・・『お母さん』って・・・・・・呼びたいな」
「・・・・・・」
 敵わぬ願いだと知っていた。でも、それでも・・・・・・それでもっ!
「わかった」
 往人さんが笑って、わたしに耳打ちをした。それを聞いて、わたしも笑った。
「ありがとう、往人さん」
 そう言ってから、わたしは往人さんにキスをした。
 『神尾観鈴』として、往人さんにする最後のキスだった。
 唇を離すと、どちらとも無く赤くなって、そっぽを向いてしまった。
「お布団敷けたでっ。お眠の時間やっ」
 お母さんの元気な声が家の中に響いた。
26遠い記憶 8:02/01/05 22:43 ID:Ei9a202B
「ほな、電気消すで」
 お布団に寝転がって、お母さんが電灯の紐に手を伸ばすのを見ていた。
 電気が消えたら、お母さんの顔が見えなくなってしまう。
 だから、しっかり、最後にお母さんの顔を覚えておきたかった。
 そして、最後に・・・・・・『お母さん』って、呼びたかった。
「なんや、護くんはもう寝てもうたんかいな。ごっつ寝付きよすぎるで・・・・・・」
「にはは、うん、おやすみなさい。お母さん」
「うん、お休みや・・・・・・ってっ!?」
 慌ててお母さんがわたしの枕もとにしゃがみこんだのが目を閉じていても分
かった。
「未来ちゃんっ!? いま、『にははっ』って、ほんで、『お母さん』って・・・・・・」
 これがさっき往人さんから教えてもらった方法だった。
 ちょっと強引な気がしたけど、でも、最後に『お母さん』って呼べた。
「ちょっと、起きぃ!」
 その慌てたような声にわたしは寝たフリをした。
「・・・・・・なんや、寝ぼけとってうちをお母さんと間違えたんかいな・・・・・・」
 お母さんがそう呟いて、わたしのほっぺたにキスをした。
「おやすみ、や」
 そう言って、自分の布団にもぐりこみ、暫くたって寝たのが音で分かった。
 涙が溢れた。ちゃんと、最後に『お母さん』って呼べた。
 寝たふりをしてくれている往人さんの方を見ると、笑顔でお母さんの布団を指刺す。
 最後に沿い寝しろって言ってるんだろう。
 それにわたしは頷いて、すっ、とお母さんの布団に入った。
「お母さん・・・・・・」
 と呟き、抱きついた。ズキッとした痛みがまた、頭の中で起こった。
 明日、起きれば、もう『神尾観鈴』としての記憶は忘れてしまっているだろう。
 でも・・・・・・、最後に『お母さん』って呼べて、良かった。
 大好きなお母さんと一緒に寝られて、良かった。
 頭の中で沸き起こる痛みで意識が遠のいていく。
 さよなら、お母さん。
27遠い記憶 9:02/01/05 22:44 ID:Ei9a202B

「ほら、未来ちゃん、おっきの時間やでっ」
 急にそんな声がして、お布団が身体の上から無くなった。
「うー・・・・・・」
 目をこすりながら起き上がると、晴子先生が笑顔で立っていた。
「うぅ・・・・・・晴子先生、おはよー」
 ふぁあああ、とあくびがでた。
「うん、おはようさんや。護くんはもう起きてるで」
 晴子先生が笑って、わたしを抱き起こした。
 パジャマから着替えて居間にいくと、護くんがTVを見ていた。
「護くん、おはよー」
「ん、おはよう」
 挨拶を交わして、ちゃぶ台の前に座る。
 すると、またお仏壇が見えた。
 ピースサインをした、お姉ちゃんが笑っていた。
 もう、頭に痛みは起きなかった。
 なんでだろう?
 でも、なんだかすっきりとした気分だった。
 長く、つっかえていたものが取れたみたい。
 楽しい気分になって笑顔になると、それを見た護くんも笑ってくれた。
「ほら、朝ご飯やで〜っ、あまあまの卵焼きや!」
 お台所の方から晴子先生の元気な声が聞こえた。
 ぐ〜、とお腹がさっきから鳴っていた護くんと目を合わせ、わたし達は
走り出した。


―――了