葉鍵板最萌トーナメント!!1回戦 round50!
月がまた変わった。
でもぼくたちは、なにも変わらないでいた。
みさおは誕生日を迎え、病室でささやかな誕生会をした。
でもぼくひとりが歌をうたって、ぼくひとりがケーキをたべただけだ。
………。
ころころ。
「………」
………。
ころころ。
「………」
「おにいちゃん…」
「うん、なんだ?」
「ちちおや参観日にしようよ、今日…」
「今日…?」
「うん、今日…」
「場所は?」
「ここ…」
「ほかの子は…?」
「みさおだけ…。ふたりだけの、ちちおや参観日」
「………」
「だめ?」
「よし、わかった。やろう」
「…よかった」
みさおが顔をほころばす。
ぼくは走って家に戻り、変装道具を押し入れから引っぱり出し、それを抱えて病院へと戻った。
病院の廊下で、ぼくはそれらを身につけ、変装をおこなった。
スーツを着て、ネクタイをしめ、足の下に缶をしこんだ。
そして油性マジックで、髭をかいて、完成した。
カンカンカンッ!と、甲高い音をたてながら、みさおの部屋まで向かう。
ドアの前にたち、そしてノックをする。
ノックより歩く音のほうが大きかった。
「みさおー」
ドアを開けて中に入る。
………。
「みさおーっ?」
………。
「…みさおーっ?」
「う…おにいちゃん…」
口だけは笑いながらも、顔は歪んでいた。
「ちがうぞ、おとうさんだぞ」
みさおが苦しい、辛いと言い出さない限り、ぼくも冷静を装った。
「うん…そだね…」
「じゃあ、見ててやるからな」
ぼくは壁を背にして立ち、ベッドに体を横たえる、みさおを見つめた。
ころころ…。
弱々しくカメレオンが舌を出したり、引っ込めたりしている。
ただそんな様子を眺めているだけだ。
………。
ころころ…。
「………」
………。
ころころ…。
「………」
「うー…」
「みさおっ?」
「しゃ、しゃべっちゃだめだよぉ…おとうさんは…じっとみてるんだよ…」
「あ、ああ…そうだな」
………。
「うー…はぅっ…」
苦しげな息が断続的にもれる。
ぼくはみさおのそんな苦しむ姿を、ただ壁を背にして立って見ているだけだった。
「はっ…あぅぅっ…」
なんてこっけいなんだろう。
こんなに妹が苦しんでるときに、ぼくがしていることとは、一番離れた場所で、ただ立って見ていることだなんて。
………。
「はーっ…あぅっ……」
………。
カメレオンの舌が動きをとめた。
そして、ついにみさおの口からその言葉が漏れた。
「はぁぅっ…くるしいっ…くるしいよ、おにいちゃんっ…」
だからぼくは、走った。
足の下の缶がじゃまで、ころびながら、みさおの元へ駆けつけた。
「みさお、だいじょうぶだぞ。お兄ちゃんがそばにいるからな」
「いたいよ、おにいちゃんっ…いたいよぉっ…」
カメレオンを握る手を、その上から握る。
「だいじょうぶだぞ。ほら、こうしていれば、痛みはひいてくから」
「はぁっ…あぅっ…お、おにいちゃん…」
「どうした?お兄ちゃんはここにいるぞ」
「うんっ…ありがとう、おにいちゃん…」
ぼくは、みさおにとっていい兄であり続けたと思っていた。
そう思いたかった。
そして最後の感謝の言葉は、そのことに対してのものだと、思いたかった。
みさおの葬儀は、一日中降り続く雨の中でおこなわれた。
そのせいか、すべての音や感情をも、かき消されたような、静かな葬儀だった。
冷めた目で、みさおの収まる棺を見ていた。
母さんは最後まで姿を見せなかった。
ぼくはひとりになってしまったことを、痛みとしてひしひしと感じていた。
そして、ひとりになって、みさおがいつも手のひらでころころと転がしていたカメレオンのおもちゃを見たとき、
せきを切ったようにして、ぼくの目から涙がこぼれだした。
こんな悲しいことが待っていることを、ぼくは知らずに生きていた。
ずっと、みさおと一緒にいられると思っていた。
ずっと、みさおはぼくのことを、お兄ちゃんと呼んで、
そしてずっと、このカメレオンのおもちゃで遊んでいてくれると思っていた。
もうみさおの笑顔をみて、幸せな気持ちになれることなんてなくなってしまったんだ。
すべては、失われてゆくものなんだ。
そして失ったとき、こんなにも悲しい思いをする。
それはまるで、悲しみに向かって生きているみたいだ。
悲しみに向かって生きているのなら、この場所に留まっていたい。
ずっと、みさおと一緒にいた場所にいたい。