お断り:劇中のセリオはHMX-13ではなく、HM-13です。
特に不自由は無かった。
ただ、興味だけがあった。
ショップのショールームで一目見て、正しく衝動的に買った。
別にどれでも良かった。例えば、姉妹機のHM-12でも、それこそライバル社の
HANDAのASM-18でもなんでも。
一人暮らしの日々の家事にも嫌気が差してきた所だったし、『丁度いいか』、
という感じで、契約書にサインしていた。
正しく高級外車一台分ほどの値段だったけど、別に懐が痛んだわけでもない。
お金なら、そこそこ贅沢してもまだ有り余るほど有るのだから。
納入されてすぐ、僕は彼女に仕事を言いつけた。
特に部屋が散らかっていたわけではない。
ただ、彼女が『動いて何かの作業をしている』のを見たかっただけだ。
彼女も『さほど部屋が散らかっているようには思えませんが』と反論する訳
もなく、ただ黙々と部屋を掃除していた。
それで十分だった。
『ああ、やっぱり命令どおりに何でもするんだな』
と思った。
興味はすぐに失せて来た。
いずれ、彼女は僕の元からいなくなるだろう。
意味も無くTVやステレオなどを買い換えるのと一緒だ。
飽きたら捨てればいい。
いや、下取りに出して、新機種に買い換える手もある。
そう思っていた。
僕は、買ったHMであるセリオを『機械』としか、認識していなかった。
そう、この時は。
「ご主人様、ご夕食のメニューなのですが・・・」
掃除も終わり、日が暮れかかった頃、セリオが申し訳なさそうに両手を前で合わせ、
そう言った。
声の質的には申し訳なさそうな声なのだが、その表情自体はまったくの無表情だ。
「ん、どうかした?」
特に気にするでもなく、僕はそう尋ね返す。
「フリーザーの中を拝見しましたけど、材料がありません」
ああ、そういえば、と僕は一人で納得して、頭を掻いた。
「ペットボトルのお茶と調味料ぐらいしか入ってなかったろ」
悪びれもせず、僕はセリオに向ってそう言いながらポケットから財布を取り出した。
使ってない財布があったので、僕の財布から数枚の1万円札を取り出して入れ、セ
リオに渡した。
「毎月これぐらい渡すから、計算してメニュー考えて」
と言うと、セリオは少し首を傾げ、また僕に尋ねてきた。
「了解いたしました。特に苦手なもの等があればお教え願えませんでしょうか?」
それに僕は返答出来なかった。
嫌な質問だった。
脳裏に浮かんだのはどす黒い赤。割れたガラスの欠片。他人の、驚愕した顔。
そして・・・。
「・・・ご主人様?お気分でも優れないのでしょうか?」
セリオの心配そうな声に僕は意識を引き戻された。
頭を一振りして、浮かんだ光景を振り払おうとする。
「いや、なんでもない」
未だに心配そうな仕草で僕を見るセリオにそういうと、セリオは安心したかのように
頷いた。標準動作だとしても、それは見た目には本当に心配したかのように見えた。
「・・・肉。特にミンチ肉だ。あとぐちゃぐちゃしたものも嫌いだ」
なんとなく気恥ずかしくなったので、早口でそう伝える。
セリオはただ、頷いた。
復唱して、確認しないのが僕には嬉しかった。
それから数日が過ぎた。
特に問題が起こるわけでもなく、セリオは安定して動いていた。
セリオは、僕の状況を見て考えたスケジュール通りに黙々と家事をこなし、何も作業
が無い時はまるで本物の召使いのようにただ、僕のそばに控えめに立ち、指示を待つ。
それを見て、便利な世の中になったものだ、と今更になって感心してしまった。
僕がベッドに入るのに合わせ、セリオも自分で充電をする。
そして夜が明けると、定刻通りに起動してまた作業を始めるのだ。
セリオから僕に話し掛けてくる事はほとんど無かった。。
本当に僕の判断が必要とセリオ自身が判断した時意外には、セリオが自分で考え、何
事も処理していった。
例えば、新聞の折込広告。
男である僕にとってブティックや化粧品、または美容エステ等のチラシはゴミ以下だ。
セリオはそう考え、僕が必要としているチラシ、またはセリオ自身が必要とするもの
以外は捨てた。
そういう風に自分で判断できる事は自分で判断してくれるのは、ありがたかった。
それは僕にあんまり干渉しないという事なのだから。
僕はあまり、外に出歩く事は無かった。
引き篭もり。
その一言で片付けられてもしょうがないと自分でも思う。
とある事情で人間が嫌いになり、自分から人に接する事をやめた。
他人に干渉されるのが何よりも嫌いになり、学校にも行っていない。
そういえば先日、高校の退学処分通知が来たような気もする。
まあ、丸半年も無断欠席をすればそれもしょうがない。
ともかく僕は干渉される事が嫌いだったので、黙々と作業をこなすセリオはとても、
都合のいい物だった。
寂しくは無い。
自分で、そう思っていた。
夢を見ている。
またあの夢だ。
割れたガラスの欠片。
他人の驚愕したような表情。
焼けた油の匂い。
そして、血の匂い。
夢だと分かっていた。
でも、それでも僕は―――。
そこで目が覚めた。
いつもどおりの時間、いつもどおりの朝。
ただ、妙に汗をかいていた。
あの夢を見た時はいつもそうだ。今日は途中で夢が終わったからまだ良かった。
でも、シーツと寝間着がべっとりとしていて気持ち悪いのは変わりが無い。
一刻も早くシャワーを浴びたかったので、僕はそのまま風呂場へと向った。
ボイラーに火は入っていた。
セリオだろう。僕が毎朝シャワーを浴びるのを把握しているのだから。
今日ばかりはセリオに感謝しながら、風呂場へと飛び込んだ。
熱いシャワーを浴びて、汗を流す。
でも、本当に洗い流したいモノは心の奥底にこびり付いていて、流れる事は無い。
それが悔しくて、不意に涙が零れた。
泣き声が漏れないように、わざとシャワーの水量を上げた。
押し殺した嗚咽がシャワーの音にかき消された。
風呂場から出ると、そこには清潔なバスタオル、下着、今日の服が置かれていた。
セリオは僕が困らないようにいつもさりげなく、先回りをしておいてくれる。
それも、あまり干渉しないような形で。
今、僕は初めてそれに気付いた。
徐々にセリオに対する気持ちが変わってきている事に。
「セリオは寝ている時・・・夢を見る?」
僕がそう尋ねると、セリオは少し驚いたかのように目を見開いた。
表情が乏しいセリオにしては、珍しい事だ。
「ん、珍しいね。そんな表情をするなんて」
と僕が苦笑すると、セリオは控えめに、口を開いた。
「ご主人様が私に用事以外で話し掛けられる方がかえって珍しく思いますが」
その言葉にまた苦笑していると、セリオは少し、躊躇してから頷いた。
「少なくとも、私と同じモデルはスリープモード中にその日の出来事を記憶領域
内で整理しています。それを夢、と呼んでいい物かどうか判断しかねますが」
そこで一呼吸して、セリオがまた口を開く。
「ただ・・・、整理中にまれにですが、見たことも無い風景、実際に起きた事の
ない出来事が浮かぶこともあります。それに・・・」
「・・・それに?」
続きを促すと、セリオが戸惑いながら、言葉を続けた。
「―――忘れられない過去の思い出も」
頭に衝撃が突き抜けた。それだけ、心が激しく揺れていた。心臓が悲鳴をあげる
ように早く鼓動するのが分かる。何時の間にか、僕は拳を握り締めていた。
「・・・申し訳ございません」
と急にセリオが頭を下げた。
「どう・・した?」
努めて平静を装いながらそう尋ね返すと、セリオは恐縮したように呟く。
「・・・ご主人様のお気に障るような事を言ってしまったのではと思いました」
セリオが怯えてしまうほど、露骨に気持ちが表に現れてしまっていたらしい。
それが恥ずかしくなり、僕は取り繕うように思わず彼女の頭を撫でた。
びく、と一瞬だけセリオが震えた。殴られる、とでも思ったのだろうか。
だとしたら、今までの僕の態度が悪かったのだろう。それも、恥じた。
「セリオは悪くない。悪くないんだ」
と撫で続けるとセリオはうっとりしたような表情をした。
それを見て、僕は暖かい気持ちになったのを自覚した。
そして、もう彼女を機械だとは思えなくなってしまった事も。
夢を見ている。
またあの夢だ。
今日は姉さんの誕生日だ。
大好きな姉さんの。
姉さんとは言っても10歳も歳が離れているから、幼い頃に両親を亡くした僕にとっ
てはまさしく、親代わりといっても差し支えないだろう。
それだけに頼っていた。愛していた。
姉も、僕を可愛がってくれていた。
誕生日を祝って、今日は姉貴と外食することになっていて、予約したレストランに
車で向っている途中だった。
そのレストランが見える交差点に差し掛かった時、衝撃が走った。
気がついた時には身体の節々が痛かった。
割れたフロントガラスの欠片がまるで粉雪のように散らばっていた。
遠くから恐らく通行人だろうか、他人の叫び声が聞えた。
オイルの焦げたような匂いが、鼻についた。
そして、血の匂いも。
混濁する意識の中、胸のポケットを探った。
―――ああ、良かった。姉さんへのプレゼント、潰れてないや。
安心し、姉の無事を確認しようと、姉の方を見た。
でも、そこにあったのは、ただの、赤黒い血にまみれた潰れた肉塊だった。
「ぅぁあぁあああああああっっ!!!!」
たまらず、僕は絶叫した。
衝突相手は酒に酔い、さらに居眠り運転をしていた運送会社のトラックだった。
しかも皮肉な事に、あれほどの事故でありながら向こうは無傷だった。
慌しく親戚の手によって葬儀が行われた。
腫れ物に触るかのように納棺無しの葬儀が行われ、形ばかりの納骨が終わった後、僕
に残されたのは、運送会社から支払われた慰謝料と、姉の保険金だった。
それから数日間、僕は人間の汚さを垣間見た。
次から次へと見たことも無い、会った事も無い親戚と名乗る人が現れ、僕を引き取る
。と申し出てきたのだ。
子供心にああ、お金が目当てなんだな。そう気付いた。
誰が僕を引き取るかという事で姉の遺影を胸に抱き、呆然としている僕の前で・・・
汚い罵り合いが繰り広げられたのだから。
結局、お互いけん制しあいつつ、議論は物別れに終わった。
そして、僕は一人で暮らす事になった。
この頃から、僕は人間が嫌いになりつつあった。
再び、学校に通い始めると、それはさらに根深いものに変わった。
以前までは笑顔で笑いあっていた友人達も、急に僕を避けるようになった。
どう接して言いか分からないのだろう。そう納得した。
教師も、似たようなものだった。
学校は僕にとって、孤独な場所になってしまった。
それでも何とか高校に進学したものの、次第に行かなくなった。
いつも孤独だった。
寂しさに押しつぶされそうだった。
でも、他人に心を許す事など出来なかった。
人間の汚さを知ってしまったから、到底、無理だった。
どうしようもなかった。
死んだように、日々を過ごした。
でも、そのような日々の中で僕は人に干渉される事を渇望していたのだ。
寂しいのは、イヤだ。
孤独は、イヤだ!
誰か、僕にかまって!
僕を愛して!
・・・愛・・し・てよ・・・。
ふと、手に暖かいぬくもりが触れた。
その瞬間、涙が溢れた。
心の底から、安心した。
求めていたものは、すぐそばにあったのだ。
目を開くと、彼女がいた。
僕は彼女の胸に抱かれていた。
なぜ、と口を開き返ると、彼女は、セリオは否定するように首を振り、そして・・・
初めて、微笑んだ。
そして、優しく、僕の頭を撫でてくれた。
握られた手から、溢れんばかりの温もりが伝わってきた。
僕はそれに包まれて、感情が高ぶり、そして・・・子供のように、声をあげて、泣いた。
彼女は、ずっと、僕を抱きしめてくれた。
その日から僕の、彼女に対する感情は別のものに変わった。
彼女を機械ではなく、心を持った一人の女性として、意識するようになった。
彼女が買い物に行く時には努めて一緒に行くようにした。
彼女は、最初は戸惑っていたけど、「嬉しいです」と微笑んでくれた。
もともとHM-12、またHM-13シリーズは主人とのコミュニケーションを喜ぶ性質らしい。
それには開発期間中のテスト工程で、HMX-12とHMX-13が体験した出来事が関係している、
と彼女は言っていた。
そして、ついこの前まで僕が無関心な態度を取っていた時はとても寂しかった、とも。
どうやら彼女は寂しがり屋のようだ。
今までを取り戻すかのように、僕と彼女は今までと違う一緒の時間を過ごすようになった。
くだらない話をして、買い物にいくがてら、散歩をし、そして笑いあった。
毎日、彼女は僕の知らない彼女の表情を見せてくれた。
そして、その度に彼女をまた好きになっていく。
愛していく。
その気になれば、彼女はいろいろな表情が出来るのだった。
僕と同じように驚き、悲しみ、そして、笑う。
それが本来の彼女なのだと、知った。
毎日が楽しかった。
でも、次第に、暗いものが、胸に立ち込めていくのも、感じていた。
僕の中で彼女の存在が大きくなるにつれ、また、その暗いものも、肥大化していった。
全てが、癒されたわけではなかったのだ。
二人で見詰め合う。
そんな時間が多くなった。
彼女はHMだ。
でも・・・そんな事はどうでも良かった。
人間も、HMも関係ない。
心が通じ合えばそれで、いい。
そう、心の底から思った。
そんな事を考えているといつしか、僕は彼女の唇を奪っていた。
そして、唇を離した瞬間、僕は彼女を突き飛ばしていた。
怯えた表情の彼女に対し、僕は買ったばかりの頃のように、彼女に『命令』をした。
「いいか、僕がいいというまで、そこから動くんじゃないぞ」
「ご主人様・・・どうされたの・・・ですか?」
いきなりの事に、戸惑いながら彼女が悲しげにそう尋ねる。
「答える義務は無い。お前は僕の命令に従ってればいいんだ」
こんな事は出来るならしたくはなかった。
でも、しょうがなかった。
胸の中に立ち込めていた、黒いものの正体が分かったのだ。
今、それに僕は支配されていた。
「分かったなっ!?」
強く、そう念を押す。
彼女は、怯えたように、頷いた。
それを確認すると、僕は家を飛び出した。
雪が降りしきる街を彷徨うように歩いた。
行くあてなど無かった。
せめてコートぐらいは掴んで飛び出すべきだっただろうか。
真冬の寒風が身を刺した。
日付が変わってもまだ僕は彷徨っていた。
手も足も、指先がかじかんで既に感覚が無かった。
もしかしたら、凍死してしまうかもしれない。
そう思った。
でも、死への恐怖など無かった。
それよりも、胸の中で渦巻いている黒いものが大きかった。
その黒いもの・・・それは不安だ。
また、大事な人を無くしてしまうかもしれない。
そういう、底知れない不安。
セリオと幸せな日々を過ごしながら、僕はどんどん不安になっていった。
彼女を一つ、好きになる度、僕の不安が増えた。
もしかしたら、彼女が動かなくなってしまうかもしれない!
もしかしたら、彼女が僕のそばからいなくなってしまうかもしれない!
もしかしたら・・・彼女が僕を愛してくれなくなってしまうかもしれない!
そして、それが積み重なって、僕は・・・こう思ってしまった。
『無くなってしまうのなら、最初から無い方がいい』
と。
そして、そうする為には彼女を、彼女の心を傷つけ、彼女に嫌われてしまうのが
一番手っ取り早い。
そう、考えた。
好きにならなければ良かった。
愛さなければ良かった。
温もりを求めなければ良かった。
優しさを乞わなければ良かった。
そう。あの時、僕は知ったはずだった。
大事な人を失う痛みを。
大きな公園のベンチに座って、僕は天を仰いでいた。
遥か上空から降り注ぐ雪を眺めていた。
雪が外灯に照らされ、光が反射し、幻想的な光景だった。
このまま、人生を終えてもいい。
そう思った。
心残りといえば、彼女を、セリオを傷つけてしまったという後悔の念。
自らへの怒り。
それだけだ。
自分の心を守る為、セリオの心を傷つけた。傷つけてしまった。
でも、傷つけても、楽になどなれるわけが無かった。
これは罰だ。
愚かな僕への罰だ。
もうセリオにも嫌われてしまっただろう。
今更戻っても、最初の頃のように、機械である事に徹していたセリオがいるだけだ。
なら、戻らないほうがいい。
そう決めた。
もう、彼女は僕を愛してくれないだろうから。
でも・・・。
「でも・・・なんで、ここにいるんだ・・・?」
僕は天から視線を地に落とした。
走り回ったのだろうか。足が汚れていた。
その際にどこかに落としたのだろうか。靴が片方無かった。
モーターを冷やす為の空冷機構、つまり息切れの音が激しかった。
「命令違反、違う?」
そう、彼女を問い詰めた。
外灯に照らされて、彼女は佇んでいた。
瞳から光り輝くものが零れているのを見て、僕は・・・後悔した。
セリオは・・・泣いていた。
「・・・申し訳ありません」
「答えに・・・なってな・・・いよ」
うなだれる彼女に僕は突き放すようにそう言おうとした。
でも、言葉の途中から、それは消え入るように尻すぼみしてしまった。
「私は・・・欠陥品です。命令違反をしてしまいました」
流れる涙を拭おうともせず、セリオが呟いた。
僕はそれを否定する。
「ちがう」
「感情制御機構がおかしいです。やっぱり私は欠陥品です。命令を頂いていたのに、
気がついたら、私・・・ご主人様を探していて・・・駄目ですね」
伏せ目がちに、セリオがさらに呟いた。
「やはり、故障したのでしょうか」
「ちがう」
否定しても、セリオは納得しようとしなかった。
自傷ともいえる言葉を次々と泣きながら口にして、それは絶叫に近いものになりつつ
あった。
「だから先ほど、私を・・・うぁ・・・お嫌いになられたのでしょう」
「ちがうっ」
「ひ・・・もう、私は・・・ご主人様のお側にはいられないですっ」
「ちがうっ!」
「私ははもう廃棄されたほうが!ひぐっ・・・」
「何も言うなっ!!」
たまらず、抱きしめた。
きつく、しっかりと。
「ひぅ・・・うぁあああぁああああぁぁああ・・・」
咽び泣くセリオの頭を胸に抱いた。ただ、ひたすらに赦しを乞いながら。
「ごめん、ごめんな・・・ごめん・・・」
セリオの泣き声を聞きながら、僕が思い知った事は、
―――何処までも果てしない、人間の愚かさだ。
それをかみ締めながら、僕もいつしか、泣いていた。
何時の間にか、雪は止んでいた。
二人で並んで、降り積もったその雪の上を歩いた。
「ほら」
何故か恥ずかしくて、思わずぶっきらぼうにセリオの頭に積もった雪を払ってやる。
「あ・・・」
頬を朱に染め、セリオが俯いた。
そして、何かを期待するように上目がちに僕を見上げる。
「・・・わかったよ」
恥ずかしいのを我慢しつつ、僕はセリオの頭を撫でる。
しかし、セリオは控えめにそれを否定するかのように首を振った。
「・・・え、じゃ、どうして欲しいの?」
セリオにそう尋ねると、セリオは瞳を閉じ、顎を上向きに傾けた。
「・・・わかった」
気持ちを込めて僕は唇を重ねた。
傷つけてしまった事への謝罪と、それを許してくれた事への感謝と・・・そして、
何よりも溢れそうなほどの愛を込めて。
いつまで一緒にいられるか分からない。
でも、それでもいい。
愛する人を失う痛みを忘れたわけじゃない。
でも、その痛みを恐れていては何も出来ない。誰も愛せない。
それに気付いた。気付かせてくれた。
セリオが、僕に教えてくれた。
それは、とても大事な事。
唇を離すと、お互いともなく、照れたように笑った。
雪を降らせていた雲が晴れ、月明かりが僕たちを照らした。
―――了。