八クオ□(主人公)だけど、何か質問ある?

このエントリーをはてなブックマークに追加
91ある職人 ◆eRn5LaZA :02/01/23 20:44 ID:gunKldko
 ………どれくらいたったのか。
 水面に向かって泳ぐ魚のごとく、自分の意識がゆっくりとどん底から上がっ
てくるのを感じた。
 
 俺は……生きている……?
 まさか。
 でも、心臓は脈打ってるらしい。

 だんだんと…だんだんと意識が浮かんでくる。
 だが体は重く、指先ひとつ動かせそうもない。瞼も開けられない。
 途切れそうな気をかき集めて、必死にまわりに注意を向けてみた。
 …暖かい空気。下はやわらかく、寝心地がいい。

 生きてるのか。俺は、やっぱり。

 そのうちに、右手がなにかに包まれていることに気付く。
 …優しいぬくもり。
 誰かが、俺の手を握っていた。
 誰なんだろう、ひどく安心する気持ちがした。
 その感覚が消えると同時に、俺の意識も再び少しずつ沈んでいく。
92ある職人 ◆eRn5LaZA :02/01/23 20:46 ID:gunKldko
 ――夢うつつのまま、どこか遠くでまた声が聞こえた。

『私は反対です。悪戯に村に災いをもたらすことはあるまい』
『生きとし生ける者すべてを慈しむのが、神様の教えじゃないんですか!
あの人は…死にかけてたのにっ……』
『静まりなさい、エルルゥ』
『だって、長老さま!』
『大事だからこそ、早計は禁物。モナムも、まだはっきりしたことは言えぬ
と云うておる』
『しかし、わかってからじゃ遅いということにはならんのですか』
『うむ…』
『でもっ…』
『…エルルゥ、お前に責任を取る覚悟はあるか』
『………、はい』
『よし、ならば彼が回復するまで、お前が世話をしなさい』
『はっ、はい!』
『それでいいのですかな』
『いかなる場合でも、傷ついた者を癒すことは神の御心であるはずじゃ』
『そう、そうですよね!』
『わかりました、村の者にはそう伝えましょう。やれやれ、まったく頑固な
娘だ。親父さんにそっくりだよ』………
93名無しさんだよもん:02/01/24 00:23 ID:k0tVJZ0d
           /⌒
         __  l/⌒ヽ
      r' ^⌒ ⌒ヽ
      ,′ ノ ノ ハ`ヽヽ
    .ノ  ノノ))ノノノ)) )   お疲れ様!
  /  人 (┃ ┃(lノヽ、  ハクオロくんが何とか助かってホッっとしたよ!
 ´⌒~~⌒`.ゝ~ ▽/~^~⌒`
       _| ̄|l´|_    
94ある職人 ◆eRn5LaZA :02/01/26 00:50 ID:f/Y3eCsL
>>93
サンクスです!

この時間帯は重いけど、ひっそり続行まいります〜。
ところでHシーンは、ハァハァスレにあるようなのを真に受けてもいいのか疑問。
目を留めてくれた方、イベントのシチュ等希望あったら書いてくださいませ。
95ある職人 ◆eRn5LaZA :02/01/26 00:53 ID:f/Y3eCsL
 閉じた目を通して、朝の光を感じた。
 呼吸もずいぶん楽になっている。
 思い切って、指先を動かしてみた。
 ピクッ。
 ほんのわずかだったが、ちゃんと動いた。

 いま、俺がどういう状況にあるのかはよくわからない。
 瞼を開けてしまうのが、少し怖かった。
 それでも、そうしなければ生き続けることはできないのだから……。
 そう決心した時、不意に頭の横で変な感覚がした。

 つんつん。
 ぽよぽよ。
 ふにふに。

(…????)
 誰かが、俺の耳を触っているらしい。
 手つきはごくひかえめで、不快ではなかった。
 悪気はないんだろう、きっと。しかしなぜ?
 俺は困惑して、さてどうしたものか、そのまま寝たふりをしていた。
96ある職人 ◆eRn5LaZA :02/01/26 00:54 ID:f/Y3eCsL
「…………。」
「アルルゥ、何してるの?」
「はうっ」
 手がひっこんだ。
「駄目よ、静かに寝かせてあげないと」
「う…うん」
 もう一人の声が近づいて、ふぁさ、と毛布?を掛け直された。
「よかった、顔色だいぶ良くなってる」
「ちっちゃい耳…」
「ふふ、そうね。どこから来たのかな…」
 邪気のない、心地いい澄んだ声。
 枕もとで交わされる二人の女の子(と思われる)のやりとりは、俺の中に
最後に残っていた警戒心を溶かした。
 ついに、ゆっくりと目を開く。
「「あ……!」」
 二人の女の子の声が重なった。
 頭はまだ半ばぼんやりしている。しばらく宙をみつめていると、やがて
眩しさに目が慣れ、だんだん像がはっきりしてきた。
 まず目に入ってきたのは、生成りと青に染められた生地。ああ、服か。
 視線を上に動かす。二人の黒髪の女の子が俺を覗き込んでいた。彼女達
の背後に、木造りの天井が見える。
 姉妹なのか、二人の顔立ちはよく似ていた。
 黒い真珠のような二対の瞳。どちらも吸い込まれそうなほど綺麗だった。
 そして、垂れ下がった大きな耳。白い毛に覆われ、先っぽは茶色。
 …耳? 俺にもこんな耳、あっただろうか?
97ある職人 ◆eRn5LaZA :02/01/26 00:56 ID:f/Y3eCsL
 たぶんそれは、時間にしたら数十秒程度だったと思う。
 その間、俺達は声も出さず、お互いを穴が空くほどみつめていた。
 最初に口を切ったのは、姉らしい少女のほうだった。彼女は、左側に分けた
髪の束に輪っかをつけていた。

「…あっ…あの…気分はどうですか?」
「……あ゙…エヘン!」
 喋るのも久しぶりだ、喉がガラガラするので一度咳払いをする。
 とたん、背中がズキリと痛んで、思わず顔をしかめた。
「ゔっ」
「大丈夫ですか?!」
 少女が慌てた声を上げるのを、なんとか笑って制した。
「…大丈夫だ。…ここは…?」
 少女は気を取り直して、答える。
「ここは、ヨナタン村です。大陸の北東の果てに位置します」
「北東…」
 ピンとこなかった。
 とりあえず、問いかけを続けてみる。
「…君が、俺を?」
「は、はい。川の上流で、大怪我して倒れてたのをみつけて…」
「大怪我?」
 そこで俺は初めて、自分の胸にも、肩にも、頭にも包帯が巻かれていること
に気が付いた。
 さっきからじりじりしてる背中の痛みは、そのためか。
 妙に納得する。
 そうか、あんなに苦しかった記憶は、怪我をしていたからか。
 …でも、なぜ?
 なぜ俺は、こんな怪我をしている?
 ずっと寝ていたせいで、頭が働いていないだけだろうか。
98ある職人 ◆eRn5LaZA :02/01/26 01:01 ID:f/Y3eCsL
 それより先に、俺にはすべきことがあるはずだ。
「…とにかく、礼を言うよ。助けてくれて、どうもありがとう」
 心をこめて、少女に向かってそう言った。
 彼女は少し照れくさそうに、
「い、いえ、大したことじゃありません。本当によかった、気がついて」
「…うん、よかったね」
 それまで黙っていた妹のほうが、ぽつりと言った。口元には、かすかな
微笑みが浮かんでいる。
「お姉ちゃん、一生懸命看病してたもの」
「アルルゥだっていっぱい手伝ってくれたじゃない。あっ、ごめんなさい、
まだ名前いってませんでしたね」
「ああ」
「私、エルルゥといいます。この子は妹のアルルゥ。この家に、二人で暮ら
しています」
 エルルゥと、アルルゥ。
 俺は頭の中で反芻しながら、二人の顔を見た。
 いい名だな、と脈絡もなく思う。
 エルルゥはにっこりと笑って、
「あの…あなたのお名前も、教えてくれますか?」
「俺は――」
99ある職人 ◆eRn5LaZA :02/01/26 01:04 ID:f/Y3eCsL
 …言葉は、続かなかった。
 俺の、名前。
 俺は、誰だ?
 思い出せない。
 俺は、にわかに焦りだした。
 馬鹿な。馬鹿な。馬鹿な。
 頭を目一杯、フル回転させてみる。
 名前だけじゃない。
 気を失う以前の記憶が、霞がかったように思い出せない。
 俺がどこから来て、どうして怪我なんかしていたのか……。
 いくら考えても、その回答は出てこなかった。
 そんな……そんな、馬鹿な……。
 動悸が速くなり、冷や汗が流れてきた。

「ど、どうしたんですか?」
 俺の様子に気付いて、エルルゥがたずねてきた。
「あ…」
 なんて言う?
 彼女にさらなる心配をかけるのは心苦しいが、仕方ない。
「…思い出せない」
「え?」
「思い出せないんだ。名前も、何もかも」
「え、えっ? …ええっ?!」
 当然ながら、彼女は大声をあげる。
「…ほ、ほんとうに? 何も? 冗談じゃなくて?」
「冗談で命の恩人にこんなことは言わない」
100ある職人 ◆eRn5LaZA :02/01/26 01:07 ID:f/Y3eCsL
「そんな…」
 エルルゥは、呆然と俺をみつめた。
 アルルゥも、じっと俺を見ている。
 なんだかいたたまれなくなって、俺は謝罪を口にした。
「すまない、とんでもない厄介者だな。なるべく早く出て行くから、許してくれ」
 エルルゥはぎょっとした。
「な、何言ってるんですか。何も覚えてないのに、行く所のあてはあるんですか?」
「…ないけど、なんとかなるさ」
「なりませんよっ。そもそも行き倒れてたから、こうなったんでしょう!」
「そ、それはそうだが」
「私達のことは気にしないでください」
「そうは言っても」
「駄目です!」
 エルルゥの拳が、ボフッと毛布をぶった。それは、ちょうど包帯された俺の
右腕の上だった。
101ある職人 ◆eRn5LaZA :02/01/26 01:07 ID:f/Y3eCsL
「いててっ」
「あっ、ごごめんなさい!」
 エルルゥは真っ赤になって慌てて毛布をめくり、しゃがんで俺の腕を撫でた。
 アルルゥがくすっと笑う。
「ごめんなさい…」
「い、いや」
 意外にそそっかしい子なのだろうか。しかし俺はそれ以上に、彼女の情の
深さを感じていた。
 エルルゥは腕をさすりながら、俺を見上げた。
「…と、とにかく今は体を治すのが先ですよ。記憶だって、そのうち戻るかも
しれないし」
「…ああ…」
「出て行くなんて言わないでください。心配ですから」
 黒い大きな瞳が、ひたと俺を見据えた。
 気取りもてらいもなく、彼女が純粋にそう思っているのが伝わってきた。
 どこか懐かしい気がする、あたたかな気持ちだった。
 …記憶と引き換えにしても、この少女と出会えたことは価値があったのかも
しれない。

 ――俺はその時、強く感じたのだった。
102ある職人 ◆eRn5LaZA :02/01/26 01:16 ID:f/Y3eCsL
本日はここまで。
毎日あげられなくてスマソ
社会人なもので。それでは、また〜
103名無しさんだよもん:02/01/29 12:34 ID:k9dX2Mlj
三日間音沙汰なし…。
続き気になるのにぃ。
104名無しさんだよもん:02/01/30 18:52 ID:3NDltS59
続き〜! 続き〜!

そしてっ!
G'sの鏡に写ったハクオロが怖かったage。
105ある職人 ◆eRn5LaZA :02/01/31 21:28 ID:ZlzvLNG4
>>103>>104
ありがとぉ〜
急ぎの仕事が入ってしばらくアクセスできませんでした。スマソ
続きが見たいと思ってくれる方は、応援ageよろしくです。
シチュの希望等もどうぞ。

OHPが更新して、早くも本家と設定がズレてきてますが、そこは開き直りで(^^;
では、チョコットだけど続きでし。
106ある職人 ◆eRn5LaZA :02/01/31 21:29 ID:ZlzvLNG4
 それから、村の薬師とやらにアルルゥが俺が起きたことを知らせに行き、
程なくその人物が姿を現した。

 しばらくして外から帰ってきたアルルゥが、部屋の入り口にかかった仕切り
布からぴょこっと顔を出すと、その後ろから白髪の老婆が入ってきた。
「お婆様」
 そう呼びかけるエルルゥへ、静かにうなずく。
 老婆の年相応の年輪が刻まれた顔と、聡明な光が宿る瞳は、深い慈愛と威厳
を感じさせた。大きめのショールのような布を、肩から胸にかけて巻きつけている。
 本能的に礼儀として俺は起き上がろうとしたが、背中の痛みがそれを許して
くれず、くぐもったうめきをもらす。察したエルルゥが、腕を添えて慎重に
起こしてくれた。
 その間に老婆は、丸木を切った腰掛に座る。俺が落ち着くのを待って、
彼女はしわがれた声で問い掛けてきた。
「…どうかの、具合は?」
 起き上がったばかりのせいか、軽い目眩を感じる。
 俺はそれを打ち消すように、できるだけ明るい声を出して答えた。
「まだ傷は痛みますが、気分は楽になりました。助けてもらって感謝します。」
「ふむ、どうやらそのようじゃな。秘薬が効いてくれたか。私はトゥスクル。
エルルゥとアルルゥの祖母じゃ」
「俺も名乗りたいところですが、あいにく…」
 トゥスクルと名乗った老婆はうなずいた。
「アルルゥから聞いたぞえ。おまえは記憶を失っているそうじゃの」
「はい」
「まあ、みつけた時の状態からして、頭を打っていたとしても無理はなかった
ろう。まともに目覚めたこと自体、幸運だったかもしれぬのう…」
107ある職人 ◆eRn5LaZA :02/01/31 21:30 ID:ZlzvLNG4
 それからトゥスクルは、エルルゥ達に席を外させて、俺の傷の具合を見たり、
薬を塗り直したりといろいろした。
 俺もそこで改めて自分の体の状態を確認したが、怪我をした個所はまさに
全身に及んでいて、我ながらよく生きていたなと思った。
 しかし、一番ひどい背中の傷(ケサガケ状にバッサリやられているらしい)
以外はそう深い怪我ではなく、この分ならひと月もすれば全快するだろう、
とトゥスクルは言った。

 一通り診察が終わり、俺は上着を羽織りなおす。
「……確かに、俺は幸運だった。改めて感謝します」
「なに、私は薬師としてするべきことをしたまでじゃ。エルルゥがおまえを
かばわなければ、あのまま捨て置かれたかもしれぬ」
「エルルゥが…」
「あの子は、二度とあんな思いをしたくないのじゃろうな…」
 トゥスクルは、遠い目をしてつぶやいた。
「…あんな思い?」
「いや…」
108ある職人 ◆eRn5LaZA :02/01/31 21:31 ID:ZlzvLNG4
 トゥスクルは言葉を濁すと、気を取り直して言った。
「なんにせよ、おまえは回復するまでこの村に留まる必要がある。2日後の
新月に、祓いの儀式を執り行うからそのつもりでおれ」
「祓いの儀式?」
「よそ者が村に滞在する時は、災いをもたらさぬよう外界の穢れを払うならわし
なのじゃ。もっとも、おまえは稀人(まれびと)じゃから、長老からさらなる
指示が出ておるがの」
「………」
「少々不自由を強いることになるが、しきたりには従わねばならぬ」
 それはそうだろう。命を助けてもらった俺が、ここでの扱いについてどう
こう言える立場じゃないことは承知している。
 俺は、迷いなくうなずいた。
「わかっています。何の儀式でも黙って受けます」
 トゥスクルは、俺の顔をじっとみつめた。
「…おまえは、良い目をしておるの」
「…良い目?」
「そうじゃ」
 にこり、と笑う。
「私は、これが“善き知らせ”であることを信じるぞえ。新しい風が来たのじゃ。
このヨナタンに」
109ある職人 ◆eRn5LaZA :02/01/31 21:35 ID:ZlzvLNG4
それではまた〜
今週末にでも次回あげます。
110名無しさんだよもん:02/02/01 15:15 ID:1JJxJBbF
良スレagein
111名無しさんだよもん:02/02/03 01:04 ID:WnDMfiy+
うぐぅ、今週末終わっちゃったよ…。
112ある職人 ◆eRn5LaZA :02/02/03 02:19 ID:U53EoQwd
>110さん、ありがと〜

>111
まだ終わってないよ〜俺は今日も仕事でした(鬱
明日夜に上げる予定でし。…待っててくれる人がいるのなら(はぁと
113ある職人 ◆eRn5LaZA :02/02/03 23:19 ID:U53EoQwd
 トゥスクルが去った後、エルルゥは俺に食事を用意してくれた。
 
「……じゃあ、この大陸に住む人間は、みんな君達のような体なのか」
「はい、といっても特徴は種族ごとにいろいろあるんですよ。背中に羽根が
生えている民族もいるし…はい」
 と、手元の木のボウルから中身をスプーンで掬って差し出すエルルゥ。
 かなり気恥ずかしく思いつつも、俺は黙って口を開けて食べさせてもらう。
 もちろん最初は、自分で食べようとしたのだ。が、今のところ手も包帯で
グルグル巻きにされているため、上手くスプーンを持てないのを見て、エル
ルゥがボウルを奪ってしまったと、こういうことだ。
 ボウルの中身は芋粥のようなもので、ちょっと薬草めいた苦味と臭みがあった。
きっと病人食なのだろう。
「俺は、この土地では明らかに異形の者ということだな」
「昔々、そういう種族が栄えていたって話を、長老さまに聞いたことがあり
ます。海の向こうの大陸には、そういう国がまだ残ってるって噂もあるし…」
 彼女の話が本当だとしても、少なくとも俺は随分遠くから来たことになる。
相変わらず、そのへんの見当は全くつかない。
「びっくりしちゃいました、耳もしっぽもない人間なんて、私生まれて初めて
見たから」
 エルルゥはそう言って、いたずらっぽく笑った。
「怖くなかったのかい? 見たこともないヤツをみつけて」
「…それはまあ、ちょっとは…でも、怪我して倒れてるのに、放っておくなんて
できないじゃないですか。それに」
 エルルゥはもうひとさじ、粥をスプーンですくった。
「同じ物食べてるし、ちっとも私達と変わりないと思うもの」
 差し出されたスプーンをまた咥えつつ、俺は嬉しい気持ちと同時に不安も
覚えた。それは、この村の全ての人間が彼女と同じように思っているわけでは
ないことを、トゥスクルの言葉から想像できたからだった。
114ある職人 ◆eRn5LaZA :02/02/03 23:22 ID:U53EoQwd
 芋粥をあらかた食べ終え、エルルゥはボウルを持って立ち上がった。
「じゃ、私は片付けてから出かけるので、休んでいてくださいね」
「ご馳走様。体が治ったら、俺も家の仕事を手伝うようにするよ」
「いいですよ、気を遣わなくても。それじゃ」
 彼女の姿が仕切り布の向こうに消えると、部屋に静寂が訪れた。
 俺はベッドに体を起こしたまま、見回してみる。
 家は全体に木造りになっていて、天井には剥き出しの梁が渡してある。壁
には竹なども使われているようだ。
 開けられた格子窓からは、暖かな光が入ってくる。時折、鳥の鳴き声や
子供の歓声が、そよ風とともに舞い込んできた。
 俺が寝ているこの部屋は、朱と藍が複雑に絡んだ見事な織物が壁に掛けて
ある以外はほとんど物がなく、元々空き部屋だったのだろうことが窺い知れる。
 あの姉妹が二人だけで住んでいるにしては、大きすぎるような気がしない
でもない。
 ――そういえば、トゥスクルは彼女達の祖母だと言っていたが、両親は
どこにいるのだろうか? …いや、こういう事態にも関わらず姿を現して
いないということは、存在しないと考えるのが自然だ。
 俺よりひとつふたつ年下なだけにしてはやけに殊勝なエルルゥの面倒見の
良さが、それを裏付けている。
 聞いてはいけないことだろう。おそらく。
115ある職人 ◆eRn5LaZA :02/02/03 23:23 ID:U53EoQwd
 少し心にやるせなさを感じながらぼんやりしていると、格子窓の外に、
なにか影が見えた。
 俺は思い切って、ベッドから降りてみた。
 久しぶりに立つ地面は、雲の上のように頼りなくフラフラしたが、壁に手を
ついてなんとか窓に近づく。
 影が動いた。
「キキッ」
「…ん?」
 窓枠に、小動物が鎮座していた。赤い目で、真っ白い毛の…なんといえば
いいのだろう、俺の知識でキツネとリスを合わせたような?不思議な姿だった。
「やあ」
 俺が右手を伸ばすと、それまで俺を観察していたようなその動物は、毛を
逆立てて唸った。
「フーッ」
 構わず近づけた俺の手に、その動物の鋭い歯が食い込んだ。
 ガブッ。
「…ほら、怖くない」
 どこかで聞いたような台詞を言いつつ、実際俺は余裕だった。なぜなら手に
巻かれた包帯が逆にガードになって、痛くなかったのだ。無論、計算済みの
行動である。
 右手に食いつかせたまま、俺は左手の中指でその動物の頭をそっと撫でた。
 やさしく撫でているうちに、彼は口を離して気持ちよさそうに伸びをした。
「よしよし」
 その時、どこかで口笛が聞こえた。
 その動物はピンと耳を立たせると、身を翻して窓から飛び降りた。小さな
窓から、その姿はすぐ見えなくなった。
 俺はベッドに戻り、再び横たわる。
 外に出られるようになったら、ああいう動物達と戯れるのも悪くないな、
と思いながら。
116ある職人 ◆eRn5LaZA :02/02/03 23:28 ID:U53EoQwd
今日はここまでです。
いつdat落ちするかちょっとビクビク(w

話がなかなか進まないけど、あの設定を納得いくように順序だてていくと
どうしてもねぇ…(^^;
よろしく!
117名無しさんだよもん:02/02/05 15:26 ID:5vM1/WYA
マターリ系SSいいでしゅ。
乙彼〜っしゅ。
118ある職人 ◆eRn5LaZA :02/02/08 22:12 ID:TOT56C5M
>117
ありがとでしゅ。

まだ生き残ってるので、一応メンテカキコ。
続きは明日うぷしま〜す。
119名無しさんだよもん:02/02/09 11:02 ID:+5svz5qs
アニメ化まだ〜。
120名無しさんだよもん:02/02/09 22:47 ID:Vtl6PVlU
↓ある職人
121ある職人 ◆eRn5LaZA :02/02/10 00:23 ID:qFST6rt3
 ――2日後、新月の夜。

「アルルゥ、ランチン持っていってね」
「うん」
 アルルゥは、短い棒の先に、直方体の枠に紙を貼った物をつけた。あの中
に明かりを灯す、いわゆるランプみたいなものか。
 エルルゥは大きなマントを俺に着せて、具合を見るようにポンポンと肩を
叩いた。
「寒くないですか?」
「ああ、十分だ」
 アルルゥが家の中のランプから火をランチンに移し、ランプの火のほうを
吹き消す。頼りなくぼんやりした光が、囲炉裏の鍋の影を壁に落とした。
「少し歩きますから、遠慮なく私につかまってくださいね」
 薄明かりの中で、エルルゥが微笑んで言った。
 どちらかというと、儀式云々というより、今日初めてこの家の外に出ること
に至極緊張していた俺だったが、彼女の変わらない笑顔は安心を与えてくれた。
 明かりを持って出て行くアルルゥに続き、エルルゥに肩を貸してもらって
俺も出入口をくぐる。
122ある職人 ◆eRn5LaZA :02/02/10 00:24 ID:qFST6rt3
 …外は、思ったより静かだった。
 昼の暖かさに反して、夜はマントを着ていないと肌寒い。
 まわりには、似たような藁ぶき屋根の家がいくつか見える。窓から明かり
は洩れているものの、誰一人として外には出ていない。
「誰もいないのか?」
 村の人々が見物に殺到してるんじゃないかと思っていた俺は、拍子抜けした。
「長老さまのいいつけなの。儀式が終わるまでは、よそ者の姿を見ちゃいけ
ないって。穢れがつくから」
 アルルゥが言った。
「でも、君達は?」
「私達も一緒に儀式を受けるから大丈夫です」
 答えるエルルゥに、ウン、とアルルゥが首を縦に振った。
「…なるほど」
 虫の声とふくろうの声、遠くから聞こえる獣の遠吠え。
 新月のおかげで、まるで降るような星空が頭上にあった。
 アルルゥの先導で俺達は村の門を出て、森の中へ入っていく。
 ザワザワと梢が鳴り、ふくろうの声が大きくなった。
 森の中はさらに暗く、アルルゥの持つランチンの光が闇に押し返されている
ように見える。
 木々に囲まれているせいだろうか、なにかがいる気配が強くする。
 ――わかる。この地には、精霊が満ちていた。ここは聖なる場所なのだ。
 否が応にも俺の気は引き締められる。
123ある職人 ◆eRn5LaZA :02/02/10 00:27 ID:qFST6rt3
 ところどころ、雪が残っているためにぬかるんだ地面を慎重に歩いていくと、
不意にアルルゥが足を止めて振り返った。
 ランチン以外の火が揺れているのが見える。
 そこは、巨大な洞穴の前だった。中はかなり深そうで、入り口からは奥の
様子がわからない。
「…この中で儀式をやるのか」
 エルルゥはうなずいた。
「これから中へ入りますけど、もし何かあっても、決して勝手に奥へ行ったり、
逃げたりしないでくださいね」
「わかってる、どっちみちこの体じゃろくに動けないさ」
 エルルゥはクスッと笑って、真面目な顔に戻った。
「…それじゃ、行きますよ」
 洞穴に入ってしばらく進むと、前方にボゥっとした明かりが見えた。
 行き当たり、身の丈2倍くらいの広さの空間に、焚き火を前にして3人の
人影が座っていた。
「おお、来たの」
 向かって左側に座っていたトゥスクルが声をあげた。
「ハクルゥの子、エルルゥ、アルルゥ、参りました」
 焚き火をはさんで膝まづくエルルゥ達と一緒に、俺も腰をかがめる。
 右側に座る老人――たぶん彼が長老だろう――が、重々しく頷いた。
 真ん中に座り、頭からすっぽりマントをかぶっている老婆は、トゥスクル
よりもっと痩せ型で小柄だった。なにやら足元に小石を並べてぶつぶつ言っ
ている。
124ある職人 ◆eRn5LaZA :02/02/10 00:28 ID:qFST6rt3
「…では、これより祓いを執り行おうぞ」
 長老が威厳のある声で宣言した。
 エルルゥとアルルゥは目を閉じた。俺も合わせる。
 ほどなくして、前に座る3人の老人の口から、呪文のような言葉が聞こえて
きた。
 それは焚き火のはぜる音に混じって、洞穴の中を満たす。
 俺には理解できない言葉だったが、時に高くなり低くなり、リズムと旋律
を持った唄のようだった。
 なにか形のないものが、俺の体に染みとおり、かけぬけ、出ていく。
 血が騒ぎ、ぞっとさせ、汗が吹き出る。いてもたってもいられない衝動。
 だが、勝手に動いてはいけないというエルルゥの注意を思い出して、必死で
その場にわが身をとどめていた。

 やがて唄がやんで我に返ると、トゥスクルが小さな壷を持ってそばに立っ
ていた。壷から灰をひとつまみずつ取り出し、それを順番に俺達の額につけ
てゆく。
「これは神木の灰じゃ。おまえ達の中にある穢れを清めてくれる」
125ある職人 ◆eRn5LaZA :02/02/10 00:31 ID:qFST6rt3
 トゥスクルが座り直すと、小柄な老婆がちょうど一抱えくらいの木箱を取
り出し、かすれ声で語り始めた。
「…おまえはただのよそ者ではない。記憶を失っておる、ということはおまえ
の本来の姿が表に現れていないということ。この村で暮らすには、それが
何であれ封じておかなければならぬ」
「はい」
 木箱の中から現れたのは、…白い仮面。
 木を削りだして狼か犬を模して作った物に、顔料で色がついている。顔半分
だけ覆う形で、口が出せるようになっていた。
「おまえは村で暮らす間、この面をつけるのじゃ。万が一悪しき魂が目覚め
ても、この面が封じる。そして時が来れば、自然に外れるじゃろう」
 淡々と語る老婆に、異議を唱えたのはエルルゥだった。
「そっ…そんなのひどいじゃないですか! この人は、なんにも悪いことし
てないのに」
「わかっておる。じゃから、これからも間違いが起こらぬように、じゃ。
エルルゥ、おまえは祖先のしきたりに逆らうのか?」
「………」
 黙り込むエルルゥに、長老が口を開いた。
「もうすでに無理を聞いたはずじゃ。村を預かる者として、これが最大の譲歩
じゃよ」
「……はい」
126ある職人 ◆eRn5LaZA :02/02/10 00:34 ID:qFST6rt3
 肩を落とし、返事するエルルゥ。俺は、自然とその肩にそっと触れた。
「構わない。これぐらいのことは覚悟していたよ」
「ごめんなさい…」
「気にしないでくれ。…お願いします」
 老婆に向かって言うと、彼女は仮面をトゥスクルに渡した。
 トゥスクルはその内側に、なにかの薬をつけた。
 面が、俺の手に渡る。
 白い無機質な仮面。かぶったが最後、いつ取れるかわからない。
 しかし、俺は不思議と恐怖は感じなかった。
 この面をかぶることで、今、心配そうに俺をみつめている二人の少女と、
村の人々が平穏に暮らせるのならば、いくらでもやってみせよう。

 ――そして俺は、白い仮面の男になった。
127ある職人 ◆eRn5LaZA :02/02/10 00:38 ID:qFST6rt3
>119>120
サンキューです〜

今日はここまで。トーナメントの裏でコソーリ(w
改行規制にひっかかりまくりで、区切れがなんか不自然になっちまいました(^^;
あ〜やっと次から本筋に入れる。
リクエスト常時募集中!
128名無しさんだよもん:02/02/11 06:35 ID:yN2ZFsV7
オレ、こいつの名前葉王黒と間違ってたよ・・・
129名無しさんだよもん:02/02/13 23:29 ID:QaAa2hPq
>128
ワラタ

広告の犠牲になりそうだが、下がってきたので上げます。
130名無しさんだよもん:02/02/13 23:31 ID:QaAa2hPq
↑と言ってあげ忘れる葉(バ)カ・・・
131名無しさんだよもん:02/02/13 23:42 ID:iwnf92TU
>>128

スピリット・オブ・ファイアの使い手なのか。
132名無しさんだよもん:02/02/16 11:36 ID:NQlf6/io

          ∧_∧
         < `ш´> ・・・・・・・・・
       _φ___⊂)_
      /旦/三/ /|
    | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |
    | 沈舟〇円 |/
133名無しさんだよもん:02/02/16 15:17 ID:U0TtMmfB
        ______
      ./|/_ エOO I.|
      | .|______|
      |/     __/
       ( ⊃ ̄ ¢ 
      <, Α 、 >
         ∨ ̄∨
・・・・・・
       -====-

134OIO:02/02/16 15:36 ID:VOZHa0K1
ところでハクオロさん
現在葉鍵トーナメントなんてものやっているんですけど
あれって多重投稿とかちゃんとわかるんですか?
だって一度切って繋げなおせばID変わっちゃうし…

多重投稿しているやつがとてもうっとうしい…


          ∧_∧
         < `ш´> だぞっと・・・
       _φ___⊂)_
      /旦/三/ /|
    | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |
    | 沈舟〇円 |/


135128:02/02/16 15:54 ID:lDsDsbZc
だって、白王露って発音し辛いし。
136名無しさんだよもん:02/02/16 16:32 ID:iZZmGNAk
>ある職人
俺に絵の才能があれば・・・
137ある職人 ◆eRn5LaZA :02/02/17 23:17 ID:yBiibo5W
応援してくれてる方、ありがとうございます・・・

すみません、仕事多忙なためしばらくここに来れそうもないです(泣
続きを待ちきれない方は、サゲてしまって構いません。
あ、もちろん他の人が別のネタ振れるなら、それにこしたことないけど。
もしこのスレが消えた場合は、後日復活した時にSS投稿スレにでもまとめて
あぷすることにします。
誠にすみませんが、しばらくさようならです・・・

>136
挿絵ですか?!激しくきぼんぬ(w
138名無しさんだよもん:02/02/19 00:26 ID:8127Bmc0
3週間書きこみなくとも生き残ってる。

キャラスレはとりあえず残したいのでメンテ。
139138:02/02/19 00:31 ID:8127Bmc0
激しく誤爆。スレ汚スマソ。
逝ってきます。
140名無しさんだよもん
>>138
いや、あなたのおかげでdat落ちを免れました(w