それから数日は別段変った事も無く過ぎたが
俺自身は緑色の髪の少女の夢を何度と無く見た。
…目の前で緑色の髪の少女が転びかけている、慌てて手を差し出し支える俺…
少女はにっこりと笑い
「す、すみませ〜ん、わたしったらドジで。」
少女の連れらしい青年が、少女を呼ぶ…
「お〜い、どうした? マルチ」
…マルチ?
!!
俺はまたもや跳ね起きてしまった。
「あの少女が、マルチ…?」
偶然であろうか? ぃや、そうではないはず。
この夢は何なのだろうか?、俺の過去の記憶?、憶えていない…。
憶えていないほどのささやかな出来事?、しかし、何故夢に出る。
時計を見ると夜中の2時だったが、何故だか眠りたくなかった。
夢の中の少女はうちのマルチそっくりだったが、しかしメイドロボには見えなかった、
耳カバーが無かったというのも有るだろう。
しかし、俺には、街で普通に見掛ける女の子たちと区別が付かなかった…。
マルチの部屋に行く。
正確にはメンテナンス用ベッドが置いてある部屋に行くというところか。
部屋は空いていたので 1部屋マルチ用に空けるつもりだったが
「私は、メイドロボですから部屋を頂く訳にはいきません」と頑なに拒否された。
まぁ、すったもんだした挙げ句、メンテナンス用ベッドを据え付けた部屋を
事実上マルチの部屋にする事で妥協した。
マルチ自身はすごく申し訳なさそうにしていたが。
マルチはメンテナンス用ベッドの中で眠っていた、いや、充電とメンテナンスを
行っていた。
マルチの寝顔を見る機会は無かったが、今更ながら良く出来ていると感心する。
呼吸するかの如く胸は動き、本当に人が横たわっているかのようだった。
頭を撫でてやりたい誘惑に駆られたが、メンテナンス用ベッドのカバーが下りているので
手を触れる事は出来ない。
人として生まれたわけではない機械仕掛けの少女。
人に仕え、人の苦労を軽減させるためだけに作られ、そして使い潰されていく少女
でも、マルチを見ていると、これ以上何を求めるのか? と思いたくなる。
不思議な気分だが、もしかして俺は「彼女」に引かれかけているのかも知れない。
でも、どっちなんだろう?
うちのマルチに?…それとも夢の中の「マルチ」に?
翌日、時間を見つけ「ロボットショップ」へと、行った。
「どうした? 辛気臭い顔して。」
店長は俺の顔を見るなり 何かを察したのか、声を掛けてくれた。
「済みません、お聞きしたい事が有って…。」
「ん、構わないよ。」
言葉尻を濁す俺に、店長は気軽に応じてくれた。
「HM-12を人間と変らないくらいにカスタマイズしている人って、ご存知ですか?」
「え、こりゃまた、雲を掴むような話だねぇ。」
店長がそう思うのも無理はない。
「まぁ、HM-12は長い期間販売されたし、結構な数出ているから
専門の会社が改造した機体がいるとは思うけど、そっち方面にでも興味が有るのかい?」
「いえ、そうではなく 実は…。」
俺は、例の夢の話をした。
HM-12と、うりふたつの「マルチ」と呼ばれた少女、その子とうちのマルチとを重ねてしまう事を。
「ふぅ、なるほどね、君が辛気臭い顔をしてるのも無理ないなぁ。」
「済みません 変な事聞いてもらっちゃって。」
「ぃやいや 構わんよ、俺は医者じゃ無いから人間の事は良く分からんが
メイドロボの事なら何とかなるかもしれないね、一応これで飯食っているんだからさ。」
茶化したように言ってくれる店長のおかげで、少しは気が楽になった。
「一つだけ心当たりが有る。」
店長はおもむろに話し出した。
「まぁ、心当たりといっても、噂話だけどね」
「…噂話、ですか?」
「うん、だから、そこまで当てにはしてほしくないんだけどね。」
「HM-12が発売される前、試作機のトライアルが行われていたんだ。」
「なんでも、一般の高校に編入学させて、生徒として運用していたらしいんだが
そこで、稼動していたHM-12、ぃや この場合はHMX-12だな、は市販された機体とは
大きく仕様が違っていたという話だよ。」
店長の話は驚くべき内容だった。
高校に編入学? 市販機とは違う機体仕様?
「違うって、外見ですか?」
「いや、外見ではなく中身だよ。」
「試作機は、可能な限り人間に近いロボットを作るというのがコンセプトだったらしい。」
可能な限り人間に近いロボット?
「でも、うちのマルチも人間に近い代物だとは思いますけど。」
「ん、そうじゃなくて、俗に言う「メイドロボットっぽさ」ってやつが全く無く
人間と代わり無いほどの物だったとか言う話だよ。」
「そんなに凄いメイドロボだったのに、どうして仕様変更なんか?」
それほどの物だったら、今発売しても 売れるとは思うのだが 何故?
「まぁ詳しい事は知らないけど、同時開発されていたHM-13との兼ね合いじゃないの?」
「HM-13? 聞いた事ある名前ですね。」
「ああ、当時HM-12と同時発売された高級機だよ、今では来栖川系HMの標準装備になっている
サテライトサービスシステムを最初に搭載した機種だったな。」
思い出した HM-12の姉妹機じゃないか、我ながら間抜けな話だ。
「うん、人間と変らないぐらいのHM-12っていったら それしか思い浮かばないなぁ。」
「その手のメーカー改造の機体でも、「メイドロボットっぽさ」ってやつは抜けきれていないからなぁ。」
「まぁ、これは俺の仲間内での噂話だから、本気にしないようにね。」
「もし本当にそんな物が有るんなら来栖川も、とっくに商品化しているはずだから。」
「まぁ、君のところのHM-12だって、初期型からすれば別物だよ。」
「HM-12が出て、暫くして各メーカーから、対抗商品が続々と出てきたから
来栖川も負けじと改良を加えていって… 基本設計が良かったんだろうね。」
「確か最終型は、HM-15用の疑似感情制御システムが特別に組み込まれていたはずだよ
下手な改造機よりか 人間らしく振る舞う事が出来ると思うんだけどね。」
「そうなんですか?」
知らなかった、どうりで古い型の割には良く出来ていると思ったが。
「ぃや、君はその事知っていて買うのかなと思っていたんだけど
よく話を聞いてみたら、まるで何にも知らなかったから妙に気になってね。」
成程、店長に気に入られた理由の一つはこれか…。
「だから、あの子も感情が無い訳じゃないからね、大事にしてあげないと。」
「ええ、そうですね。」
「今日は変な話に、巻き込んで済みませんでした。」
「ん、まぁ今日は店も暇だったしね、いい退屈凌ぎだったよ。」
そう言ってもらえるとありがたい。
「まぁ、オーナーのカウンセリングは、メーカーではやってはくれないからね。」
店長はニヤリと笑ってそう言った。