葉鍵板最萌トーナメント!!1回戦 Round45!!
「二千五百円です。はい、ちょうどですね。――ありがとうございましたっ!」
街がいつも以上に賑わっている。恋人同士がいつもより少しだけ、長く愛を謳う夜。
12月24日。クリスマス・イヴ。
しかし、この聖夜の祭りも、影で支えている人達あればこそ。
「いらっしゃいませっ! なににしましょうか?」
サンタの衣装に身を包み、いつもより元気に、いつもより明るく。
お客さんに笑顔を振りまく少女・雛山理緒も、その中の一人。
「どうしたの雛山さん? いつもより元気いいじゃない?」
「えへへ、そりゃあもう、クリスマス手当てが大きいですもん」
「ははは、そりゃそうだ」
「けど……」
ふと、夜空を眺めながら理緒が呟く。
「それもあるけど、やっぱりなんか楽しいじゃないですか。こういう日って。
家族の人とか、恋人たちとか……みんなが幸せいっぱいに、街を歩いてる。
そんな人たちが、幸せいっぱいに、ケーキを買いに来てくれる。
見てるだけで、なんだか嬉しくなっちゃうんです。こういうの」
「そうか……」
「あ……」
感慨深げに頷きながら、店長は帽子越しに理緒の頭にそっと手をやり。
「けどね、そういう人たちに幸せをプレゼントしてるのは、雛山さんたちなんだよ」
「店長……」
「さて、そろそろ閉店も近づいてきたね。
クリスマスケーキ、余ったらお家に持って帰るといい。みんな喜ぶよ、きっと」
「え、いいんですかっ!?」
「もちろん。家族の人たちと一緒に食べなよ」
「ありがとうございます!」
家には何もないけれど、ささやかな中にクリスマスケーキ。
母や弟妹たちの喜ぶ顔を思い浮かべ。
いっこだけ売れ残ればいいな、とか、そんないけないことも考えてみたり。
「よっしゃ、時間だな。雛山さん、お疲れさん」
「お疲れさまでしたぁ! それで、その、あの……」
「うん。お、ちょうど一個だな。約束だからね。持って帰ってみんなで食べな」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
目を輝かせつつもまだ遠慮がちの理緒に店長は、優しくそう言って。
シャッターを下ろしに店頭へ向かう店長をよそに、奥に一つだけ残ったクリスマスケ
ーキを。それを見た家族の喜ぶ顔を。
店の掃除をしながら理緒は、嬉しそうに思い浮かべていた。
「おっ、まだ開いてる! すんませーん! ちょっと待った待ったぁ!」
今にも閉まろうとしていたシャッターの間に差し込まれる腕。
がっちりシャッターを食い止めながら、その腕の持ち主は息を切らせて。
「すんません、クリスマスケーキ残ってませんか?」
その声に、そしてシャッターをくぐって乗り出してきたその顔に、理緒は驚いた。
そう。憧れつつもそれだけで終わった、
理緒がずっと想っていた少年が、すぐ目の前に現れたのだから。
そして。
ガラガラガラ……
「もう、浩之ちゃんったら。すみません、ご迷惑おかけしまして……」
その少年がついに手に入れた、誰よりも大切な少女も、そこに。
「しょーがねーだろ。そもそもケーキ買おうって言ったのはあかりじゃねーか」
「でも、閉まったお店にむりやり入るなんて……」
二人をじっと見つめる理緒の視線にも気づかずに、二人は軽く言い争っている。
「と、そんなこたどーでもいーや。で、ケーキ余ってません?」
まだ息を切らせたまま、口早に訊ねる浩之。
その楽しそうな表情。
そんな彼をしょうがないなと見つめても、本当に幸せそうなあかりの表情。
そして、いまだに繋がれてる。何があっても離れそうにない二人の手と手。
ズキン。
胸が痛くなる。微かに視界までもが霞んでる。
「すみません、今日は全部売り切れちゃいまして。申し訳ありません」
嘘。
最後の一個はここにあるのに。
わたしのために、店長がついてくれた、優しい嘘。
だけど。
「ちえっ、やっぱ売り切れか」
「しょうがないよ。今日はクリスマスイヴだもん」
心底ガッカリする浩之と、少しガッカリしながらも彼を宥めるあかり。
藤田くんのことだ。絶対に、神岸さんにケーキを買ってあげたかったんだろうね。
こうと決めたら絶対に。
好きなひとの笑顔のためなら、このひとはどこまでもがんばれる。
そうだよ。
そんなひとだから、わたしは好きになったんだ。
「お客さぁんっ! ケーキっ、まだ一つだけ残ってますっ!」