そんなこと言われても
「涼元さんが倒れたって、一体どういうことなんだ!」
深夜の病院の待合室で、麻枝は掴み掛かるようにして、いたるを問い詰めていた。
「さっきKeyの開発室で突然倒れて、すごい熱だったから、救急車を呼んだの」
「それはもう、しのり〜が電話で俺達に伝えてくれた。だから俺達はここに来てるんだ。俺が聞きたい
のは、どうして涼元さんが倒れるまで俺に何も伝えなかったのかって事だ!」
いたるは俯いて、何も答えようとはしない。見かねた久弥が、麻枝を諌めた。
「おい、そんなにいたるを責めても仕方ないだろう。いたるにはいたるなりの事情があったんだろう?
麻枝にも伝えることのできない事情が」
「お前は黙っていてくれ。これは俺達の問題だ」
麻枝は苛立たしげに胸ポケットから煙草を取り出した。ライターで火を点け、口に運ぶ。吐き出さ
れた煙は白くたなびき、待合室の空気に揺れては消えた。
「分かってるよ。Keyを飛び出した俺に、いたるを責める権利が無いことは」
白煙と共に、言葉が洩れる。
「くそっ……俺のせいだ。俺のせいで、こんな……」
すり潰すようにして、備え付けの灰皿に煙草を押しつけた。
「身体的にも肉体的にもかなり疲労されています。元々身体が丈夫でないのでしょう。今は落ち着いて
いますが、楽観視できる状況ではありません」
それから三十分後、靴音を響かせ、病室に通じる廊下からやってきた当直医の言葉だった。
「とにかく安静が必要です。どんな重大な仕事をされているかは存じませんが、これ以上の労働の強要は
医師として絶対に認められません」
当直医の言葉には、どこか批難めいたものが込められていた。
「あなた達は今日はもうお帰りください。もう夜も遅いですし、明日の仕事に差し障りが出るといけ
ません。涼元さんのお身体は我々が責任を持って預からせて頂きます。どうか心配なさらないでくだ
さい」
翌日、雑居ビルの一室を借りて作った開発室に麻枝は朝一番に顔を出していた。床に掃除機をか
け、机を雑巾で拭く。いつもは面倒臭いだけの単調な作業だが、今日の麻枝にはその単調さがあり
がたかった。無心に机を拭いていれば、余計な思考に囚われなくてもすむ。
やがて、全ての机を染み一つなく綺麗に拭き終わると、椅子に腰を下ろした。背もたれに体重を
預け、何をするでもなく天井を見上げる。天井は朝の光に照らされ、所々に灰色の染みを浮かび上が
らせていた。
突然、外から爆音が聞こえてきた。耳をつんざく爆音に麻枝は思わず立ち上がり、窓へ駆け寄る。
車に疎い麻枝にも一目で分かる高級なスポーツカーだった。公道を走るにはもはや不釣合いとも言え
る深紅の流線型が驚くべきスピードで近づいてくる。麻枝のいるビルの側にまで近づいてきたかと
思うと、急制動を掛けたのだろう、タイヤが悲鳴をあげた。早朝の静けさをかき乱した騒音源は
急速に勢いを弱めると、やがて路肩にぴたりと停車した。獰猛な獣の唸り声のようなエンジン音も
すぐに止み、辺りは再び静寂に満たされる。呆然とその光景を眺めていた麻枝の目に、一人の男
が車内から出てくるのが見えた。男は車のドアを閉め、鍵を掛けると麻枝のいるビルに入ってきた。
「お前が来るまで外で待たせてもらおうと思ってたんやけどな。朝一に仕事場に来るとは、随分と
熱心やな」
ドアを開けると開口一番、馬場社長はそう言った。
「あんたこそ朝っぱらからご苦労なことだな。わざわざ車を走らせて、こんな所に何の用だ」
睨みつける麻枝を、馬場は鼻で笑う。
「Keyを飛び出して少しは鼻っ柱が折れたかと期待しとったが、相変わらずやな。吉沢が面倒見切れ
なくなるんも、よう分かるわ」
「吉沢さんは俺に本当によくしてくれた。あんたに吉沢さんを悪く言う権利などない」
「お前も半端に義理堅い奴やな。一度は吉沢を捨てていったことがそんなに心苦しいんか?」
麻枝は唇を噛み、拳を握り締める。空気の張り詰めた開発室に聞こえるのは、無機質なPCの稼動音
だけだった。
「涼元君は過労で倒れた。医者の見立てが正しければ、当分は仕事どころやない。うちはエロゲー業
界には勿体無いくらい労働環境の整備された会社で知られとるんや。社員が過労で入院したっちゅう
だけでも随分なイメージダウンやのに、下手に仕事させて過労死でもされたら洒落にならんからな」
麻枝は何も言わず、ただ馬場を睨みつける。矢を射るような麻枝の視線をまるで意に介さず、馬場
は続けた。
「涼元君が仕事できんようになったら、『CLANNAD』の企画は進行せえへん。このままやと『CLANNAD』
は日の目を見ることなく、潰れるやろうな。Keyも共倒れや。企画を潰したブランドに金を出すほど、
俺は粋狂やない」
「Keyを潰すことだけはやめてくれ。俺のせいでこんな事になったんだ。全ての責任は俺が負う。
だから、Keyを潰すのだけはやめてくれ」
苦しみを押し殺したように言うと、麻枝は馬場に頭を下げた。馬場は嘲笑を隠そうともせず、両手
を広げておどけたポーズをとる。
「えらくしおらしい態度やないか。三ヶ月前、俺に真っ向から喧嘩を売ってKeyを飛び出した麻枝准
の態度か、それが?」
「くっ……」
歯噛みする麻枝に、馬場は冷たい口調で言う。
「俺にKeyを潰させない方法は、たった一つや。お前がKeyに戻るんや。吉沢や久弥と一緒に作ろう
としていた、『さゆりん☆サーガ』の企画を手土産にな」
馬場は麻枝に近づくと、にやりと笑った。
「反抗する奴らは全て叩き潰すんが俺の信条だが、麻枝准だけは別や。俺はお前の才能を高く買って
るんやで。お前の望む物は、何だって俺が与えてやる。地位も、名誉も、金も、欲しい物は何だって
与えてやる。お前がエロゲー業界のトップに君臨する姿を見たいんや、俺は」
「あんたが見たいのは、業界のトップに立ったビジュアルアーツだ。俺はそのための駒にすぎない」
「どう思おうがお前の勝手や。俺に何の得も損もない。お前に残された道はただ一つ、俺の下に戻る
ことだけなんやからな」
馬場の言葉は氷柱のように冷たく、そして堅固だった。
「分かったよ。あんたの下に戻って、俺はあんたのために働き続ける。それでKeyが守れるんだったら、
いくらでも働いてやるさ。それこそ過労死するまでな」
吐き捨てるような麻枝の言葉に、馬場は満足そうに頷く。
「ただ、こちらからも一つだけ条件を提示させてくれ」
馬場は不思議そうな表情を浮かべた。麻枝は馬場に顔を向け、懇願するように言う。
「吉沢さんと久弥も一緒にKeyに復帰させてくれ。Keyを飛び出し、行き場の無かった俺がここまで立
ち直れたのはあの二人のおかげなんだ。あの二人を置いて、俺だけKeyに戻るわけにはいかない」
「吉沢と久弥を踏みつけにして、自分だけ光の当たる場所に駆け登りたくはない。そう言うんやな?」
麻枝は頷いた。
「いつまで甘いこと言うとるんや。お前は」
馬場の声には、僅かな苛立ちが混じっていた。
「Tacticsを飛び出し、Keyを作った時、お前は何をした? 吉沢を切り捨てたんちゃうんか。久弥も
同じや。久弥から『Kanon』で勝ち取った名声と人気を奪い取ったんはお前ちゃうんか? 一度踏み台
にしておいて、今度は罪悪感が許さないから何とかしてくれやと? 世迷い言も大概にせえ」
麻枝は血が滲むほどに唇を噛み、怒りを堪えた。麻枝を、そして吉沢と久弥をせせら笑うように、
馬場は言葉を続ける。
「お前の才能に目をつけた吉沢の眼力は認めたろう。Keyを育てた久弥の功績も大したもんや。せや
けどな、こいつらはもう過去の人間や。今のお前には要らん、用済みの人間や」
「あんたにそんな事を言われたくはない! 確かに俺は吉沢さんを切り捨て、久弥の名声を奪い取って
きた。それでも、あの二人は俺を受け入れてくれたんだ。もう一度、俺にやり直すチャンスを与えてく
れたんだ。そんな二人が用済みだと言うのならば、一番不要な人間はこの俺だ!」
麻枝の叫びも、馬場には届かない。麻枝に向けられた目は冷たく、言葉はもっと冷たかった。
「お前が何と言おうと、俺の考えは変わらんで。俺が欲しいのはお前独りや。文句があるんやったら、
樋上や折戸を誘って、ビジュアルアーツから出て行けばいい。お前がいなくなった後、涼元が必死に
支えてきた『CLANNAD』の企画を放り出してな」
馬場は開発室の周囲を見回し、呆れたようにため息をついた。
「同人の環境で、どれほどのことができると言うんや。プログラムさえ満足に作られへんやろ。
お前がここでやろうとしていたことは、ガキのままごとや。吉沢や久弥とやり直そうっちゅうお前の
願いも、所詮は青臭いガキの夢物語や」
「俺が……俺が、夢を見ていたというのか?」
足元が崩れ落ちていきそうな錯覚を懸命に振り払いながら、麻枝は呟く。
馬場はそんな麻枝に一瞥をくれると、興味を無くしたように背を向けた。
「ええか。もう時間が無い。『CLANNAD』の開発は佳境に入っとるんや。『CLANNAD』が無事に世に出る
か否か、Keyが存続するか否かはお前次第や」
そのまま歩き出し、ドアノブに手を掛ける。
「後三日だけ待ったる。それまでに俺の所に来なければ、『CLANNAD』の開発を中止させ、Keyを解体
する」
麻枝は何も答えない。馬場がドアを開くと、冷気を残した朝の空気が流れ込んできた。
「ええ返事を期待しとるで」
言葉が終わると、ドアが閉じられた。
うひょう……悪役や……悪役や、VAVAちゃん……
頑張れだーまえ……頑張れ……
あと4回で、どんな結末が迎えられるというのだろうか……
625 :
名無しさんだよもん:02/03/26 12:06 ID:zgofroNl
が、がお…
麻枝ちんピンチ。
うっひょぉぉーーーい!BABA.DOS最高ーーー!!
ごめん、せっかく盛り上がってるとこ悪いけど
ボスのサイトのURL誰か知らない?
>627
スタッフすらに行くといい。
他のスタッフも纏まってるから。
ヴァヴァ社長の関西弁が違和感無くて良いですわ。
関西在住ですか?>書き手さん。
あとしょーもないツッコミ申し訳ないんですが、
>619の
>「身体的にも肉体的にもかなり疲労されています。
RR?ってこれで合ってるのかな・・・?
何だか自信無くなってきた・・・(;´Д`)
>>630 ふぉぉぉぉぉぉぉ、やっちまった……
×身体的にも肉体的にも→〇精神的にも肉体的にも
です。
そういや、
陣内が変名でVA系列に入ったみたいだけど、
これネタに出来んかなぁ。
>632
それ、リアルワールドの話?
え?、ここで書いちゃまずいの?
ていうか、むしろ馬場好きだ。
気づけばいつの間にか書き手さんが2人になっちゃったんだな、このスレも。
今はいいけどお2人のお話が完結した時はどうなるんだろうと、今から少し心配してみたり。
馬場は麻枝をどう思っているのか
太陽が昇るにつれ、朝の冷気はすぐに和らいだ。射し込む春の陽光は暖かく、開かれた窓から心地
の良い風が吹き込んでくる。エアー・コンディショナーの電源を落とした社長室で、馬場はいつもの
ように山積みの書類に向かっていた。馬場が社長を務める株式会社ビジュアルアーツは春の商戦に向
け、多くの作品をリリースする予定である。熾烈を極めるであろうこの商戦に勝利を収め、馬場は業
界の頂点にのし上がることを目論んでいた。去りゆく冬も、訪れる春も、馬場には何の感慨も与えな
い。馬場の心を動かすのはただ、燎原の火のような野望だけだ。
「『デバッグが間に合わんから納期を延ばしてくれ』やと? 寝言も大概にせえ! 限られた条件、
定められた期間でどれだけ仕事の質を上げるか、を考えるんがプロっちゅうもんや。人手がもっと
あったら、時間がもう少しあれば、みたいな発想しかできん人間はうちの会社には要らん。とっと
と辞表出して、田舎に帰れ! 退職金代わりに切符代くらいは出したるわ!」
受話器に向かい、思い切り怒鳴りつける。受話器を叩き付けると、苛立たしげに額の皺を指で押さえた。
「ったく、どいつもこいつも使えんわ。遊び半分で仕事やっとる」
独り呟いて、机に堆積する書類の山から一枚を取り出す。
「『CLANNAD』は緊急事態のため現在凍結中、か。このままやと今年の商戦はまずいな」
柱に掛けられたカレンダーに視線を向けると、もう三月も終わりだった。
「期限まで後二日。あれはただの脅しなんかやないぞ。お前が戻らんかったらKeyは解散や、麻枝」
馬場以外誰もいない部屋に、言葉が消えていった。
突如、電話機から内線の呼び出し音が鳴り響いた。馬場はすぐに受話器を取り、通話ボタンを押
す。受話器の向こうから、よく通る若い女性の声が聞こえてきた。
「吉沢務さんと名乗る方が社長に面会を求めておられますが、どうなされますか?」
受付が伝えるその名に馬場は一瞬厳しい表情を浮かべたが、すぐに返事をする。
「今すぐ俺の部屋に来るように言ってくれ」
言い終わると、受話器を置いた。
「一度、君とは直接話をしてみたかったんや。吉沢務君」
目の前に立つ男に、馬場は言った。
「俺もですよ。三年前にこの場を用意してくだされば、もっと良かったのですが」
馬場は苦笑して肩を竦める。
「殴り合いの喧嘩になるんは目に見えとったからな。お互いに頭が冷えてから、話し合いの機会を作
ろうと思っとったんや」
「うちの社長はまだ根に持っている様子でしたけどね」
「君はあんな阿呆とは違う。過ぎた事をいつまでも引きずるような人間やない。恨み言を吐き出しに、
俺に会いに来たんやないやろ」
言い終わると、馬場は口を閉ざして吉沢の言葉を待った。だが、吉沢も沈黙して言葉を返さない。
鋭い視線が絡み合い、互いを隔てる空気が冷たく張り詰める。彫像のように動かず、呼吸さえも止めて
しまったような二人の間を、ただ時計の音が刻んでいた。
永遠とも思える沈黙を破ったのは、吉沢だった。ふっと息を吐き、一歩だけ前に進む。
「麻枝から話は聞いた。涼元さんが倒れ、『CLANNAD』の開発が頓挫しかかっていることも。
あんたが強権を発動し、麻枝を取り戻そうとしていることも、全てだ」
「それがどうした。君では麻枝の才能を使うには力不足や。俺は麻枝を然るべき場所に導くために
必要なことをしているだけや」
「あんたが麻枝に執着する気持ちは分かる。馬場社長、あんたがいくら経営術に長けていても、
あんた自身が売れる商品を作れるわけではない。ビジュアルアーツに利益をもたらす商品を作るのは
クリエイターだ。生き残り争いに勝利し、業界のトップに立つために、あんたは麻枝を必要としてい
るんだ」
「よう分かっとるやないか。君の言う通りや。麻枝に売れる作品を作らせ、俺は業界のトップにのし
上がる。他の人間は皆、その捨て石や。君も、そして久弥もな」
表情一つ変えず、馬場は平然と言い放つ。
そんな馬場に吉沢は射るような視線を送っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「あんたにとっては捨て石でも、麻枝には違うんだ。俺は捨て石で構わない。でも、久弥は違う。
麻枝には久弥が必要だ。そして麻枝がいれば、久弥も変わることができる。そうやって二人は今、
もう一度やり直そうとしているんだ」
そう言うと、吉沢は膝を屈し、床に正座する。
「お願いします。二人を引き離さないでやってください」
吉沢は額を床に擦り付けた。
土下座して懇願する吉沢を馬場は呆然と眺めていたが、すぐに顔を歪めた。
「吉沢務ともあろう男が、なんちゅう姿や。プライドがないんか、貴様には!」
椅子から立ち上がり、怒鳴り声を上げる。
「何と言われようが構わない。でも、久弥だけは助けてやってくれ。あいつはまだ飛び方を知らない
んだ。今独りで放り出されたら、どこにも行けない」
足元に這いつくばり、頭を床にこすり付ける吉沢を、馬場は虫けらのように見下ろしている。
「そういう浪花節が一番嫌いなんや、俺は」
鈍い音が社長室に響く。馬場が吉沢の顎を蹴り上げていた。衝撃に思わずのけぞった吉沢の髪を
掴み、顔を上げさせる。
「久弥はビジュアルアーツを飛び出した男や。俺に逆らった男を、何で俺が救ってやらなあかんのや」
「久弥は本当はKeyに残りたかったんだ。久弥がKeyで作る作品は、あんたにとっても利益になるはずだ」
吉沢の唇の端から、赤い液体が垂れていた。
「確かに久弥はよう働いてくれたわ。だがそれは過去の話や。今更Keyに復帰させても、麻枝の邪魔
になるだけや。久弥本人もそう思っとるんちゃうんか?」
吉沢は反論しようとしたが、できなかった。麻枝のパートナーであることを望みながら、自分に
はもうその資格がないのではないか、と久弥が苦悩していることを吉沢は敏感にも気付いていたからだ。
沈黙する吉沢を見て、馬場は唇の片端を歪めた。
「そんなに久弥を復帰させたいんやったら、考えてやらんでもないで」
耳の方向に釣りあがった唇の隙間から洩れ出る言葉に、吉沢は喜色を浮かべる。
だが、それは一瞬だった。
「潰れかかってるブランドが一つあるんや。納期も近いっちゅうのに、満足にデバッグもできてへん。
どうしょうもないクズの集まりや。明日にでも全員叩き出したいわ」
「まさか、久弥をそこに……」
「察しがええな。スタッフの能力も、開発環境もどうしょうもないブランドや。まともな物が作れる
はずあらへん。せやけど久弥の名前があれば、鍵っ子のお客様方が内容の吟味もせんと飛びついてく
れるやろ」
「馬鹿な! そんな所で久弥がやって行ける訳がないだろう!」
吉沢は立ち上がり、馬場を睨みつける。
「やって行ける訳がない。そりゃそうや。俺は久弥にやって行ける場所を与えるつもりはさらさらない
んやからな。壊れるまで働かせて、動かなくなったら退職勧告や」
「久弥を……使い捨てにするつもりか、もう一度」
「お前も拾ってやらんでもないで。二人揃って俺の犬になるんやったら、潰れるまでは面倒見たるわ」
「馬場ぁ!」
胸倉を掴み、殴りかかろうとした瞬間だった。
「吉沢さんっ!」
折戸伸治がドアを開け、駆け寄る。馬場に向けて振り上げられた吉沢の腕を掴んだ。
「折戸……」
呟く吉沢に、折戸は言う。
「社長を殴ったって何にもなりません。俺に任せてください」
折戸の言葉を馬場は鼻で笑う。
「お前に何ができるというんや。たかが音屋風情が」
折戸は馬場を睨みつける。
「俺はKeyを辞める。Keyを辞め、久弥と一緒に行く。二度と、あいつを独りにはさせない」
「何やて?」
予想だにしなかった折戸の言葉に、馬場は驚きを隠せない。
「社長……今のKeyが一番必要としている人間は、確かに麻枝だ。でも、Keyは麻枝だけじゃない。
今のKeyがあるのは、久弥がいたからなんだ。久弥を捨ててまで、俺はKeyに残りたくはない」
折戸の声には微かな哀しみが混じっていた。
「『CLANNAD』の作業を戸越に引継ぎ終え次第、辞表を出します。麻枝達をよろしくお願いします」
そう言って、深く頭を下げる。踵を返すと、そのまま部屋から退出した。
夜も更け、人のあらかたが吐き出された鉄筋の建造物はひっそりと闇に溶けていた。屋上に引っか
かるように月が輝き、冷たい影を道路に落としている。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った社屋の
一角だけが、まだ光を放っていた。
折戸はKey開発室に独り残り、黙々とディスプレイに向かっていた。涼元が倒れたことにより、
『CLANNAD』の開発作業は中断された。今のKey開発室は閉山を迎えた炭鉱のように寂れ、熱気
の残り火だけが微かに漂っている。
無機質な駆動音が響き、折戸のPCに備え付けられたCDドライブからディスクが吐き出された。
折戸はディスクを取り出すと丁寧な手付きでラベルを張り、プラスチックのケースに収納する。
そのディスクには折戸が密かに書き上げていた楽曲のデータが保存されていた。『CLANNAD』には
使用せず、麻枝や戸越にも決して聴かせることのなかった、秘蔵の楽曲。いつか久弥と共に作品を
作る時、折戸はそれを提供しようと心に決めていたのだ。
「よし、行くか」
ディスクケースを手に取り、立ち上がる。大きく背伸びをすると、がらんとした開発室が隅から隅
まで見渡せた。綺麗に整理整頓された、涼元の机も。
「涼元さん……満足か。自分で自分を傷付けることで、あんたは麻枝を手に入れた。もう二度と麻枝
はあんたを置いて行かないだろう。立派なKeyの一員だよ、あんたは」
涼元の机は月の光に照らされ、うっすらと輝いていた。
「あんたならKeyをもっと高くに運んでいける。麻枝と一緒なら、あんたはどこにだって行ける」
そこに涼元がいるかのように、折戸は無人の机に語り掛ける。
「だが、俺は違う道を行かせてもらう。もう一つのKeyを、俺は飛び立たせる。あんたは麻枝を手に入れ、
俺は久弥を手に入れる」
そして折戸は、Keyを出た。
来たか。
折戸、いいねぇ。かっこいい。こういう台詞吐けるくらいに、誰かを信じてみたいもんだ。
折戸、久弥、吉沢のこれからも気懸かりだが、CLANNADがどうなるかがもっと気懸かりだ(w
吉沢……さんっ……
折戸……さんっ……
がんばって……がんばってぇ……
CLANNADは、どうなるんだ……
BABA.DOSはもうちょい悪人に書いても問題無いような。
ボンびい時代はやんなくてもいいちょっかい出しまくって開発混乱させてたらしいし。
折戸ぉぉぉーーーーっっっ!
桜咲く季節に移り変わり、Leaf社内の空気も穏やかなものとなっていった。
はずだった。
ただ、一人の男を除いては…
一一(にのまえはじめ)
PEACE販売以降、一身にサポートやその他雑務を追われ、コナミやKey云々と
言えるような日々を送る事が出来ず歯がゆい時を過していた。
そんな時、再びLeafを去ろうとする男と一は会う。
米倉高広(通称ケムさん)ToHeart以来の古参音楽マンであった。
米倉は言う
「ちまちまとですけど、俺も社長やDOZAさんみたいにユーザーの心に残る音楽って
のを作りたかったんですけどね…でも、まあ自分でいうのもなんですけどやっぱ、
LEAFにおいては活躍がないんですよ…」
「何を言っておる!おまえさんの陰の支えがあるからこそワシのようにここまでやって
いけたのじゃないのか?そもそも何故お前ほどの人間が……」
「だから言ったじゃないですか?ユーザーにもそして社内でも一定の評価が自分に無い
んですよ…だからです。」
「……………」
押し黙る一
「おやびんはプログラマーですから地味でもなんら文句は言われません。むしろ
でしゃばる職種じゃないですから。でも音楽は違います。その時のテキスト・
原画にぴったりのサウンドを提供出来なければ結果をもらえないんです。
雫は今はいない折戸さんが・痕ではDOZAさんと社長が…
ToHeartは社長と中上君の方が評価ありましたし…
誰彼は、新人の松岡君が…」
「……………」
「と、まあ結局自分の活躍する場所と結果が出せなかったんですよ。あと…」
「あと?」
「こっちの方が責任的には重大みたいんですけど、」
「ふむ」
「俺…コナミとの対応で本当は辞めるんですよ…」
「なっ!!」
一の目が大きく見開いた。
「ま、まさか」
「俺、前々からコナミ関連で版権とか担当してたじゃないですか…中上君と」
「それは知っておるが」
「で、台湾に行く前にメールが俺の元に届いたんですよ…」
「なんて言う風にじゃ?」
「まあ簡単に言うなら『VNに関する版権』のいざこざですね。特許が欲しいから、
ウチ(コナミ)につっかかるのをやめろ…って」
「で、俺は前々から会社として一貫しているように『VNはコナミが特許を出す
理由がないから…そもそもLEAFが言ったのを勝手にそっちが盗人のようになんでも
かんでも特許だして版権で稼ぐのはいかがなものか?』って言う感じのメールを返信
したんですよ…」
「んで」
「まあ、それがコナミの逆鱗に触れたんかしらないですけど…向こうがかなり感情的
な言葉投げつけるメール返してきて…『LEAFと一戦交える!』うんたらかんたら
って…」
「ちょ、ちょっと待て!」
一は再び血相を変える
「どうしました?おやびん」
「そうか………そうきたのか…」
米倉は一の呟きが理解できなかった。
「ま、まさか」
「俺、前々からコナミ関連で版権とか担当してたじゃないですか…中上君と」
「それは知っておるが」
「で、台湾に行く前にメールが俺の元に届いたんですよ…」
「なんて言う風にじゃ?」
「まあ簡単に言うなら『VNに関する版権』のいざこざですね。特許が欲しいから、
ウチ(コナミ)につっかかるのをやめろ…って」
「で、俺は前々から会社として一貫しているように『VNはコナミが特許を出す
理由がないから…そもそもLEAFが言ったのを勝手にそっちが盗人のようになんでも
かんでも特許だして版権で稼ぐのはいかがなものか?』って言う感じのメールを返信
したんですよ…」
「んで」
「まあ、それがコナミの逆鱗に触れたんかしらないですけど…向こうがかなり感情的
な言葉投げつけるメール返してきて…『LEAFと一戦交える!』うんたらかんたら
って…」
「ちょ、ちょっと待て!」
一は再び血相を変える
「どうしました?おやびん」
「そうか………そうきたのか…」
米倉は一の呟きが理解できなかった。
「いや、気にするな。で、そのコナミ対応が原因で辞めると……」
「そういう事ですね。」
「…………………………」
顔をしかめる一
「おやびん」
「ワシは…あとどれだけの人間を失えばいいのじゃ!」
「お、おやびん……」
「折戸・生波夢・鳥の・DOZA………みんないい奴じゃった。なのに…何故じゃ!
何故LEAFを去る!何が悪い!何がいかんのじゃ!なあケムよ!なあ、言ってくれ
ワシか…ワシがいかんのか?ワシがみんなの心をわかってやれなかったからか?
なあ?なあて……」
「…………」
矢次に問い掛けて来る一に…米倉は何も言葉を返す事が出来なかった。いや正確には
言えなかった。
「ワシは…どうすればいい?」
「おやびんは悪くないですよ。これだけは言えます。」
米倉は静かに、低い声で一に言う。
「……世話になりました。」
頭を深々と下げる米倉
「例えLEAFを離れても、みんなの事は忘れません。」
「ケム!」
「でも、この話だけはしておかないと…俺もされないですね。」
米倉は一つの大学ノートを見せる。
「そっ、それは…」
ノートの題名にはこう書かれていた。
『Leaf&Key共闘フローチャート』
と。
米倉はパラパラとめくりながら関心して言う。
「凄いですねこれは。コナミに対しての対策がまずKeyと手を結ぶ…そこから
フローチャートのように様々な派生を思いついては書いていたんでしょうね…」
「…何故お前がそれを?」
米倉は一の質問を流し
「何々…高橋・水無月コンビの外注化・2.14事件組の取込・久弥直樹との
コンタクト・馬場と下川の直接交渉・VN特許に関する甲案・乙案の提唱・
東京開発室独立認知案etc……しかしその中でも、おやびんがそれより重要として
赤ペンで○を入れているこれ!」
「…………………………………」
米倉がノートに指差す部分に強い筆圧で赤丸が記されている。
「『折戸伸治×下川直哉』…これは俺には意味が分からないのですが……ま、まさか!」
「ん?」
「おやびん…そんな内輪にしか受けないホモ小説家デビューですか?」
米倉は真面目が顔でそういうので一は…
ガンッ!
「いたっ!頭のてっぺんを殴らないで下さい。痛いじゃないですか…」
「バカモン、そんな事してなんになると言うのじゃ…」
「ま、確かにそれはそうですけど…」
一はふぅとため息をついた。
「しかしケム、本当に意味が判らないか?」
「いや、俺が入った時には折戸さんはいませんでしたから、あんまりあの人の事は…」
「そうじゃったな。」
ウンウンと納得する一
「お前さんも、この業界にいると色々な噂やゴシップを聞くと思うが…」
「ああ、社長が折戸さんの当時の彼女にちょっかいだしたっていう話ですね。それで
折戸さんがココ辞めたって言う…」
「違うのじゃ!」
「ヘッ?」
「あれは……違うのじゃ……」
一は顔を下に俯かせ両拳をブルブルと震わせる。
米倉はいつもとは違う一を感じ取っていた。
「もう、お前さんがそれを見てしまったのなら何ら隠すような事でもない。まあその話
は結果としては事実なのじゃが…」
「んじゃあ、社長がやっぱり…」
「しかしそれは真実ではないのじゃ!」
「へっ?」
素っ頓狂な声をあげる米倉
一は簡単に米倉に説明する。
折戸の彼女は金目当てで付き合っていた事。
そして下川と出会い、誘惑したこと。
女の企みを察知した下川がその女を殴った事。
その瞬間を運悪く折戸がみてしまい、誤解が生じた事。
そして二人の間に亀裂が生じ…折戸がLeafを去った事。
一は記憶するその当時の現状を米倉は話した。
全てを聞いた米倉は…
「それじゃ…別に社長はその女をちょっかいだしたとかそういうんじゃないんですね?」
「そういう事じゃ。」
「でも、どうしておやびんはそれを折戸さんに話す事が出来なかったんですか?
おやびんが言えば…折戸さんだってLeafを出て行く事も無かった筈です。」
「………」
押し黙る一
「どうして…そんな大切な事を折戸さんに伝えなかったのです?どうしてその時に
おやびんは真実を知っていて誤解を取り除こうとしなかったのですか?」
「わかってる!!」
突然怒鳴る一
「お、おやびん…」
一は早口に
「ああ、そうだとも!そうだとも!ワシがその時に折戸にすぐにでも言えば良かった
のじゃ。だが、ワシは言えなかった。そういえなかったんじゃ!だから後悔している。
いまでも心に引っかかっている!その場に居会わせていて…真実を伝えなかったワシ
がいかんのじゃ……」
「……」
「だから、今からでもせめて直哉と折戸の仲だけでも…修復させたいとワシは思って
いる。そう、ワシにはコナミだのVNの版権などどうでもよかった。
何かをきっかけに折戸と直哉が…あのころの様に笑いあえる時がくればどうでも
よいのじゃ…」
「おやびん…………………」
「ケム、ワシは自分勝手な男と言われようとも、何としてでもそこだけは…伝え
なくてはならんのじゃ折戸に」
「…………」
米倉は一にどう声を掛ければいいのか判らず、ただ黙って悲壮な一の姿を見る事だけ
しかできなかった。
「ケム、つまらん話をしてしまったな。」
「いえ」
「で、話は戻すが…お前さんはそのノートをどこで?…最近ワシはPEACE関係で
そっちに関われなかったんでな…」
一は『Leaf&Key共闘フローチャート』ノートの事を聞くと…
「これですか?」
「うむ」
「前におやびんの机みたらこのノートが置いてあって…んでつい興味本位で持って
帰ってしまいました。すいません。」
ペコリと頭を下げる米倉
「いや、ワシも仕事とサポートに追われて気が付かなかったワシの責任でもある。
それに、お前さんなら別に構わんさ」
「どうしてです?」
「では誰かにワシがこの事を勧めているのを密告する気があるのか?」
「いえ、そんなことはしませんよ。おやびんが社長と折戸さんの為に動いているんです。
俺がどうこうすることはありません。後これ、返しておきます。」
一はノートを受け取る。
「こんな事言えた義理じゃありませんが…」
「うむ」
「おやびんは社長と折戸さん関係修復に集中しててください。俺はコナミの方で何か
わかったら知らせます。」
「いいのか?おまえさん、次の仕事先とか…」
「勝手にノートぱくっていったんですから…これぐらいはさせて下さい。」
米倉がそう言うと…
「恩に着る。」
「そんなもん着なくてもいいですよ。フッ」
米倉は笑っていた。
「それじゃあ、もうそろそろ俺は……」
「ああ、すまんな。」
「色々と世話になりました。」
「いや、ワシはお前さんには対したことはしておらんがな。」
「何か、最後におやびんと色々話ができてよかったです。」
そう言う米倉の顔はどこか清々しく一は感じ取った。
しばしの静寂
二人はお互いの顔を見詰め合う。
何も言わない。ただ、LEAFで過した日々が走馬灯のように二人の脳裏をかすめる。
「じゃ!お元気で」
「ああ、絶対にまた会おう!」
「ええ」
そういうと米倉は荷物をまとめて、ドアの前で深々を頭を下げて部屋を立ち去った。
こうして、また一人Leafから人が去っていった。
key、leaf編を連続して読めるとは思わなかった。
折戸がああゆう決断をするとは、予想外。
どうなっちゃうんだろ…
>けむ
新天地が早く見つかるといいね。
米倉じゃなくて、米村だね。
V.G.の曲好きだったよ……(超板違い)
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
>662氏
す、すいません。激しくすいません。
名前間違ってしまいました・・・本当に申し訳ございません。
・・・・・・
鬱だ・・・本気で・・・
次から気をつけます。
という展開を予想してみる。
2つの物語がもしリンクしてたりしてたら、もう俺は笑うしかないね。
666 :
666:02/03/31 10:10 ID:t5esSH25
666
どうも、Leafサイドの作品は所々、出来にムラがあるような気がするのは
俺だけかね?(良い時と悪い時)
いや、批判とかじゃないんだけど時々そう思う所為があるんでね。
基本的にだーはら話は大好きです。
これからも書き手さんは頑張って下さいませ。