──時に西暦2001年・師走──
エロゲー界に再び戦乱の嵐が吹き荒れ始めていた。
アリスから「大悪司」、F&Cから「Pia3」が同日発売され、ユーザーはその出来に一喜一憂し、
鍵の「クラナド」、葉の「うたわれるもの」等、やがて発売される作品にも注目が集まっていた。
そんなエロゲー界の活気とは別に、一人寂しく暇を持て余す男がいた。
竹林明秀。またの名を青(ピー)。葉の大阪開発室に所属するシナリオライターである。
彼は今年2月に発売された「誰彼」のシナリオを担当したが、ユーザーからの猛反発を浴び、
ライターとして危機的状況に置かれていた。
──大阪シティ・吉野家──
「よーしパパ特盛頼んじゃうぞー」
カウンターの向かいにいる4人組の親子連れが店員に注文を始めている。
夕方小腹がすいた竹林は、通い慣れた吉野家に来ていた。
普通なら微笑ましく映る光景も、自分が関わる新作の無い竹林にとっては苛立たしいものに過ぎなかった。
「吉野家ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ」
思わずそう口走りそうになるのを抑えるように、竹林は牛丼を食べ続けた。
そうしているうちに、空いていた竹林の隣の席に一人の女性が座り、店員に注文をした。
「大盛つゆだくで」
そこでまた竹林はぶち切れそうになった。
あのな、つゆだくなんてきょうび流行んねーんだよ。ボケが。得意げな顔して何が、つゆだくで、だ。
お前は本当につゆだくを食いたいのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
苛立ちの絶頂に達した竹林は遂に決心した。
よし、問い詰めてやる。
竹林は食べかけの牛丼を置き、隣の女を問い詰めようとした。
しかし、女の顔を見た瞬間、言葉を失ってしまった。
大盛つゆだくを注文した女は、鍵のグラフィックデザイナー、樋上いたるだった。
「実は私も今、仕事が無いんです」
牛丼を食べ終えた樋上は、少し気落ちした風に竹林に語った。
樋上が食べている間、自分の不遇さをグチり続けた竹林にとって、それは予期せぬ言葉だった。
現在、鍵は新作クラナドを制作中であり、キャラデザインは樋上と公表されている。
原画がある程度完成しているとしても、何かしら仕事はあるはず。
「会社で何かあったんですか?」
半信半疑ながらも竹林は訊ねた。
「実はクラナドのゲーム内CGは、全てCG担当が私のラフデザインを見て描いているんです」
樋上の説明では、鍵はより広いユーザー層を獲得するために、一部でキモイと言われていた
いたる絵を、原画の段階からCG担当の手でフィルタリングする方法を採用したそうだ。
つまり樋上は大まかなキャラデザインだけを担当し、それ以降はノータッチということらしい。
公表されたクラナドのキャラ絵が、以前の作品と比べて異なるタッチだったのを思い出し、
竹林は樋上の言葉に納得した。
「こんなことなら冬コミに申し込んでおけば良かった」
気弱につぶやく樋上を見て、竹林に突然閃きが閃いた。
「樋上さん、俺と一緒にゲームを作りませんか?」