SS統合スレ♯7

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130月(長瀬祐介)
僕は今日もこの部屋に来た。
静かに扉を閉ざすとそこはもう別世界だった。
白い、ただ白い部屋。
ベッドの上に彼女がいる。もう一つのベッドに月島さんがいる。
二人は明けない夜を生きている。

片手に抱えた名も知らぬ花。
あわせて買ってきたガラスの花瓶にそれを生ける。
誰も見ることのないオブジェ。それでも必要だと思った。

この部屋に来るたび、彼女に電波を送りたくなる。
けれど僕の言葉が届くことはないだろう。
彼女は月島さんを選んだのだから。
二人きりの、閉ざされた世界を選んだのだから。
この部屋に来るたび、僕はその事実を思い知らされるのだ。
自分は異端者でしかないことを確認させられるのだ。
それでも僕はここに通うことをやめない。どうしてだろう?
供養。
そう、供養に似ている。
花を供え、彼女の目の覚めないことを悼む。そして僕自身の恋心を悼む。
けして終わることのない、供養。
それは愚かな僕に対する罰のようでもあった。

彼女は優しいから、幼い頃から一緒だった月島さんを見捨てられなかった。
兄である月島さんを、見捨てられなかった。
ならば。
僕も瑠璃子さんのきょうだいに生まれたかった。
血縁という名の赤い糸で、生まれつき結ばれていたかった。

涙はなかなか涸れてくれない。
131月(太田香奈子):01/12/24 18:32 ID:Z12ISJSG
コンクリートに覆われた平坦な道を歩く。
辺りからはさまざまな音が聞こえてくる。でも、私の周りは静かだった。
私に声をかける人間は、今ではほんとうに数えるほどだ。

「おはよう、香奈子ちゃん」
「おはよう。瑞穂」
そのうちの一人、瑞穂が並びかけてきた。
ある春の日の朝。

私はあの人に壊された。
弄ばれ、蹂躙され、最後には玩具のように壊された。
あの人が私を罵る言葉を、あの人が私にした仕打ちを、今でも鮮明に思い出せる。
それでも彼のことが好きだと言ったら、人は笑うだろうか?

瑞穂はとりとめない世間話を続ける。
昨日のTVのことだとか、今日の天気のことだとか、他愛のない話。
それがどんなに私を慰めるか、瑞穂は知っている。
私が入院している間、瑞穂は毎日のようにお見舞いに来てくれた。
退院してからも、変わらない態度で私に接してくれた。
いくら感謝しても足りない。
けれど、以前のように瑞穂をまっすぐ見つめることはできない。

私はあの人に壊された。
授業中に卑猥な言葉を叫び、精神病院に送られた。
そしてあの悪夢の夜、あの人に操られて、私は瑞穂を犯した。
大切な友達を傷付けてしまった。

瑞穂は忘れている。
美和子も、由紀も、新城沙織も、あの夜のことを全て忘れている。
それなのに、私だけが忘れられない。
132月(長瀬祐介):01/12/24 18:32 ID:Z12ISJSG
彼女の言葉は嘘じゃなかった。
ここにいると、さまざまな声が聞こえてくる。
カナシイ。タノシイ。サビシイ。コワイ。イタイ。ウレシイ。クルシイ。ニクイ。
…イトシイ。
あらゆる感情が、心の声が、雨のように僕を打つ。

僕は世界に色と音を取り戻した。
騒がしくて、彩りに満ちた世界。
…でも。

(君の声が聞こえない)

こうして屋上に立つのは、彼女の代わりとしての行動なのだろうか?
それともこの電波の群れから誰かを見つけようとしているのだろうか?
多分、どちらも違う。
僕は待っているんだ。
彼女と触れたこの場所で。初めて電波を知った、この場所で。

(何よりも聞きたい声が、聞こえない)

背後の扉が開いたような気がした。
くすくすという笑い声が聞こえたような気がした。
「長瀬ちゃん」と呼びかける声がした、ような気がした。

もちろん、錯覚だった。
133月(太田香奈子):01/12/24 18:33 ID:Z12ISJSG
私は今日もこの部屋に来た。
静かに扉を閉ざすとそこはもう別世界だった。
白い、ただ白い部屋。
ベッドの上にあの人がいる。もう一つのベッドに瑠璃子さんがいる。
二人は明けない夜を生きている。

彼の顔を覗き込む。
かすかに笑ってさえいるような、安らかな表情だった。
閉じられたままのまぶたにそっとキスをする。
体重をかけないように気をつけながら、頬ずりをする。
肌にはぬくみがあって、彼が息づいていることを物語っていて、それが余計に悲しかった。
こうして身体を寄せていても、彼の心はここにはない。
少しだけ離れたベッドに眠る、瑠璃子さんのもとにある。
実の妹。許されないはずの恋。けれど、彼はその思いを遂げてしまった。

この部屋に来るたび、私は思い知らされる。
月島さんが選んだのは私ではない、その事実を確認させられる。
それでも私はここに通うことをやめない。どうしてだろう?
巡礼。
そう、巡礼に似ている。
神々しいまでの絆を見、自分の孤独を知る。
けして終わることのない、儀式。
それは愚かな私に対する罰のようでもあった。

悲しいはずなのに、もう涙は出ない。
私の乾いた目が、何かをとらえた。
…花?
色を失った空間に抗うように、花が咲いていた。
世界から忘れられたこの部屋に、誰が?
わかりきっていることだ。自分の他に、ここに足を運ぶのは――
134月(長瀬祐介):01/12/24 18:34 ID:Z12ISJSG
現実感を取り戻しても、相変わらず授業は退屈だった。
僕は浅くまどろみながら、窓から射す光を見つめていた。
細く磨かれた日射しが七色に揺れている。
…綺麗だな。
そう、世界はこんなにも綺麗なんだ。

教師が終わりの言葉を告げる。
僕らは机から解放される。
席を立とうとして、ようやく気付いた。

太田さんが僕を見下ろしていることに。

「長瀬くん」
凛とした声が響く。
狂気の幻想は捨てた。初恋も失った。
それでもなお、目をそらしていた声。
逃れられないことは知っていた。
いつかは――向き合わなければならない傷痕。
ただそれが今日だったというだけだ。

教室にいる他の生徒が、好奇の視線を投げかけてくる。
あの事件以来、ほとんど他人と接触しようとしなかった太田さん。
その彼女がクラスでも目立たない僕に何の用があるのか。
また、狂うのか。そんな下卑た期待がありありと感じられた。
こうした無神経な群衆も、未だに好きになれなかった。
だから僕は彼女を屋上に誘った。
自分が晒し者になるのが嫌だったのか、それとも彼女をかばったのか。
今でもわからない。
135月(太田香奈子):01/12/24 18:35 ID:Z12ISJSG
壊れてしまった私を、瑞穂は毎日のように見舞ってくれた。
けれどもう一人、その影を踏むように訪れる者がいたことを瑞穂は知らない。
それが彼――長瀬祐介だった。
注意深く、誰の目にも止まらないようにしながら、彼は何度も私の病室を訪れた。
そして私に向けて電波を送った。
ちりちりと懐かしい、それでもどこか月島さんとは違った感覚だった。
彼の電波は私の精神に入り込み、ばらばらになってしまった心を丁寧につなげていった。
それは途方もない大きさのジグソーパズルを完成させるような作業だった。
春休みを含めて二ヶ月近くも続いただろうか。
結果、私は奇跡的に回復し、三年生に進級することができた。
本来ならば彼に感謝するべきなのだろう。

…だけど。
戻って来た世界は、決して優しくなかった。
両親は私を腫れ物にさわるように扱い、瑞穂以外に友達はいなくなった。
あの夜のことを思い出し、死にたいと思ったこともしばしばだった。
これ以上瑞穂を悲しませたくない、そう思い直してはなんとか踏みとどまった。

そして何よりも、あの白い部屋。
二人きりの楽園。私を排除し続ける、楽園。
それは叶わぬ恋の残骸。

屋上の強い風が髪をなぶる。
私は目の前に立つ気弱そうな少年を見つめていた。
私はこれから、残酷な質問を、する。

「…どうして、忘れさせてくれなかったの」
どんなに困った表情をしても、許さないつもりだった。
でも、彼は。
あいまいに、けれど、確かに…微笑んだ。
136月(長瀬祐介):01/12/24 18:36 ID:Z12ISJSG
「…忘れて欲しくなかったから」
僕はそんな台詞を呟いていた。

「…太田さんには、忘れて欲しくなかったから」
「勝手なことを言うのね」
「……」
「他人を操って、記憶をいじりまわして、神様でも気取ってるの!?」
彼女は声を荒げる。

「少しも優しくないこんな世界になんか、戻って来れなくてもよかった!!」
「……」
「届かない思いを抱いたまま、これからの一生を過ごすくらいなら、忘れてしまいたかった」
「……」
「…どうして、忘れさせてくれなかったの」
彼女はもう一度同じ質問をした。

「…だって…残酷だよ」
僕はゆっくりと口を動かした。

「知っているから。君がどれだけ月島さんを好きだったか、知っているから。
 あんなにずたずたにされても、君の心は月島さんを思っていた。
 その気持ちを消すなんて、僕には…できなかった」
「…長瀬、くん?」
彼女が驚いたような顔をしている。なんだろう?
ああ…そうか。
僕が、泣いているんだ。
137月(太田香奈子):01/12/24 18:37 ID:Z12ISJSG
長瀬くんは…微笑みを浮かべたままで、ぼろぼろと涙をこぼしていた。
それは表情を歪めて泣き叫ぶよりも痛々しく思えた。
夕日が私たちを赤く焼く。

「僕はただ、みんなに幸せになってほしかった。
 あの夜の記憶を消すことで、日常を取り戻して欲しかった。
 …でも、瑞穂ちゃんから君の記憶を消すことはできなかった。
 君のことを忘れたままで、彼女が幸せになれるとは思えなかったから」
…ああ、この人は芯からそう思っている。
涙を拭おうともしないその態度が、なぜか気高く感じられた。

「…だから、君にも忘れて欲しくなかった。
 本当に愛しく思った人のことを、覚えていて欲しかった。
 それがどんなに辛くても…」
そこで言葉を切る。

「…僕も、瑠璃子さんのことを忘れたいとは思わないから」

そう。
彼も失っているんだ。どうしようもなく好きだった人を。

「ごめんね…。僕の、わがままなんだ」
作り笑いがとうとう崩れ、切ない表情に変わる。
泣くことをためらわなくなった頬を、雫が伝った。
私は…

「…太田、さん?」
意識した行動ではなかった。
でも、気が付いたとき、私は彼を抱きすくめていた。
138月(長瀬祐介):01/12/24 18:38 ID:Z12ISJSG
どうしてこうなったのか、よく理解できない。
涙を流し続ける僕を、彼女は抱き締めた。
長瀬くんも寂しいんだね、と言って、彼女は少し笑んだ。
そのまま二人は動かずにいた。
しばらくして、彼女が急に顔を上げ、僕を家に誘った。
僕はなぜか断ることができず、彼女についていった。
そして夜のとばりが下りた今、僕と彼女は向き合っている。

しゅるり、と音をさせ、制服のスカーフをほどく。
上着を留めるボタンを一つずつ外していく。
僕はようやく我に返って、彼女の肩を掴んだ。

「…駄目だよ、太田さん」
「…どうして?」
「良くないよ…。こんなの、傷の舐め合いでしかない」
「…それでもいいよ」
彼女の唇が、僕の首筋に触れる。

「この痛みを分け合えるのは、長瀬くんだけだから」
セミロングの髪が、僕の頬をくすぐる。
シトラスミントのシャンプーの香りがした。
僕はもう…抗えなかった。

彼女のスカートが床に落ちる。
下着とソックスだけの姿になって、太田さんは僕の前に立った。
彼女の身体を見るのは初めてじゃない。
でも、今の彼女が一番綺麗だと思った。

そこに心があるから。
139月(太田香奈子):01/12/24 18:39 ID:Z12ISJSG
「あ…」
長瀬くんがそっと私を横たえる。
覆い被さるような姿勢になって、じっと私を見つめてくる。
私は両手で顔を隠した。
恥じらいの気持ちもあったけれど、それ以上に頬に残る痕を見られたくなくて。
でも、長瀬くんはその手をどけて、私の頬を撫でた。
そして痕をなぞるように舌を這わせる。
子犬になつかれているような感覚に、私は安らいでいた。

おずおずと遠慮がちな手が、私の乳房に触れる。
じれったいはずのその愛撫にも、私の身体は敏感に反応する。

「ふあ…やッ…」

私は本当にいやらしい女の子になってしまった。
だけど、あの人から教えられたことだから、それすらも誇らしく思えた。

…それだけなの?
身体が求めるから、誰にでもいいから抱かれたかったの?
…だったら、どうしてこんなに胸が苦しいの?

ああ…
もう、認めてしまおう。
私はこの優しいクラスメイトに抱かれることに…
胸の高鳴りを、覚えている。
140月(長瀬祐介):01/12/24 18:39 ID:Z12ISJSG
彼女の身体を包む、最後の衣服を脱がせる。
彼女はわずかに不安そうな表情を見せる。
そこはすでにしっとりと潤って、きらきらと月光を反射していた。

「…ごめんね。私…いやらしいんだ…」
「…僕だって、そうだよ」
恥ずかしさをこらえて彼女の手を導く。
その手が触れた部分は、硬くふくらんでいた。
彼女が心底楽しそうに笑った。

「ね…してあげる」
「え?」
何のことかわからず、間抜けな返事をする僕。
その隙をつくように、彼女が僕の股間に取り付いた。

「お、太田さん?」
ジッパーを下ろし、下着をまさぐる。
ほどなく、みっともない位にそそり立った僕のものが顔を出した。
狙いすましたように彼女がそれを口に含む。

「うぁっ…お、太田さん…」
その温度と感触に、僕は悲鳴のような声を上げる。
彼女の舌が僕のこわばりを弄ぶ。
強烈な快感に不意打ちされ、身体の力が抜ける。

「だめっ…だよ…そんな…」
「ふふ…女の子みたいな声」
彼女はわざと大きく音を立てる。その音色にさえ、僕は高ぶってしまう。
深く飲み込んだかと思うと、唇で先端を引っかける。
情けないけれど、僕は早くも限界を迎えそうだった。
141月(太田香奈子):01/12/24 18:40 ID:Z12ISJSG
私の動き一つ一つに、長瀬くんは面白いほど反応してくれた。
口の中のものがぴくぴくと震えて、彼の限界が近いことを知らせる。
慌てて引こうとする腰を抱え込んで放さない。
少し遅れて、熱いものがほとばしった。
それをこぼさないように注意しながら、ゆっくりと彼を解放する。

「んっ…」
「ご…ごめん。僕…」
申し訳なさそうにする長瀬くん。
私はこくんと喉を鳴らして口の中のそれを飲み込んだ。

「お、太田さん!?」
「…はぁ…濃い、ね…」
長瀬くんは酔ったような表情で私を見つめていた。

彼の息が粘膜に吹きかかる。
さっきの仕返しとばかりに、長瀬くんが私のそこに顔を近づけていた。

「あ…さっきより濡れてる…」
「やだ…言わないでよ…」
それ以上追求されたら、いくら私でも恥ずかしい。
お願いした通り、長瀬くんは次の言葉を紡がなかった。
その代わりに、そこに舌を這わせる。

「…あっ! んんっ…!」
頬に触れたのと同じ感触、でも明らかにそれよりも淫らな動き。
身体の芯から熱が上ってくる。
いやいやをするように首を振っても、長瀬くんは許してくれない。
今度は私が悲鳴を上げる番だった。
142月(長瀬祐介):01/12/24 18:41 ID:Z12ISJSG
「長瀬くん…。お願い、もう…」
切なそうな声に、僕は顔を上げる。
彼女が差し迫った表情でこちらを見ていた。

「…いくよ」
「…うん」
彼女を愛撫し、艶のある声を聞いているうち、僕のそれはすっかり硬度を取り戻していた。
先端を、入り口にあてがう。
お互いに初めてではない。このまま腰を沈めれば、たやすく一つになれるだろう。
けれど、ここまで来て、僕はためらっていた。

と、僕のうなじに彼女の腕が回された。
そのままほんの少しの力をかけられ、二人の顔が接近する。
間近で見る太田さんの瞳は、潤んでいるように見えた。

「…月で、いいから」
「え…?」
「日射しを受けて輝く、にせものの光でいいから。彼女の代わりでいいから」
「……」
「…だから、今は私を抱いてください」

…僕らは、間違っているのかもしれない。
余計に傷を深くするだけの行為なのかもしれない。
それでもこのとき、僕は太田香奈子という人を…愛しいと思ったんだ。

腰を沈め、彼女の中に埋没していく。
僕と彼女は、隙間なく満たし合った。
143月(太田香奈子):01/12/24 18:42 ID:Z12ISJSG
「はぁぁ…」
最奥まで塞がれる感覚に、背中が震える。
私の中は長瀬くんでいっぱいになった。
知らず、目尻から涙が伝い落ちる。
…ああ、私はまだ泣けるんだね…

「太田さん…」
私の涙に気付いた彼が、気遣わしげな声をかける。

「ん…平気。動いて…」
照れくささを隠して、長瀬くんに促す。
彼がゆっくりと運動を始める。
水音をさせて、二人の身体がぶつかり合う。

「ん…あっ…あっあっ…」
「ふぅっ…」
意味をなさないため息のような声だけが、部屋の中に響く。
長瀬くんの腕が意外にたくましく思えて、私は安堵する。
…でも、一つだけ気がかりなことがあった。

「な…長瀬くん…」
「…なに? 太田さん…」
「あ…あのね…」
自分の顔が真っ赤になっているのがわかる。

「…ゆるく、ない?」
「…えっ? そ、それって…」
「だ、だから、私の…」
「…き、気持ちいいよ。すごく」
…良かった。
144月(長瀬祐介):01/12/24 18:43 ID:Z12ISJSG
彼女の唐突な質問には驚かされた。
…やっぱり気になるものなのかな…
彼女がそんな心配をしていることが、少し可笑しかった。
そして同時に、彼女のことを可愛いと思った。

こうして身体を重ねていると、気持ちいい。温かい。
けれど言葉が出なくなってしまう。それがもどかしい。
心でも繋がりたい。
そう思って、いっそう激しく彼女を求める。

「あ、あ、ひぅっ…!」
「…っ、太田さん、太田さん!」

でも、快感にもやがて終わりがやってくる。
僕は再び限界を迎えようとしていた。
彼女も荒い息をついて、何かを耐えるようにしている。

「太田さん…僕、もう…」
「…来て、長瀬くん。全部…私に…」

その言葉を引き金に、僕は欲望を放った。
同時に彼女の身体がけいれんするように震え、僕をきつく抱き締めた。
しばらくすると、それも力尽きたのか、くたりと脱力した。

お互いの呼吸音だけを聞きながら、僕たちは余韻に身を委ねていた。
…君の心はわからない。
でも、電波で知ろうとは思わない。
こうして抱き合っている「今」だけは、本当のことだから。
145月(太田香奈子):01/12/24 18:44 ID:Z12ISJSG
「…本当は、仲間が欲しかっただけなのかもしれない」
長瀬くんがぽつりと言った。

「あの夜のこと。僕の失った狂気と…恋。
 辛い記憶を、一人で持っていたくなかったのかもしれない。
 だから、君を…」
彼の口元に人差し指をあてがい、そこから先を封じる。

「…それでもいいよ。
 闇の中から私を連れ出してくれたのは、長瀬くんだから」
自分でも不思議なくらい自然に笑えた。

「それに…私たちは似ているから。同じ、だから」
なぜか彼は驚いたような表情を見せた。

「…だからね、長瀬くんとなら、いられると思う」
「…そうだね」

そう、まだお互いの心なんて少しもわかっていないけど。
自分自身の傷の深さすら、理解していないのかもしれないけど。
今はこうして二人でいる。

「…ねえ、長瀬くん」
「…なに?」
「…キス、して?」

彼は少し戸惑っていたけど、やがて意を決したように顔を寄せてきた。
私はマナー通りに目を閉じ、少し顎を上げた。

眩しいくらいの月明かりを背景に、二つの影が重なった。