葉鍵板最萌トーナメント!!2回戦 Round80!!

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197墓参り 1
 あたり一面が真っ白だった。
 誰の足跡もついていなかった。
 それはそうだろう。
 こんな真冬に、ここを訪れる人などあまりいないだろうから。
 昨晩の事を思い出す。

「名雪、明日の事なのだけれど・・・・・・」
 いつもより、少しだけ引き締まった表情で秋子さんが名雪にそう言うと、名雪はただ、
「うん。わかってる」
 とだけ、頷いた。
 その表情には複雑な心の内が見え隠れしていた。
「明日って・・・・・・なんかあるんですか?」
 気になったのでそう、誰にとも無く尋ねると、二人の表情が固まった。
 やばいな、なんかまずい事でも訊いちゃったかな。
 そう思っていると、秋子さんが取り繕ったような笑みを浮かべた。
 こんな事は珍しい。
 いつも、微笑んでいる秋子さんにしてみれば。
「明日、申し訳ないのですが、日中、私と名雪はいません。ご飯の用意だけはしていき
ますからご心配なく」
 秋子さんが取り繕った笑顔のまま、そういった。
「うん。祐一には・・・・・・関係ないから」
 名雪もそう慌てて笑う。
 なんとなく、どこか引っかかるものがあった。
「俺には関係ない事、ですか」
 と俺がため息をつくと、名雪と秋子さんが視線を交し合った。
 なんとなく、気分が悪かった。
 のけ者にされているような気がした。
 それにたまりかねたように、秋子さんが口を重々しく開いた。
198墓参り 2:01/12/24 02:46 ID:W7WUIdeC
「明日は・・・・・・名雪の父親つまり私の夫の命日なんです。それで墓参りに行くのですが・・・・・・」
 その思いがけない言葉に仰天し、名雪を見る。
「・・・・・・ごめんね。でも、祐一に余計な気を使わせたくなかったんだよ」
 その言葉に俺は何も言えなかった。
 名雪にしてみれば、俺に変な心配や気遣いをさせたくなかったのだろう。もちろん、
秋子さんも。
 でも、この水瀬家にいる以上、そして名雪と愛し合っている以上、俺も無関係ではな
いはずだ。
 そして、俺はそれをそのまま口にした。
 俺の気持ちとして。
「そんな他人行儀な事、言うなよ。関係なくは無いだろ? それに、名雪のお父さんな
ら俺のお父さんだ」
 名雪はその言葉に目を潤ませて、俺に抱きついてきた。
「ごめんね、祐一・・・・・・ごめんね」
 そう呟きつづける名雪を抱きすくめながら、名雪の頭を撫でてやる。
「俺の気持ちは今言った通りです。出来れば・・・・・・明日は俺も一緒に連れて行ってくだ
さい」
 秋子さんにそう言うと、秋子さんは目を伏せ、
「・・・・・・ありがとうございます」
 とだけ呟いた。
199墓参り 2:01/12/24 02:46 ID:W7WUIdeC
 手に持った手桶の中の水がちゃぷん、ちゃぷんと音を立て、歩くたびに跳ねる。
 降り積もった雪を掻き分けながら、俺もずいぶん雪の上を歩くのが上手くなったもん
だな、と一年前の事を思い出していた。雪が積もった日には、いつも足を取られて転ん
でいたのに、今では気にする事無く歩く事が出来ていた。
 人間、何にでも慣れるものなのだろう。
 しかし、それは疑問だった。
 では、名雪や秋子さんは父親、また夫の命日にここを訪れるという事に慣れたのだろ
うか?
 いや、それは違う。
 二人の表情を見れば分かる。
 人間、慣れる事が出来ないものもあるのだろう。
「ここ・・・・・・だよね」
 名雪が確認するようにその場所に視線を移し、秋子さんにそう尋ねる。
「ええ・・・・・・」
 秋子さんは懐かしそうに、そこに足を踏み入れ、墓石の上に積もった雪を手で払った。
 その場所は他の場所と同様、雪に埋もれていた。
 気をつけて見ないと他の場所との違いが分からないぐらいに。
「まずは、雪かきからだな」
 そう言いながら、俺はその墓の周りを手にしていたプラスチック製のスコップで雪を
どかし始めた。
 誰も、何も言わず、その作業を続けた。いつもの俺の軽口も、口に出せるような雰囲
気ではなかった。
 やがて雪を掻き終えると持ってきていた道具で墓をきれいにする。
 ただ、気になったのは墓に刻まれた苗字が、『水瀬』ではなかった事だ。
 複雑な事情があるのだろう。
 俺はそれを尋ねるほど、無神経ではない。
 いずれ、秋子さん、または名雪が話してくれる日が来るだろう。そう納得した。
 墓が綺麗になると、蝋燭に火を灯し、持ってきた供え物と、花を供え、線香に火をつ
ける。
 秋子さんがその線香を俺と名雪に分けて、墓前へと立った。
200墓参り 4:01/12/24 02:47 ID:W7WUIdeC
「あなた・・・・・・」
 ぽつりとそう言ったきり、秋子さんは押し黙って手を合わせた。
 やがて墓前を離れ、名雪に場を譲る。
 手にした線香を供え、名雪は墓前にしゃがみ、手を合わせた。
 どんな会話をしているのだろう。
 父と娘の間で。
 どのような事情で他界したかは知らないけど、名雪と父親は顔を合わせる事が無かっ
たと聞いている。
 もし、その何らかの事情が起こらなかったら。
 もしかしたら今、暖かい家の中で、名雪と秋子さん、そして名雪のお父さんが笑い合
っていたかもしれないのに。
 でも、現実はこの肌を刺すような風が吹き付ける墓地でしか会えない。
 それがとても、俺には悲しく思えた。
 やがて名雪が立ち上がった。
 その瞬間、一陣の風が吹いた。
 その風は木々の枝に降り積もった雪を舞い上がらせた。
 そして、その雪に包まれながら振り返った名雪は―――笑顔だった。
「わたし、お父さんの顔も知らないけど、でも、それでもね」
 そこでいったん区切り、名雪が言葉を続けた。
「わたしを見守ってくれている気がする」
 そう笑った名雪が、俺にはとても大切なものに見えた。
 思わず、抱きしめた。
 そうする以外に、気持ちを伝える術を知らなかった。
「そうだな・・・・・・絶対、そうだな」
 と耳元で呟くと、名雪はうん、うんと頷いた。
 指先で、わずかに目に滲んだ涙を拭ってやり、名雪に促され、俺も墓前に立った。
201墓参り 5:01/12/24 02:47 ID:W7WUIdeC
 後ろから名雪と秋子さんの視線を感じながら、俺は墓前に線香を供え、しゃがんだ。
「はじめまして、相沢祐一です」
 なんの照れも無く、俺はそう墓に話し掛けた。
 それが正しいと思った。
 それから俺は、昨日の晩に考えた事、決意した事を墓前に報告する。
「二人は・・・・・・絶対に俺が守って見せます」
 名雪のお父さんが出来なかった事を俺が換わりにする。
 それが俺の務めだと思った。
 そして、何よりも俺がそうしたかった。
『ありがとう』
 そう、男の声がしたような気がした。
 慌てて辺りを見回すと、俺と名雪と秋子さんの三人しかいなかった。
 直感的に天を仰ぐ。
 でも、そこにあったのは空に舞う、雪の輝きだけだった。
 その雪に俺は改めて誓う。
 名雪と秋子さんを守り続ける事を。
 そして、名雪を幸せにする事を。
 いつまでも天を仰ぎ続ける俺に、名雪が不審がったような声を掛けた。
「祐一、どうしたの?」
 俺はそれに曖昧な笑みを返しながら、墓石に向かい、頭を下げた。
 それだけで何かを察したのだろう。
 秋子さんが口を抑え、嗚咽を漏らし始めた。
 名雪も何かに気付いたようだった。
 墓前を見つめ、ただ、ただ涙を流した。
 俺はそれを後ろから抱きすくめ、耳元に囁く。
「幸せに、なろうな」
 と。
 名雪は涙を拭おうともせず、ただ、頷いた。
202墓参り 6:01/12/24 02:49 ID:W7WUIdeC
 冬の、雪が舞う日。
 俺は一瞬の奇跡を見たのかも知れない。
 残してしまった、妻と娘に対する父親の想い。
 それを俺は確かに受け継いだ。
 そして、雪に彩られたこの街で、俺はずっと、生き続けるだろう。
 ここに家族がいるから。
 愛する人がいるから。
 だから、来年。
 来年、またここへ来よう。
 それまで、どうかお元気で。
 ・・・・・・お父さん。