葉鍵板最萌トーナメント!!1回戦 round48!!

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「祐くーん、練習終わったよ、一緒に帰ろ」
そう言って、沙織ちゃんは体育館入り口から僕の元へとかけてきた。
「お疲れ様。今日は遅かったね」
「そうなのよ。なんだか今日は調子悪くってね」
舌の先を覗かせおどけてみせながら、沙織ちゃんは言った。
「昨日の夜は誰かさんのせいであんまり眠る時間がなかったからなあ、集中できなくって」
僕の顔がかあーっと熱くなっていく。
「さ、沙織ちゃん、こ、こんなときにそんな話しなくたって…
 で、でも…ごめん」
「くすっ、冗談よ。私の方こそ変なことでからかっちゃったりして、ごめんね」
微笑む沙織ちゃん。
その頬が僕と同じように微かに赤くなったのは夕陽のせいだったからなのだろうか。
「でも…寒かったでしょ?待たせちゃってごめん」
「いいよ、気にしなくて。僕は勝手に待ってるだけだからさ」
確かに、もう十一月も終わりに近づいていて、肌をさらす風もだいぶ冷たさを帯びてきた。
防寒具を着ていても寒くないといえば嘘になる。
けど、そんな風の冷たさもこの時間だけは不思議と気にならなかった。
もうすぐ会える沙織ちゃんと今日はなにをしよう、なにを話そう…と考えているときは
すごく楽しみな気分になれるし、時間なんてあっという間に過ぎる。
そして、気がつけばいつも沙織ちゃんが僕の隣で笑ってくれている。
すごく幸せだな、って思う。
ついこないだまで世界破滅の妄想なんて抱いていた心のすさんでいた僕が嘘のようだ。
「もう、祐くんったら。いっつもそんな風に謙遜するんだから。
 私を大事にしてくれるのは嬉しいけど、たまには『遅いぞ、沙織!』くらいのこと言ってくれても
 いいんだよ?」
ふと、沙織ちゃんの声で我に返る。隣を見れば、彼女の笑顔。
そのあまりに可愛い微笑みに、僕もついくすっ、と笑ってしまう。
もしかして以前の僕に足りなかったのはこの笑顔だったのかもしれない。
「じゃ、改めて。遅いよ、沙織ちゃん」
僕はそう言いながら軽く彼女の頭を小突いた。
「てへ。ごめんなさい」
彼女は悪びれず言う。
「これでいいの?」
「うーん…。やっぱり前の方が祐くんらしいかな」
「そうかもね。僕も自分で不自然だと思ったし」
二人であはは、とおかしそうに笑う。
最近良く思うことだけど、僕は以前に比べ笑うことが出来るようになった。
それは紛れもなくこの子が僕のそばにいてくれるようになったから、だろう。
今の僕には、間違いなくこの子が必要だ。
でも果たして、沙織ちゃんにとって僕は必要なんだろうか?とふと考えてしまうことがある。
僕は彼女になにが出来るのだろうかな…と。
「ねえ、祐くん。この後なにか予定ある?」
そんな思考は彼女の言葉によって遮られた。
それもいいかな、と思った。今の僕にとってこの時間は一番幸せだ。それでいいんじゃないかな…って。
「ううん、特にないけど」
「じゃ、決まり!商店街にでも出かけて何か食べようよ、待たせちゃったお詫びにかおごるから。
 ね?」
「何か食べに行くのは賛成だけど、おごるだなんて別にいいよ。さっきも言ったけど気にしなくていいからさ」
「だーめ。女の子だってたまにはおごりたいときくらいあるの。今日くらいはおとなしくおごらせなさい」
「…もしかして沙織ちゃん、僕におごる理由作るためにわざと遅れた?」
「分かった?」
そういうと、また沙織ちゃんは舌の先を出していたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ホントはもっと早く祐くんに会いたかったんだけどね。冷やかされて大変だったんだよ、部活のみんなに。
 『早く彼氏のところに行ってあげないのー?』って」
「なんだか、沙織ちゃんらしいね」
「そう?そう言われちゃうと、なんか悔しいなあ…」
今度は人差し指を口元に当てて、むーん、と考えるような仕草を始めた。
表情がころころ変わって、見てて飽きない。
「じゃ、お言葉に甘えて。どこで食べる?」
「そうこなくっちゃ。大丈夫、場所は決めてあるから」
「はは、ちゃっかりしてる」
「もう、いいじゃない。別にぃ」
今度は頬を膨らませて怒ってるような顔になった。こういう沙織ちゃんもまた可愛い。
ついもう一度からかいたくなる自分を抑えながら、僕は彼女の手をとった。
「じゃ、行こっか」
「うん、任せて!」
そう言って僕にウインクすると、逆に僕の手を握り返して駆け出していった。
「ち、ちょっと待って、沙織ちゃん…」