葉鍵板最萌トーナメント!!1回戦 Round47!!
「はい。それで、浩平が何か?それ以前に何故私の所に?」
「・・・?ご存知・・・ない?」
どうも話が見えてこない。
浩平が何かやらかして、保護されたのなら、母親である姉の所に連絡が行くはずだ。
決して、私の所に連絡など来るはずもないだろう。
「浩平の母親・・・姉は?」
「やはりご存知ないのですか・・・」
落胆したようにため息をつく相手。それがさらに不信感を駆り立てた。
「それでは浩平君の妹さん・・・みさおちゃんが亡くなられた事も?」
「はぁ!?」
先ほどよりもさらに間抜けな声を出してしまった。
初耳だった。
みさおというと、生まれつき病弱で、控えめな性格のせいかいつも浩平の後ろに隠れ
ていた、という記憶しかない。
しかし・・・あのみさおが・・・。
「あの、みさおが亡くなったって、どういうことですか!?それに、姉は!?」
「小坂さん、落ち着いてください。順を追って説明いたしますから」
そう諭されても、落ち着けるわけが無い。
しかし、表面上だけでも落ち着きを装わないと話が進まないので、「はい」とだけは返事をした。
「昨年から、みさおちゃんが入院していた・・・というのもご存知ないようですね」
「え、ええ。姉一家とはもう3年ほど顔を合わせる機会が無かったもので」
それも初耳だ。
何故、姉も私に連絡一つぐらいしてもよさそうな物なのに・・・。
「えー、あまり詳しい事は電話口ではお話できないので、とりあえず、現状だけお伝
えいたします」
「え?あ、はい」
という事は近日中に有給休暇を取って、そちらへ行かなければならないという事だ。
そんな私の思惑をよそに、児童相談所の係員は言葉を続けた。
「2日ほど前、街中で浩平君を保護致しました所、過度の栄養失調、また、服装が・
・その、何日も洗濯されていないような状態でしたので、不信に思い、浩平君の家の
電話番号を調べて電話したのですが・・・」
そこでいったん、言葉を切った。そしてすぐに続ける。
「何度電話をしても応答がない。そこで浩平君を問いただしたところ、ぼそりと一言
だけ言ったんです」
「浩平は・・・なんと?」
「『お母さん、どこか遠くにいっちゃった・・・』とだけ」
姉がどこかに行った?いったいどこへ・・・?
「そ、それで?」
「慌てて、浩平君の家を訪れたのですが、だれもおらず、中に―あ、もちろん、浩平
君の許可をいただいて踏み込んだところ、ゴミが散乱していて、だれも・・・いませ
んでした」
「それでは・・・姉は?」
慌てて問い返す。
「浩平君にさらに詳しい事情を聞くと、『せっぽう・・・があるから』とだけ言い残
して、みさおちゃんの葬儀にも出ず、それきり帰ってこなかったようで・・・あ、葬
儀の段取りだけは父方の親類の方がやっていただいたようでして」
「せっぽう?なんでしょうか?せっぽうとは」
せっぽう?いったいなんなのだ。なぜか、妙に胸騒ぎがした。
困り果てたように、係員がまた言葉を続けた。
「私どもでもそれはわかりかねます。ともかく、お母さんがいなくなってから2日前
に私どもが保護するまで、浩平君は一人でその家にいた、という事です」
7歳の子供が一人でまともに暮らせるわけが無い。
先ほど服装が洗濯されていないようだ、というのもそれで納得がいった。
「父方の親類・・・はなぜ浩平をほって置いたのでしょう?」
詰め寄る口調で問いただす。が、
「私どもではわかりかねます」
と一蹴されてしまった。
「それでもその父方の親類の方は多少のお金を残していたようでして、浩平君はそれ
で保護されるまで食い繋いだようです・・・もしもし?小坂さん?」
お金を残すくらいだったら私へ連絡するなり、なんなりとすることがあるだろうに・
・・と考え込んでいると係員が慌てた声でそういった。慌てて返事を返す。
「あ、申し訳ありません。それで、私はすぐにそちらへ行けばよろしいのでしょうか
?」
「ええ。出来ればなるべく早くお願いいたします。それで・・・浩平君の父親はもう
他界されているようなので、父方の親類の方とも何とか連絡が取れそうです」
「了解いたしました。それで、そちらのご住所をお教え願えませんでしょうか?」
「あ、はい。えー、神奈川県・・・」
住所をメモに取りながら、再び、私は浩平の顔を思い出そうとしていた。
次の日、朝一番に会社へ連絡を入れ、事情を説明し、使うことなく溜まっていた有給休暇を取って、私は一路、飛行機で浩平が住む町へと向かった。
空港へ到着するなり、ターミナルからモノレールで駅へ。そこから電車に揺られ、やがてその町へたどり着いた。
そこからタクシーに乗り込み、児童相談所の係員に電話口で聞いた住所を運転手に告げる。
やがてタクシーは町の郊外に立てられた、白い建物の前へと止まった。
病院の出来そこない―。それがその児童相談所がある建物の第一印象だった。
とりあえず建物の中に入り、受け付けのインターホンを押すと係員がすぐに出てきた。
「どういったご用件でしょうか?」
「昨日、連絡をいただいた折原浩平の叔母の小坂由起子と申しますが」
そう告げると係員の表情が変わり、「少々お待ちください」とだけ言ってすぐに受け付けに有った電話で、どこかへ連絡を取り始めた。
その後、すぐに昨日、電話口で話をした係員が飛んできた。
「電話口ではお話しましたが―」
と前置きをしてからその女性は話を続けた。
「はじめまして。折原浩平君の担当の塚本清美と申します」
そういって、丁寧に頭を下げる。
私もつられて頭を下げてしまった。
その後、私も自己紹介を済ませて、すぐに本題に入った。
「それで、浩平・・・は?」
「現在はここの保護施設に入っています・・・とりあえずお会いになってください」
塚本さんはそういいながら、私を建物の奥へ促した。
泣き声が聞えた。
男の子の泣き声だ。
「ぐすっ・・・み・・・なん・・・で・・・」
塚本さんが困った顔をしながら、つぶやいた。
「ずっと、あの調子なんです」
肩をすくめて、手にしていた鍵で部屋の戸を開けた。
「あ、これは決して閉じ込めるだけのためではありませんからご安心を」
といってそそくさと鍵をポケットにしまった。
なるほど、と私は納得がいった。
主に児童相談所とは親から虐待を受けた子供を一時的に外敵から隔離
してその身の安全を守るためにある。たまにでは有るが逆上した親が
子を連れ戻そうとして押し入るケースもあるようだ。
だから、部屋に鍵がついているのだろう。
もっとも、たまに逃げ出す子供もいるというのも理由の一つだろうが。
「浩平君、叔母さんが来てくれたわよ」
塚本さんがそういうが、浩平は泣き止む気配は無かった。
「・・・ぐすっ・・・ぐしゅ・・・」
たまりかねて、私も声を掛ける。
「浩平。由起子叔母さんよ。憶えてる?」
その声に、浩平は顔を上げる。
そして、じっと私の顔を見た。
「由起子おば・・・さん?」
訝しげに私を見つめていた。無理も無い。数年間、会っていないのだから。
なんとか当時の事を思い出そうとしているようだ。
安心させるため、私はにっこりと笑いながら、言葉を続けた。
「そうよ。もう大丈夫だからね?」
「あっ・・・」
と少しだけ声を上げ、浩平が泣きじゃくりながら、私のひざにすがりついた。
どうやら、なんとか思い出してくれたらしい。
「可愛そうに・・・」
言いながら、浩平を抱きしめてやる。
その体は3年前よりも大きくなったとはいえ、まだ小さい、子供の体だった。
こんな小さな子供を放り出して、浩平の父親や失踪した母親、姉は何をやって
いるのか!と初めて怒りが湧いた。
「みさおが・・・死んじゃったんだ・・・」
目に涙を溜めながら、浩平が呟く。
「うん・・・」
「お母さんも、どこか遠くに行っちゃって・・・」
「うん・・・」
「ずっと僕・・・一人ぼっちで・・・」
「もう・・・いいから。もう叔母さんがいるから・・・ね?」
私はそう呟いて、震え続ける浩平をもう一度抱きしめた。
125 :
名無しさんだよもん:01/11/25 02:39 ID:w7U3H4To
泣き疲れて浩平が眠るまで、私はずっと浩平を抱きしめつづけた。
浩平を部屋の布団に寝かせ、詳しい話をするため私と塚本さんは部屋を後
にして、相談部屋、となっている小会議室みたいた場所へと移動した。
ことり、と私の前にお茶が注がれた湯飲みを置き、塚本さんが口を開いた。
「それで・・・昨晩お話した浩平君の父方、の件なのですが・・・」
すこし口篭もり、言葉を切る。
「続けてください」
と私が言うと、塚本さんが言いづらそうに、口を開いた。
「『私どもには関係ない』とだけ言われて、取り付く島もなく・・・」
「関係ないって・・・!それじゃ浩平があまりにも・・・」
顔を伏せるようにして、塚本さんが呟く。
「かわいそう過ぎます・・・」
「・・・」
なにも言葉を発する事が出来なかった。
私は怒っていた。
何に?
それは私も分からなかった。
あんな小さい我が子を捨てて、失踪した姉に?
『関係ない』の一言で浩平を捨てた父方の親類に?
それとも、何も知る事無く、無為に日々を過ごしてきた自分に?
恐らく、それら全てであろう。
とにかく、今は浩平の事をなんとかするしかない。
私は今、私に出来る事をするため、もう一度口を開いた。
「父方の・・・折原家の親類の住所を教えてください」
たどり着いたときにはもう夕方だった。
チャイムを鳴らすと、「・・・はい?」と訝しげな声が聞えた。
「小坂由起子と申します。浩平君の件で・・・」
とインターホンに告げると、すぐに返答が帰ってきた。
それも私の望まない形で。
「話す事は何も無いっ!帰ってくれっ!」
応答した中年の女性の声ではなく、やはり中年の、男の声でそう怒鳴られた。
インターホンのスピーカーがガリガリとノイズを立てるほどの音量で。
一瞬、あっけに取られたが、それでも私はしつこく食い下がった。
「それでは浩平はっ!どうするんですかっ!」
怒鳴られて黙っているほど、私は甘くない。何よりも1ヶ月以上、浩平を放置したま
まにしているのが許せなかった。
「あんたが引き取ればいいだろうっ!?あんたの姉のせいでこっちは散々苦労したん
だっ!!」
さらにそう怒鳴り返された。
その言葉に私はなにか妙なものを感じ、冷静に尋ね返した。
「・・・姉・・・がどうなったかご存知なのですか?」
暫く、沈黙が辺りを支配した。
やがて、訝しがる口調でまた声がインターホンから響いた。
「・・・あんた、何も知らないのか?」
「はい」
とだけ返答すると、玄関の戸がガチャ、と無機質な音を立てて、開いた。
通された客間には、中年の、どこにでもいるサラリーマンのような風貌の男が座って
いた。
「小坂由起子・・・と申します。初めてでは・・・ありませんね」
「ああ。俺の弟とあんたの姉さんの結婚式で一度顔を合わせたな」
無愛想な声でそう返される。浩平の父親の兄、にあたるその男はやはり、というか私
を快く思ってはいないようだ。
「本題に・・・に移ろうか。あんたの姉さんだが、今はどっかの新興宗教の施設にい
るらしい。もっとも連中は否定してるけどな」
「新興・・・宗教!?」
まさに目が飛び出るとは今の私のような状態をいうのだろうか。
あっけに取られている私を一瞥して、浩平の父親の兄は言葉を続けた。
「やっぱり、本当に何も知らないんだな。まあ、3年間も連絡がとれていないという
のもあながち嘘じゃないようだ」
宗教・・・せっぽう・・・説法。
やっと、浩平が言っていたという言葉の意味がわかった。
「・・・浩平がいっていた、せっぽうとは説法だったんですね」
「その通りだ。順を追って話すと・・・」
事の次第はこうらしい。
父親と死別し、子供二人を抱えて母子家庭となってしまった姉は一生懸命働いていた
が、不意にみさおが重病を患い、入院したあたりから、精神的にも、肉体的にもぼろ
ぼろになってしまった。
そして、心のよりどころを・・・新興宗教に求めてしまった。
みさおの余命があと数日、と医者に知らされた姉は・・・想像に難くない。
恐らく、宗教にさらにのめり込んだのだろう。
「でも、何故、浩平をあのまま放置したのですか!?」
「・・・迷惑、なんだよ」
苛ついた口調でそう呟く。
私はそれに噛み付いた。
「迷惑って・・・!仮にも、甥でしょう!?」
「あんたの姉さんはな、あちらこちらに莫大な借金をして、それを全部宗教に注ぎ込
んだんだっ!もし、浩平を引き取ったりしたらどうなるっ!?その借金の取り立てが
全部うちにくるんだぞっ!?なんで、俺がわざわざそんなことをしなきゃならないん
だっ!?うちだって精一杯、必死に暮らしてるんだっ!!」
「なっ・・・」
それ以上、私は何も言えなかった。
先ほど、通されたときに恐らく奥さんだろうか、中年の女性の後ろに隠れているよう
にして、遠巻きに私を見ていた子供達がいた。
あの子達を守るためにも、恐らく、浩平の叔父であるこの男は浩平を放置するしかな
かったのだろう。
「・・・わかりました。浩平は、私が引き取ります」
あきらめのついた声で、私はそう搾り出すのがやっとだった。
外に出るともう日が落ちていた。携帯電話で施設に連絡すると、塚本さんが電話口に
出た。
「浩平君がまた、泣いちゃって・・・」
という言葉に私はすぐにタクシーを捕まえ、乗り込んだ。
流れ行く風景を窓ガラスから見ながら、私はさっきの事を思い出していた。
『うちだって精一杯、必死に暮らしてるんだっ!!』
さっきの、浩平の叔父の言葉が胸に痛い。
家族を守るために、浩平を放置するしかなかった叔父。
その、叫んだ顔は、泣いているように見えた。
もう、なにも言えなかった。
もとより、期待などしていなかった。
浩平を引き取ることは、施設のあの部屋で、浩平の泣き顔を見たときから心に決めて
いた。
ただ、納得できなかったのだ。
仮にも血の繋がった親類を放置しておける、という事実が。
車の窓ガラスから、家々の明かりが見える。
浩平の家が、暖かそうに明かりを灯していたのは、何年前だったのだろうか。
何故、定期的に姉一家へ連絡することが出来なかったのだろうか。
私が、姉の相談に乗ってあげれば、こんな事にはならなかったのではないか?
その自責の念が私にのしかかり、私は、悔しくて・・・泣いた。
施設に着くなり、私は中に入った。
浩平が私を見つけ、駆け出した。
「うわぁあああんっ」
「叔母さん、もう、どこにも行かないから・・・ね?安心して」
泣きじゃくる浩平を抱きしめ、私はそう、囁いた。
そして、それは浩平が泣き疲れて眠るまで、ずっとそうしていた。
浩平を部屋に寝かせ、また小会議室で塚本さんと話をした。
これまでの真相、今の、浩平を取り巻く状態、そして、これからの事。
「・・・わかりました」
塚本さんはそういって、目頭をハンカチで抑えた。
「それでは、明日にでも、浩平は私の家に連れて行ってもよろしい、ということです
か?」
私がそう尋ねると、塚本さんは頷き、言葉を続けた。
「書類などに関する事は私どもでやりますのでご安心してください・・・」
いったん言葉を切り、そしてまた、口を開く。
「浩平君を、もうこれ以上、辛い目に合わせないようにしてください。私どもからの
お願いです・・・」
搾り出すように、塚本さんは言って、泣き崩れた。
「ふぐっ・・・なんで・・・ひぎっ・・・いつも・・・ひどい目に会うのは・・・子
供たちなの?」
昨晩、事務的な口調だった電話の声からは想像できないような泣き声だった。
私は気付いた。あえて、彼女が事務的な口調を取っていた事に。感情を押し殺して、
彼女は必死に耐えていたのだろう。
それが、彼女の仕事なのだ。
そして、私の仕事、やるべき事は・・・。
「分かりました。浩平は私がこれから、守ります」
それが私のやるべき事。私の決意だ。
浩平が私の家に来てから数ヶ月、浩平はずっと泣いてばかりいた。
ところが、ある日、急に泣くのを止めた。
そして、とある女の子と一緒に遊ぶのが多くなった。
瑞佳、といっただろうか。
かわいらしい、女の子だった。
浩平はいたずらばかりしていたけれど、瑞佳ちゃんを大事にしているように見えた。
瑞佳ちゃんの方も、困り顔をしながらだけど、浩平と仲良くしてくれていた。
そして、時を重ねていった。
どうも記憶が確かではないけれど、浩平が高校3年生に進級するのを控えた冬から約
1年間ほど、浩平の記憶がすっぽりと抜け落ちていたことがあったけど、別にそれは
どうでもいい。浩平は今、家にいる。それだけでいい。
浩平が大学を卒業して、就職してから2年ほどたったある日、浩平に女の子を紹介さ
れた。
それは見知った顔だった。
「俺達、結婚するから」
との言葉に多少、度肝を抜かれたけれど、浩平と瑞佳ちゃんの子供をあやして暮らす。
そんな、老後もいいかな、と思う。
もう、私は一生結婚する機会はなさそうだ。
しかし息子はもういるような気がするから結婚なんて別にいい。
子育てなんて満足に出来なかったけれど、それでもまともに育ってくれた。
実の息子でなくても、浩平は私の息子だ。
私の・・・一人息子だ。
そう、たった一人の、私の息子だ。