はわわーーっ。マルチのこと忘れないでくださいっ2

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第5章

そうは言ったが、店長から聞いた「噂話」が頭にこびり付いて離れない。
俺が毎日見ている夢を裏付けるようなその話が、すごく気になってしまう。
夕飯を食べていても、ぼんやりしていてマルチに心配されてしまった。
「別に何とも無いよ、ありがとう。」
内心の動揺を顔に出さないように注意しながらも、そう答える。

マルチに心配かけて何やってんだか
そう思いながらも、思考は止められない。

「…スター」
「マスター?」
!!
またもぼんやりしてしまったらしい、慌てて意識を戻す。
「ん、御免、どうしたの?」
「ぃえ、御気分が宜しくないのでしたら、お早めにお休みした方が宜しいかと…。」
「ぃや、そういう訳でもないんだけどね。」
そう、言いながらも、今日はマルチとあまり顔を合わせない方が良いのかもしれないと
思った俺は少し迷った後、早めに自室へと戻る事にした。
「ん、分かった、マルチがそう言うんなら そうしよう。」
腰を上げた俺をマルチが見つめる。
「それでは、お休みなさいませ。」
その瞳が、寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか。

部屋に戻っても何となく考えてしまう。
「もし」あの夢の中の「マルチ」がHMX-12で
俺が、過去に彼女と出会っているのだとすれば、納得出来る。
マルチを買う時、名前をつける時、心に有った引っ掛かりはこれなのかもしれない。

「だったら! 何で、思い出せなかったんだよ…。」
口に出してみても、理由は分からない。

俺が好きなのは どっちなんだ?
マルチと夢の中の「マルチ」。

そう、俺は「彼女」の事を好きになっているのかもしれない。
夢の中の「マルチ」か? それでは、マルチは代替品なのか?
マルチ? それじゃぁ、何故こんなに夢に悩まされるんだ?

俺は混乱していた。
世間一般からすれば、メイドロボに恋した危ない人間扱いされるのは
言うまでもないが、そのような汚名は甘んじて受けよう
でも、恋の対象がどちらか分からないではお話にもならない。

「何なんだよ! いったい!」
やり場の無い怒りにも似た感情が俺を支配する。
俺は拳を振り上げ ベッドに叩き付けた、何度も…何度も
今はこれしか出来なかった、今それを止めてしまえば
マルチに危害を加えてしまうかもしれない、それだけは避けたかった。

翌日、休みだったので、約束どうりマルチの服を買いに町まで出かけた。
正直な話、俺は行きたくはなかったが、約束した事は守らなくちゃならない
たとえ相手がメイドロボだったとしても。

服を数点店員に選んでもらう。
そこそこ似合っているようだが、マルチは心ここに有らずといった雰囲気だ。
マルチは俺の事が心配なんだろう、今朝からそっけない態度を取ってしまったから。
マルチを傷つけるというのは分かっている、だけど今は 一人になって考えたかった。

気が付くとマルチが目の前にいた、買い物は終ったらしい。
「マスター、体の具合がよろしくないんじゃないでしょうか?」
気遣ってくれるのだが、今の俺にはうっとおしいだけだ。
「ぃや、大丈夫だ。」
「しかし…。」
「余計な心配しないでくれ!」
つい、怒鳴ってしまった。
「も、申し訳ありません。」
慌てて頭を下げるマルチ。
「ぃや…すまん、言い過ぎた。」
俺がそう言うと マルチは恐る恐る顔を上げた。
何だか気まずくなってしまった、こうなるのが分かっていたから出かけたくなかった。
「帰ろうか?」
「…はい。」
折角出かけたのに、済まないマルチ…
心の中で謝っても、思いは相手には届かないのに。

帰って来てすぐに部屋にこもる。
何でこんなに悩んでいるんだか自分でも分からない。
マルチにも会いたくなかったから、夕飯も断った。
夜になったが、眠りたくもなかった、また、あの夢を見てしまうから…。
この日俺は一睡も出来なかった。

翌朝、俺は半ば強引に朝食を摂らされた。
勿論俺は嫌がったが、マルチは頑として許してくれない。
命令しても「そのような命令には従えません。」ときたもんだ。
こいつは本当にメイドロボなのだろうか?

マルチは仕事を休む事を薦めたが、強引に出社する。
流石に、そこまでは言いきれなかったようだ。

出社したものの、寝不足のためかミスばかりする。
今日ばかりは同僚の足を引っ張りまくり、お荷物状態だ。
お前にしては、珍しい日も有るもんだと言われるが反論できない。
だからといって、忙しいのに早退する訳にもいかない
仕事は片付いてはいないのだから。

結局、仕事は終らないまま、帰る羽目になった。
「…ただいま。」
そう言った瞬間、どたどたと足音がする。
何事か? と思ったが、その瞬間台所からマルチが玄関へ駆け込んできた。
何だ? どうしたのかマルチに問いただそうかと思ったが
マルチは未だ肩で息をしているような状態で、とても話をする余裕も無さそうだ。
そんな所までそっくりに作らなくても良いだろうにと
考えながらも、マルチが落ち着くのを待つ。
「ま、マスター…お帰りなさいませ。」
「ただいま。」
「どうしたんだ、いきなり走ってきて?」
「す、済みません…マスターが御自分のお部屋に行ってしまうんじゃないかと思って…。」
「私、今朝も勝手な事して…、マスターにご迷惑ばかりおかけして。」
心が痛かった。
「ごめん、今日も夕飯要らないから。」
そう告げて部屋に逃げ出してしまう
部屋に入る寸前、マルチの姿が眼に焼き付けられる。

マルチは…… 今にも泣き出しそうな顔だった。