普段は人気のない、町はずれの神社。
しかし今日だけは静かな中にも、人の熱気で溢れている。
パチパチ……
参道の傍に用意されている焚き火が、音をたてて爆ぜる。
そこから伝わる熱が、冷えた頬をほぐしてくれる。
焚き火の炎が、俺を誘っているように揺らめいた。
思わずそこに向かおうとすると、名雪がオーバーの袖を引っ張って止めた。
「駄目だよ、祐一。列をはみ出したらみんなが迷惑だよ……」
「あ、ああ……」
行列に戻った俺は、まだ拝殿までの長い行列に目をやった。
「こんなに人が来るとは……」
「初詣なんだから、人が多いのは当たり前だよ……」
マフラーに顔を埋めた名雪が、声を潜めて答える。
「それにしても、何も除夜の鐘に合わせて来なくてもいいんじゃないか?」
「二年参り、っていうんだよ」
「誰もそんな事聞いてないって……」
ゆっくりと、そして時折止まる人の流れ。
少しずつ進むうちに焚き火の熱は遠ざかる。
と、踏み固められた雪に足を取られたのか、名雪が俺の方に倒れ込んできた。
「おい、何やってるんだよ」
「うにゅ……ごめん、祐一……」
名雪の顔をのぞき込むと、その目がとろんと閉じられる。
「おい、こんなところで寝るなよ」
さすがに人前で大声を出すわけにもいかず、耳元でささやく。
「うん……大丈夫……」
「だいたい、普段なら絶対寝てる時間じゃないか」
「でも大丈夫……私、一緒にお参りするんだよ……」
寝ぼけているのか、必死に声を出しているのか。
どちらとも判断の付かない声で反論してくる。
「私、ちゃんと起きてるよ……」
「ったく……だから俺は嫌だって言ったのに……」
俺の声を余所に、ごしごしと目を擦る。
そしてマフラーを首から外すと、名雪は眠そうな顔でにっこりと笑った。
「おい、寒くないか?」
「うん。この方が目が覚めるから」
「無理すること無いだろ」
「でも、祐一と一緒に初詣なんて初めてだから」
名雪はそう言いながら、マフラーを俺の首に巻き始めた。
「おい、俺はいいから」
「ううん。貸してあげるよ」
「それに、初詣なんて子供の時に一緒に行っただろ」
白いマフラーが俺のグレーのコートの上にくっきりと浮かぶ。
「それは違うよ、祐一」
「子供の時は、早く寝てたよ」
「初詣はお母さんと祐一と、お昼になってから行ってたよ」
マフラーには名雪の温かさと、甘い香りが残っていた。
「……そう言えば、そうだったかもな」
「そうだよ。だから、今日が一緒にお参りした初めての日なんだよ」
そう言いながら、名雪はそっと前を指さした。
「ほら祐一。もうすぐ私たちの番だよ」
「あれ? いつの間に……」
前を見るとあれだけ居た人は居なくなり、賽銭箱が見えていた。
慌ててポケットを探るうちに、俺たちの番が来た。
「……と、神社って柏手一回だったか?」
「ここは、二拝二拍手、一拝だよ」
言いながら、賽銭箱に賽銭を入れる。
「私の真似をしたらいいよ。でも、お願いは自分で考えてね」
じゃらじゃらと鈴を鳴らす名雪を見て、俺も同じように真似をする。
名雪は深々とお辞儀をした後、ぱんぱんと手を打つ。
俺も真似をしながら、何を祈ろうかと考える。
ぽそぽそ……
微かに名雪の声が聞こえる。
しかし、なにを呟いてるのか迄は分からない。
……これしかないよな……
とっさに浮かんだ事を、小さく呟く。
最後にお辞儀をすると、俺たちは人の波を避けるように横に抜けた。
「……終わったね〜」
くぅ、っと伸びをすると、名雪が振り返った。
「祐一は、何をお願いしたの?」
「……別に大したことじゃないさ。それより名雪は?」
「私? ……秘密だよ〜」
「俺にだけ聞いといて、それは無いだろ」
「でも、教えてくれなかったからおあいこだよ」
「じゃあ俺のを教えたら、教えてくれるのか?」
名雪は少し困った顔をしていたが、急に俺の首に飛びついてきた。
「お、おい……」
「寒くなったから、マフラー返してね」
「そりゃ構わないが、帰るまで寝るなよ」
「大丈夫だよ〜。私そこまで寝ぼすけじゃないもん」
「……何言ってるんだか」
そのまま俺の首からマフラーを取ると、くるりと自分の首に巻き付けた。
「うわー、やっぱりマフラー有ると無いとで全然違うよ」
「……そうだな」
マフラーのおかげで暖まっていた首が急に冷えてきた。
思わず身震いをすると、名雪が心配そうに声をかけてくる。
「寒いの、祐一?」
「ああ、マフラーがないだけでこんなに変わるとはな」
「お母さんに言って、借りてくればよかったね」
「いや、別にいい。さっさと帰ろうぜ」
「あ、そうそう。お母さんが甘酒作ってくれてるはずだよ」
「へぇ、それは有り難いな。じゃあ、帰るか」
神社の寒さを感じながら、鳥居をくぐる。
と、名雪が一度後ろを振り返った。
「……どうした? 帰らないのか?」
「ねぇ、祐一。やっぱり教えてくれないの?」
そのまま名雪は、じっと本殿の方を見る。
俺も釣られるように、後ろを振り返った。
「別に大したことじゃないから、言わない」
「……ケチ」
「そういう名雪は、どうなんだよ?」
「私? ……うん、私も大したことじゃないよ」
「なら、一緒じゃないか」
「……う〜ん……」
名雪が俺の顔を見上げてる。
その不満そうに少しふくれていた顔が、急に笑顔に変わった。
「そうだね。きっと一緒だよね」
「ん? 急になんだよ?」
「……ねえ祐一。一緒にいてくれるんだよね?」
「なんだよ、さっきから訳の分からないことばかり……」
「違うの?」
首を傾げながら、名雪がさらに聞いてくる。
その目は灯籠の明かりを受けて、静かに輝いているようだった。
そんな名雪を見ていると、言葉が自然と出てきていた。
「いや。前に……あの時に言ったとおりだ」
俺の言葉を聞くと、名雪の笑みはさらに広がった。
「うん。だったら、それでいいよ」
そう言うと、コートから手を伸ばして俺の腕を掴んだ。
「さ、帰ろ。じっとしてたら風邪引くよ」
「……そうだな」
名雪はそのまま、前を歩き出す。
その姿を見ながら、ふと疑問が浮かんだ。
「なあ、名雪」
「何?」
「名雪のお願いって、さっきの質問と関係有るのか?」
後ろ姿ながら、ピクンと身体が強ばるのが分かる。
「え、え? ……ううん、そんな事、ないよ」
「そうなのか?」
「ゆ、祐一こそ変なこと聞くね。さ、早く帰ろ」
そのまま小走りに近い速度で歩き出す。
そのあまりにも分かりやすい反応に、俺は苦笑した。
もう一度本殿の方を振り返る。
自然とさっきの祈ったお願いが思い出された。
(……いつまでも一緒にいられますように、か……)
きっと神様は願い事を叶えてくれる。
たとえ、叶えてくれなくても、それは叶うだろう。
俺と、名雪。
二人がそう思っていたなら。
「おい、先に帰るなよ」
俺は鳥居を後にすると、名雪を追いかけた。
走る足下には、踏みつけられた雪が小さく音を立てていた。
新年おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
>344-350
初詣SSです。
長文ですが、新年ネタと言うことでお許しください。
……新年早々、連続カキコエラーが出るとは思わなかった(汗