葉鍵板最萌トーナメント!!1回戦 Round47!!

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273Aqua ◆Aqua/C.E
散らかった部屋には似合わない、一人の少女。
今はベットに横たわっている。
時折漏れる、苦しげな声。
それは、熱にうなされているためだけだろうか?

土砂降りの雨の中、全身を凍えさせながら私が来るのを待っていた浩平。
仕事に出かける直前に掛かってきた電話。
あと少し遅かったら、浩平は一人で彼女を運んできたのだろうか?
「すみません、由起子さん」
意識のない彼女の体を支え、車にそっと乗せた時の浩平の言葉。
申し訳なさそうに謝る姿は、私が知っている浩平では無かった。

時折聞こえる声は言葉にならない。
胸を上下に揺らし、肩で息をしている。
手を握ると、それはまだ氷のように冷たい。
額の熱さと、手の冷たさ。その差はどこからくるのか。
手元の洗面器の水は、すっかり温くなっていた。

……こうして女の子を看病をするのは何年ぶりかしら……

それは浩平を引き取る前にあったきり。
私のたった一人の姪。今はもう居ないあの娘の事が思い出される。
あの娘はまだ幼かった。生きていれば、彼女と同じぐらいの歳になるはずだった。
姉さんと浩平とみさお。
4人で遊園地にも遊びに行った事がある。
それなのに浮かぶ姿は、病室で寝込んでいるあの娘の姿。
大人しそうな、目の前で静かに眠る彼女。
それは嫌でもあの娘の事を思い出させてくれる。
274Aqua ◆Aqua/C.E :01/11/25 18:46 ID:QtDAOVCT
コンコン。
控えめなノックが、物思いにふける私を呼び戻した。
「……由起子さん、入ってもいいかな?」
「浩平? いいわよ」

音を立てないように静かに入ってくる浩平。
シャワーでも浴びたのだろう。
濡れた制服を脱いで、普段着に着替えていた。
その手には氷の入った洗面器が用意されている。

「……茜は、どう?」
「今は落ち着いてるみたいよ。時々うなされてるけど……」
「そう……」

浩平は枕元に洗面器を置くと、ベットの縁に腰を下ろした。
心配そうに茜さんの顔をみる。

「……こら、あんまり女の子の寝顔を見るもんじゃないわよ」
「あ、ごめん……」

そう言いつつも、彼女の顔から目をそらそうとはしない。
その表情には何も浮かんでいない。

「浩平。彼女の事が心配なのは判るけど、学校をサボるのは感心しないわ」
「……茜は、そんなんじゃないよ……、それに由起子さんだって、仕事が……」
「私なら、遅れるって電話入れたから大丈夫よ。もうしばらくは居るわ」
「……すみません……」
275Aqua ◆Aqua/C.E :01/11/25 18:47 ID:QtDAOVCT
静かに答える浩平。
そこに秘められた感情は、虚ろだった。

「浩平。学校に行った方がいいわ。自分の彼女の事が気になるのは判るけど」
「……茜は、そんなんじゃないよ……」

繰り返し漏れる言葉。
照れる姿を想像していた私は、その時ようやく言葉の意味に気付いた。

……鈍感ね、私……

かすかに痛む胸を感じて。普段の悪戯好きの浩平の姿がそこには無くて。
私は目をそらすように、茜さんの顔を覗き込んだ。
手にしたタオルで首筋の汗を拭う。
茜さんの容態は落ち着いているように見える。
しばらく、部屋には茜さんの静かな寝息だけが聞こえていた。

「それじゃ浩平、ちょっと見ててくれる?」
そう言いつつ、立ち上がろうとした。
が、茜さんの手はしっかりと握りしめられている。
私は苦笑しつつ、そっとその指を剥がした。
腕を布団の中に戻す。

と、その時、私のしぐさを見つめる浩平に気がついた。

「どうしたの、浩平?」
「あ……なんでもない」
「何でもない、っていう顔じゃないわね」
「いや……由起子さんが誰かを看病してる姿を見たの、久しぶりだから……」
276Aqua ◆Aqua/C.E :01/11/25 18:47 ID:QtDAOVCT
浩平の言葉は、茜さんを通して誰かを見つめているようだった。
それはきっと、この場に居ない少女を指している。

「……そうね。私が看病する時って浩平が熱出したときとかだからね」

浩平が言いたいは判っていた。それはさっきまで私も感じていた事だから。
しかし、みさおの事を浩平が口にするのは何年ぶりだろうか。
浩平がここに来てから避けていた話題の一つ。
姉さんとみさおの事は口にしない。
それがいつの間にか私たちの間に出来ていた、唯一の暗黙のルールだった。

「それじゃ、タオル替えてあげ……」
「ひぐっ!」
急に部屋に響く悲鳴。
「茜!」
腕を伸ばし、苦しそうに首を左右に振る。
何かを求めるように、大きく腕を振り回す。
「茜、茜!」
浩平がその手を掴み、落ち着かせようと体を押さえる。
「茜、大丈夫だから、茜!」
バタバタと暴れる腕をしっかりと押さえる。
茜さんは何かを口走っているようだが、言葉にはならない。
と、急に脱力して大人しくなった。

「……由起子さん、茜は大丈夫だよな?」
両手を握りしめ、こちらを向く。
その目に揺れる感情。
それは10年前のあの時に浩平が見せたもの。
みさおが、姉さんが浩平の前から居なくなったときに見せた顔。
277Aqua ◆Aqua/C.E :01/11/25 18:48 ID:QtDAOVCT
そこにあるのは、まだ幼い少年の顔だった。

私は思わず、浩平の頭をかき抱いた。
胸の中で、浩平が体を強ばらせる。
「ゆ、由起子さん!?」
「落ち着きなさい、浩平。茜さんは……みさおとは違うわ」

びくん、と体を震わせる浩平。
私は構わず言葉を続けた。

「茜さんは熱にうなされてるだけよ。目を覚ませば、もう落ち着いているわ」
「あなたは、あの時と被らせて見ているだけよ」
「大丈夫だから……」

ゆっくりと頭を撫でる。
昔は、こんな風によく浩平を宥めたものだった。
あの頃の浩平は良く泣いていた。
みさおも、そして姉さんも居なくなって……
浩平の母親がわりを始めてからは、こうして宥めるのは日課になっていた。
あの頃から比べると体だけは大きくなったけど、その中にあるものは何も変わっていない。

「由起子さん、俺……」
「……判ってるわ。あなたがみさおの事を忘れてないのは、判ってる。でもね……」
「でも、ここに居るのはあの娘じゃないのよ。茜さんなの」
「茜さんに何があったのかは知らないわ。でも、目を覚ましたときにあなたがそんな事でどうするの?」

静かに言い聞かせる。

「……ごめん、由起子さん。俺、どうかしてたみたいだ」
278Aqua ◆Aqua/C.E :01/11/25 18:49 ID:QtDAOVCT
浩平の体から力が抜けた。
そのまま私の胸に体を預ける。
その姿は、幼い浩平のままだった。

「浩平はまだまだ子供だったのね」
「由起子さん!」
「こうして胸の中に顔を埋めてると落ち着くんでしょう?」
「ちょ、ちょっと、急に何を言って……」

また、じたばたと暴れる。
まだ握りしめている茜さんの手が、つられてぶんぶんと揺れる。

「昔はよくこうしてあげたわね」
「ちょ、離して、由起子さん!」
「あら、そんなに暴れると茜さんが目を覚ますわよ」
「!?」

急に大人しくなる。
その姿がかわいらしく、私は両手の力を込める。

「……だから、こんな所茜に見られたら……」
「はいはい。離してあげるから、浩平も茜さんの手を離しなさい」
「!?」

今まで茜さんの手を握っていた事を忘れていたようだった。
真っ赤にした顔をあげると、慌てて手を離す。
279Aqua ◆Aqua/C.E :01/11/25 18:49 ID:QtDAOVCT
「由起子さん、こんな時に冗談はやめてくださいよ」
すっかり元気になったようだった。
「あら、浩平の悪戯がうつったのかしら?」
「由起子さん!」

立ち上がると、ポンと浩平の頭に手を置いた。
「学校と茜さんの家には連絡しておくから。看病してあげてね」
「あ……はい」
「制服は乾燥機に入れておくから、乾いたら茜さんに渡してあげて」
「はい」

言い残し、ドアを開ける。
「それと……」
「何です?」
「私が居ない間、茜さんに悪戯したら駄目よ」
「由起子さん!」

慌てて向かってくる浩平の目の前で扉を閉める。
ドアの向こうでは、浩平が何かブツブツ言っているのが聞こえた。

……それにしても、もう10年になるのよね……

浩平が私の元に来てからの年月。
みさおが亡くなって、姉さんが失踪して……
それからの私の生活はすっかり変わってしまった。
浩平の母親がわりを務める毎日。
そしてあの二人の話題を避けて過ごした日々。
それは正しかったのだろうか?
280Aqua ◆Aqua/C.E :01/11/25 18:49 ID:QtDAOVCT
あの頃は、それが正しい事だと思っていた。
しかし、浩平は未だに心に傷を残している。
私には、判らなかった。

……とりあえず、落ち着いたら一度浩平と話してみた方が良いのかもしれないわね……

浩平が自由になるには、それが必要なのかもしれない。
みさおの事。姉さんの事。
10年分の想いが残っているに違いない。

……それにしても、あの浩平が女の子を好きになるなんて……

浩平が見せた、さまざまな感情。
失恋でもしたのか。それにしては二人の関係は良く判らない。
ただその胸の奥にある感情は、たしかに恋をしている少年のものだった。
そしてそれは、私が知らない浩平の姿だった。

……まだまだ、私も母親失格ね……

取り留めのない事を考えながら、私は茜さんの制服を手に階段を下りた。

雨は、まだまだ止む気配がなかった。