葉鍵板最萌トーナメント!!2回戦 Round84!!

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921琉一
 青白い月がとても美しい、晴天の夜だった。
 煌めく星々を眺めていると、どうしようもない寂寥の念と、望郷の想いに囚われる。
 かつて、二度と戻れない星空に向け、私たちは告げた。
 決別を。
 空を駆けることが適わなくなった私たちは、この地を新たな故郷として生き始めた。
 だけど、その第二の故郷さえ、私は今夜捨て去る。
「エディフェル……」
 静かに土を踏みしめる音が、背後に立つ。
 誰かとは、見ずとも分かる。
 姉のリズエルだ。
 それでも、あえて私は振り向かなかった。
 振り向く資格を捨てたのは私だから。
「間もなく長老たちの会議が終わるわ……。だけど、結果なんて見えている」
「……そうね」
 私たちの獲物であり、敵である人間を匿い、命さえ与えた。
 話し合うまでもない。裏切り者には、死がふさわしい。
「なんで……戻ってきたの?」
 か細く震える姉さんの声。
「……もしかしたら。もしかしたらと思ったから」
「もしかしたら?」
 私たちの間で、一度は出たけど、否定された共存説。
 もう二度と帰れることが適わないのならば、この地に住む人々と共に生きようと。
 だけど……狩猟者である私たちの本能は、それを否定した。
 私もそのうちの一人だ。人間を狩り、喰って、生きる。
 食い破る血の味に、苦さをおぼえたのはいつからだっただろうか……?
「共に歩み、共に生きることができるかもしれない、と……」
922琉一:01/12/29 01:57 ID:ebJk17vC
 私は出会ってしまった。
 共に生きてゆける人に。
 姉さんには分からない。
 いえ、リズエルだけでない。アズエルにも、リネットにも……。
 私の胸をきつく締め付ける、この真摯な想いだけは、伝えることができない。
 どんなに言葉を尽くしても、どんなに気持ちを送っても、不思議と、届かなかった。
 数万の距離を置いても、互いの存在を感じることはできるのに。
 姉妹でも、通じないことはあるんだと知って、少し寂しかった。
 ――彼女たちは、出会っていないから。
「あなたは……バカよ」
 微かに震えている姉さんの声。
 そうかもしれない。
 餌に過ぎない、か弱い人間に思いを寄せ、あまつさえ、そのために命を捨てるなど。
 だけど、欠片ほどの後悔もしていなかった。
 残念なのは、彼と生きていける時間が、あと僅かだということだ。
「今なら見張りは私だけよ……逃げなさい」
「……姉さん? だけど……」
 私への警戒が緩むはずはない。
 だけど確かに、周りは驚くほど気配が絶えている。
「あなたの味方をしたいのは、私だけじゃない。だけど……一族の決定には逆らえない……」
 ああ……。
 無駄じゃ、なかった。
 ここへ戻ってきたのは、無駄じゃなかった。
 そういう人達がいるなら、今は無理でも、きっといつか分かり合える。
 希望を抱ける。
「ありがとう……姉さん」
「だけど」
 あえて冷たく制御された声が、鋭く夜気を裂く。
「次に……会ったときには……。私が、あなたを殺します」
「はい……」
923琉一:01/12/29 01:58 ID:ebJk17vC
 そう……私たちは狩猟者。
 いかなる悲劇も血で彩るしかない。
 次にまみえたとき、鮮血の中に散るのは、私か、姉さんか――。
「さよなら……」
 私は地を蹴って、崖下へと身を躍らす。
 闇に身を投じながら、想い人の元へと駆ける。
 ほんの少しだけ長らえた命。その全てを、私は彼との生に捧げよう。
 話したいことがある。伝えたいことがある。交わしたい想いがある。
 たとえわずか数日のことだとしても、それでも、私は――。

 これで、幾人の同胞を手に掛けただろう。
 鮮血と炎が、蒼月さえも赤く染めている。
 仲間への思いも全て投げ捨て、ただ胸の内にあるのは『生きる』という欲望のみ。
 紅の視界の向こうに、ゆらりと人影が立った。
「エディフェル……」
「――姉さん。待ってた……」
 そして、音さえも消えた。