葉鍵板最萌トーナメント!!1回戦 round48!!

このエントリーをはてなブックマークに追加
「…ここ?」
「うん、ここ」
「…ホントに?」
「うん、ホントに」
「……」
その店の入り口を目の当たりにしたとたん、僕は沈黙せざるを得なかった。
そこは、地元のテレビでも幾度か取り上げられている人気の甘味処。もちろん僕も知っている、が、入ったことはない。
たまに友達と、または一人で商店街を訪れたとき通り道に見る。そのときは必ずと言っていいほど(もちろん今日とて
例外でなく)列が出来ている。平日の今日はまだましな方だけど、それでも30分はかかるだろう。
これが一つ目の理由。
そして、二つ目…さすが甘味処とあって今並んでいる人たちの殆どが女の子だ。
それも、下校途中であろうと思われる制服姿の女子中高生達…
僕自体は甘いものは好きだけど、いくらなんでもこういう場に身を投げ込む気にはどうしてもなれない。
たとえ味がどんなに評判でも、だ。
だけど、僕は今からこの聖域に足を踏み入れようとしている。
もしかして、これまでにもここに入った男の人はみんなこんな心境になったのだろうか。
「はあ…」
思わず、深い溜め息をつかずにはいられなかった。
「…ねえ?沙織ちゃん」
「なに?祐くん」
「ホントにここに入るの?」
「うん!友達がね、ここのクリームあんみつがすごくおいしいって話してたから。
 本当においしそうに話すから、私もつい食べてみたくなっちゃって」
うう…そんな純真無垢な笑顔を僕に見せないで…頼むから…
断りづらい…
「もしかして祐くん…甘いものって嫌い?」
そう言って沙織ちゃんは上目遣いで僕の顔を覗き込んできた。
「えっ!?いや、そんなことないよ、全然!じゃ、並ぼうか?」
そんな顔につい照れてしまい、声が大きくなってしまう。
沙織ちゃん…君ってなんて罪な子なんだ…
「よかったー。もし好きじゃなかったらどうしようかなって真剣に考えちゃった」
胸をほっと撫で下ろして言う。
「でも…無理してない?」
「そんなことないって。大丈夫大丈夫」
もう、半ばヤケになって答えた。
沙織ちゃんと一緒なら楽しくない場所なんてない、とりあえずはそう信じておくことにしよう。
並んで待つことおよそ30分。店の入り口から高校生と思われる女の子3人組が出ていって、
ようやく僕らが店に入れる番が来た。
沙織ちゃんがドアを開けると、店員達の「いらっしゃいませー」という声が店内に響き、僕たちを出迎える。
「…………」
予想はしていたことだが、店の中のその光景に僕は言葉を失った。
女の子は客の殆どどころか、全部じゃないか。
いや、一応カップルと思われる男女が一組いるか。他に見回しても男の人はいない…ということは
彼一人か。
なんだか周りから睨まれてるし、あの二人…特に男の人。すごく肩身狭そう…
ああ、僕もすぐにああいう思いをするのか…と思うと背筋に悪寒が走る。
やがて僕らの前に店員がやってきて、奥の小さなテーブル席に案内してくれた。
30分立ちっぱなしだったので、なんでもない木の椅子が有難く思える。
とりあえず座って腰を落ち着けると、沙織ちゃんがメニューをはい、と僕に渡してくれた。
「祐くんは何にする?私はもう決めてあるんだけど」
「えっと、クリームあんみつだっけ?」
「うん。他にもおいしそうなのはいろいろあるんだけどねー。あんみつだけじゃなくて他にも食べてみたいんだけど
 今日はパス。お金なくなっちゃうし」
「太っちゃうから、じゃなくて?」
「もう、そういうことを女の子の前で言わないの!私だって気にしてないわけじゃないんだから」
そう言ってそっぽを向いてしまった。ちょっと言い過ぎたかな…となんてフォローすればいいのか悩んでいるうちに
「でも、ホントのことはお見通しよね」
と僕を見つめて、またくすっ、と笑う。
これが沙織ちゃんのいいところだよなあ、って心から思った。
結局僕も沙織ちゃんと同じクリームあんみつを注文し、待っている時間にいろいろ話をしていたらふと沙織ちゃんが
トイレに行くと言って席を立った。
一人になっちゃったなー、と思いながら周りを見渡したら目線が自分に集まっていることに気づく。
さっきまでは沙織ちゃんと話してたから辺りが気にならなかったけど、一人になった今改めて実感した。
ああ、ここは男のいる場所じゃないんだなあ、と。
「うう…早く帰ってきてくれ、沙織ちゃん…」
居心地の悪さのあまりそんなことを呟きながら机に突っ伏した。

しばらくして、沙織ちゃんが「お待たせ」といいながら戻ってきた。
「助かった…」
「えっ?どうしたの祐くん、疲れた顔しちゃって」
「ここは…」
地獄なんだろうか、と言いそうになったが口をつぐんだ。今そんなことを言ったらせっかく誘ってくれた沙織ちゃんの
ことを傷つけかねない。それだけは絶対に避けたい。
顔を上げてもう一度周囲を見渡す。と、なぜか自分達に集まる目線がより厳しくなった気がする。
「…そういやみんな女の子だけのグループなんだよね、そういえばそうか」
そんな愚痴を呟きながら再び俯いたとき、
「お待たせしました、ご注文のクリームあんみつです」
と、店員があんみつを運んできてくれた。
「へえー、確かにおいしそう。じゃ、いただきます」
「僕も、いただきます」
気を取り直して目の前に置かれたあんみつにスプーンを伸ばし、蜜豆をすくってスプーンを口に運ぶ。
「ん、おいしい!」
「ほんとだ。これならいくらでも食べられるね」
確かに、沙織ちゃんの友達の言葉通りそのあんみつはおいしい。そのときまでの憂鬱な気分が嘘であったかのように
晴れた気がした。