葉鍵板最萌トーナメント エキシビション Round84.01!!
エディフェル支援SS
気が付くと、私は月夜のススキ野原に立っていた。
ススキの生え方なんていつの時代も変わらないけど、今は真ん中に大きな
鉄塔が建っている筈だ。それが無い事が、ここが現実世界でなく何百年も前
のここ、あの人と次郎衛門が初めて出会った場所だという事を示している。
「こんばんは」
背後から女性が声をかけて来る。不意のことだけど、予測していたから
驚かない。
振り返ると、すぐ目の前に見慣れた女性が立っていた。
背丈は私より頭一つ上くらいと、割と長身。千鶴姉さんと梓姉さんを足
して、国籍不明の外国人に貼り付けたような容姿。私は2人に似ていると
よく言われるから、他人が見ると私自身にも似ているのだろう。
それは絶対にあり得ないのだけど。
「こんばんは、エディフェルさん」
答えてから、何となく間抜けに思う。
エルクゥ皇女の3女、エディフェル。私の前世、あるいは妄想の産物の
女性。
彼女は私の一部なのだから、私は自分と挨拶を交わしている事になる。
「お久しぶり」
「半年ぶり・・・かな」
「そんなものね。とりあえず座ろうか」
「うん」
ここに来るといつも座る岩に、2人並んで腰掛ける。
「最近、どう?」
「知ってるでしょう」
同一人物なのだから、私の近況は誰よりも知っている筈だ。
「まあそうだけど、楓の口から聞きたいな」
「ええっと・・・幸せ」
「そう、良かった」
何となく横目で見ると、やっぱり信じられないほど綺麗な女性だと思う。
東洋系でも西洋系でもない、不思議な顔立ち。美しい模様の、見慣れない
民族衣装。まあ彼女は地球人ですらないのだから、その辺は当然かもしれな
い。肩にかかる黒髪が、月明かりを眩しいくらいに反射している。
次郎衛門がひと目で恋に落ちたのも、納得できるかも。
「で、今夜は何の質問?」
「え、あ、えっと」
見惚れていた所にいきなり言われて、思わず動揺する。
自分自身相手に何やってるんだろ?
彼女の夢を見るのは珍しくないけど、普段は私が彼女自身となっている。
こうして2人別々に現われて会話を交わすのは、私から彼女に尋ねたいこと
がある時だ。
「あなたは次郎衛門と再び出会う為に、生まれ変わったんですよね」
「ええ。そのために長い刻を越えて、私はあなたの中に宿った」
「そしてあなたの願いは、私と次郎衛門・・・耕一さんが結ばれたことで、
叶えられた」
「ええ」
「ならもし・・・もしもですけど、耕一さんと私が結ばれなかったら・・・
耕一さんが他の人を選んだとしたら、あなたはどうしたのですか?」
それは十分あり得た未来。耕一さんが初恋の人の千鶴姉さんを選ぶ事も、
仲の良い梓姉さんを選ぶ事も、リネットの生まれ変わりの初音を選ぶ事も、
由美子さんや私の知らない人を選ぶ事も。
次郎衛門の記憶が蘇らなかったなら、蘇ったとしても、あったかもしれな
い、これからあるかもしれない未来。
「もしそうなったなら、あなたはまた何百年も待ち続けたのですか? あの
人が振り向いてくれるまで、いつまでも、何回も」
何百年も想い続けて、それでも相手は振り向いてくれなくて、また何百年
も待って、それでもまた振り向いてくれなくて・・・もしそうなったなら、
哀し過ぎる。
「そうね」
ちょっと涙が浮かぶと、エディフェルは微笑みながら私の頭を撫でる。
「もし次郎衛門、耕一さんが私に、楓に振り向いてくれなかったら・・・
あんまり考えたくないけど」
それは私も同じ。幼い頃から抱き続けた彼女と同じ想いは、もう私の想
いでもあるから。
「きっと今度は、待たなかったと思うな」
「え?」
安堵と、失望。
「楓は、もし耕一さんと結ばれなかったら、一生他の人と結ばれなかった?」
「それは・・・判らない」
「う〜ん・・・普通の女の子は、失恋したからといって一生他の恋をしない
なんて、滅多に無いでしょう?」
「うん」
それが自然な事。けどあれだけ次郎衛門への想いが強いエディフェルまで
そうとは、正直意外。
「そう思うかな。でも・・・」
夢の中、それも自分との会話。考えたことは口に出さなくても伝わる。
便利だけど、やりづらい。
「私は恋の途中で死んじゃったから、失恋とか結婚とか、恋の決着がついて
いなかった。何百年も中途半端なままだったのよね」
「うん」
それが何百年の恋・・・か。
「正直、楓には私の想いを押し付けて、悪い事したと思ってる」
「そんなこと・・・ない」
私が耕一さんを好きなのは、誰の押し付けでもない。
「そうね。でも楓がもし失恋して、それでも永遠に耕一さん、ではなく次郎
衛門だけを想い続けたなら、哀しかった」
「次郎衛門を?」
「そう。楓が耕一さんをどう想うかは自由だけど、失恋した楓が次郎衛門を
乗り越えてくれたなら、私は来世まで次郎衛門を無理に想い続けることは無
かったと思う」
その言葉は、長い間想い続けた割には、ちょっとドライかも。
「楓、縁って知ってる?」
「仏教でいうあれ?」
「そうあれ。転生する時って無秩序に生まれるのでなく、縁の糸に引かれて
身近な人のそばに生まれるのよ。で、異星人の私達は、地球に縁が少ないか
ら、固まって生まれたのは割と当然だったの」
「え〜っと・・・だから今も、前世と同じ4姉妹で生まれた?」
「そう。私達が柏木の家に、それも次郎衛門、耕一さんの傍に生まれたの
は、他に選択肢がなかったから。傍にいれば縁も強まるから、次生まれる
時もその次も、次郎衛門の傍に生まれる確率は高い」
「気の遠くなる話・・・」
「だから何回も近くに生まれれば、そのうち結ばれると思う。だから楓が
決着を付けてくれたら、次からは焦らないで次郎衛門を待ったと思う」
「それって結局、待つって事では?」
「そうね。でも今回みたいに、強く期待はしなかったと思う。たとえ結ばれ
なくてもあの人の幸せを願い、ついでに自分も幸せを目指して、何度も何千
年も」
「気の長い話・・・」
「もう、待つのは慣れたから・・・だけど楓には感謝してる。私の恋に最高
の形で決着をつけてくれたから」
「私の恋だから」
「ええ、そうね」
いつの間にか、辺りに霧が出てきた。目覚めが近い証拠だ。
「でも次は、どうするつもり?」
「それは楓が決める事よ」
もうすぐ隣に座るエディフェルの顔も見えない。
「私はもう、楓の一部だから・・・」
目を覚まして最初には、もう見慣れた客間の天井が見えた。
左側に暖かい大きな気配。目を向けると、耕一さんの寝顔が間近にある。
愛しい人の寝顔。いつまでも眺めていたいけど、誰かが起こしに来る前に
自分の部屋に帰らないといけない。
けどまあ正月の今日は、みんなも起きるのは遅いだろう。
もう少しこの人を見ていたい。いつまでも、どんな時も、何年経っても、
「生まれ変わっても・・・」
そっと呟いて、彼の頬に触れる。起こさないように、軽く。
この暖かい感触も、いつまでも触れていたかった。