葉鍵板最萌トーナメント!!1回戦 Round45!!

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911雛山理緒SS・聖夜の雨
「店長、お疲れさまでしたっ」
「雛山さん……」
申し訳なさそうに、店長は理緒に謝る。
「ごめんな。せっかくのケーキだったのにな。
せめて今の代金、日当につけてやるから。ほんとに勘弁な、雛山さん」
「いえ、そんないいですよ、商売ですし。それにわたし、言ったじゃないですかさっき」
この時間になってもまだ止まない街の喧燥。そう、今日は特別な夜。
「みんなの幸せを見るのが、なんとなく楽しいんです。なんか映画を見てるみたいで」

「じゃ、お疲れさまでしたぁ!」
掃除も終わり、店から出る。そして帰る。家族の待つ家へ。
街の喧騒も、今日は素敵な音楽。
たった一人の彼女のために、奏でられるオーケストラ。
そんな音楽も、止む時がくる。誰もいない帰り道。つのる寂寥感。
持っているはずだった、みんなを喜ばせるクリスマスケーキはなく。
幸せいっぱいの、素敵な恋人たちがケーキを持って。そんな情景が焼き付いて離れない。

ポタッ。……ポタッ、ポタッ。
「あ……」
水の粒が落ちて来て、やがてそれが、聖夜には珍しい雨となる。
ばさっ。
サンタクロースの帽子をしまう。そして雨空を理緒は眺める。
その小さな身体に、空を見上げた面差しに、雨は冷たく降り注ぐ。
身体を小刻みに震わす彼女の、顔を流れる雫は、本当に雨のそれだけなのか。
けれど、いい。
今だけは、思いきり降ってほしい。何もかも、洗い流してほしい。

通り雨が過ぎた後は、満天の星空のような。
眩しく、そして暖かいみんなの笑顔があるのだから。