葉鍵板最萌トーナメント!!1回戦 Round47!!

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250葉鍵聖戦外伝@夜天(1/9)
 月夜に絵になるのは美しい少女だろう。
 私は印を組んだ。本当に暗い。照らす光は月明かりのみ。神社は閑散としている。
 木々に囲まれた山間の社には私と少女しかいない。
 天野美汐。妖狐の長九尾≠フ真琴と縁のある少女の名前。
 今、私は美汐ちゃんを護るためにここにある。
 あらましは、どこからだったか――

「……若すぎるな」
 神社の神主である彼は開口一番にそう言ってくれた。
 私は怒ることもしない。こんなところで説法などしたくない。
「高野から派遣されました、小坂由起子です。若輩の身でありますが、妖狐討伐の任を預かりました」
「やはり、若い……それでどうにかなるのかね?」
「十九になりました。三月後には二十歳です。子供ではありません」
「ふん、やはり見た目通りの小娘ではないか」
 格式ある霊堂にて、私は何も言わずに深々と頭を下げた。
『神仏判然令』――
 実際、高野の人間には、神社に踏み込まれたくないのだろう。
 退廃的だ、とは思うが、用件の方が先だ。
「天野美汐はどちらに?」
「……こちらだ、付いてくるがいい」
 頭ごなしに言いつけられるが、もう悪態は出て来ないらしい。
 私はもう一度、会釈して、彼の後を付いていった。
251葉鍵聖戦外伝@夜天(2/9):01/11/25 17:28 ID:Cx6CTbJB
 見た瞬間に実感できた。負≠セ。人の世にある罪の証。
 少女の瞳はあまりにも虚ろだった。
 脆い。硝子のように儚い。触れたなら壊れそうで声を掛けることを逡巡してしまう。
 私は呼吸を整えて、少女に話し掛けようとした。
「……天野さん?」
「…………」
 返事は無かった。
 どこを見ているのか瞳は虚空にすらない。
 離れのひと部屋。夕暮れ時。窓からは西日が差し込んでいた。
「無駄だよ……」
 沈黙を破ったのは神主の方だった。
「先日のことだ、妖狐に親が殺された。母親の方は、犯されもした。
 この少女は、それを間近で見た。……こうも、なろう」
「……そうですか」
 私は少女を見やって一瞥し、頬を打った。
「何をするか!?」
「…………」
 私は神主の言葉には耳を傾けずに少女の様子を見ていた。
 残念ながら変化は無い。頬が赤く染まるだけ。
「分かっているのか? この子の境遇を! これだから高野の人間は!」
「……少し黙っていてください」
 ほんの少し瞳に意思を宿して、彼を射抜く。
 途端に、へなへなと神主はその場に座り込んでしまった。
 ……腰でも抜けたのだろう。
252葉鍵聖戦外伝@夜天(3/9):01/11/25 17:28 ID:Cx6CTbJB
「……天野美汐、聞きなさい」
「…………」
「あなたには人と交流するための口があります。喋ることが出来ぬとは言わせませんよ」
 口調を強めて私は言う。敗者に鞭を討つ行為なのかもしれない。
 だが、ここで優しくするのは雨の日に、子犬に傘を差し出すだけではないか。
 後のことを考えない優しさはいらない。
「心もあるのでしょう? 何のために瞳があるかを考えなさい。立ち上がりなさい。
 私が憎いのなら、その手で叩きなさい。心があるから、傷つくのでしょう? 閉ざすのはやめなさい」
「…………」
 無論、何も返って来ない。
 馬の耳に念仏。釈迦に説法。詰まらない言葉だ。
「私は、高野からあなたの仇を討ちに来た≠ニ言う訳ではありません。
 ただ、私は人に仇なす妖狐を討ちに来た≠セけです。あなたの親の仇はあなたしか許されません」
「…………わたしは」
 ようやく口を開いてくれた。でも、それっきり。瞳に色は戻らない。
「協力しなさい。妖狐の標的はあなたです。囮となって私を助けなさい」
「…………」
 少女は何も語らない。しかし頷きはした。
 私も頷く。そして苦笑する。
(やれやれ、損な性分よね……)
 辛く当たるのは痛い。心が痛い。でも何かをしてあげたい。
(私の出来うる範囲でなら……)
 あとは、夜になるのを待つだけだった。
253葉鍵聖戦外伝@夜天(4/9):01/11/25 17:29 ID:Cx6CTbJB
 木々がざわめいた。強く風も吹き抜ける。
 今宵は十六夜。欠けていく月。しかし充分に光を与えてくれる。
「――来た!」
 私は社を中心に三重に結界は張っていた。
 破ることは早々出来ない。美汐のもとには誰も近づけさせない。
「高野の秘術が其の参――」
 妖気はすべてで二十三個ほど。正確な数までは分からない。
 四方八方から社に向かって狐が駆けて行く。
 思惑とおり美汐を狙っている。そして――光がはじけた。
 結界に嵌ったのだ。私は術を解き放つ。
「霊′乱!」
 私を中心に昼間のような明るさが広がって、無差別に光の矢が妖狐たちを貫いていった。
 人払いしたのはこの為だった。存在するものすべてを光は討とうとするから。
 そして光はやんだ。今は暗く山は静かになった。
 私は、ほっと一息付いてから、言う。
「……そろそろ、出てきたらどうかしら?」
「なかなかやるですの」
 石階段の方からひとりの少女が姿を見せた。
 長い髪。人懐っこい容姿。可愛らしい少女だった。
「人形を取るということは、上級妖狐ですか……出会うのは初めてですよ」
「そんなんですの? 運が悪いですの」
「運が悪い……? 私が……?」
「そうですの。すばるは強いことですのよ?」
 邪気が無い。この子は本気そう言ってる。
「すばる……?」
「はい、御影すばるですの。よろしくですの」
254葉鍵聖戦外伝@夜天(5/9):01/11/25 17:29 ID:Cx6CTbJB
 聞いたことがあった。
はぐれ妖狐′芍eすばる。なせか妖術は使わないで体術に長けていると言う。
「どうして、美汐を狙うの?」
「何故でしょうね? 普通の妖狐さんだったら明確な答えが返ってくるかも知れません。
 ですが、すばるはあまり九尾さんとは関わりがありません」
「妖狐の中でも若輩者ってわけですか。なるほど、ツインテールに結っていないのはそういうわけ」
「ツインテール? それって何ですの?」
「ふう、双尾≠フことよ。狐の尻尾代わりというやつです」
「はぁ……」
 分かったような分からないような声を出す。
 いや理解していないのだろう。しかし、出会ってしまったからには。
「やるんですか?」
「もちろんですの。あなたはとっても強そうですから」
 それも妖狐の習性か。それとも月の影響か。月光は人を狂わせる。
 狂気に向かって――
「高野の方術士¥ャ坂由起子――参ります!」
 式服を翻して間合いを一気に詰めた。
「ぱきゅうう〜っ!? すばるに接近戦なんて舐められてるですの!」
 怒ったのかすばるは私を強引に捕まえようとする。
 ただ、しかし――
「――え!?」
 私は跳ねていた。一瞬でもすばるの視界から姿を消すことが出来た。
「霊術′ヲ纏」
 袖から薄絹が出てすばるを絡め取る。動きを封じることが目的だ。
 そして、実際にすばるは絹でがんじがらめにされて――
「……え?」
 驚愕の声を上げたのは私のほうだった。
255葉鍵聖戦外伝@夜天(6/9):01/11/25 17:30 ID:Cx6CTbJB
「引き裂いた? 力ずくで?」
 信じられない馬鹿力だった。これが上級妖狐の実力か?
 破られて絹はぼろぼろにされて、いくつも地面に散らされてしまう。
「甘いですの!」
 私はすばるに引き寄せられて、掴まれた――
「大影流合気術奥義っ! 流牙旋風!!」
 空が見えた。星も見える。夜の中を私は舞っていた。
 そして、引力。強く引き寄せられて――私は地面に凄まじい勢いで落とされた。
「どうですの? これを受けてはたってはいられないですの」
「……そうですね、大した威力です」
「ふふん。今日も勝ったですの」
「あなたは、こうして強いものと会うために諸国を漫遊してるのですか?」
「そんなところですの。これも修行のうちですから」
「じゃあ、どうして美汐さんを狙ってんですか?」
「本当に、分からないんですの。どうしてか……すばるはあの子とは戦いたくないです」
「分かりました。では、最後に……」
 私は地面に横たわりながら彼女を見上げていた。
 月だ。こうしていると良く見える。
「そうですね……絹は、どうやっても絹なんですよ」
「…………?」
「私が放ったのは私の霊力を染み込ませて居ます。切り裂かれたとしても絹は絹ですから」
「――――!」
「そう、絹は地面にばら撒かれて、あなたは合気を使う。私は倒れこんでいる。
 分かりますね? 応用すればクッションにもなるんですよ」
256葉鍵聖戦外伝@夜天(7/9):01/11/25 17:30 ID:Cx6CTbJB
「ぱきゅうう〜っ!?」
 すばるは慌てて私の間合いから離脱しようとするが、もう遅い。
 私はすでに印を組み終わっていた。
「霊術′矢」
 私の想いに応えて光の矢が迸った。
 しばしの風。私は髪を整えてその風に身を委ねていた。
 もうすぐ夜は明けるだろうか。それとも、まだ月は光を灯そうとするだろうか。
「……どうして、手加減したんですの?」
「……さあ、何故でしょうね?」
 疑問に疑問で返して、私は苦笑していた。
 すばるの顔が面白かったからだ。そして付け加えれば彼女は丈夫過ぎたのだ。
「妖術を使わないんじゃなくて、すでに体に変換してるんですね」
「……はい?」
「いえ、何でもないです。それより、ほどほどにしときなさい。荒行は」
「うーん……」
 すばるは困ったように唸っていた。
「私は高野に居ますから、いつでも相手になってあげるわよ」
 そう言ってあげる。もう、すばるは目標を見つけたと思うから。
「分かったですの。それじゃあ、あなたは今からどちらに行くんですの?」
「風任せです。強いて言うなら北へ」
「じゃあ、すばるは南に向かうですの。次に会ったらお手合わせを願いたいですの」
「ええ、いいわよ」
 すばるの後ろ姿を見送って、私は社に踵を返した。
257葉鍵聖戦外伝@夜天(8/9):01/11/25 17:31 ID:Cx6CTbJB
「おお、無事でしたか」
 社には、神主の方と美汐がいた。
 私と美汐までの間は遠い。
「早いですね。人払いはしていたと思うのですが」
「いや、心配でして」
 来た時はあれほど毛嫌いしていたのに?
「分かっているのよ、からくりは」
 かまをかけてみる。
「美汐の負≠ナしょうね。原因は。それで引き寄せられる妖狐ですか。
 さぞかしいい利用方法でしたでしょうね? 負≠フ喰らいすぎは体にはよくないわよ」
「…………」
 顔色をまともに変える。そして厭らしい笑みを浮かべた。
「ふふ、そう来たか。物分りがよすぎるのは、いささか頂けないがな」
「そうですか」
 私は溜息を吐き出した。すでにこの者は人間であることをやめている。
「あの妖狐を追い払って、帰っていればよかったものを!」
「美汐をどうするつもりです?」
「ははは! このまま妖狐を呼び寄せ更なる負≠喰らってやろうと思ったが、
 こいつ自身を喰らうのも悪くない!」
 神主は異形のものへと身を変化させて、美汐を喰らおうとした。
 そして、飲み込む。
「なに? この感触は?」
「美味しいですか? 符≠ナこしらえた人形は?」
「きさま!」
 牙を向けて私に襲い掛かろうとしている。が、とても残念なことに。
「あなた、すばるさんの100倍は弱いです」
 私は一蹴してしまった。
258葉鍵聖戦外伝@夜天(9/9):01/11/25 17:31 ID:Cx6CTbJB
「……美汐、聞こえますか?」
「はい……」
 障子の奥から少女が顔を覗かせる。
「これが、私の親の仇……」
「そうですね。もう、これは人間ではありません」
 陽光が社を照らし出す。悪夢は終わる。
「なんで、なんで、こんなことに……」
 美汐は泣く。今は泣いても構わない。
 私は胸を貸した。美汐もそれに応えてくれた。
「……由紀子さん!」
「美汐……」
 ひととおり泣いた後、私は問い掛ける。
「……一緒に来る?」
 少し迷ったように、驚いたように、眼を丸くさせて、
「はい」
 と、拙い泣きはらした笑みで、美汐は頷く。

負≠フ封印。
月≠フ狂気。
 
 考えることは山ほどあったが、今はこの少女とともに、私は山を降りた。
 これが、新しい始まりだったから。
「どこに行くんですか?」
 美汐が問い掛ける。私は言う。
「……そうね、まずは美汐の家になるところよ」
 朝日は眩しい。
 今日もいい天気になりそうだった。